男の約束
「泰助、違うって言ってるでしょ!」
「ひぇ~~~ ごめんなちゃーい」
「じゃあ これは?」
「………こう…かな? えへっ…」
「何回言ったらわかるの! 違う!」
「うわぁ~ん すみれこわいよ~ 」
「黙ってさっさとやる!」
「びぃえ~ん おこんないで~」
泰助は猛特訓を受けていた。期末試験の…
ここは泰助の部屋、教えているのは最強の家庭教師、菫。
なぜ泰助はこのような過酷な訓練を受けているのか… 事の始まりは2日前。
昼休み、泰助はもうすぐ始まる期末テストについて秀雄と話していた。
「秀雄、野球ばっかやっててテスト勉強大丈夫か?」
「ちょっとは家でやってるし、テスト期間は家でじっくり勉強するから大丈夫だよ」
「ま、赤点取らないように頑張れよ…秀雄」
「何言ってんの? いつも赤点ギリなのは泰助の方だろ?」
「秀雄、悪いが俺はお前にだけは負ける気がしないぜ」
「だったら勝負だな… 泰助」
このようなしょーもないことがきっかけで、泰助と秀雄は期末試験の点数を競うこととなった。
勝利者へのご褒美… 何でも1つだけ相手に言うことを利かせることができる。
何気に偶然から始まったかのように見える勝負だが、秀雄は勝負になることを望んでいた。
秀雄が勝った場合のリクエスト… それは泰助に告白をさせること。当然相手は菫。
秀雄はこの勝負を好機とみて泰助に強制告白させようと考えていた。
一方、泰助の方はというと…
勝負になったいきさつは、売り言葉に買い言葉だが、ご褒美が決まった時にあることを思い付いた。
これは結構笑えるっていうか… シャレにならないかも… でもそうなったらもっと笑えるかも。
泰助が勝った場合のリクエスト… それは秀雄に告白させること。相手は星野さん。
星野さんは1年生の時の同級生で美少女ファイブの一人。なおかつ秀雄のことが大好きな女の子。
泰助は佳蓮の狼狽と絶望の様子をつぶさに記録して楽しもうと考えた。
当然、勝った時の相手への要求はこの段階では秘密である。
しかし、どちらにせよ結果として、敗者は女の子に告白することとなる。
そこで泰助が考えた必勝法が「真・菫活用術」である。
菫は学年で常に5番以内。菫を家庭教師にすれば勝ったも同然。
秀雄、悪いな… 俺は勝負に関しては決して手を抜かないタイプなんでね。
お前に勝機は1㎜もない。今から星野さんへの告白の言葉を考えておけ。
そんな感じで菫に家庭教師を頼んだのだが…
勉強開始のころ… まだ優しかった菫がそこにいた。
「菫、この問題どうやんの?」
「ん、これはね、………な感じでこうやって解くの」
「これは?」
「これはさっきもやったじゃない。ほら、思い出して…」
「こっちのこの問題は?」
「それもさっきやった。泰助ホントにヤル気あるの?」
ここから菫の鬼特訓が始まる。
菫は何事にも熱心に取り組む。合気道の達人になったのも熱心に取り組んだ成果だ。
当然、泰助の勉強に対する指導にも熱心に取り組む。ただ、その方式は超スパルタ…
「どこ見てんのよ! このページでしょ!」
「えぇ~ん おこんないでよ~」
「はやくしなさい! 本気で怒るよ?」
「もうおこってるじゃん…」
偉そうに『秀雄に勝機は1㎜もない』と言っていたが、泰助の表情に余裕は1㎜もなくなった。
泰助は後悔した… というか死にたかった。
おれ、やっちまった… 俺は自らライオンの檻に入ってしかも鍵までかけてしまった。
泰助は菫にこう頼んだ… テスト終了まで毎日お願いします。
菫は言った… 途中での契約解除は受け付けません。
この地獄はテスト最終日まできっちり続くことは確約されている。
や、ヤバい… テスト終了まであと1週間以上あるんだぞ。
おれ…死ぬ、間違いなく死ぬ。やっぱり菫に関わると俺に待っているのは死だ。
な、なんとか打開策を考えねば… 菫を懐柔させる方法… あるにはあるが、でもな…
ん… そうか、ちょこっとやり方を変えれば何とかなる。
「菫、ちょっと休憩しようぜ」
「そうだね、だったらなんか飲み物でも持ってくるね」
そういって菫はリビングへ向かう。
あいつは俺の家を完全に自分の家だと思ってんな… ま、こっちは楽でいいけど。
さてさて、タイミングを見計らって上手くやんないとな。
やがて菫が飲み物を持ってきてしばし休憩することになったが、泰助は菫の表情をチラチラと
観察する。泰助に見らえていることに気付いた菫もその視線が気になりだした。
「な、な~に? 私の顔になんかついてる?」
「ちょっとこっちへ来て、菫」
菫が言われた通りに泰助のそばに来ると、泰助は菫の頭を優しく抱きかかえ、自分の膝の上に置いて菫を寝かせる。菫は泰助にひざまくらしてもらっている状態となった。この状態で泰助は奥義「あたま撫で撫で」を使う。
「ど、どうしたの泰助…」
菫はびっくりして泰助に尋ねるが、泰助は黙って菫の頭を撫でる、優しく、優しく。
「菫に勉強を教えてもらってるお礼だよ」
泰助は優しくそう囁いた。
(お前のスパルタから抜け出すためだよ! 早く落ちろ、菫!)
菫はあたま撫で撫でに弱い。だが、菫に抱き付かれればまた背骨を砕かれる。
そこで編み出したのが、新奥義「膝枕撫で撫で」。
この技であれば、菫に抱き着かれずに安全距離で頭を撫でることができる。
そうこう言っているうちに菫は虚ろな表情になっていき、すっかりおとなしくなっている。
よし、このまま撫で続ければ今日を凌ぐことができる。
ふと菫の方を見てみると、横向きに寝ているのでブラウスの胸の隙間から谷間がチラチラと見える。
これいいかも… 泰助はこの新奥義に深く満足する。
菫はもうすっかりふにゃふにゃになってしまい目はとろ~んとして焦点が定まっていない。
よし、菫は落ちたな…
そう思って安心していると、菫は急に向きを変え始めた。右側を下にして寝ていたのを急に左側にぐるりんと回転し始める。菫の顔は反対向きとなり泰助の方を向く。さらに気持ちよくなってきた菫はもぞもぞと手を動かして伸ばし始めてきた。その手はゆっくりと泰助の後ろへ回っていき、もう少しでお腹に抱き付く感じとなる。
こ、これはまずい!
泰助は撫でる手を止めて後ろに回りそうになっている手を急いで捕まえた。
あぶねー! もう少しで絞められるとこだった。今度は俺の内臓をつぶす気か?
泰助は一番の危険物である菫の両腕の動きに注意を払っている。
とにかくテスト期間が終わるまでヤバくなったらこれで凌ぐしかないな。
よし、このまま5時まで撫で撫で、そして6時までの1時間は勉強だな。
菫の期末テスト猛特訓…
平日は学校帰りから午後6時まで 休日は午前9時から午後6時まで。
とにかく菫の特訓を2時間以上受けると精神に異常をきたす。秀雄に勝つ以前に精神が崩壊してしまう。
かといって勉強しないわけにもいかない… いかに菫を使いこなすかが勝負だな。
こんな感じで泰助の猛特訓は始まり、菫にどやされながら試験勉強を行っていた。
だが、2日目から変化が起こる。
「ふぅ~う 結構頑張ったね、泰助…(チラッ…)」
「菫、まだ始めて30分だぞ」
(泰助、私は頑張って教えてるのよ… サービスが足りないんじゃない?)
(菫、俺は秀雄との勝負がかかってるんだぞ… 真面目にやれ)
撫で撫でをおねだりする菫、勉強が進まずイラつく泰助、何故か立場が変化していた。
それでもなんやかんやと勉強を頑張り期末試験本番を迎える。
「秀雄、勝負だな。俺のリクエストを実行する用意をしておけよ…」
「泰助、偉そうな事は勝ってから言え」
二人の決戦の火ぶたは切られた。
試験は4日間… 合計得点の多い方が勝ち
4日間のテストを終え二人はそれぞれの手ごたえを感じる。
(秀雄、悪いがどう考えても俺に負けは無い)
(泰助、告白の用意をしておけ)
そしてテスト結果の発表。
9科目 900点満点
泰助 ――― 675点
秀雄 ――― 673点
2点差で泰助の勝ち~
「秀雄、悪い…これが実力の違いだ」
(あっぶねー! 何なの2点差って…)
「おめー2点しか変わんねーじゃねーか…」
(泰助に負けた… 人間失格だ)
「そんじゃ、約束通り俺の言うこと聞いてもらっちゃおうかな~ 秀雄君」
「納得いかねえけど仕方ない… 言ってみろよ」
二人の結果を見るために近くには菫と佳蓮がいる。
泰助は佳蓮の方を向いてニヤッっといやらしい笑いを浮かべてから、秀雄の耳元で何やらごにょごにょと話している。
「お、お前… マジか? マジで俺にそんなことさせるのか?」
秀雄は泰助の話を聞くと佳蓮の方を向きながら驚きを隠せない表情になる。
「秀雄、男の約束だぞ。絶対守れよ」
「わかったよ…」
事の次第を見ていた佳蓮、秀雄に急いで聞きに来る。
「ひ、秀雄… 泰助は何て言ったの?」
「そ、それは… 今は言えん…」
「私に関係あるの?」
「……………」
「泰助―! 一体何言ったのよ!」
「そんなの言えるか バーカ… 後で分かるよ」
「た、泰助… どーせ変な事言ったんでしょ…」
「知らねーよ… そんじゃ、秀雄 約束守れよ」
そう言って泰助は笑いながらその場から去っていく。
佳蓮は秀雄に必死に尋ねるが、秀雄は泰助が言った内容を絶対に言わない。
佳蓮にはとてつもなく嫌な予感しかしなかった。
それから1週間後の高校野球地方予選準々決勝戦。
泰助がいる高校の野球部は秀雄たちの活躍によりなんとベスト8まで勝ち進んでおり、本日は準決勝進出をかけた大事な試合を迎えた。
今日勝てばベスト4に進出。さすがに泰助と菫も応援に駆け付ける。
みんなが緊張の面持ちで見守る中、試合開始となり時間とともに試合はどんどん進んでいった。
だが、回が進むごとになんともイライラが募る展開となってきている。
秀雄はうちの高校の4番バッターで一番の強打者… だが2打席連続のフォアボール。
相手は全く勝負する気なし。これも勝負の世界であるから仕方ないのかもしれない。
3打席目もフォアボールで4打席目、明らかなボール球を無理やり打ちに行ってサードゴロ。
全くと言っていいほど秀雄は勝負してもらえることなく試合は終了した。
最後はあの優しい秀雄が思いっきりバッドを地面に叩きつけていた。
結局試合は3-0で負け。
試合後は選手全てが泣いていた。当然そこには秀雄も佳蓮もいる…
試合後、ようやく秀雄に声をかけるタイミングができたので泰助は秀雄の元へやってきた。
「秀雄、残念だったけどよくここまで頑張ったな。凄いよ」
「ありがとう… 泰助。 でも、1回でいいから勝負して欲しかったよ…」
「まだ来年があるよ… 秀雄」
「ああ、来年は勝つ…」
泰助は秀雄にねぎらいの言葉をかけた後、小さな声で秀雄に言う。
それを聞いた秀雄も「わかってる」と言って頷く。
そして泰助と菫は先に帰っていった。
秀雄と佳蓮は野球部の皆と学校へ戻り、みんなが帰るのを見送って最後まで学校に残っていた。
みんながいなくなった部室に秀雄と佳蓮は二人っきりで少しの間呆然としている。
「秀雄、よく頑張ったね… 凄くかっこよかった」
「佳蓮… 一緒に頑張ってくれてありがとうな」
「何いってんのよ、私はマネージャーだから当たり前」
「そうか… でもホントありがとう… 佳蓮」
秀雄はその言葉を言うと佳蓮を優しく抱きしめた。
そして… 佳蓮の顔を見つめながらそっと佳蓮にキスをする…
二人が初めてするキス…
佳蓮はいきなりのことで最初は驚き動揺する、だがその後は秀雄をしっかりと抱きしめ初めてのキスにときめいていた。
キスが終わると顔を真っ赤にした佳蓮が俯きながら秀雄に言う。
「ど、どうしたの… 急に」
「男の約束さ」
秀雄は明るい笑顔で佳蓮にそう言った。
泰助が秀雄に出した命令…
予選で負けたらその日に佳蓮にキスをする事。
秀雄と佳蓮は付き合い始めて1年近くになるが、秀雄が真面目な性格なので何も発展しない。
佳蓮が菫に言ったそんな愚痴を菫から聞いていた泰助…
大会が終わったら感謝を込めて佳蓮にキスをしろと泰助は秀雄にいった。
どうだ、佳蓮… この前のお返しだ。秀雄のキスを受け取れ。




