菫の悩み
泰助を思いきり抱き締めて冥界に送りそうになった菫は、あの日から泰助に近寄れないでいる。
今日であの日から3日が経つ。
いつもは毎朝泰助の家に迎えに行って一緒に登校していたが、今は迎えに行くことも出来ず一人で登校している。菫は愛する人をもう少しで別次元に送り出しそうになったことを悔やみ、申し訳ない気持ちから泰助の顔をまともに見れない状況である。
一方、次元の狭間を旅して奇跡的に生還してきた泰助は菫の姿を見ると手足が震えるようになっていた。
その日も学校が終わり菫は真っ直ぐに自宅へと戻った。あの日から泰助の家にも行っていない。
今日も帰宅早々自分の部屋に引きこもる。
どうしてこうなっちゃうんだろ?
大好きな泰助にちょっとでも近づこうと思ってるのに…
最近は引きこもりの人達の気持ちが少し理解できるようになってきちゃった… ちょっとヤバい。
そう言えば私はどうしてこんなに泰助を好きになっちゃたんだろう…
やっぱりあの時からかな…
小学生も3年生ぐらいになると男の子同士、女の子同士で遊ぶのが普通になってくる。
泰助も私から離れて男の子たちと遊ぶようになっちゃうのかな… 私はすごく不安だった。
泰助は明るく行動的でいつも私を引っ張って行ってくれていた… でも泰助がいなくなったら私は…
その時の私は泰助に甘えていた… そして自分から何かを決めて行動することが出来ないでいた。
あるとき泰助は、私を連れて男の子たちが遊んでいる中に入ろうとしたが、その中の一人が泰助に言った。
「女を連れてるんなら入れてやんねーぞ」
どーしよう… 私は泰助に見捨てられる…
「菫を邪魔者にするんだったらお前らとは遊ばねーよ。行くぞ、菫」
泰助は一瞬も迷うことなくすぐにそう言い放った。
私のせいで仲間に入れてもらえなかった…
私は泰助に迷惑をかけたと思い悲しい気持ちになったけど、泰助を見るとこれっぽっちも気にしている様子はなかった。
「あんな奴らは気にすんな。菫にあんなことを言うやつは嫌いだ」
私はその言葉を聞いて本当に嬉しくなった。まだ小さかった私だけど私はその時に泰助を好きになった。
それからも泰助は私の傍でいてくれた。そして私と楽しく過ごしてくれた。
泰助はああ見えて本当は凄く優しい…
でも私もそのことをきっかけに自分を変えようと思った。
もっとしっかりして今度は私が泰助を守ってあげれるようになりたい…
だから私は頑張った。
勉強も出来るように、料理もできるように、自分で決断することもできるように…
特に精神面を鍛えるために私は親戚のおじいちゃんから合気道を習った。
武術を習うことは精神力を強くするのに本当に役立った。いつも誰かに頼っていた私の弱い心は全く別のものに生まれ変わった。
ただ… おまけで武術の腕も上がっちゃた…
でも、せっかく上がった武術の腕なのでこれで泰助を守ってあげようとも思った。
………そう思ってたんだけど… この武術を実際に使った相手は泰助にだけ…
そして技を使えば使うほど泰助の気持ちが私から遠ざかっていってるような気がする。
愛する泰助を私が傷つけてどーすんの? って感じだよね…
もうほんと死にたい… いっそ泰助を殺して私も…
だめだめ、そんなこと言ってたらほんとに殺しちゃいそう…
でも… 泰助の部屋で抱きしめられて… 本当に良かったな。
胸はときめくし、頭はぽーっとしちゃうし、気持ちはふわふわしちゃうし…
それに… あのまま行ってたら… 私達ってどこまでいってたんだろう…
でも… やってしまった。
泰助に愛されてると思うともう我慢できなくなって思いっきり抱きしめちゃった。
まさか人間の肋骨があんなに脆いなんて… 本当に危なかった…
もう少しでまとめてバラバラにしてしまうところだった。
アバラ骨だけにバラバラ………
だめだ… こんなジョーク泰助の前では絶対に言えない。
菫がそんなことを考え部屋で落ち込んでいると、いきなり部屋の扉が「ガチャリ」と音を立てて開く。
「お姉、まだ落ち込んでんの?」
「何度言ったらわかるの? ノックしてから入りなさい。 それにいきなり開けるな…」
あいも変わらず私の部屋を勝手に開けて妹の椿はずんずんと中に入ってきた。
「そんな暗い顔してたらこっちまで滅入るよ… どうせ泰助となんかあったんでしょ?」
「泰助いうな… 呼び捨てにするんじゃない。せめて泰助兄さんと呼びなさい」
「兄さんねー、…泰助で良いじゃん、本人もそれでいいって言ってたよ。それに変態って呼ばないだけましでしょ?」
妹の椿… 見た目は私とよく似ているけど性格は全く異なる。何でもはきはき喋るので快活といえば聞こえはいいが、平気で人の心をへし折ってくる。物怖じしない性格や無限に出てくる行動力は私と正反対。
「だいたい私と泰助が兄さん、妹って呼び合ったら何か兄妹もののアブナい恋人育成ゲームやってるみたいでヤバいよ」
どうしてそう変なことばかり思い浮かぶの?… 何か発想が泰助に似てきたよ… 椿。
「それで… 今回は何やっちゃったの?」
「つ、椿には関係ないでしょ…」
「だいたいさー、お姉 いつまで中途半端なことやってるわけ?」
「ちゅ、中途半端って何よ?」
「いつになったら付き合うわけ?」
「そ、それは… もう少ししたら…」
「何年前からそれ言ってるの?」
「……そ、そんないい方しなくても…」
「もっと好きな気持ちをアピールするとか… もっと行動力出そーよ」
「そんな事言ったって…」
烏丸菫…… 学校で美少女ファイブに選ばれるほどの美貌を持つ。
いつも穏やかな表情で落ち着いている。誰とでも楽しく会話ができコミュ力も高い。
成績優秀、運動神経抜群、まさにパーフェクト少女。
そんなパーフェクトな彼女の唯一にして最大の弱点が泰助である。
そもそもこんなパーフェクトになったのも泰助の世話をできるようにと思ったのが原因だ。
普段は決断力もあり意志もしっかりしていてはっきりとものも言える。
それが… こと泰助のことになると、途端にガラクタのポンコツとなる。
普段泰助の傍にいる時もいつもにこやかで静かにしている。周りの人は流石に菫は落ち着いていて大人だと言うが、実は言いたいことが全く言えないでいる単なるモジモジちゃんの状態になっているだけである。
中学時代にやった泰助と付き合うための努力…
手を繋ぐこと……… を連想して握力を鍛えた。
抱き付くこと……… を想定してサンドバックを抱きしめ練習した。
結果として、驚異の握力が身に付き、抱き付く力は背骨を砕くことができるほどのものになった。
先に惚れた方が恋愛は負けだというが、菫の場合は戦う前にすでに撃沈されている。
“ベタ惚れ”なんて言葉がぬるすぎると思える程、泰助にドハマりして心底惚れ込んでいる。
結果として泰助に自分の気持ちを何も伝えられない状態になってしまい、そんな姉を見て椿はいつももどかしく感じていた。
「お姉はどうして『大好き』って言葉を本人の前で言えないの?」
「じ、じゃあ、椿は言ってるの?」
「そんなの毎日でも言ってるよ、当たり前でしょ…」
「ゆ、佑助君も言うの?」
「言ってくれるよ、言わなきゃいわせりゃいいんだし」
「どうやっていわせるの?」
「ちょこっと関節をキメに行くだけ… 簡単だよ」
………この子の血液を私のと2リットルぐらい入れ替えたら私にもこんなことが出来るのかな?
椿は自分の思いを全て伝えることが出来ている。そして相手の気持ちも聞かせて貰っている。
そんな関係の二人を菫は羨ましく思えた。
菫は決して恥ずかしがり屋でもあがり症でもない。コミュ力は通常の人より圧倒的に高い。
それに決断力も子供のころからの精神修行のおかげで格段に向上していた。
ただ… 泰助が相手の時のみそのどれもが発揮できなくなる。




