早駆けしましょう
同期であり、友人であり、大切な戦友たるターナー将軍の諫言。
皇太子軍主力が姿をくらまし、帝都圏へと痛打を浴びせる恐れがある。戦力として近衛や予備役の軍団を置いてきたが、大橋に戦力を集中させたのは覆しようのない事実だ。
まずい
まずい、まずい。
『意向返しと継承戦の雪辱に燃えている…』
ターナーの言葉が頭にこびりついて離れない。
確かに皇太子派の勢力を削ぐべく、無用な恨みをを買い続けた記憶はある。
罪のない人民を傷つけ、皇太子派の軍人を匿っていればその村や町ごと焼き討ちにした。
立場が変われば、皇太子軍の残党供が同じ事をするくらい簡単に想像できてしまう…。
逸る気持ちを抑えても、身体は正直だ。
「…更に進軍速度を上げるっ!」
「しかし閣下、これ以上は歩兵達が離脱します!ご再考をどうかっ!」
「えぇい、騎馬のみついてくればよいのだっ!大橋で勝利しても、帝都ベルへが陥落したら意味がないのだ!黙って従わんかっ!」
「…はっ!」
「騎馬隊各隊、ホフマン元帥に続け!」
語気を荒げ、乱暴に部下を叱るホフマン。
先代皇帝の頃より、この国を盤石なものにしたホフマンにとって、国家の危機と呼べる人災に遭遇したのはこれが初めてではない。
新興宗教を中心とした農民の反乱。
指導者の中枢たる貴族の離反。
先先代皇帝時代の統一戦時代。
第3国と結託した属国の独立戦争。
そして、先代皇帝が崩御された際の継承戦争。
今現在の第二次継承戦争…。
帝国の歴史とは、流血の歴史だ。
流した血の多さが、降りかかった国難の数そのものを表し、国土は常に戦乱に晒されている。
いつだって絶対的に優勢な戦いなどない。
勝つ時もあれば負けもする、その都度教本や戦術を見直し、戦場を俯瞰して見てきた。
帝都ベルへの見慣れた関所が目視できる。
跳ね橋は下がったままで、火災からの煙が立ち込めている様子もない。とりあえずは安心か?
…だが油断は禁物だ。
帝都の更に深部に、皇帝のいる居城に侵入し、血みどろの乱戦になっているかもしれない…。
正門をくぐり、螺旋階段を登り、長い廊下を歩きに歩き、制止を促す武官を跳ね除け、玉座の間にいるはずのダニエル王弟に謁見を求める。
「帝国国軍ホフマン元帥だ!急ぎ王弟陛下に拝謁願いたい、火急の用だ。押し通るぞ」
「お、お待ちを元帥!」
「こんな時にも留守か…」
本来いるべき筈の皇帝はおらず、空っぽの玉座には王冠だけが鎮座している。
宰相殿とその直参達が情報を取り纏めているようだが、混乱の極みといったところだろう。
情報伝達に齟齬が生じている。
「皇太子軍は捕捉できたか?」
「既に壊滅したとの報告が!」
「それは誤報だ、たわけめ。いいから地図に赤印を書き込め、目撃情報を精査せよ」
「この再捕捉した軍勢は?」
「大橋の生き残り供だろう、捨て置け」
末端まで情報がいくのに更に時間ぎ必要だろう。
いつもの光景といえるが、そこに神出鬼没の女狐がいる事を除けばだが…。
相変わらず喜怒哀楽のない表情に、生気のない視線をこちらへと飛ばしてくる。
気味の悪い奴だ。
早駆けした自分より、どうして先回りできて涼しい顔をしているのか?
「…ホフマンの忠犬ぶりはなかなかだ。ダニエルに貴方の爪の垢を飲ませてあげたいわ」
「エレノア殿か、何か用か?」
「ダニエルなら離宮よ、相変わらずね。用件は私が聞いてあげる、何かあったかしら?」
「白々しいわ、用件なら直接陛下に会って申し上げる。奇怪な術を使う暇があるなら我が軍に協力せよ、技術局の名が泣くぞ」
「ふーん、つまらない」
「私の渇きは、貴方が満たしてくれると思ったのに。また別の者を探すわ、じゃあね」
「……まったく」
煙の様に立ち消えたエレノアを他所に、離宮に籠る王弟を目指し、苛立ちを募らせていた。




