野心を滾らせましょう
なり損ないの数が増えていた。
最初の実験で成功してから、数週間のうちに百名程のなり損ないが誕生していた。
気分を良くしたムツキとシズネによって、考えなしに実験を繰り返した結果だ。
だが、戦力として扱うには些か問題があった。
まず知能があまり高くないので、難しい命令には自分で対処ができない点。
思考能力がとんでもなく低いのだ。
動けと止まれくらいの命令しか聞かず、動けと命令したら際限なく動き回るのが難点だ。
歩哨などをやらせてみても、同じ場所に佇むだけと意味がなかった。
これなら子犬の方が役立つかもしれない…。
「シズネ、彼らの教育係やってみない?」
「わかりました!」
「不肖シズネ、ムツキ先生のお役に立てるよう鋭意努力し励みます!」
「…えぇ期待してるわよ!」
「はい先生!お任せを!」
困ったムツキは、なり損ないの教育をシズネに丸投げする作戦を採用した。
渋られたら無理矢理にでも納得させるつもりだったが、きらきらした瞳で快諾された。
その日からシズネの猛特訓が開始された。
まずなり損ないの装備や武器を整える事から始めたシズネは、傭兵団から巻き上げた資金を運用し、黒い甲冑と兜、短剣に長槍を買い揃えた。
ずらりと居並ぶなり損ない達は壮観で、一見すると彼らは精兵の様にも見え、ムツキ先生と国崩しができると妄想を膨らませた。
シズネの気持ちが徐々に大きくなる。
「…ふふ、これはこれで格好いいじゃないか!私と貴方達は今日よりムツキ様の親衛隊、いかなる時もムツキ様を最優先にせよ!」
「その身は全て先生の為に、御身を捧げよ!」
「「ゔゔぅーー」」
「…一度言ってみたかったんだ、この台詞」
澄まし顔で照れるシズネだったが気を取り直して、訓練を開始する。
なり損ない達を、組織的に移動させる事から始めるが、明後日の方向へ各々が進み、遅々として進まない酔っ払いの集団の様だ。
千鳥足の奴もいる、前途多難だ。
「これでは先生に失望されてしまう、もっとなにか方法を模索しないと…」
「任された仕事が出来ないと、私はまた独りになってしまう、それはダメ、絶対ダメ…」
そこからは試行錯誤の連続だった。
中央のなり損ないに旗を持たせ、掲げた先へ行進させてみたり、鼓笛の音色で全体を統制してみたりと、音で思考誘導する事にはまずまずの成果を上げた。
そこから三日ほどの訓練の後一応の形となったので、ムツキへのお披露目会となった。
「ではタイチョーはじめなさい!」
「ゔっ…」
訓練の過程で最初になり損ないとなった個体とは、意思疎通を図ることが可能となっていた。
シズネはタイチョーと命名して、全体を統括する役目を一任していた。
先頭のタイチョーが旗を掲げると、十人一列となった十組が、長槍を斜めに突き出して規則正しく戦列歩兵の様に行進をしていく。
太鼓のリズムで、木製の目標に向かって突進したり、円陣や方陣、槍衾を形成したりと人間の様な機敏な動きをしている。
最後には槍を胸の中心にあて、栄誉礼の様な格好をしている。
これはシズネの趣味だろう。
「先生ご覧下さい、これが私と先生の人外の兵隊達です!まだまだ未熟な部分もありますが、戦闘を重ねれば、より洗練されるかと…」
「…シズネ」
「はい、先生?」
「素晴らしいわシズネ、シズネは私を驚かす天才だわ。これはきっと役に立つ!食わず・休まず・眠らずの兵隊さん、理想的だわ!」
「…!?せ、先生!くすぐったいです」
「このこの可愛い奴め〜」
近くにいたシズネの頭をひとしきり撫でて、優しく抱擁するムツキ。
なんだかくすぐったい感情に包まれるシズネは、されるがままに身を委ねていた。
「先生、…近々来ますかね奴ら?」
「来るでしょうね、あれだけ派手に暴れたんだから。雁首揃えてくるわよ…。報復の意味を兼ねてね、メンツがなにより大事みたいだし」
「誇りってやつですか?自分の命を懸けて守るものなんですかね、私には意味がない行為にも思えますけど…。兵士ってそうなんですか?」
「誰よりも強く、誰よりも気高くみたいな理想の様なものよ。存在証明と一緒だわ、彼らは彼等らしく。私達はより化け物らしく…ね」
言い終わると、踵を返してすぐさまコモレビの小屋へと向かうムツキ。
小屋の中へ侵入すると、音もなくコモレビのいる居間へとお邪魔する。 反対側の壁にはシズネが佇み、窓の外にはなり損ないが小屋を囲んでいる。
コモレビも慣れた様子でムツキ達と相対し、椅子に腰掛けている。
「この間の話の続きかいムツキ、返事を聞きに来たんだろう?それにしては物々しいね…」
「外の兵士は君の身内かい?」
「えぇコモレビ、今宵は満月だし。貴方からそろそろいい返事が聞けると思ったから」
「ここで終わりにして隠れ潜む日常に戻るのか、それとも私達と共に見果てぬ夢を叶えるか」
値踏みする様な挑戦的なムツキの視線。
ムツキを狂信的に信じるシズネの視線。
窓の外からこちらを覗く大勢の視線。
様々な思惑が絡んだ視線がコモレビへと集中する。軽い恫喝の様にも聞こえるが、コモレビの答えは少し前から決まっていた。
彼女の提案を受ける決意を。
「待たせて済まないムツキさん。僕の復讐に力を貸してくれ、対価は以前君が提案した条件全て、僕の払える全てで変わりはない!」
「承りました、コモレビ。貴方の死後の魂、肉体は私が貰い受けます。これより先、私と貴方は強い絆で結ばれました…」
「それと…貴方の正体は教えてくれます?」
「わかってる、…僕はベルへルミナ帝国の皇太子派の遠縁にあたる血筋の者さ。悪辣な王弟に、居場所を追われ、立場を奪われた惨めな野郎さ」
「居場所を追われたなら奪い返せばいい。望むもの欲しいものは、自分で掴みとるもの。王弟以上に悪者を演じればいい…。幸いな事に、人類の敵が貴方の側にいるんだし」
自分で話すと辛いと身の上話を、ムツキは誠実に聞いた上であっけらかんとした態度だ。
彼女の方針はいたってシンプルだ。
やられたらやり返す。
目には目を、血には血を、暴力には暴力を…。
「全て真っさらにして、貴方が新しいベルへルミナの皇帝になればいいじゃない?それから自分色の世界を創ればいい…」
「コモレビさん、私も微力ながらお手伝いするよ。それに先生の行く道が私の道だから」
「ありがとうムツキ、シズネ…」
ほんわかした空気が漂う中。
「…先生っ!」
「慌てないでシズネ、なり損ない達を!」
「はいっ!」
付近を鋭い目つきで見回すシズネ。
コモレビとムツキも同時に感じ取り、松明の火が群れをなしていた。
「コモレビはここにいて」
「自分の身くらい自分で守るさ、それに女性が戦うのに自分は戦わないなんて、末代までの恥晒しになる気はないさ!」
「怪我しても知らないよ?」
「なり損ない供、コモレビの側に直掩で五人待機!残りは全周囲防御、円形陣で対処する!」
「ゔっ…ゔゔっ…」
なり損ないにきびきびと指示をだすシズネ。
ムツキは小屋の屋根へ飛び乗り、コモレビは愛剣を握りしめている。
傭兵達が遂にムツキ達を捕捉し、仲間の仇へお礼参りしにきた。
松明の火以上に数はいるだろう。
数百人規模の気配がする。
殺意がその場を支配していた…。