悪夢の序章
ビックリした。柏谷にお姉さんがいたなんて。でもなんか、柏谷と違っておしとやかだったなあ。
姉妹って似ないんだな。
なんて思っていた翌日に、事件が発生した。これは本当に突然で、僕はすぐに信じられなかった。ちなみにこの
事件を知っているのは、超人研究部の白木先輩、巌先輩、大塩先輩、僕、河瀬、北原、そして柏谷の7名だけだ。
他には誰も目撃していない。
いつも通りに放課後、部室へ1年2組のメンバーで入っていったとき、無表情で柏谷が白木先輩の前に歩いていって一言。
「お前は口が軽い方だったか。ちょっと反省してほしいよ」
途端に、部室の床から無数の白い手が伸びてきて、白木先輩の足や腕をつかんで、首をしめだした。急なことに、
僕らはみんな最初は呆けて、白木先輩が呻き始めたときに我に返った。大塩先輩が念動力で白木先輩を助け出し、
巌先輩に預けて、柏谷と睨み合いになった。
「なんの真似だよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・。柏谷文佳」
「え?かし、・・あやか?誰だよ、つうかこっちが質問してんだよ!?」
大塩先輩が女子に、しかも後輩にキレるなんて滅多になかった。無理もないと僕は思った。その場にいる誰も、
柏谷の意図が分からないまま、張り詰めた沈黙がおとずれる。が、やがて彼女はため息をついて
「私は部長に約束を破られたんだと思って、頭に来ていた。牧、ちょっと聞いていいか?」
いきなり僕が注目されることになった。
「3年の柏谷文佳に会った?」
「お姉さん?昨日、声をかけられたけど、それが何だよ?」
「何を話した?」
「はあ?別に何もないよ。お前まさかお姉さんにはあの事話してないのか?」
「うん」
その即答に、僕以外も目を丸くした。だって、じゃあ、家族にも話さないことを、あっさりとたかが部活の
メンバー全員にバラした?そう思ったけど、すぐに考え直す。家族だからこそ絶対に秘密なのかもしれない。
柏谷の考え、価値観は元から通常の人とは違うのだから。
「やっぱり失敗だったかもしれないな。入部は。文佳は私の変化に思ったより早く気付いた。
白木先輩、どうやら私の勘違いでした。よく確認もせず申し訳ありませんでした。今後一切あなたの前には
現れません」
どこか虚ろな目で、彼女はきっぱり言った。僕たちがよく状況を呑み込めないまま、彼女は一人で非を認め、
全く何を考えているのか分からない態度をとる。
「牧ごめん。もう別れたいと思ったかな?」
「えっ?なんだよ急に。一体どうしたんだよお前。皆に分かるように話せ!」
今思うともう少し冷静な態度をとるべきだったかもしれないけど、訳が分からない状況でテンパっていた。
危険視こそしていたものの、本当に彼女が他人を傷つけ、しかもその動機を明かさないときた。僕らは、彼女に対して、一体何が出来ると思ってプランなどたてたんだろう。頭の隅でそんな疑問が浮かんだのは果たして僕だけだっただろうか。
「私は牧に文佳と関わってほしくなかった。でも、あいつは牧に近づいた。どこからか私と牧が付き合ってるって
嗅ぎつけた。私の早とちりで同じ3年生の部長があいつに教えたんだと・・・・・それで、つい」
彼女の様子がおかしいのに、そこで僕は初めて気が付いた。普段の柏谷のキャラは影を潜め、罪悪感に苛まれているのではなく、後悔や焦り、怯えがその表情に現れていた。
「お前なあ、たったそれだけのことで、他人の首を絞めたのか。お前自分が普通じゃないのも分かってて、絶対に抵抗できない力を使って。柏谷、これは謝って済む問題じゃないぞ。なあ、解ってんのか!!」
大塩先輩が、気迫のこもった目をして柏谷を怒鳴りつける。しかし、その瞬間柏谷も目を見開いて、今まで聞いたことのない冷たい声音で言った。
「謝って済む問題だよ。大塩先輩は超能力で超能力を持たない人を攻撃しちゃいけないと思っているようだけど、
それは違う。個人の志を他の同類にまで押し付けることを倫理とは言えないんだ。超能力者だけが害をなすか?
好奇心でも自分の大事な思いのためでも、私たちは無条件に他の人間から囲まれる。この部活だってそうだ。
同じ部活の部員だから?同じクラスだから?同じ学校だから?同じ町に住んでいるから?そいつらは絶対に私たちを傷つけないのか?私たちは傷つけられるまで反撃しちゃいけなくて、またその反撃でも手加減しなくちゃいけない、相手と平等な条件を無理やりにでも選ばないといけないのか?
自分のためではなく他人のために力を使う。美しいよ、尊いよ。立派だよ!!お前一人でやってろ!!
私は一度だってそんなこと志さなかった。人間失格かな?生きてる資格ないかなあ!?お前だけ正義か!?
自分が正しいと思うなら今ここで私を殺してみろ!皆も危険因子がなくなって安心するから!
ただし一つだけ忘れるな。お前は私の抱えた重大な問題のことを、よく知りもせず[たったそれだけ]と軽んじた。
大事に守ってきた道徳はもうその時点で、私からすれば価値がなくなっている。私は私を否定するモノが受け入れられないけど、大塩先輩はどうかな?」
どうやら柏谷は軽い気持ちで事件を起こしたわけではなかったらしい。僕らも大塩先輩もそれを理解し、同時に彼女が今まで抑圧されていたことを気付かされた。自由気ままに見えたのに、違っていた。僕は自分の間違いに、こうして彼女が爆発するまで気付けなかった。何が憧れだ、ただの偏見もちの観測者。
「柏谷。僕が悪かったよ」
そもそも皆に柏谷への先入観を与えたのは僕だ。人格に問題がある?ただの悪口じゃないか。自分の人格を疑えよ
バカ。
「でも今は僕と一緒に謝ってくれ。もう一度だけでいいから白木先輩、大塩先輩、みんなに。
さっきみたいなのはダメだよ」
「牧?柏谷の肩に手置いちゃってるぞ恋人の威厳かな?」
「北原ちょっと黙ってて」
河瀬ナイス。
「きちんと頭を下げてごめんなさいと言え。な?お互いの話はそれからだよ」
柏谷はしばらく黙っていた。僕をじっと見たり、視線を逸らしたりを数度繰り返して、小さく頷いた。
意外だったけど、素直に僕の言うとおりにしてくれた。もちろん、僕も一緒に頭を下げて謝罪し、2人は部活を早退させてもらった。




