02 恋敵かと思えば
セオドア王太子の『嫌がらせ』発言のあと、逃げ出したマリス騎士は、マリスの元上司のところへ向かった。
王城の敷地内には王立騎士団の本部も位置している。
本部の中央棟内には、ひと月ほど前までマリスが所属していた騎士団第四隊の隊長執務室も入っているのだ。
第四隊の隊長はマリスの幼馴染でもあるケビンだ。
マリスより七歳年上のケビンは、剣の腕前はもちろん、面倒見の良い性格と恵まれた体躯に加え、洗練された身のこなしに整った容貌も持つという、こちらも、若くして隊長職を務める、大変前途有望な騎士だ。
マリスはケビンを兄のように慕っている。
ケビンもマリスを妹のように可愛がっている。
王太子から髪に口付けされた上に『嫌がらせ』発言を受けて混乱しているマリスは、幼いころから世話になっているケビンの元へと走った。
以前マリスは、剣術大会の一回戦で、相手が王太子だと知らずにセオドアに勝ってしまったことがある。
そのことでマリスは、全方位的に、ありとあらゆる人々から激しく睨まれると言う恐ろしい事態に陥ったが、そのときも、このケビンだけがマリスに寄り添ってくれたのだ。
だから今度も、マリスはケビンに助けを求めた。
しかしあいにく、ケビンは今日も不在だった。
このひと月近く、マリスが王立騎士団を辞す際に短い挨拶をしてから、マリスはケビンに会っていない。
マリスは度々、ケビンの執務室を訪れていたのだが、ケビンはいつも不在で執務室の扉は施錠されたままだった。
ところが今日は、執務室の中に入ることは出来たのだが、第四隊隊長の執務机には、ケビンでは無く第三隊の隊長が座っていた。
どうやらケビンが長く不在になるため、第三隊の隊長が第四隊も兼任するということで、調整されていたそうだ。
第三隊の隊長はケビンが何の任務で不在なのかは、自分も知らないと言っていたが、どうやら、ケビンは騎士団幹部からの特命任務に当たっているらしいのだ。
マリスは目の前が真っ暗になった。
それでは、いったい、マリスは、誰に話を聞いてもらえばいいのだ?
叔父のシャールも今は王都にいて、今日は王城にも来ている。
今日の午後にシャールは国王陛下と謁見するという用がある。
シャールもつい最近、ゼントラン王国に仇なす国賊に対して、知らずに剣術指南を施していたという大失敗をやってしまっている。
ところが、シャールにはお咎めではなく、何やら名誉なことが起こるという話だった。
そんなシャールに、マリスのこんがらがった話を聞かせるわけにはいかないだろう。
いいや!
例えシャールが王陛下に会う予定など無く暇にしていても、無頓着なシャールに「この手」の話を振ってはいけないと、無頓着なマリスにも本能的に察するモノが、ある。
「……この手って、何の何?!」
自分で言ってて、マリスは混乱を更に深める。
ダメだ。逃げないと。
マリスは、第三隊の隊長に言って、騎士団の休暇届の書類を一枚もらった。
◇◇◇
ひと月ほど前、ゼントラン王国では、その国自体を揺るがす大きな事件が起きた。
ゼントラン王国は、西の王国と東の王国に挟まれた大きくはない国だが、東西の大国の緩衝地帯としての地理的な意義は高く、今は賢王と呼ばれるステファン王の治世において平和と繁栄を保っている。
ステファンの唯一の妃であるナターリエ王妃も、国政運営に意欲的で、これまでいくつかの改革に着手し、国を支える原動力を作り出している。
特に王妃主導で行われている女騎士枠の整備に伴い、女性の騎士たちの活躍は目覚ましく、昨今、女の子の憧れの職業として、女騎士が挙げられるという言う話もよく聞かれるようになった。
やはり、国が活気付く一助になっている。
そして何より、ゼントラン王国の現在の輝きの象徴は、王と王妃にとっての、たった一人の御子である王太子なのだ。
その王国の太陽とも言うべき、全王国民どころか、世界中に信奉者がいるという、誰からも好かれ誰からも期待されている、完全なる理想形。
それがセオドア王太子殿下だ。
ところが、ひと月前の事件では、そのセオドアを害しようという策略が実行されようとしていたのだ。
策略を弄した闇組織の暗躍は多岐に渡る。
まず、ナターリエ王妃の母国でもある西の王国内で、違法薬物を蔓延させて、資金獲得と西の王国の国力低下を図った。
そして、西の王国の劣悪王女を操ってゼントランに来させ、セオドアに薬物を盛らせようとした。
更にこのことで、ゼントランと西の王国との協力関係をも粉々にしようとした。
これには、その隙に東の王国が三国を統一するという、野望が後ろに控えていた。
しかも、これらの策略とは別に、東の王国はゼントランの天才剣士を獲得したいと目論んで、とある公爵令嬢の誘拐事件も同時に起こしたのだ。
この全てが、同じ組織の仕業だった。
西の王国内で闇組織絡みの取り調べはまだ続いているが、王女を巻き込もうとした闇組織に対し、西の国王は、全力を挙げて組織の壊滅に力を尽くしている。
それが、実は巻き込まれただけだった王女への、父王からの償いなのだ。
劣悪王女と作為的に噂されていたタチアーナ王女は、現在、西の王国内での嫌疑が完全に晴れるまでと、ゼントランの修道院で侍女と共に保護されることになった。
一方で、闇組織を取り仕切っていたのは、東の王国の王太子の姉、らしいのだ。
この、東の王国の王女かもしれないというジーナは、現在行方不明だ。
それから、ゼントラン王国でジーナを支援していたステファン王の弟にあたるザルノール公も行方が分からない。
ところで、闇組織の策略、
セオドアを害することも、
ゼントランと西の王国の友好関係を修復不可能にすることも、
ゼントランで違法薬物を流通させることも、
加えて、公爵令嬢を攫うことも、
セオドアと、そして、マリスの活躍で阻止されている。
事件の関係者の一人である、東の王国の王太子も捕らえた。
この王太子ゴルドの捕縛は、セオドアとマリス、二人の協力無くしては成し得なかったことだ。
◇◇◇
マリスは以前、剣術大会で王太子であるセオドアを気絶させた直後に、セオドアの武術指南役に抜擢されていた。
そのために人々から、嫌悪感と嫉妬心とを一遍に浴びせられたのだ。
マリスは、これが、セオドアからの『嫌がらせ』に違いないと思い込み、耐え忍んでいた。
そのマリスが、国を傾ける策略を阻む働きをしたことで、一転、マリスへの評価は右肩上がりだ。
期待の花形騎士から、一度、地に落ちたマリスの評判は、こんなふうに色々あって、ようやく持ち直してきたところなのだ。
この方も、マリスへの評価を改めた一人である。
正確に言うと、この方はかなり早い段階から、マリスを公平な目線で見てくれていた。
と言うよりも、恋敵でもあったマリスのことを、尊敬と言っても良い程に羨望していた。
しかも、自分が誘拐されたときにずっと側で追ってくれていたマリスを、今は命の恩人とも慕っている。
この方とは、ゼントラン王国の青き大輪の薔薇君。
十九歳の美貌の才媛。
王太子妃候補の筆頭である公爵令嬢。
シレーヌ・エゼルセフ様だ。
今、彼女が、マリスの目の前に居る。
マリスは、どうしていいか分からない、ぐしゃぐしゃの感情を解くため、シレーヌに助けを求めたのだ。
それにしてもいつの間に、ケビンの次に助けを求めるほどの関係性を、マリスはシレーヌと築いたのでしょうか?




