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双子の帰還


 《いつ魔法を始めるのですか?》


 今日もその問いかけを聞き流しながら、届いた茶会の招待状に断りの返事を書いていた。魔法に関するリスクを把握していない以上、軽々しく踏み出すつもりはない。だからこそ、その質問には答えず、語学の読書や刺繍をしながら日々を過ごしていた。


 共和国は地続きとはいえ、帝国とは文化が異なる。発音やアクセントも微妙に違い、同じ単語でも意味合いが変わることがある。刺繍は淑女の嗜みだ。貴族社会では技量がそのまま評価になる。腕を落とさないよう、無心で針を進める。


 本来なら護身術も続けるべきだと分かっている。だが、少しぐらい休んでも問題はないはずだ。そう自分に言い訳しながら、視線を刺繍枠へ落とした。見苦しい逃避だと自覚している。怠るだけ取り返すのが大変な現実から目を背ける。

 その代わり、共和国の文化を学んでいる。特に食文化は興味深い。魚料理が盛んで、帝国では見ない料理も多い。いずれ制覇したいと思うほどだ。

 そんな日々を過ごしていると、父からの使いが来た。手紙の返事としては速すぎる。帝国と共和国の距離を考えれば、あり得ない速さだ。

 使者として来た騎士を、エドガーに応接室へ案内するよう指示し、着替えてから向かった。入室すると、リズに茶の用意をさせながら用件を促す。

 すると、侯爵家から直接やって来たという騎士が一歩進み出て、口上を述べた。


 「はっ。僭越ながらお言葉を申し伝えるよう仰せつかっております。『ロッテ、誕生日おめでとう。誕生してから十六年の歳月が経った。諸事情があり遅くなったが、誕生日プレゼントだ。これは王から頂いた、賠償の一部として慰謝料代わりに下賜された孤島の利権書だ。好きにするように』――細則はこちらに記入されております」


 孤島の利権書――つまり統治権そのものだ。ペーパーナイフで封を切り、中身を取り出す。


 『魔法使いの歴史を管理している家が昔から欲しがっている王領だった土地である。厄介ごとも付いてくるので遠慮なく手放しても構わない。しかし、そこはロッテの土地なので好きにして良い。私の裁量を仰ぐ必要はない。ロッテにとって素晴らしい経験になるはずだ』 


 要約すると、面倒ごとを含めても貰った方いいという内容だった。騎士に受け取りのサインをし、客室で休んでから帰宅するよう指示する。それから自室に戻った。


 孤島に関する資料は、皇室の簡易調査結果も添えられていた。それによると、原住民がいるらしい。最後の調査報告書は大分前であり、現在の報告はなかった。皇帝陛下は放置していたようだ。詳細を伏せている可能性もある。本来なら調査員として人を派遣して、追加報告を待つべきだろうが……。


 わたしは、二日前に届いた招待状を手に取った。差出人は、共和国に嫁いだ帝国の元第三皇女。交流を深めたい――そんな文面が丁寧な筆致で綴られている。だが、それは建前だろう。暇だから何かやらかす。そして、それにわたしを付き合わせたい。そんな彼女の性質を、わたしはよく知っている。

 帝国の社交界は、笑顔の裏で刃を隠す場所だ。陰湿な足の引っ張り合いなど日常茶飯事。だが彼女は、それを苦にするどころか楽しんでいた。優雅な微笑みを浮かべながら、相手の逃げ道を封じる。礼儀を守りながら、確実に勝ちを拾う。その姿は、もはや遊戯に興じる観客のようだった。だが、手加減や余波について考慮しない、ただただ刺激を求める性質なのだ。だからこそ帝国は、彼女を外へ送り出した。政略結婚という名目の、事実上の厄介払い。

 共和国は帝国と違う。階級制度は緩やかで、国民性も陽気だ。社交界においても露骨な対立は少なく、調和を重んじる。彼女にとっては争いとは程遠い、退屈な環境に違いない。


 可哀想に。……でも、わたしの知ったことではない。


 どうせ他にも目的があるのだろう。共和国は投票制で代表を決める国だ。人脈づくりのため、わたしが利用される未来が容易に想像できた。

 大して交流があったわけでもない。それでも、元王家の人間という立場は厄介だ。無碍に断れば、余計な波紋を呼びかねない。角の立たない断り方を探していた。

 そんな時に父から貰った利権書だった。孤島の視察に出かけてしまえばいい。お見舞いの訪問や、街に降りた時にばったり会うようなハプニングも回避できる。悩んでいたが、ちょうど良い理由だ。平和に暮らすには、それが最も無難だろう。

 もっとも、仕立て屋は呼んでおこう。共和国での正装を、何着か用意しておいた方がいい。


 「お嬢様。僕らが入室したとき、確かに目が合いましたよね? マギー、視界に入っていたのに無視するなんて、あんまりだと思わない?」

 「そうだよね、ネイト。背景の一部のように扱うのは、いささか失礼かと存じます」


 声を掛けてきたのは双子の二人だった。顔立ちは見分けがつかないほど似通っており、動きまで揃っている。鎖骨にかかる長さの髪はそれぞれ結い上げられ、ネイトはポニーテールの執事姿、マギーはおさげの侍女姿だ。もっと幼い頃は衣装も髪型もまったく同じに揃えていた。成長した今も身長まで等しかったら、注意して見なければ区別は難しい。


 「お待ちください。気のせいでしょうか……回想に入られているような?」

 「ネイト、当たりですよ。お嬢様、まさか今まで忘れていた、なんてことはありませんよね?」


 二人は表向きは従者だが、裏では密偵として働いている。密偵は他にもいるものの、愛らしい外見に似合わぬ手腕を持つ彼らには、王子の貢ぎ相手と噂された令嬢の調査を命じていた。帝国を出国する際、二人が不在だったのもそのためだ。最近は静かで優雅な時間を過ごせていたのに——。


 「お二人とも、落ち着いてください。お嬢様のお耳を煩わせるべきではありません」

 「出たよ、エドガー。一言余計な男」

 「そうそう。少し年上だからって、感じが悪いのよ」

 「皆さん、落ち着いてください。エドガーも煽らないでください。事実を言っても通じないでしょう?」

 「ああ、そうでしたね、リズ。失礼しました」

 「「うわっ」」


 賑やかな日常が戻ってきてしまった。あわよくば遠慮したい。この双子と関わると、なぜか周囲の口数まで増えてしまうのだ。


 「お嬢様! 慰めてほしいのです」

 「僕ら、傷つきましたー」


 ネイトとマギーはわたしの側へ進み出ると、片膝を床についた。瞳に涙を溜め、自然と上目遣いで見上げてくる。その根性は大したものだ。わたしは感心しながら軽く二人の頭を撫でてやる。


 「よしよし……あら? あなたたち、少し髪が減ったのでは?」


 そう。口数が増えるのは、わたしも例外ではなかった。年下だから、つい甘くなってしまうのかしら。


 「やっぱり! だって任務中にお嬢様がいなくなっていたんですよ? 僕ら、ちょっと気絶してしまって」

 「そうなのです! 毎朝、枕元に髪の毛が落ちていて……捨てられてはいませんよね?」


 単にタイミングが合わなかっただけだ。捨てるつもりはない。ただ、しばらく任務に出たままでも構わないとは思っていたが。


 「そんなことはないわ」


 曖昧に笑って誤魔化しつつ、まずは挨拶を促す。


 「「はい。只今帰還致しました」」


 ネイトとマギーは礼儀正しく頭を下げた。 


 「ご苦労様、座ってちょうだい。久しぶりにお茶をしましょう」



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