おまけ「オーレアン支部長代理の手記」
――ミーナ=クレイス視点
「……本当に、被害はゼロだった。」
各地の防衛線から、次々と報告が届いていた。
“外縁からの魔物群、撃退”
“地下経路を経由した襲撃の兆候あり、だが阻止済み”
“街内への被害、確認されず”
スタンピードの夜。
私は執務室の窓辺で、遠くから響く轟音をじっと聞いていた。
*****
ブラッドウルフ隊。
完璧な勝利を呼び込んだ今回の一連の作戦を考案したチームの名だ。
エリュシオン・ブレイズの「おまけ」程度にしか思っていなかった、あのチーム。
最初に顔を合わせたときは、正直がっかりした。
覇気はないし、やる気もなさそう。
ギルド側で用意した待機組リストに、ためらいなく名前を入れた。
でも、翌日――彼らはいきなり地下通路を見つけてきた。
あの時の私は、完全に虚を突かれた。
表情は崩さなかったけれど、内心では冷や汗をかいていた。
地下経路からの侵攻なんて、想定すらしていなかったから。
……まあ、もっと驚かされたのは、そのあとだけど。
地下通路の報告を受けたその日の午後。
今度はガイルではなく、シルビア・ロッタ・ブロックの三人が現れた。
そして、頭がおかしいとしか思えないことを言い出したのだ。
“スタンピードで地下侵攻が発生した場合の損害は、すべて自分たち三人が負担する”契約を結べ、と。
当然、理由を問いただした。
返ってきたのは――「リーダーのスキルが覚醒するかもしれないから」という、理解しがたい答えだった。
……何を言っているのか、最初は本当にわからなかった。
ギルドとしては、まるで損のない契約。
問題なく締結はしたけれど、傍目にはただの狂人集団にしか見えないだろう。
だが、彼らはその賭けに――本当に勝ってしまった。
なんと、その脅威の正体を探るだけではなく、“迎撃方法”まで見つけてきたのだ。
……水門を開いて、水を使って押し流す?
そんな都合のいいものがあるわけがない。
仮にあったとして、どうやってスタンピードまでにたどり着けるというのか。
でも彼らは、すでに見つけていた。
さっきギルドを出て、ほんの少ししか時間が経っていないのに。
どうやって……本当に、どうやって?
のちに上がってきた地下構造の調査と照らし合わせても、齟齬はなかった。
ミーティングでその案を出したとき、参謀組たちは黙り込んだ。
最後にはうなずいて、こう言った。
「……いけますね」
だから私は言った。
「では、作戦名は《水龍の口》とします」
彼らの信じるガイルのスキルを、私も信じてみることにしたのだ――。
ガイル。シルビア。ロッタ。ブロック。
一人ひとりの名前も、今でははっきりと頭に浮かぶ。
街を水没させず、
魔物を完封し、
損害ゼロで戦いを終えた。
支部としては、これ以上ない成果だ。
でも――
報告書には残らないことが、山ほどある。
たとえば、シルビアという少女の思考の冴え。
その一つひとつが、戦術そのものを変えたこと。
そして、ガイルという男の直感と判断。
――“ただの察知”ではなく、“未来の危機を選び取る羅針盤”としてのスキルを体得したこと。
これらは、誰にも数字では計れない。
誰にも、資料には残せない。
でも、私は見ていた。
私は、知っている。
だから私は、報告書の最後に一文だけ加える。
「ブラッドウルフ隊は、現地対応において極めて有効な成果を上げた。
その判断力、実行力、連携力は、今後のギルド対応における模範とし得る。」
……まあ、それでも足りないとは思うけれど。
文字数の制限って、あるのよ。お役所って。
私は窓を開けた。
夜風が涼しい。
遠く、水門の方から流れてくる風には、どこか――清々しさがあった。
あの子たちは、もう“おまけ”なんかじゃない。
これから、ギルドの未来にとって――
いや、世界にとっても、きっと。
少しだけ、期待してもいいかしらね。
――ミーナ=クレイス
オーレアン支部長代理




