3−1.命懸け
グアドシル帝国王城の一室
静まり返った薄暗い部屋は至る所に金が使われ、贅を尽くした豪華な部屋には、真紅と金を基調とした豪勢で重厚な椅子がある。
そこに、つまらなさそうに頬杖をついた男が1人座っていた。
深い青色の髪は男とは思えぬ艶を持ち、その瞳もまた濃い青色をしている。
その美しい顔立ちは女性を思わせるが、突き出た喉仏が男であると物語っている。
闇に溶けそうな黒の服はいささか堅苦しそうな軍服を思わせる出で立ちで、ところどころに金のボタンが使われているため、月光に反射して宝石のように光り輝いていた。
その男の後ろには、同じような黒い服で白いボタンの男が1人佇んでいた。
茶色の髪と瞳の男の身長は190はあるだろうか、その身長に違わぬガタイの良さと鋭い目をした整った顔立ちで、両腕を後ろに組んで椅子に座る男の前に膝まづいている男を睨みつけている。
睨みつけられた男は、薄いオレンジを基調とした貴族服の様な出立ちで、妻の趣味であろうか?男であるのにも関わらずレースがふんだんにあしらわれている。
ガタガタと肩を振るわせる男は、年齢よりも些か年上に見えるほどやつれきっていた。
「ダグス、私が貴様を呼んだ理由がわかるか?」
氷のように冷え切った空気を裂く様に、その場には不似合いな気だるげな声が響く
椅子に座った男はめんどくさそうにしつつも、その眼光の鋭さは後ろに控える男よりも鋭い。
肩を震わせた男はガチガチと歯が鳴りそうになるのを堪えて、声を絞り出そうとするも早く答えなければ!!そう思えば思うほど、喉から出るのはカヒュカヒュっと言う掠れた音
「どうした…殿下の問いにさっさと答えよ」
椅子の後ろに控えていた男の、怒りを孕んだ低い声に思わず飛び上がりそうになりながら、やっとの思いで声を出す。
「…ヒッ…ハ…ハイランジアのここここっ事でございまし…しょうか…」
「そうだ。
貴様は随分とマメにハイランジアへ嫁いだ妹に手紙を出しているそうだな、内容は近況報告だが、どう言う訳かその封筒を開いて火にかざすと我が国の軍事機密がいくつか書いてあったらしい。
随分と古臭い方法を使うものだ。」
そう言うと殿下は後ろの男から手紙を受け取り、ダグスの前にその手紙を放る。
まごう事なき数日前に自分が出した手紙、何故コレがここに…これは信頼のおける商人に渡したものだ。
何度か相手とやり取りもできている。
ハイランジアへは先々代の国王同士が結んだ同盟の元、互いの貴族を数多く嫁がせている。
上は伯爵から下は男爵まで、男爵である自分のこんな…下っ端の貴族が出す手紙だぞ、そんな所まで全て確認しているなどと言う話、一度も耳にした事などない。
「こっ…このような手紙におっ「覚えがないなどとは言わせぬぞ」」
「ヒィッ…お許しください殿下!!」
もうダメだ殺される…そもそもこの殿下が決めた事なら、白だろうと黒と言えば力ずくで黒にするお方だ。
額を床に擦り付けるように懇願する。
懇願したところで、どうにもならない事とは分かっていても、それ以外方法が思い浮かばない。
「まぁ、良い。
そう怯えるな、貴様を殺すつもりならわざわざ部屋に呼んだりはせぬ」
その言葉に、思わず床に擦り受けていた顔を上げて殿下を見上げる。
「貴様が今後、私に忠義を尽くすと言うのならば貴様と妻、娘の命も奪わぬと誓ってやろう」
「ももももちろんでございます!!!
殿下に絶対の忠誠を誓います」
こんな上手い話があるわけがない。
だがしかし、家を家族を守るにはこの言葉に縋るしかない
例えどんな代償を払ったとしても
「良い返事だ。
では早速だが…レオン」
ようやく殿下の鋭い視線が外されて、後ろに控えていた男の名を呼ぶ
「ハッ」と短い返事と共に一歩前に出ると
「ダグス卿には我が軍事機密の出所を洗いざらい話してもらう。
そして、今後も卿にはハイランジアの者と引き続き手紙を交わして貰い、こちらの意図した情報を伝えてもらう」
「フッ…詰まるところ二重スパイだな」
足を組み直して姿勢を正した殿下が些か機嫌よく声を出す。
「殿下のお望みのままに」
進むほかない引けば待つのは一家惨殺、最悪奴隷落ち…一歩間違えばハイランジアからも死角が送られるやもしれぬ
金に目が眩んだばかりに手を出した危ない賭けの結果がコレ…腹を括る以外に他ならないのだ。
ダグスが部屋を出ていくと、殿下と呼ばれていた男はため息を一つつく
「ダグスの他にも裏切り者が居るだろう。
引き続き、貴族と商人どもの監視を緩めるな」
「承知致しました」
レオンが恭しく腰を折り一礼して、再度主人の顔を見て思う。
やはり言わねばなるまいと口を開いた。
「恐れながらリンデバルト殿下
顔色が優れないご様子、そろそろ休暇を取られてはいかがですか?
次の侵攻はまだ先です」
「そんな暇などない。
最近は魔獣がやたらと増えて、ギルドからも手が足りんと進言を受けた。
つい先日も国境付近でドラゴンの目撃情報があったと言うではないか、ドラゴノイド共がいつけしかけてくるとも限らない。
それに、休暇ともなれば父上が女共を差し向けてくるからな…」
盛大なため息と共に手のひらで目を覆う
先ほどまでの威圧は鳴りを潜めて疲れの色が伺える
「殿下は本当に女性がお嫌いですね…」
気遣う様なレオンの目を見て、長年の付き合いから何を言いたいのか何となく察する
「勘違いするな男が対象だからと言うわけではない。
女は好かないのだ自分の美しさを引けらかして他者を蔑み、男に媚を売り、その男の金と地位すら自分を着飾る装飾品と思っている女共…あと香水が臭い」
そう静かに淡々と答える殿下を見下ろす。
普段は血も涙もない歯向かえば斬首の冷血殿下と恐れられているが、蓋を開ければ婚期を考えなければならないお年頃、この美貌で殿下という地位、言い寄る女は数えきれないほど…
騎士達が聞いたら歯噛みする事だろう。
「いっそギルドの女達から妃を選ぶか」
投げやりな殿下の言葉に「お戯れを…」と、小さく返すが本気でやりかねないので心配である。