第10話 神剣の入手経路
今回の話は、ロイゼン視点となります。
[side:ロイゼン]
あの水滴は、常識的に考えて、人間にどうこうできるものではない。
そんなのは、頭では分かっている。
だが俺には、十年前のあの時心に誓ったことがある。
だから、ここで逃げ出すなど言語道断なのだ。
◇(十年前)
その日の朝、俺はいつも通り、シスヤ師範の道場で早朝稽古を行なっていた。
「なあロイゼン、今日師範来るの遅くねえか?」
水飲み中。
友人である、シスヤ師範の門下生の一人がそう聞いてきた。
「……ああ、確かに遅いな。この時間なら、普段ならとっくに来ているはずなんだが」
「何もなけりゃ良いんだがな」
そう二言三言だけ交わして、俺たちは再び自主練に打ち込む。
うちの道場は門下生の殆どがストイックなので、休憩と稽古の切り替えは早いのだ。
十分後。
ようやく、師範が道場に姿を現した。
その厳しげな表情に、道場全体の空気がピリッと引き締まる。
……これは普段ではありえないことだ。
うちの道場では、師範がいようがいまいが真剣さに差は無い。
にもかかわらず、こうして空気が更に引き締まるということは、それだけイレギュラーな何かがあるのだ。
少なくとも、これから普段通り型の練習に入ることだけは無いだろう。
そう考えていると、師範が重々しく口を開いた。
「……アチャアの街に、エビルラヴァが現れた」
シーンとした中、師範は更に続ける。
「エビルラヴァ討伐には、弟子たちの力も借りたい」
師範がそう言うと──道場全体から、ざわめきが上がった。
当然だろう。エビルラヴァは、特殊空間にいる高等妖兵にも匹敵する強さの魔物だ。
門下生の半分近くは、もし戦ったとしても数秒で無駄死にしてしまうだろう。
だが、俺はさして驚かなかった。
俺には師範の意図の察しがついたからだ。
師範には、一つユニークスキルがある。
師範のユニークスキルは【総選挙】。
協力者からちょっとずつ力をかき集め、大規模攻撃に転換するというものだ。
師範の言う「弟子の力を借りる」というのはおそらく、【総選挙】発動の際に力を分けてもらおうという意味だ。
だから、実際に戦闘行為に及ぶのは師範ただ一人。
足手まといにしかならない者まで戦わせようとしているわけではないということは、古参の門下生なら分かることなのだ。
師範は先ほどの発言の後すぐに現場に向かって行ったので、慌てて俺やほかの古参門下生もついていく。
それに少し遅れ、戸惑いつつも新入りの門下生もついてきた。
◇
「皆の者! 儂に清き一票を!」
エビルラヴァと交戦中の師範が、そう叫んだ。
いよいよ、ユニークスキル【総選挙】の出番か。
師範が得意とする戦法は、【握手会】という、巨大な手の化身で敵を握りつぶす戦い方だ。
そして今も、【握手会】を発動してエビルラヴァを握りつぶそうとしているのだが……エビルラヴァはかなりの耐久力を誇る魔物なので、いまいち潰しきれていない。
というか、今にもエビルラヴァは【握手会】の拘束から逃れそうである。
おそらく師範は、【総選挙】でかき集めた力で一気に【握手会】を強化し、エビルラヴァを握りつぶしてしまうつもりなのだろう。
仲間たちがそうするように、俺も師範に自身の力を託すように念じる。
一瞬遅れて、倦怠感が体を襲った。
力の引き渡し、成功だな。
「んぬううぅぅぅぅぅ!」
強化された【握手会】は一気に輝きを増し、手を固く閉じていった。
エビルラヴァは断末魔の叫びをあげるが、もう遅い。
数瞬ののち、【握手会】に完全に押しつぶされて体積を失い、エビルラヴァが消滅した。
討伐成功だった。
……しかし。
ホッとして、歓声をあげようとしたその時──師範は口から血を吐き、その場に倒れこんだ。
反射的に、俺含め門下生全員が師範の元に殺到する。
そこへ来て、俺はようやく思い出した。
ユニークスキル【総選挙】には、「98%の確率で使用者は死ぬ」という代償があったことを。
過去二回、師範は2%の狭き門をくぐり抜け、【総選挙】を使用して尚生き延びてきた。
だから、すっかり忘れていた。
「師範なら、また死の代償なしに【総選挙】を発動してくれる」
そう、信じきってしまっていたのだ。
それは俺だけではなかったようで、皆口々に「そんな……【総選挙】の代償が、こんなところで……」などと言っている。
災厄撃退後とは思えない思い空気の中。
突如、こんな音声が聞こえてきた。
<スキル:神剣飛行、適性:神剣所有を獲得しました>
……頭がパニックになった。
否、何も考えられなくなっていたという方が近いか。
現実の時間はしかし、着々と進んでいく。
俺の頭が真っ白になっている間にも、俺の目の前に神剣が現れたのだ。
思わず、神剣を手に取る。
俺にとっては何気ない行為だったが、これは俺が神剣の正統所有者となったことを意味した行いだった。
「ロイゼン、お前……」
先輩の門下生の一人が、そう声を漏らした。
その声には、妬みが籠っているようにも感じられた。
神剣が手に入る魔物を【総選挙】使用者が倒し、討伐者が代償で死んだ場合、神剣は【総選挙】の協力者のうちランダムで一人の手に渡る。
つまり俺は、完全なる偶然で神剣の所有者となったのだ。
「なぜお前なんだ」という目を向けられるのは、自然なことだった。
◇
師範の死後、道場は自主練や組み手の場として、元門下生に解放されることとなった。
だが俺は、じきに道場に通わなくなった。
組み手の練習に誘っても、「お前は神剣の素振りでもしてたらどうなんだ」と言われたり。とにかく、居づらくなっていったからだ。
代わりに、俺は積極的に強力な魔物を討伐するようになった。
俺は覚悟を決めたのだ。
「神剣を持ってしまった者として、どんな困難にも立ち向かう」と。
エビルラヴァ討伐の場にいた全ての者に、「ロイゼンが神剣を得たのは、間違っていなかった」と思わせるまで、俺は諦めない。
たとえ立ちはだかる壁が天災の滴だったとしても──それは、同じことだ。
ユニークスキル持ちは今後も数人出てきますが、「代償無しかつ高威力」のを持つのは浴衣だけですのでご安心ください。





