064_櫻の初恋 【櫻目線】
お風呂の水面を櫻は強く叩いた。水しぶきがあがり1秒も経たないうちに櫻の顔を髪を濡らす。
言っちゃった。言っちゃった。言っちゃったよぉ……。
決定的な2文字を直接言ったわけではないが、余程鈍い人じゃない限り気付いてくれるだろう。
いや……翔はどうせ鈍いか。
湯船に口元まで浸かりながら今までのことを思い出してみた。
翔と櫻は、昔は夏休みに1回、冬休みに1回、春休みに1回、くらいしか会っていなかった。
櫻の家も、翔たちの家も、住んでいる所は大して遠くはなかった。むしろ近かった。電車で数駅程度の距離。
では何故こんなに会える回数が少なかったのかと言うと。
翔のお母さん――櫻の叔母さん――は子供を生むには若すぎた。
お祖母ちゃんは、学生の身分で淫らな行為をした叔母さんに怒り狂い、ついに二人は縁を切った。
お母さんも、そんな叔母さんとは出来るだけ関わらないようにしていた。
だから、あまり会わせてくれなかった。
それでも、なんで年に3回は会わせてくれていたのか。
櫻が、「翔に会いたい」っていつも喚いていたから。
思い出せる中で一番古い記憶というと、おそらく自分が年少だった頃あたりだろう。
翔は櫻より一歳上。
今となっては大差ないが、幼稚園児の一歳差というのはかなり大きい。
翔は、同級生の男の子とは比べ物にならないくらい運動が出来る。
櫻と翔と、あと櫻の近所に住んでいる友達5人で鬼ごっこをしたことがあるけれど、翔が逃げる側だったら全然捕まんなくて泣き出しちゃった子がいたことも覚えている。
翔は優しいから、その次の回以降では、みんなが捕まってしまってあと翔ひとりって状態になったら、わざとゆっくり走ってあげていた。
翔は年中さんだから、ひらがなも書いたり読んだり出来る。夜には櫻に絵本を読み聞かせたりしてくれた。そして櫻はいつも先に寝てしまった。
翔は時計も読めた。当時の櫻は時計の仕組みなんてサッパリだったから、翔はめちゃくちゃ天才なんだと思っていた。
お笑い芸人や戦隊もののヒーローのモノマネも上手くて面白かった。
それに、やっぱり顔も一際かっこよかった。
長期休みごとに翔は櫻の家に3泊くらいするんだけど、櫻はいつも翔が帰ってしまう日にギャーギャーと泣き叫んでいた。
その後もことあるごとに
「ねーママ!翔つぎいつ会うの??」
と、いつもいつも聞いていた。
幼稚園で、同級生のとある男の子のことを好きだとかかっこいいというお友達は結構多かった。
でも、櫻には理解できなかった。
翔よりかっこいい人なんてこの世にいない。
そうとすら信じていたのだ。
「ねーママ、好きな人ってなあに?」
確か、年長の頃だった。女の子たちみんなでそういう話になったけれど、櫻には良く分からなかった。
「そうだねー。会ってないときでもずーっとその人のことを考えちゃって、考えれば考えるほど嬉しくなったりする人かなぁ」
この時、お母さんは重要な部分を省いたのだ。「嬉しくなったり」の後には、それの反対の感情が続くはずなことを今は分かっているが、当時5歳の櫻には知る由もなかった。
「そっかー。」
櫻は気付いちゃった。櫻も好きな人がいる。
幼稚園の中でも仲良い男の子たちはいたけれど、幼稚園のない土曜日や日曜日に「会いたいな」と思うことはなかった。
それなのに、翔とは何ヶ月も会わないのに、毎日、はやく会えないかなって考えてしまう。
櫻の、6歳の誕生日。
誕生日パーティーには翔も来てくれた。
そして数日後、おもちゃよりも何よりも最高の誕生日プレゼントがあった。
「翔くん、もうすぐ櫻ちゃんと一緒に暮らすんだよ。翔くんは今度から、櫻ちゃんのお兄ちゃん」
なんで、どうして、といった疑問が湧く前に、櫻はとにかくはしゃいでいた。
翔は、とにかく櫻に対して優しかった。
毎日手を繋いで一緒に学校に行って、一緒におうちに帰って。
宿題で分かんないところも教えてくれて、櫻が泣いたら頭を撫でてくれて。
櫻のワガママにも、出来るものならほとんどきいてくれて。
あと、成長するごとにますますかっこよくなって。
翔は櫻の自慢だった。
幼稚園児の初恋なんて、自然消滅が大半だろう。
なのに、翔は優しいから、翔も櫻のことを好きって言ってくれるから、櫻はずるずると翔のことを好きなままでいた。
思春期に入った。
小学校低学年の頃は友達の前でも大声で「翔が好き!!」と言えた。
けれどこの時の櫻は既に、親戚どうしで恋愛関係になることは良いとはいえないことを学んでいた。
仮に法律上は認められているとしても。
そうだ。とりあえず、翔よりもかっこいい人がいたら擬似的に恋してみよう。
そして翔に声高らかに宣言するのだ。「彼氏出来たよ」と。
櫻が、翔へと戻ってしまわないように。
自分から離れるんだ。
翔と櫻は別々の中学に進んだ。翔は地元の中学へ、櫻は受験して東浜大学附属中へと。
中学に入ってから、櫻は何人もの男子に告られた。でも全員振った。
やっぱり、翔よりも良いと思える人なんていないから。
けれど、櫻はいずれ翔のことを諦めないといけない。親戚同士なのに、結ばれることなんてきっと無いのだから。
せいぜい翔は、櫻のことを可愛い妹だとしか思っていないはずだもん。
中学生にもなってスキンシップが妙に多いのだって、それは決して恋愛感情や性欲などではないはず。
それは翔の負った心の傷を癒しているだけ。
翔は母親に愛されなかった分の愛情を求めているだけで、恋愛感情ではないはず。
そう櫻は思い続けた。
中三の三月、形式上の卒業式。(大抵の生徒はエスカレーター式に浜高に行くので大してやる意味が無い)
卒業式が終わって帰ろうとしたその時だった。
北山 涼。2個上の先輩。浜高サッカー部員で、元・浜中サッカー部の部長兼エース。
去年、つまり北山先輩の代、浜中サッカー部は県ベスト8まで勝ちあがったという。今まで地区大会すらも勝ち抜けなかった弱小チームだったのに。
顔は、汗が似合う爽やか系のイケメン。
顔だけなら、さすがの北山先輩でも翔には劣るとは思う。でも、頭脳や運動神経といったスペックを考慮すれば北山先輩の方が上だ。
うん、この人なら、翔よりもかっこいいかもしれない。
「あのね、櫻、彼氏出来たの!」
櫻は、やっと翔に自分なりの別れを告げられたはずだった。
やっと従兄離れできそうだったのに。
翔は驚きの真実を告げた。
「俺は、お前のこと……ずっと好きだったのに……!?」
両想いだったのかよ!?!?
謎の怒りが沸いてきた。
櫻の今まで全部を否定されたような気がした。
じゃあ櫻が北山先輩と付き合う意味全くないじゃん!?
櫻たちでくっつけばハッピーエンドだったじゃん!?!?
そもそもこの小説自体要らないじゃん!
櫻は、翔のことを嫌いになろうとした。
そして、翔に嫌われようとした。
話すときには嫌そうな顔をする。酷い口調。とにかく罵る。デフォルトで睨む。
自分至上最悪の態度で接しているのに、翔は櫻のことを嫌いになってくれなかった。
なんで、なんでなの。
櫻が翔のことを嫌いになるか、翔が櫻のことを嫌いになるか、どちらかが成立するだけで良いのに。
翔は櫻のことを嫌いになってくれなかった。
櫻は、どんな自分でも拒絶しない翔にさらに惚れてしまった。
翔には彼女が出来た。翔の彼女は、見た目もものすごく可愛くて、中身も純粋そのもので、頭もすごく良くて。
『実は天使です!』なんて言われても信じてしまえるような少女だった。
しかも、その子は櫻の友達。
親戚うんぬんを除いても、本当に翔のことを諦めなければ、櫻は家族も友達も失ってしまう。
何かに我慢できなくなって、夏頃に北山先輩とは適当な理由を付けて別れた。
北山先輩のことも、本当はそこまで嫌いではないのに、辻褄を合わせるために冷たくあしらわなくてはならなかった。
――おい、櫻!?
――大丈夫かよ!?
目を開けたら、翔がいた。
「あ、櫻!!良かったぁ……。もう風呂入ってから1時間もするのに出てこなかったから。溺れてたらどうしようかと思って……」
翔は安堵の表情で櫻を見つめる。
そんな優しそうな顔されたら照れちゃいそうになるから、頬を緩ませないために目つきを悪くしてムスッとして翔から目を逸らした。
お風呂で今までのことを思い返しているうちに寝ちゃってた……?
あれ?ここ、風呂?
「変態死ねこっち見んなキメェんだよドスケベ野郎!!」
櫻がいつものように酷い口調で罵ると風呂のドアを全力で閉めてからこう言う。
「ちげーーーよ!!これ変態目的じゃないし!!櫻が風呂の中で寝るから悪いんだろ……!!」
翔が去った後ふと思い出す。
そうだ、櫻、翔に告っちゃってる……これからどうしよう!!
「アアアアアアアアアア」
狂ったように叫ぶと、翔は再び浴室のドアを開ける。
「大丈夫か!?!?」
こいつ天然でやってるの?確信犯だったら殺すよ?
もしかしたらマゾ入ってる?罵られたいの?
あーもう分かんないや。純真無垢な乙女のように「キャー」と叫ぶという選択肢は櫻の脳内から消え去っている。
「二回目とかマジありえないんだけど閉めろ出てけ消えろゴミ、次やったらご飯に青酸カリ盛るから!!!」
「櫻が奇声あげるからだろぉーーーーーー!!!!」
今更この口調は直せないや。ふと気がつくと罵倒しちゃってるからね☆
お読みいただきありがとうございました。
次回も読んでいただけると幸いです。
次回予告→櫻と翔ネタ。




