049_最後のデート、別れ
別れ。
昨日の夜は結局寝落ちだった。
重めの話が終わった後。
今まで、付き合ってから半年も経っていないし出会ってからも9ヶ月にも満ちない短い時間だけど、その間に作った数え切れないほどの思い出を話していた。
映画に遊園地にショッピングモールに水族館に繁華街。いろんな所に一緒に行った。
ただただご飯を食べて話すだけの日もあった。
12月24日。世間的にはクリスマスイブ。俺からすればそれどころでもないんだけどな。
朝ご飯は未羽が作ってくれた。
「トーストと、家にある食材で目玉焼きとスープを作っただけなんだけどね」
台所に立ちながら話す未羽を俺は眠さの取れない目で見つめていた。
もしも未羽が普通の人なら、俺と同じ時代に生まれていたら、純粋に『隣の学校に通っている一つ下の女子』として出会って恋に落ちていたのなら。
今みたいに、台所に立つ未羽を、もしかしたら毎日見れたのかもしれないのに。
「ごはん出来たよっ」
「ありがとう。いただきます」
このやりとりを、何万回と出来たのかもしれないのに。
俺は未羽が未来人であると告白されたその日から気になっていたことを聞くことにした。
「なあ未羽、俺らって、もう二度と会えないの?」
自分で聞いたのに、返事が怖い。
「会えるよ」
その言葉を聞いて俺は宙に舞いそうなほど嬉しかった。これでまだ完全なお別れではない。
「何年後なのかは言えない」
「それは良いんだ。未羽、俺は何年でも何十年でも良いから、待ってちゃダメか?」
「ごめんね。もう、彼氏彼女としての関係にはなれないんだ」
そんな。
お別れじゃないという点では嬉しいのだが、もう未羽を彼女として愛せないなんて。
「ここまでなら言える。翔は、あたしにまた会える頃にはもう結婚してるよ」
はい?未羽以外の女と俺が結婚?
「誰とだ……?」
「それは言えないよっ」
未羽はにやりと笑った。
うーん、未羽以外を好きになる。スキニナル。
それすらも想像が難しい。難しい。難しいはずだったんだ。
脳裏に微かに浮かんだシルエットがあった。
いやそんな訳はない。ありえない。あいつのことを未羽より好きになれるなんてありえない。
「今誰のこと考えた?」
未羽は、まるで子供のように無邪気に笑う。
言っていることはなかなか怖いのだが。
「翔。あたしの任務は、最終的には翔を幸せにすることなんだ。具体的に言えば、翔が過去とか他にもいろいろあってひん曲がってた性格を矯正することとか?」
「ぶっちゃけ、あたし自身こんな立場になるとは思ってなかったし、あたしは結局翔を幸せにすることは出来ない」
「翔は素直になれば絶対幸せになれるから。これ、未来から来たあたしからの遺言ね。切り替えて早く新しい恋しろよ~」
遺言って、お前死ぬのかよ。
自分の中でも、当分未羽のことを引き摺るつもりだったのに、恋とか当分ごめんだって思ってたのに、こんなこと未羽に言われちゃったら俺はどうすればいいんだろうな。
「最後にひとつだけ聞いていいか?」
「なぁに?」
「俺は未羽のことを忘れない?」
「翔が幸せになればなるほど、徐々に忘れていくよ」
未羽のことを俺はなんとしてでも忘れたくなかったのに。
「じゃあこれからの一生ずっと不幸に過ごすことにしたら覚えていられるのか?」
揚げ足を取ったような質問をした。未羽は少し悩む素振りを見せた。
「あたしは、翔に会う前に、大人の翔にも会ってるの。そのときまでに再び全て思い出せるから」
「あたしが会った翔が幸せそうだったから、翔は一生不幸に過ごすことは不可能だね」
分かるような分からないような理論だ。タマゴが先かニワトリが先かみたいな問題か?
「あたしは本来この時間軸にいるはずのない存在。あたしがいた痕跡は不自然にならない程度に徐々に消えていく。スマホの中の写真も何ヶ月かあとにデータが吹っ飛んだりして私が写っているものだけ消えると思うし、現像した写真は勝手にどこかに消える。まあ、実際には未来側の操作なんだけどね」
人間としての俺の記憶にも、何かの媒体を通じたメモリーとしても残らない。
「じゃあ俺が今から『未羽大好きだーー』とか紙に書いたら?」
「それは残るかもしれないけど、『あれ、未羽って誰だっけ』とかなると思う」
そんな、そんな、そんな。
「まだ研究が進んでるわけじゃないからもしかしたら間違っているかもしれないけど、あたしの存在についての記憶は『名前も顔も思い出せないけど確かに好きだった元彼女』あたりになると思う」
朝からまた重い話にしてしまった。聞いたのは俺だけど。
「記憶媒体を通じてのあたしは確かに完全に消滅する。ここにいた証拠を残しちゃいけないから。でも、あたしが翔に会った瞬間、翔はあたしのことを思い出せる。大丈夫だよ。それまで待ってて」
「じゃあこの話は終わりね。最後にちょっとお散歩しよう」
俺は未羽の指を俺の指に絡めた。きっと手を繋ぐのは、未羽に関しての記憶がなくなる前の俺にとっては最後になるであろう。
別れのその瞬間まで手を離すつもりはないから。
「おじゃましました」
「じゃあ最後どこ行く?まだ店は開いてないぞ」
「……ただ、あてもなく」
本当になんとなく歩いていた。本当は今日も終業式とかがあるのだが、もちろん未羽が優先だ。
「あれ俺の小学校だ」
「あ、あれは昔良く遊んだ公園」
そういうレベルの近所をぷらぷらと。
でも話しながら歩いていると時間はあっという間なのだ。
別れの時間まで1時間を切った。
俺らは駅の方に向かった。
駅の裏のお気に入りのいちゃいちゃスポットに来た。この表現もあれだが、駅近くの割りに人目に付かないってことだ。
「これ、あげる。クリスマスプレゼント」
「ま、マジ?ありがとう、でも俺何も用意してなくて……本当にごめん」
「何かくれたとしても、帰るときにどうせ没収されちゃうから」
ああ、本当に未羽はいってしまう。
乗らないといけない電車の時刻まであと10分。
駅の真裏だからすぐなのだが、乗り遅れたら本当にやばいらしいので余裕を持って行動しないといけない。ゆえにそろそろ別れないといけない。
最後のキス。今までで一番、長く。
じゃあね、を言おうとしたその時だ。
「あのね、あたし、帰ったらすぐに翔に会いにいけるの。もう大人になっちゃってるけどね」
「そうか。じゃあ未来の俺にもよろしくな」
「翔、さっきの遺言忘れるなよ?ぜーーったい、幸せになってね!」
遺言の使い方間違ってるぞ、なんて指摘はしない。
「未羽の残した言葉なら守ってやるよ」
「未羽も楽しく生きろよ!絶対俺に会いに来いよ!」
せーの、なんて合わせていないのに、最後の言葉はハモった。
「今までありがとう、未羽、大好きだよ、元気でな」
「今までありがとう、翔、大好きだよ、元気でね」
本当にぴったりのタイミングだった。
最後の最後はぎゅっと抱きしめる。いつまでも離したくはなかったが、仕方がない。
短めに済ませて笑顔で改札まで送る。
未羽はホームへの階段を下っていって見えなくなった。
最後は笑顔で別れることができた。
本当に、お別れだったのか?
また8時3分のホームにしれっといたりしないかな。
叶わない願い。
こんなに実感がないのも、無意識に現実逃避しているからなのだろう。
しばらく改札前に立ち尽くす俺を、営業っぽいサラリーマンや買い物かなんかのおばちゃんとかが邪魔そうに一瞥しながら通り過ぎていく。
それすら、俺が気づくまでには時間がかかった。
お読み頂きありがとうございました。
次回も読んでいただけると幸いです。
次回予告☞家に戻った翔に来客が。
ちなみに、別れてそのまま終わりではないのでまだしばらく続きます。
予定よりかなり長くなってしまった……。
もう少しお付き合い頂けると嬉しいです。




