021_元・仮彼女の失踪
翌日。つまりは金曜日。未羽が学校に来ていないと知った次の日。
「どしたの翔、元気ないじゃん」
自席でぼーっとしていたところ下倉に声を掛けられた。
「いやあ……」
「悩みでもあったら聞くよー?」
俺と目線が合うか、それよりも若干低めにかがまれた。
少なくとも佐藤よりは使い物になるかな。いやでも……。
別れたのをチャンスに猛アタックされても困るし。あと……俺のこと好いてくれるやつに恋愛相談なんかするのは申し訳ないかな。
「……ちょっと話しにくい、かも」
「ふーん、じゃ、いいけど。話したかったら言ってくれれば」
立ち上がってから、付け足すように言う。
「全然ちがかったら申し訳ないけど……未羽ちゃんネタだったら私に遠慮とかいらないから」
「で、どしたの?」
結局その日の放課後、下倉とスタバで話すことにした。
「うーんと、はじめに言っとくけど下倉は全く悪くないから」
「…?」
それから、一部始終を話した。
「ご、ごめんなさい……私が誘っちゃったから、」
「だから下倉は悪くないっつの」
「学校……連絡くらいとってくれないのかなぁ?櫻ちゃんと未羽ちゃん同じクラスなんでしょ」
きっと言えば櫻は協力してくれる、というか言わなくても必死で未羽を探しているだろう。
「櫻に聞いてみる」
「うん、私にも出来ることあったら言って、汚れ役でもなんでもするから」
月曜日、櫻は家に帰ってきて
「未羽ちゃんの実家はこの辺じゃないんだって。でも浜高の特待生で入れるほど頭良いから学校側が家賃補助してくれてるんだって。だから…家の位置は教えてくれなかったけど、どこかは分かってるんだって。でも今…居留守か留守か分かんないけど、ピンポン押しても出てこないらしくて」
そんな、引きこもり、もしくは家にいないなんて。まだ引きこもってればいい。
あのままどこかへふらっと出掛けて誘拐でもされてたら?事件に巻き込まれてたら?
過剰な心配かもしれなくても、考え出したらキリがない。
「未羽、無事かな」
「無事を祈るしか出来ない、よね」
俺にはもう何もすることが出来ない。
また、いつものように駅のホームで会えればいいのに。再会を願うしか、無事を祈るしか。
街で黒髪のボブの人を見かけるとじーっと見てしまう癖がついてしまった。
きっと頭のどこかで未羽を求めているのだろう。
そして、分かっていたはずなのに、振り向いたのが知らない人だと寂しい気持ちになってしまう。
他のやつなら消えてもなんとも思わないのに。
俺はちょっと浮かれてたのかもしれない。
毎日毎日未羽と電車に乗って話して学校に行くのが、当たり前の日常になってしまっていたけれど。
本当はめちゃくちゃ楽しくて。
俺は未羽と出会ったことによって、下倉への接し方が変わってしまったことも自覚している。
自分に好意を向けてくれる人に冷たく出来なくなってしまった。
未羽を見て、俺も変わった。
しかし変化は、必ずしも良い方向に向かう訳ではない。
冷たく当たらないこと自体は良いことだ。しかし、(下倉に気があるかもしれない、という意味で)微妙な態度をとってしまっていいのか?それに、あの日少し下倉に揺れてしまいかけたのも事実だ。
両方に申し訳ないことをした。だから俺は今選ぶ。
未羽はただの通りすがりの人、で終わるはずだった。
今、遠回りはしたけれど、関係は終わりかけている。向こうからすれば終わったも同然なのかもしれない。
でも俺は残念なことにこの瞬間気付いた。
いつの間にか日常に組み込まれていた、元・仮彼女の、未羽のことが……
未羽がいなくなってだいたい3週間、終業式の日。
「見つからない?」
今日も下倉は、下倉とは直接関係のないはずの未羽の心配をしてくれている。
「うん……」
正直、半分以上諦めていた。もう会えないんじゃないか。あれは一瞬の幻だったんじゃないか――。
「もし…会えたら、教えて」
「なあ、なんでそんなに未羽のこと心配してくれんだよ、お前の知ってる奴でもないし、ましてや俺の彼女だぞ」
下倉は瞬きをひとつして答える。
「私から見た翔みたいに、翔の、大切な人なんでしょ?」
「だって今俺はフリーだぞ……未羽なんか見つかっちまえばお前はもう可能性無いんだぞ!?!?」
好きな人の好きな人がいなければいいのに、とか思わないのかよ。
「未羽ちゃんがいなくて笑わない翔よりも、未羽ちゃんにとられてても笑ってる翔の方がマシだから」
「下倉、」
確かに何かを言おうとしていたのに、下倉は誰かに呼ばれて話は中断された。
その後、俺は自分が何を言いたかったか忘れてしまった。
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