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地獄の男爵(デビル・バロン)


「で、今日の酒はどこだ?」


「あっ? 縫香さん。いつの間に!?」


 声がした方を見ると、いつもの場所に縫香さんが足を組んで座っていた。突如、そこに現れたとしか言い様がないが、事実、シフト能力を使って、帰ってきたのだろう。


「酒は鹿島神社にいくらでもあるが、あまり飲み過ぎるでない。一応は供物でシャンダウ・ロー様に捧げられた物なのだ。テラヴィスを探し出す為という理由で、お分けしていただいているのだから、ありがたく飲んでくれ」


 そう言いながら、ラビエルさんがお供え物の一升瓶を、どこからともなく取り出して、縫香さんに渡していた。


「普通ならお下がりと言う名目で神主達が飲むんだろ? 神様が本当に飲むわけじゃないさ」


「あらあらいきなり大人の時間ね。すぐにグラスを持ってきますわね。未成年は呑んじゃだめよ」


「縫香おねーちゃん! グラスが来るまで待てないの!?」


「一刻も早く、魔力を身体にみなぎらせたい」


 そう言うと縫香さんは一升瓶の蓋を開け、いきなりラッパ飲みしていた。その後に酒臭い息を吐くと、マナ煙草を吸って宙に吐き出す。幸いこの葉っぱは普通の煙草とは違って煙たくもなく、匂いは新緑の爽やかな香りなので助かっていたが、絵的にはとても行儀の悪い状態だった。


「ぷはー、力がみなぎるー。生き返った感じだ」


「やだもうお酒くさーい」


 と悲鳴をあげて硯ちゃんがラビエルさんと場所を交代する。慌ててキッチンからグラスを持ってきた襟亜さんが縫香さんの隣に座ると、小さな酒宴が始まっていた。


「で、犬の件はどうだったのじゃ?」


「あー……あんな悪趣味な事をする奴、私は一人しか知らないよ」


「ほう、心当たりはあったか。という事は、某奴の所在もつきとめたのか?」


「まさか。あいつは地獄から出てくる事は無いよ。なにせ男爵(バロン)様だからね、プライドとか建前とかそういうものの方が大切な奴さ」


「地獄の男爵とは、いきなり大物が出てきたな。なるほどテラヴィスを匿っていたのはそやつか」


「さぁねぇ、そこまでは分からない。だってテラヴィスには追いつけてないし、男爵様も挨拶代わりに粗品を投げつけてきただけで、今は様子を見てるだけみたいだし」


「お前がテラヴィスを追えたら、動き出すつもりなのだろうな」


「追うのは簡単。ものすごい強さの魔力の塊だから、龍穴が歩いている様な物だな。でも捕まえるのは難しい。私は戦いはからっきしダメだからね。避けて逃げる事しか出来ない」


「その為に私が居るんですよ、姉さん」


「うん。まだ、今日は襟亜の出る場面は無かったが、そのうち来て貰わないと困る事になりそうだ。テラヴィスよりも、私と同じく、テラヴィスを追っている他の奴らの方が厄介でね」


「どんな奴がいるのだ? 天界の助力は必要か?」


「必要かもしれないね。今日の所は遠巻きに様子を見ていただけだけど、地獄からの追っ手が6人ほど居た。中には既に追いついてテラヴィスと一戦交えた奴も居た」


「……人間界でか?」


「そう、人間界で、人間を巻き込んで」


「度し難い奴じゃな。人間を巻き込むとは、禁を破ったか」


「ああ、そしてどこかの神の怒りに触れて、そいつは居なくなったよ。テラヴィスは上手く逃れたみたいだし、他の追っ手達はさすがに手を出さなかったね」


 目の前で、絵空事の様な状況が話されるのを聞いて、久方ぶりに自分がただの人間だという事を痛感した。俺には何も出来ない。ただ、話を聞くだけしか。


「今回は、弓塚君にも手伝って貰うよ」


「え? はい!? お、俺?!」


「人間を巻き込むつもりか?」


「彼、対魔法用の最強の盾になるから」


「弓塚と言ったか、良いのかそれで? 天使としては、人間を守る使命を持っている以上、君も当然守らせてもらうが」


「という事は、真結もひろくんの事を守るんですね」


「そうだな。だが真結も無理はするな。危険な相手の時はすぐに私を呼べ」


「真結姉ちゃんが危ない時は、硯もすぐに行くから」


(そうか……俺は盾として使われるのか……)


 人間が人間を盾にする事をヒューマンシールドというが、つまり、あの盾側をやれという事だった。きっとテラヴィスという魔女が強力な魔法で攻撃してきたら、俺は盾になってその魔法を弾く役目をするのだろう。


「そうですね……俺に出来る事があれば、やります」


「一応、言っておく。人間を巻き込むのはやめろ。禁に触れるぞ」


「巻き込まずに済めば、そうするよ。ただ、相手が相手だし、それを追っている奴も厄介だからね。私と襟亜だけじゃ手が回らないし、天使様が来ても手に余るかもしれないよ?」


「わかった。天界への助力を求める件はつねに考えておく。そちらも魔界からの助力を考えておいてくれ」


「魔界の長老達は見て見ぬふりしてるから、無理だと思うけどね」


「情けない奴じゃのう」


「魔法使いは神様とは違うからね。義務とか秩序ってのは、最低限しか無いの」


「さてどうしたものか。とにかくテラヴィスの居場所をつきとめたら、連絡をくれ。その時にはシャンダウ・ロー様の力を借りよう」


「ま、それが一番スマートな方法だろうね。シャンダウ・ローが捕まえたなら、他の神々とテラヴィスの処遇を協議するだろうから、一番平和的な流れになるだろうし」


「うむ。避けられる争い事は、避けた方が良いのじゃ」



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