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テラヴィス=アイスクロウ


「竜の心臓を食べるって……悪い事?」


「そう正面切って問われると微妙なのじゃが、人が強くなる為に他の強者の心臓を食べる風習は、今風ではない、というのと似た感覚じゃな」


「ありがとうございます。そんな感じなんですね。オカルトめいた事なんですか」


「竜の心臓を食べた者は、その竜の魔力を得ると言われているの。その話自体がオカルトだったから誰も試した事なんてなかったけど、今から300年ほど前にそれを本当にしちゃったのがテラヴィスという魔女」


「さっ、300年!?」


 500万の次は300年と、今日の数字の桁は非日常的という言葉をも越えていた。300年前に竜の心臓を食べて、未だ生きているなら、それだけで竜の魔力を得られるというのはオカルトではなかったという証だった。


「竜と魔法使い達から追われたテラヴィスは、魔界から逃げて地獄界に潜んでいたらしい。天界からも何度か追っ手を放ったことがあったが、帰る者は無しじゃ。地獄界の奴らにも手に負えなかったらしいが、最近、自ら姿を現して、この人間界にやってきた」


「何の為に来たんですか?」


「本人に聞くしかないじゃろう。ここ人間界での表だった争いは平行十二世界の神々によって禁じられている。禁を犯せば全ての神と悪魔が動き出すだろう」


「事実、既にシャンダウ・ロー様は私を降臨させ、そして何者かがテラヴィスを探す縫香にちょっかいを出している」


 縫香さんの言葉通りだった。そのテラヴィスという魔女が何を考えているのか分からないが、この人間界に来た事で色んな神様と悪魔――俺の全く知らない様々な世界の神々が――動き出しているのだろう。


(縫香さんは仕事と言っていたけど、テラヴィスを探していたのか……)


 燃える犬を投げつけてきたのは何者か、その意味する所はテラヴィスからは手をひけという事なのだろうか。

 それでも縫香さんが手を引かなかったなら、どうなるのだろう? もしテラヴィスという魔女を見つけたらどうなるのだろう?

 分からない事だらけだが、無事ですまない事だけは予想できた。


「どうして、縫香さんがそんな大変な事に巻き込まれているんですか? あの人の性格から考えたら、他人事だと割り切りそうですが」


「それは、シャンダウの神様がウサ子先輩を通じて、真結にもテラヴィスを探す様に命じたからなのです」


 次のクッキーをもそもそと食べながらそう語る真結からクッキーを奪って食べると、ラビエルさんは俺の方を見て言った。真結は何事も無かったように、別のクッキーを口に運んでいた。


「お前の言う通り、縫香は断ったのじゃが、私がこうして人間界に来てテラヴィスを探す以上、いつかは下級天使である真結にも災いが降りかかる事になる」


 クッキーを食べている二人に襟亜さんが紅茶の入ったカップを渡すと、二人とも頭を下げて礼を言ってから飲んでいた。


「或いは敵は、真結がまだ最強の魔法使い『フェイトスピナー』だと思って、仕掛けてくるかもしれない。とどこかの天使様が煽ったからでしょう? 報酬として、捧げ物の高級酒をみやげに持ってくるという約束も、忘れてませんわよ」


「報酬は酒ですか……」


「お兄ちゃん覚えてる? 縫香姉さんの体質は、魔力をつなぎ止められないって話」


「それでいつもタバコっぽいものを吸ってるんだよね」


「うん。お酒が神様に捧げられるのは酒に魔力が宿るからとか、お酒によって魔力を強くできるからとか、諸説あるけど、縫香お姉ちゃんの場合、酔っている間は魔力をつなぎ止める事が出来るの」


「ただ単に、お酒が好きなだけじゃなかったんだね……」


「いくつもの平行次元世界を自由に渡り歩く事が出来るのは、その体質のおかげでもあるのじゃ。縫香は自分自身を魔力の流れの中に溶け込ませる事で、実態を溶かす事が出来る」


「プレーンウォーカー(次元の旅人)は、誰でも勉強すれば出来る仕事じゃないの」


「人間界に出てくる魔女や悪魔は、皆。ただ者ではないのう。普通の力しか持たぬ者が、それぞれの世界から出てくる事は無い。そこで出会う敵は皆、何らかの強い力を持つ者だから並みの者では相手にならぬ」


「縫香姉さんみたいに完全に魔力に混在できるプレーンウォーカーは、他に見た事が無いわね。その副作用として、魔力を身体に止めておけないんだけど」


 この四姉妹がただものでない事は、重々分かっていた。そして同じ様な存在が他にも居るのだろうという事は、町田との会話の中でも何度か出てきていた。というのもリザリィは皆に比べると、とても普通の女の子に思えたので、本当はとても強い悪魔なのだろうが、その真の力を見た事が無いというのが話のきっかけだった。


 俺達、ごく普通の人間は、平凡な日常から逸脱しない限り、魔法や奇跡は全て架空の物語の中での出来事だった。

 神も悪魔も想像上の存在で、人の生と死の関係も謎に包まれて知らぬまま生き、そして死んでいく。


 そもそもこの人間界という世界が平行世界の中の一つであって、そして人間という存在は幸せを感じる事によって魔力を産み出す生き物で、その能力が故に平行世界の神々達から保護されているのだが……そんな事も知る人など居ない。

 だが、普通に生きていくにはそれで良いし、人々がつつがなく普通に生きていける様にこの世界を守る人達も居るのだろう。例えば元々隣に住んでいた老夫婦のうち、おばあさんの方は龍穴を守る魔女だったらしいが、そんな事は一言も聞いた事が無い。おじいさんは知っていたかもしれないが……。


 俺は町田にあっさりと喋ってしまったが、町田が町田で無ければ、ただのオカルトとして無視されていたかもしれない。そしてその時には多分、来島かしこという女性がこの世に産み出される事は無かった。それが普通なのだが、町田は俺の言葉を信じた。そして奇跡はおき、来島かしこという存在が産み出された。



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