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やっぱりギリギリで悪


「ただいまー」


「お邪魔します」


「あら、今日は随分と早いのね、そろそろ倦怠期かしら?」


 玄関に入って第一声から襟亜さんのきつい一言を受ける事になってしまった。息を吐くように嘘をつくという言い方をする事があるが、襟亜さんの場合は、息を吐くように痛いところを突いてくる。


「違うの、真結がひろくんとまだ一緒に居たいから、おいでって言ったの」


「あらあらそうなの? まるで犬みたいねぇ」


(犬ぅ!? 俺の事!?)


 いったいどう考えたらそんな表現に辿り着くのか、さすがにこの時は憤りを通り越えて驚くばかりだった。


「ひろくん、おいでおいで」


 と真結に呼ばれて悪い気がしなかったのは、確かに犬っぽい所が自分にあるからかもしれなかった。よくよく考えてみると、俺もヒーローモードの町田のような行動的なタイプでは無い。真結が絶命した時は助けたい思いで必死だったが、それでも縫香さんに助けられてようやく自分の願いを口にしたぐらいだった。襟亜さんのようにストレートに現実を言葉にする才能は俺にはない。いや、襟亜さんほど辛辣な言い方も、普通に生きていく限りは全く必要無いが。


 真結に呼ばれて玄関に上がる俺を見ても、襟亜さんはその事自体は嘲る事は無かった。顔はいつもどおりのにこやかな笑顔だったが、それは客人をもてなす歓迎の笑顔だった。礼儀作法はきちんとしている、それでいて強くありながら暴力的では無い。そうでなければただの嫌な人だった。コイルさんは襟亜さんに好意を持っていたらしいし、魔界ではカニスという家のお嬢様で、人気があるらしい。

 俺達に背を向け、背筋を伸ばして廊下を歩く後ろ姿を見ていると、黙っていれば確かに良妻賢母な感じのする美女だと思う。物腰も柔らかで口さえ開かなければ、或いは言っている言葉が聞こえなければ、その笑みが地獄の笑みと言われる事も無いだろう。


「邪魔よ」


 ばきっ!


「grr...」


 ああ、でも、この全身毛だらけの使い魔に対する容赦ない横暴さは、もう少しなんとかした方がいい様な気もする。


「あの……使い魔さんが……」


「大丈夫よ、ちゃんと手加減はしてるから」


「いや、あの……どいて、と言えば済むんじゃないかなぁ、と思って」


「言って退くならそうするわ。でもね、この子っていちいち、何故ホワーイ? って理由を聞いてくるのよね」


「はぁ……」


「まず、あの両肩をすくめて、手をあげて疑問を表現する外人っぽいポーズがイラッとするの。あれだけでも殴り倒す理由になるわ」


「なるんですか!?」


「だってこっちはどいてって言ってるのよ? どうしてさっさとどかないの? 弓塚君はどかないの?」


「いえ、どきますけど……」


「でしょう? ねぇ? 真結もそう思うでしょ」


「真結は無理矢理押し退けて通るから大丈夫」


「……分かりました。どいてと言ってどかない使い魔が悪いんですね」


「そう! 分かってくれる? 使い魔なのよ? どうして主人の私達の命令に対して、いちいち疑問スタイルなの? そもそも使い魔なんて要らないのに、縫香姉さんが毛のモフモフ感を楽しむ為だけに連れてきたのよ?」


「そうだったんだ……使い魔って、主人の命令を聞いて、色々と仕事をするものだと思ってました」


「それがしないのよねぇ、なんにもしないの。だから殴り倒してどこか邪魔じゃない所にしまっておくしかないの」


(……使い魔も悪い所はあるけど、襟亜さんはやっぱりギリギリで悪だよな……)


 辿り着いた結果が、殴り倒してどこかに放り込んでおくというのは、賛同できる事じゃなかった。

 そして気絶した使い魔を小脇に抱えて襟亜さんは家の奥へ行き、俺と真結はリビングに入る。リビングではテレビとノートパソコンと携帯端末を使って、硯ちゃんがお金を稼いでいた。


「……硯ちゃん、調子はどう?」


「大荒れで殆どの株をお金にしてる所。各国の政策次第で微妙に上がったら、すぐに化けの皮が剥がれて暴落するから、まともに投資も出来ない」


 これが今時の小学生の言葉らしい。


「ちなみに資産って、幾らぐらいあるの?」


「……それはひみつです」


「そ、そう」


 他人に家の貯金を聞いた俺の方が不躾だっただろうか、しかし株と投資だけで毎月の生計を稼ぐ方が俺には理解出来なかった。


「あ、その名前の会社は、なんだか悪い感じがする」


「えっ、どれどれ? この会社?」


「そう。その会社」


「じゃあ、これは売り。いい感じの会社は無いの? お姉ちゃん」


「えっと……うーん……この会社とか、普通な気がする」


「ああ、うん、そこは少しずつ買ってる。しばらくは大丈夫って感じ?」


「そんな感じ」


 天使のささやかな祝福の力は、株取引に遺憾なく発揮されている様だった。


「硯ちゃんって、やっぱり頭が良いよね。学校の成績とかすごいの?」


「うん、殆ど満点ぽい。体育以外」


「……運動が弱点なのか」


「体力的な事はもう諦めてるからいいの。病気にならなければそれでいいの」


「将来、硯ちゃんがどんな女性になるのか、楽しみだわ」


 使い魔をどこかに置いてきた襟亜さんが、飲み物とおつまみを持ってリビングへと入ってくると、笑顔でそう言った。


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