6.俺がヒーローになる!
◇
「お、お、おい、彩! ちょ、ちょ、ちょっと見てこいよ!」
シメジさんが声を震わせると、彩さんはガチガチになりながら返した。
「こ、こ、こういうのは男が行くってのが、相場ってもんでしょ! シメジが行きなさいよ!」
「ちょっ! やめっ! 押すなよ!」
「シメジだってなんで私の腕を掴んでるのよ!」
彩さんとシメジさんのやり取りに、佳鈴が耳打ちしてきた。
(ねえねえ、あの二人って、本当につきあっていないのかな?)
確かに仲がいいのか、悪いのか、よく分からない二人だ。
さて、それはさておき、『誰が最初に茂みに足を踏み入れるのか』という問題が生じていた。
何が飛び出してきてもおかしくないような真っ暗闇に、悲しげな泣き声とくれば、どんな肝っ玉の持ち主でも尻ごみしてしまうのは仕方ないと思う。
佳鈴の手が小刻みに震えているのが、握った手を通じて伝わってきた。
「ここは交番に行って、おまわりさんに来てもらった方がいいと思うんだ」
シメジさんの言葉に、場の空気が急速に冷めていく。
「そうよね。もう夜も遅いし……」
彩さんがそう言うと、佳鈴が唇をきゅっと噛んでうなずいた。
せっかくここまできたのに、という悔しさがにじみ出ていて、彼女を見ているだけで胸が苦しくなる。
かと言って、俺が何かできるはずもなく……。
「じゃあ、みんなで一緒に交番へ行こうか」
シメジさんが公園の出口に向かって一歩足を踏み出す。
もうここまでなのか。
こんな時に『ヒーロー』がいてくれたら……。
「ヒーローか……」
ぼそりとつぶやいた次の瞬間。
俺の中で一つのアイデアが浮かんできた。
みんなが歩き始める中、俺は一人立ち止まる。
「裕輝くん?」
ついてこない俺に対して、佳鈴が不思議そうな目を向けている。
「少年。あきらめるんだ。もはや俺たちにできるのはここまでだ」
「そうね。早くしないとお父さんとお母さんも心配しちゃうし。先を急ぎましょ」
シメジさんと彩さんが俺をここから離れるようにうながしてきた。
もう考えている暇はない。
俺は覚悟を決めた。
佳鈴に悔しい思いをさせてたまるか!
俺がヒーローになるんだ!!
――バッ! ババッ!!
俺は両手を大きく広げて、ポーズをとった。
「は? 少年……いったいどうしたんだ?」
眉をひそめるシメジさんに、俺は低い声で返す。
「少年ではない。我が名は『クリストファー・ユウキ』。全能の神につかわれし、光の戦士だ!」
そう、俺は決めたのだ。
俺自身がヒーローになる。
そのために、封印してきた中二病を解放させるんだ、と。
――シュバババッ!
俺はくるくると回転しながら茂みの前に立った。
みんながポカンとしながら俺を見つめているのは分かっている。
その視線が痛いのも、よぉく理解しているつもりだ。
しかし俺は今、ヒーローなのだ。
みんなの希望の星なのだ。
俺がやらなくて、誰がやるんだ!
「なんじ、漆黒の闇で助けをもとめるか? なら、照らそう。我が大いなる慈しみの光で! いざ、行かん! 闇のかなたへ! とうっ!!」
俺は長いセリフを一息で言い終えてから、茂みの中へダイブしていった。
「裕輝くん! 一人で行ったら危ない!」
佳鈴の高い声が聞こえてきたが、俺の意識は目の前の暗闇に集中していた。
木々が行く手をはばみ、葉っぱが視界をふさぐ。
「くっ! 邪悪なる亡者どもめ! しかし、われは屈しない! われを求める者がいる限り!!」
ガサガサと俺を追ってくる3人の気配も感じる。
だが俺は突き進んだ。
そうしてついに『犯人』のもとへたどり着いた。
「おまえは……」
俺は『犯人』を両手で持ち上げる。
ようやく俺に追いついてきた佳鈴が目を大きく見開いて言った。
「裕輝くん、もしかして、その子が『犯人』?」
その直後、俺の手におさまった『犯人』から、確かに聞こえてきたのだ。
――クウゥゥン……。
というすすり泣きの声が……。
「これで確定だな」
シメジさんが眼鏡をくいっと上げる。
そして俺は『犯人』と目を合わせながら締めくくったのだった。
「名もなき『子犬』よ! 助けをもとめたのはなんじであったか!」
それは比喩でもなんでもない。
くりっとした瞳を潤ませて、小さい体をぷるぷると震わせている子犬であった――。




