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4.粘菌の声


「あはは! ごめんねぇ! 驚かせちゃって!」


 そうあっけからんと笑い飛ばしたのは、白い光から浮かび上がってきた女の顔……、いや、単に懐中電灯で自分の顔を照らしていた女子高生だった。

 名前は日向彩ひなたあやというらしい。

 彼女は大股で四つん這いのナニかに近付くと、その尻を豪快にひっぱたいた。


――バシィィィン!


「ほらっ、シメジ! あんたも謝りなさいよ!」


 ピタリと動きを止めたナニかが、むくりと立ちあがる。

 そしてくるっとターンすると、俺たちと向き合った。

 中性的で綺麗な顔立ちに、知性を感じさせる眼鏡をした男の人だ。

 白衣の下は見覚えのある高校の制服……となると、ナニかは高校生ってことか!?

 彼はくいっと眼鏡を持ち上げると、ぶつぶつと低い声で言い始めた。

 

「君たち。こんなところで集合体のように手をつないでいるということは、既に愛の飢餓期を越えたということだな。この後は二人の愛は一つになって……」


――スッコーン!


 彩さんが豪快にシメジと呼ばれた男の頭をはたく。

 

「あんたは純な中学生カップルに向かってなんてことを言ってるのよ!」


「むむっ。それは心外だな、彩。俺は粘菌の生態と目の前の中学生たちを比較し、その考察を述べたまでさ」


「そういうのいいから! 早く謝りなさい!」


「なんで俺が謝らなくちゃいけないのさ!? 俺はここで群生しているマメホコリを観察していただけだ」


「マメホコリ?」


 聞き慣れない単語に、つい口をついて言葉が出てきた。

 

 しかし……。

 それが失敗だった……。

 

 キラリと眼鏡を光らせたシメジさんが、口を開いた。

 

「きみぃぃぃ!! よくぞ、聞いてくれた。では、説明しよう。マメホコリというのは粘菌の一種。特徴的なのは子実体で、大きさは15ミリほどの球形なんだ。特に幼菌時はピンク色が鮮やかで、とっても可愛いんだぞ。通常はマツなどの朽木を好むのだけど、ここの公園の森は木材の遊歩道が一本通っているからね。その遊歩道の上で懸命に生きているのさ。ちなみにこいつの特徴は……」


 まるでマシンガンのようにしゃべるシメジさん。

 あまりに情熱的に語っているのを止めてしまうのはしのびない。

 そうこうしているうちに、身ぶり手ぶりを加えて、粘菌について熱く語り始めた。

 だが彩さんがそれを許さなかった。


――スッコーン!


 再び炸裂する彩さんの一撃に、シメジさんの眼鏡が豪快にずれた。

 

「あんたね、いい加減にしなさい」


 シメジさんは無言のまま眼鏡を直すと、彩さんに冷ややかな目を向けた。

 

「彩は俺と四六時中一緒にいるのに、まだ粘菌の素晴らしさを分かってくれないのか?」


「はあぁ!? あ、あ、あんたね! 『四六時中一緒にいる』とか言ったら、まるで私たちが付き合ってるみたいじゃない! へ、変な勘違いを誘発するようなこと言わないでよ!」


「へ? お二人はそういうカンケイじゃないのですか?」


 きょとんとした顔で佳鈴が問いかける。

 するとシメジさんと彩さんの二人は息を合わせたかのように、声を合わせて言ったのだった。

 

 

「「だんじて違う」」


 

 と……。

 


 その後、俺たちはシメジさんたちに『みなみ公園ですすり泣く幽霊』の話をした。


「ああ、それでシメジがすすり泣いているのを見て、幽霊と勘違いしたってことね」


「つまり俺が幽霊の『容疑者』として疑われているということだな」


「胸を張って言わない!」


 彩さんが呆れながらツッコミを入れる。

 シメジさんは余裕の笑みを浮かべながら続けた。

 

「残念ながら俺は『犯人』ではない」


 俺と佳鈴は顔を見合わせたのは、二人してシメジさんが犯人だと思っていたからだ。

 シメジさんは眼鏡をくいっと上げた後、すらすらと続けた。

 

「そもそもその噂は『公園の横を通り過ぎた時』に聞こえるんだろう?」


「ええ、そうですが……」


「ここは公園のど真ん中だ。広い公園の端まで、俺のすすり泣く声が届くとは思えない」


 確かに言われてみればその通りだ。

 俺たちもかなり近付くまでシメジさんの泣く声は聞こえなかった。

 

「つまり犯人は別にいる、というわけだ」


「じゃあ、やっぱり幽霊が……」


 佳鈴が顔を真っ青にしてつぶやくと、シメジさんは「ちっちっち」と人差し指を横に振った。

 

「そう決めつけるのはまだ早いさ」


「どういうことですか?」


「君たちは何か忘れていないかい?」


 俺たちが忘れていること?

 いったいなんだろうか……。

 

 するとシメジさんは腰に手を当てながら胸を張った。

 

 

「俺がなんですすり泣いていたのかってことだ」



 シメジさんの言葉に誰も何も言えずに、口を半開きにしている。

 そんな俺たちを見たシメジさんは、顔を真っ赤にした。

 

「おい、彩。そこは『あんたにはプライドってもんがないの?』とかツッコミをいれるところだろ!?」


 単なる変人だと思っていたが、どうやら人並みの羞恥心はあるらしく、俺はなぜかホッと胸をなでおろした。

 そしてシメジさんは、口をとがらせながら続けたのだった。

 

「君たち! これを見たまえ!」


 彩さんから懐中電灯をひったくったシメジさんが、地面を照らす。

 するとそこにはピンク色のつぶつぶがいくつもあった。

 

「君たち! これを見て、何も感じないのかね!?」


「うーん……。ちょっとキモいです」


 俺が素直に答えると、シメジさんが飛びかかってきた。


「こらぁ! 少年! 粘菌を侮辱すると俺が許さないぞ!」


――スッコーン!


「だからやめなさいって。んで、このピンク色のつぶつぶがどうしたって言うのよ?」


「彩! 君も分からないのか!? マメホコリが断末魔の叫び声をあげているのを!?」


「マメホコリが断末魔の叫び声を?」


 俺が素っ頓狂な声をあげると、シメジさんはニヤリと笑った。

 そして、低い声で言ったのだった。

 

「すべては粘菌が語ってくれるさ」


 と。



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