5月-ーシン。ゴールデンウィークは何して過ごす(前編)
シン視点
-ーピピピッ、ピピピッ、ピピピッ
「…………ん、んん…………。朝か…………」
枕元に置いていた目覚まし時計のアラームの音で、俺は目を覚ます。
-ータンッ
アラームの音を止めた俺は、そのまま時計を手に取って、現在の時間を確認する。
(…………7時か。よし! 起きるか!)
時計の針は、いつもの起床時間を指していた。
起きる事にした俺は、とりあえず上半身だけを起こして、ベッド上でグーッと体を伸ばす。
そうする事で、寝起きのボンヤリとした頭が、ハッキリとしてきた。
俺は続いて、今日の日付を確認しようと、壁に掛けられたカレンダーへと視線を向ける。
「……………………ん?」
カレンダーを視界に捉えた俺は、ふと何かの違和感を感じて、首を傾げる。
「……………………ああっ! そっか、そっか! そうだった!」
考えること数秒。違和感の正体に気付いた俺は、スリッパを履いてカレンダーの場所まで向かう。
そして、現在1番前に来ている『4月』のページを、ベリッと剥がした。
「そっか…………。今日から『5月』か…………」
カレンダーの前で、俺は感慨深く呟く。
アイリスと出会い、別れ-ーそして、もう1度親子になった。
そんな、俺の22年の人生で最も激的で印象に残る1ヶ月が終わり、今日から新しい1月が始まった。
…………
……………………
…………………………………………
時間は流れ、現在は夕方の5時。
本日は売れ残り依頼が無かった為、以前した約束通り、今日1日はアイリスの冒険者としての修行に充てた。
修行と言っても、アイリスは女の子なので、体を過剰に酷使してしまうような鍛え方はしない。主な修行の内容は、魔法の練習。そして、魔物の生態などを教える座学だ。
ただ、1日中それだけでは頭や精神面に疲労が溜まってしまう為、修行の最後には気分転換も兼ねて、少しだけ体を動かすようにしている。
内容は、まずは軽いストレッチ。そして最後に、俺とアイリスが今まさに取り組んでいる、体力作りの為に自宅の周りを1周する持久走だ。
「-ーよし、ゴール!」
という訳で、俺とアイリスは自宅の周りを1周して、正門の前へと戻って来た。
因にだが、この最後の持久走に関しては、俺もアイリスに付き合って、一緒に走るようにしている。
(俺はアイリスの師匠である以前に、アイリスの父親のつもりだからな。溺愛する愛娘を、1人で走らせるような事はしないさ!)
さて。これで、今日1日の修行はお仕舞いだ。俺は、隣に並んでいるアイリスへと労いの言葉をかける。
「…………ふぅー。お疲れ、アイリス」
「…………はあ、はあ…………。…………うん! お父さんこそ、お疲れ様!」
自宅の周りを1周するだけと言っても、俺とアイリスが暮らしている家は、元々は貴族が住んでいただけあって、かなり大きい。
家と庭の面積を合わせれば、外周は1キロ近くになる。大人の男である俺でさえ、軽く息が乱れる距離だ。
だというのに、女の子であるアイリスは、息こそ俺より乱れているものの、その声音や表情には、まだまだ元気が有り余っている様子が窺える。
(まあ、アイリスは1ヶ月前までは、山に囲まれた『ルル』の村に住んでいた訳だしな。山を駆け回って遊んでいたとも言ってしたし、普通の子より体力がついているんだろう)
とはいえ、1キロ近い距離を走った事に変わりはない。
疲れてはいないにしても、アイリスの額には沢山の汗が流れている。きっと服の下も、汗でビショビショだろう。
(5月とはいえ、万が一があったら大変だからな。ちゃんと水分補給をさせないと)
そう考えた俺は、『収納』から水筒を取り出す。
水筒の中に入っているのは、微量の塩や砂糖、レモン果汁などを加えた、手作りの経口補水液だ。
(汗をかくと、水分だけで無く塩分も失われてしまうからな。運動後の飲み物としては、これが1番だ)
水筒の中に入っている経口補水液の量は、俺とアイリスの2人分。
だが、水筒に付いているフタ代わりのコップは1つしか無いので、俺はアイリスの分にと、『収納』からコップを1つ取り出す。
以前は、水筒に付いてコップで回し飲みしようとしたんだけど…………顔を真っ赤にしたアイリスから、拒絶されてしまったのだ。
(まあ、アイリスも年頃の女の子なんだ。男親が口を付けた物を使うのに、抵抗があるのは分かるんだけど…………やっぱり、ショックだったよなぁ)
そんなツラい記憶を思い出しつつも、俺は水筒の中身をコップに注いで、アイリスへと差し出す。
「はい、アイリス。汗かいてるし、ちゃんと水分を摂ってね」
「うん! ありがとう、お父さん! いただきます!」
俺が片手で差し出したコップを、お行儀よく両手で受け取る、アイリス。
そして、アイリスは律儀に「いただきます」をしてから、コップを口に付ける。
-ーコクコク
女の子らしい仕草でゆっくりと、コップの中の経口補水液を口に含んでいく、アイリス。
それを見届けてから、俺は自分のコップに水筒の残りを注ぐと、アイリスに倣って「いただきます」をしてから、経口補水液を口に含んでいく。
-ーゴクゴク
女の子らしくゆっくりと飲んでいくアイリスとは違い、俺は男らしく、勢いよくコップの中身を飲み干していく。
結果-ー
「…………はぁー! ごちそうさま」
「…………ふぅー。ごちそうさまでした」
俺の方が後から飲み始めたにも関わらず、先に飲み始めたアイリスと、飲み終わるタイミングがピッタリ重なってしまった。
この偶然の一致に、俺とアイリスは顔を見合わせ、クスクスと微笑み合うが…………とはいえ、いつまでも正門の前に居続ける訳にはいかないな。
(5月とはいえ、陽が沈んだ後はまだ肌寒い。汗をかいているなら、なおさらだ。とりあえず、まずは汗を拭かせるか)
そう考えた俺は、アイリスから飲み終わったコップを受け取ると、自分のコップや水筒と一緒に、『収納』へと仕舞う。
続いて、俺は『収納』からタオルを取り出して、アイリスへと手渡した。
「はい、アイリス。結構汗かいてるし、風邪をひいたら大変だよ。部屋に戻って、汗を拭いて着替えおいで」
「うん! お父さんも、ちゃんと着替えてよね」
「はははっ。ああ、分かってるよ」
受け取ったタオルで顔の汗を拭きながら、俺の心配までしてくれる、心優しいアイリス。
そんなアイリスを安心させてあげる為、俺は『収納』からもう1枚のタオルを取り出す。
そして、アイリスと同じように、片方の手で顔の汗を拭きつつ、もう片方の手で門を開く。
「それじゃあアイリス。お先にどうぞ」
「え、えへへ…………。ありがとう、お父さん!」
こうして、俺がレディファーストの精神で行動するのは、いつもの事なのだが…………どうやら、アイリスは女の子扱いされる事に、まだ馴れないようだ。
アイリスは照れくさそうに頬を染めて、俺にお礼の言葉を伝えると、まるで恥ずかしさを誤魔化すように、小走りで門の中へと入って行った。
「はははっ。ホント、相変わらずかわいいなぁ、アイリスは…………」
しみじみと呟きながら、俺もアイリスに続こうとしたのだが-ー
「-ーん?」
門の中に入る直前に、郵便受けに1通の封筒が入っている事に気が付いた。
(たしか、俺とアイリスが門から出た時には無かったから、家の周りを走っている間に配達されたのかな?)
誰からの手紙かは気になるものの…………アイリスが庭の真ん中の噴水の前で立ち止まり、中に入ってこない俺を見て不思議そうに首を傾げている。
とりあえず、郵便受けから封筒を取るも、宛名や内容の確認は後でする事にして、今はアイリスの元へ急ぐ事にする。
「? どうしたの、お父さん?」
「ああ。郵便受けに手紙が入っていてね」
「そうなんだ。誰から?」
「さあ? 後で確認するよ」
そんな会話をしながら、俺とアイリスは玄関前に到着した。
ポケットからカギを取り出して、ガチャリと解除。そして、カギをポケットに仕舞って、先程の門の時と同様に、俺が玄関の扉を開けようとしたのだが-ー
(-ーん?)
ドアノブに手を伸ばそうとしている俺を、アイリスがジーッと見つめている事に気が付いた。
(…………もしかして、俺が扉を開けるのを待っているのか?)
俺がカギをポケットに仕舞っている間に、アイリスが扉を開けて、家の中に入る事も出来るはずだが…………アイリスは全く動こうとせず、俺が玄関の扉を開けるのを待っている状態だ。
(という事は、つまり…………ははっ。なんだ。アイリスも、俺から女の子扱いされて、悪い気はしてないって事か)
そういう事なら、話は速い。俺はアイリスのお望み通りに、玄関の扉を開けてあげる。
そこから先のアイリスの反応は、先程の門の時とまったく同じだったので割愛するとして…………家の中に入った俺達は、お互いの自室に向けて歩きながら、これからの予定について話し始めた。
「それじゃあ、アイリス。夜ご飯の時間だけど…………えーと、今の時間は…………」
『収納』から懐中時計を取り出して、時間を確認する。17時15分か…………。
(…………えーと。今から着替えて、すぐに準備を始めるとして、夜ご飯が出来る時間は…………)
と、そこまで考えた所で、気付く-ー
(そういえば、手紙があったんだっけ)
もしかしたら急を要する手紙かもしれないし、確認をこれ以上後回しにする訳にはいかないだろう。
(となると、着替えてから手紙を読むとして…………あー、でも、手紙の内容が分からない以上、夜ご飯を作り始める時間が何時になるか、はっきりと分からないな)
そういう事なら、仕方がない。
アイリスには、余裕を持った時間を伝えるとしよう。
「ごめん、アイリス。手紙を読まないといけないから、夜ご飯は6時位に作り始めるとして…………出来るのは6月半頃になると思うけど、大丈夫?」
「うん! 大丈夫だよ、お父さん! なら、わたしも6時位に、手伝いに行くね」
「いやいや。今日は1日修行だったんだから、アイリスも疲れてるでしょ? 手伝いはいいから、ゆっくり休んでてよ」
「ううん。そんなに疲れてないし、大丈夫だよ、お父さん! そ、それに…………」
「? それに?」
と、このタイミングで何故か、頬を染めて俯いてしまう、アイリス。
俺が不思議に思っていると、アイリスはモジモジと恥ずかしそうにしながらも、口を開く。
「そ、それに…………お父さんの料理、物凄く美味しいから。わたしも、お父さんみたいな美味しい料理を作れるようになりたいんだ…………。だ、だから、教えて欲しいなーって…………」
「…………………………………………」
……………………ぬぅ。
本当は、アイリスにはしっかりと休息をとってもらいたいのだが…………邪気の一切感じられない、純粋な眼差しでそんな事を言われてしまったら、断れないじゃないか。
「…………はぁ。分かったよ、アイリス。それじゃあ、6時にキッチンに集合という事で」
「うん! よろしくね、お父さん!」
照れくささを誤魔化す為、俺が溜め息まじりに告げると、アイリスは先程までの恥ずかしそうな様子から一転、パアァァッと花が咲いたような可憐な笑顔を見せる。
(と、そうこうしている内に、アイリスの部屋の前に到着したな)
いくらレディファーストとはいえ、女の子の部屋を勝手に開ける訳にはいかない。
ここまでとは違い、アイリス自身が扉を開く。
「それじゃあ、お父さん! また、6時に!」
「ああ。ちゃんと着替えて、6時までゆっくり休んでるんだよ」
「うん! 心配してくれてありがとう、お父さん!」
ちょっと口うるさいかなーっと思いつつも、アイリスに念押しをする、俺。
だが、アイリスはイヤな顔は一切せず、むしろ笑顔で俺にお礼を伝えてから、自分の部屋へと入って行った。
-ーパタン
アイリスの部屋の扉が閉まるのを最後まで見届けてから、俺も自分の部屋へ向けて歩き出す。
と言っても、俺の部屋は、アイリスの部屋から3部屋しか離れていない。
ものの数秒で自分の部屋に辿り着いた俺は、扉を開けて自分の部屋へと入る。
そして-ー
-ーパタン
「はあぁぁ~~~!」
扉が閉まるのを確認した瞬間、俺の口から深く重たい溜め息が漏れてしまった。
…………実は、ここ最近、俺には1つの悩み事があった。
それは-ー
「…………やっぱり、アイリス最近、ちょっと頑張りすぎだよなぁ…………」
切っ掛けは、再びアイリスと一緒に暮らし始めた日の翌日-ー
将来は冒険者になりたいと強硬に主張するアイリスに、俺は2つの条件を付ける事で、最終的には我が娘の弟子入りを許可した。
1つ目が、『冒頭者の修行をつけるのは売れ残り依頼が無い日だけで、売れ残り依頼がある時は学校に行く事』
2つ目が、『本格的な修行を始めるのは、冒険者のライセンスが取れる15歳以降。それまでは、基礎的な訓練のみを行う事』
今回、問題となっているのは、1つ目の条件の方だ。
といっても、アイリスが条件を破っているとか、そういう訳では無い。
むしろ、その逆だ。アイリスは、条件を遵守しすぎている。
そう-ー今日までの約2週間の間に、1日も休みの日を取らない程に。
もちろん。俺もアイリスに、ちゃんと提案した。「1週間に1日は、勉強も修行もしない休みの日を作ろう」って。
だけど、真面目で頑張り屋な所があるアイリスから、断られてしまったのだ。
(まあ、『ルル』の村での葬式の直後のように、倒れるまで魔法の練習をするような無茶は、しなくなったけどさ…………)
今日だって、昼休憩とオヤツ休憩を、1時間ずつ取っている。
そういう意味では、以前に比べてマシと言えるのかもしれない。
だがーー
(…………だからこそ、俺もアイリスに、強く言えないんだよなぁ…………)
はぁー、と。俺の口から再び溜め息が漏れる。
(なんだか最近、アイリスが居ない場所で溜め息を吐く事が、クセになってしまっているな…………)
アイリスは、まだ子供なんだ。
1日中、勉強か修行。そんな毎日を繰り返すだけでなく、ちゃんと休みの日も作って欲しい。
問題は、その方法だ。
「あー、もうっ! なんとか、アイリスに休みの日を作ってあげられるような、良い口実は無いかなー!」
言いながら、頭をワシャワシャと掻きむしる、俺。
と、そうする事で、俺は自分の髪が濡れている事に気が付いた。
(…………そっか。アイリスと一緒に走ったから、俺も汗かいてるんだった)
アイリスとも約束した事だし、いつまでもグダグダ悩んでないで、さっさと汗を拭いて着替えるとしよう。
そう決めた俺は、走る前に着ていたジャージを脱いで、ラフな部屋着へと着替えていく。
もちろん、部屋着に着替える前には、ちゃんと汗も拭いた。
「…………よし! さて、次は手紙の確認か」
つい先程までは、汗をかいていたせいで、服が体に張り付いて気持ち悪かったが、汗を拭いて着替えた事でスッキリとした。
まだ悩みは解決していないものの、俺は気持ちを切り替えて、手紙の確認に移る事にした。
「……………………ん? この字、何だか見覚えがあるような…………?」
封筒の表には、家の住所と名前が書かれているのだが…………どうにも、その字に見覚えがある気がする。
だけど、誰の字かまでは分からない。封筒の裏には、相手の名前と住所が書かれているはずだ。
俺は宛名を確認する為、封筒の裏面を見る。すると、真っ先に目についたのは宛名ではなく、封筒の糊付け代わりに貼られた金箔だった。
(ああ。あいつからの手紙か)
それを見ただけで、これが誰からの手紙か察した。
これは、1年前まで俺とコンビを組んでいた、あいつからの手紙だ。
自分の家名であるゴールドにちなみ、いろんな所で金を使う悪癖が、あのバカにはあるのだ。
「いやー。それにしても、久しぶりだなー」
俺と違って、あいつは別の国に移ったからな。
きっと、新しい環境に馴染むので大変なんだろう。あいつは、数ヶ月に1回のペースでしか、手紙を送って来ない。
俺は懐かしい気持ちになりつつも、封を切る。そして、封筒に入っていた便箋を取り出して、読み進めていく。
『ヤッホー! 久しぶりだねー、シン! こうして手紙を送るのは、3ヶ月ぶりかな? ボクは元気にやっているよ! こっちでも、頼もしい仲間が、たくさん出来たんだ!』
「…………そっか。あいつも、上手くやっているんだな…………」
しみじみと、感慨深く呟きながら、俺は続きを読んでいく。
『シンは元気かい? なーんて、そんなこと聞くまでもないか! シンの噂は、こっちまで届いてるよー。孤児の女の子を、娘として引き取ったんだろう?』
「-ーげっ。あいつが居る国にまで、俺がアイリスを引き取った話が広まってるのか!?」
あいつが現在暮らしている国は、俺が暮らす『セレスティア』と同じく、西大陸にあるが…………『セレスティア』が西大陸の中央に位置するのに対し、あいつが暮らす国は西の端っこ。
距離にして数百キロは離れているというのに…………ものの1ヶ月あまりで広まるとは、冒険者のネットワーク、恐るべし。
俺はゲンナリした気持ちになりながらも、手紙の最後の1文を読む。
『ところで、この手紙がそっちに届く頃には、『セレスティア』はそろそろゴールデンウィークだろう? よかったら、キミの娘を連れて、ボクの所に遊びに来ないかい? 1年ぶりに、シンに会いたいし…………キミが娘に取った女の子にも、興味があるんだ。それじゃあ、待ってよ~!』
「…………そっか。そういえば、そろそろゴールデンウィークだったな」
読み終えた手紙を封筒へと仕舞いながら、俺はポツリと呟く。
ゴールデンウィークとは、5月の頭にある大型連休の事だ。
5月の3日から、数日間に渡り国民の祝日が続き、その前後に上手く休みを取れば、日曜日も合わせて1週間~2週間の休みを取ることが出来る。
冒険者は自由業みたいなもので、日曜も祝日も関係ないからな。すっかり失念してしまっていた。
「……………………これ、もしかしたら、アイリスに休みの日を作ってやれる良い機会なんじゃないか?」
俺は、手紙を読む前に考えていた事を思い出す。
(アイリスが通う学校も、ゴールデンウィークは休みだし…………俺も、エドさんやヴィヴィさんを始めとしたAランク冒険者や、Bランク冒険者に売れ残り依頼の消化をお願いすれば、1日2日位なら休みを取れるだろう)
1泊2日で、あいつが暮らす国まで旅行に行くのは、さすがに無理だが…………王都近郊にお出かけする位なら可能だ。
まあ、王都近郊に名所や観光スポットは無いのだが…………それなら、逆に考えれば良い。
(『セレスティア』は緑と水の国と言われるだけあって、1歩王都の外に出れば、豊かな大自然が広がっているんだ。名所や観光スポットに行かなくても、近くの山でキャンプするだけで充分だ)
山の中は、マイナスイオンやフィトンチッドの宝庫だ。
『森林浴』や『自然療法』という言葉がある位だし、疲れた心と体を癒すのに、まさに最適な場所と言えるだろう。
ただ、問題なのは-ー
(キャンプに行く事に、アイリスが賛同してくれるかどうか、か…………)
あの真面目で頑張り屋なアイリスの事だ。たとえゴールデンウィークでも、休まずに修行をつけて欲しいと言うだろう。
(……………………いや、待てよ。それならいっその事、修行の一環という事にすれば良いんじゃないか?)
『キャンプ』だと遊びの要素が強くなってしまうのなら、『夜営の訓練』と言い換えれば良い。
実際、冒険者-ー特に、お金が無い駆け出しの冒険者は、外で夜営する機会が多いんだ。『夜営の訓練』と言い換えても、問題は無い。
が-ー
(…………これは、アイリスと交わした約束的に、セーフなのか?)
俺は、以前アイリスに、『もう2度と嘘を吐かない』と約束しているんだ。
決して嘘を吐いている訳では無いが…………誤魔化しているのは事実だろう。
(約束の詳細は、『嘘を吐かない』事と『どれだけ言いにくい事も、誤魔化ずに正直に伝える』事だからな…………仕方ない。アイリスには、正直に伝えるとしよう)
そう決めた所で、俺の口から三度俺の口から溜め息が漏れる。
(ぶっちゃけ、自分でもバカ正直だと思うけど…………まあ、仕方ないか。『約束は必ず守る』。それが、俺の信念なんだから)
と、そう結論付けた所で、ふと今の時間が気になった俺は、壁にかけられた時計を見上げる。
「-ーって! 約束した6時まで、あと少しじゃないか!」
時計の針は、5時50分を指していた。
どうやら、手紙を読む事や考え事に熱中するあまり、時間を忘れてしまっていたらしい。
(ヤバい! 急いでキッチンに行かないとっ!)
この家がいくら広いとはいえ、10分もあれば余裕でキッチンに辿り着ける。
そういう意味では、別に急ぐ必要は無いのだろう。
だが-ー
(男の俺が、女の子のアイリスを待たせる訳にはいかない!)
これもまた、レディファーストの一環という訳だ。
(とりあえず、キャンプの事を考えるのは後回しだ。今はアイリスの為に、美味しい夜ご飯を作る事に集中しよう)
そう決めた俺は、アイリスよりも先にキッチンに辿り着く為、大急ぎで自室を出るのだった-ー