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4月ーーシン。新しい日常(後編1)

シン視点

(先に家に帰っているであろうアイリスに、なるべく寂しい思いをさせたくない!)


その一心(いっしん)で、本日受けた2件の依頼を大急ぎで片付けた、俺。

そして、1分1秒でも速く帰る為、2件目の依頼を片付けてからは、ノンストップで馬を走らせ-ー結果、西の空が茜色に染まり始めた頃に、俺はようやく王都へと帰り着いた。


「-ーありがとうございました。またのご利用、お待ちしております」


「いえ。こちらこそ、毎回お世話になってます。また、よろしくお願いします」


王都へ帰って来た俺が真っ先に向かったのは、西門近くにある行きつけの借し馬屋だ。

借りていた馬を返し、料金を支払った俺は、店員さんと挨拶を交わしてから、借し馬屋を後にする。


(…………ふぅー。ようやく1息吐いたな。…………さて、今の時間は何時かな?)


ここに来て、ようやく時間を確認する余裕が出来た。

俺は、次の目的地であるギルドへ向けて足早に歩きつつ、『収納(アイテムボックス)』から懐中時計を取り出して、時間を確認する。


「5時半、か。…………よし! 思ってたより速いぞ!」


当初予想していた時間よりも、ほんの少しだが速く王都に帰って来れた。

急いだかいがあったと、思わずガッツポーズをしてしまう俺だったが…………すぐに、ハッと我に返った。


(しまった…………! ここ、王都の往来のど真ん中じゃないか…………!)


そんな中で、いい歳した大人が、いきなりガッツポーズをし始めたのだ。

小さな子供がするならともかく、俺がやるのは流石に恥ずかしい。

俺は慌てて周囲を見回すが…………幸い、俺に注目している人は居ないようだ。

ホッと安堵の息を吐いて、俺はギルドへの歩みを再開させる。


(…………それにしても、この時間はやっぱり、冒険者の姿は少ないんだな…………)


普段よりも、早い時間だからだろうか。

俺と同じように、依頼完了の報告の為、ギルドに向かっている冒険者の姿はまばらだ。

その代わりに目に付くのは、買い物帰りと思われる奥様方-ーそして、学校から下校中と思われる子供達だ。


(という事は、アイリスももう下校してるって事だよな…………。よし! 俺も急ぐか!)


アイリスに寂しい思いはさせたくないし…………なにより俺自身が、1刻も早くアイリスの顔を見たい。

という訳で、俺はギルドへ向う足を速めていく。


(本当は、走りたい所なんだけど…………こんな人通りが多い中で走ったら、迷惑になってしまうからな。早歩きで我慢しよう)


幸いにして、王都の西門とギルドの距離は近いのだ。

早歩きのかいもあり、ものの数分でギルドに辿り着いた。


-ーギィ


俺は扉を開き、ギルドの中へと入っていく。

やはり、時間が早いのだろう。ここまでの道中と同じく、ギルドの中も冒険者の姿はまばらだ。

いつもなら、依頼完了の報告の為、たくさんの冒険者が列を()している受付カウンターは、数人が並んでいる程度。


(まあ、Sランク冒険者の俺は、特別にギルドマスターのフィリアさんに手続きしてもらえるから、あの列に並ぶ必要は無いんだけどね)


フィリアさんはいつものように、受付カウンターから少し離れた所で書類作業をしていた。

そちらへ向かおうとした俺だったが…………その前に何気なく、ギルドに併設された酒場へと視線を向けた。


(…………やっぱり、酒場の方も人が少ないな…………)


いつもなら、たくさんの冒険者達がお酒を飲み交わしている酒場だが、時間が早い事もあり、利用している人は数人しか居ない。

それも、お酒を飲む事が目的では無く、ちょっと早い夕食を摂っているといった感じだ。


(まあ、まだ明るい時間だからな。さすがに、こんなに早くから、お酒を飲んでる人は居なーーいや、1人居たわ…………)


しかも、見知った顔だ。

酒場を利用している人のほとんどが夕食を摂っている中、既に飲み終わったと思われる、たくさんの空のジョッキが置かれたテーブル席が1つ。

そのテーブル席に、座っているのは-ー


(…………何でこんな早い時間から飲んだくれているんですか、エドさん…………)


俺の知り合いの冒険者であり、少し前にも、『血染めの髑髏(ブラッディスカル)』の捜索や、ギルドを飛び出して行ったアイリスを探すのを手伝ってもらうなど、いろいろとお世話になっている、エドさんだった。


(普段のエドさんになら、挨拶ぐらいはするんだけどな…………)


ただ、エドさんは酒癖が悪いと言うか…………かなりの絡み酒になるからな。今のエドさんには、声をかけたくないというのが本音だ。


(アイリスの為にも、今日は速く帰りたいし…………申し訳ないけど、見なかった事にさせてもらおう)


そう決めて、フィリアさんの元へと向かおうとした、その瞬間だった-ー


「-ーん?」


「…………あ…………」


視線に気づいたのか、唐突に顔を上げる、エドさん。

そして、今まさにエドさんから視線を逸らそうとしていた俺と、目が合ってしまった。


「おー! なんだ、『探求者(シーカー)』じゃねぇか! 気付いてたんなら、声かけろよ。水臭ぇなぁ」


俺と目が合った瞬間、まるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべ、こっちへ来いとばかりに手招きをする、エドさん。


(エドさんの性格から考えて、1人で呑んでたのが寂しかったと思うんだけど…………これ、行かなきゃ駄目かな?)


エドさんは、酒場の外から見ても分かるほどに赤ら顔で、かなり酔っているであろう事が(うかが)える。

そんなエドさんの元へは、本音を言えば行きたくないんだけど…………とはいえ、この状況で無視するのは、さすがに失礼だ。


(…………仕方ない。なるべく手短に済ませるようにしよう)


俺は覚悟を決め、酒場の中へと入って行く。


「お疲れ様です、エドさん。今日はヴィヴィさんは一緒では無いんですか?」


そして、エドさんの元へ辿り着いた俺は、空いていたイスに座りながら、早速話を切り出した。

正直に言えば、エドさんに会話のペースを握らせないようにと、こちらから話題を振ったのだが…………エドさんは、そんな打算に気付いた様子も無く、俺の質問に答えてくれた。


「ああ、ヴィヴィなら、真っ直ぐに家に帰ったよ。時間も早くて、知り合いの冒険者も居ねぇからな。今日はオレ1人だ」


「そうなんですね。なんだか、エドさんとヴィヴィさんって、いつも一緒に呑んでいるイメージがありますけど?」


「そうでもねぇよ。今の『探求者(シーカー)』と同じで、オレ達にも娘が居るからな。晩飯の準備とかもしないといけないし、ヴィヴィと一緒に呑むのは、せいぜい1週間に1回ぐらいだよ」


「…………そういえば、エドさん以前、娘が居るって言ってましたね」


名前までは、聞いていなかったけど…………たしか、アイリスと同じ歳だったはずだ。


「でも、それならエドさんも、速く帰ったほうが良いんじゃないですか?」


俺も速く帰りたいですし、と。

そんな事を内心で思いながら、エドさんに提案する、俺。

だが-ーその提案を聞いたエドさんは、つい先程まで楽しそうにお酒を呑んでいたのがウソのように、ズーンと落ち込んでしまった。


「エ、エドさん…………?」


「ああ…………いいんだよ、オレは。思春期なのか、反抗期なのか…………オレは娘から嫌われてるからな」


「そ、そうなんですか…………?」


「ああ。口を開けば、やれ『酒やタバコを止めろ』だの、やれ『母さんが居るのに、女の人を口説くな』だの、言われたい放題だよ…………」


「そうなんですね…………ん?」


娘を持つ父親同士、エドさんの境遇に同情してしまう俺だったが…………すぐに、はたと気付いた。


「-ーって、それならなおのこと、こんな所で呑んでないで、速く帰った方が良いのでは?」


そうすれば少なくとも、『酒を止めろ』とは言われなくなるはずだ。

そう思ったからこそ、俺はエドさんに指摘したのだが…………エドさんはバツが悪そうな様子で、すぐに俺から視線を逸らしてしまった。


「ま、まあ、お前までそう言うなよ、『探求者(シーカー)』! 仕事終わりの1杯は、オレの数少ない楽しみなんだからよ!」


「いや、これは『1杯』と言うより、『いっぱい』なのでは…………」


テーブルに置かれた大量の空ジョッキを見て、思わず嘆息してしまう、俺。


(それに、さっきはスルーしてしまったが、エドさんが娘さんから言われてる事って、結局はエドさん自身の自業自得なんじゃ…………)


と、俺がそんな推理をしていると-ー


「お、遅くなってしまい、申し訳ありません! ご注文は、何にされますか!?」


客が少ない事もあり、油断していたのだろうか?

酒場の店員さんは、今更ながら俺が入店している事に気付いたようで、慌てた様子で駆け寄って来た。


「ああ、いえ。俺はもう帰りますので、注文は大丈夫です」


話も一段落(ひとだんらく)ついたし、ちょうどキリの良いタイミングだろう。

そう思った俺は、イスから立ち上がりながら、わざわざ来てもらった店員さんに頭を下げると、続いてエドさんへと声をかける。


「という訳で、俺はこれで失礼しますね、エドさん」


「んだよ。もう帰るのかよ、『探求者(シーカー)』。オレが奢るから、1杯ぐらい付き合ってくれよ」


そう言って、いつものように俺にお酒を(すす)めてくる、エドさん。

そんなエドさんからのお誘いを、俺もまた、いつものように断る事にする。


「すいません。ヴィヴィさんと同じで、俺もアイリスに夜ご飯を作らないといけないので」


「ちぇ~。やっぱりダメかー」


俺がお酒を飲まないようにしている事を、知っているからだろう。

エドさんは唇を尖らせつつも、しつこく誘ってくる事は無く、あっさりと引き下がった。


「ただ-ー」


エドさんが酒を勧め、俺がそれを断る。

これらのやり取りは、俺やあいつが、エドさんやヴィヴィさんとパーティーを組むようになってから、お酒の席でいつものように見られる光景だ。

だけど、このままじゃ駄目だと、思うから-ー


(アイリスにとって誇れる父親になる為、悪い意味で『探求者(シーカー)』と呼ばれる原因を-ー人間味が薄い1面を直していこうって、決めたからな)


だから、俺はこの場をすぐには立ち去らず、最後に1言だけエドさんに伝える事にした-ー


「ただ-ーもし、お互いの予定が合えば、ヴィヴィさんも交えて、近いうちに一緒にお酒を飲みましょう」


「…………………………………………え…………」


「-ーあっ。ただ、そんなに沢山は飲みませんからね」


「…………お、おうっ! 楽しみにしてるぜ、『探求者(シーカー)』!」


最初は、呆気にとられた様子で固まっていたエドさんだったが、しばらくしてハッと我に返り、今まで見てきた中で1番の笑顔を俺に向けてくれた。


「では、これで失礼しますね、エドさん」


最後に、エドさんにもう1度別れの挨拶をして、俺は酒場を後にする。

これが正解なのかは、分からない。だけど、エドさんのあの笑顔を見るかぎり、少なくとも間違ってはいない気がした-ー


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