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Selfish  作者: greed green/見鳥望
矢下 景
9/28

(4)

「ケイの歌詞、私やっぱり好きです」

「そ? ありがと。あんたに言われると本音っぽくて嬉しい」

「ぽいじゃないです。本音であり本心です」

「はいはい、ありがとありがと」

「はい、ありがとで十分伝わります」

「めんどくせー」


 あの事がきっかけで、私と友香梨は急速に仲を深めた。いや、どちらかと言えば私が彼女にアプローチしたと言う方が正しい。


「ごめんね」

「何です急に」

「私、式部さんの事勘違いしてた。やられたらやられっぱなしの弱者だって」

「仕方がないです。ちゃんと言葉を交わして理解される機会もなかったんですから」


 私は最初に彼女に謝った。私の酷い偏見を。

 話せば話すほどに彼女の強さを知った。ぶれず、波立たず。静かな理由はそのあまりにも強い心の芯が故である事を。知る度に私は彼女を好きになった。彼女の話す言葉や思考の一つ一つが私にないものばかりで新鮮だった。


「無駄に綺麗に小手先で言葉を使う人が多いんですよ。でも、ケイはそんな事はせずに想いをそのまま必要最低限の真っ直ぐな言葉で伝える。だからすごく伝わるし響くんです」


 意外だったのは、彼女もかなりの音楽好きだった事だ。

 正直音楽については幅広く抑えていろいろなものを聞きかじってきたと思っていたが、友香梨の情報量は私を軽く超越していた。私の知らない数々のミュージシャンやバンドを口にした。

 良いものは良い、悪いものは悪いとはっきり口にする。いろんな音楽を聴き漁っている彼女が私の歌詞を褒めてくれる。その事実が私にとってどれだけの喜びであったかは言わずもがなだろう。


「それなりに応援してます」

「それなりって何よ」


 笑い合いながら、私の歌が広がっていく未来を想像した。

 しかし現実は思っている以上に厳しかった。


「音楽をなめるな」


 いよいよ受験を迎えるという時期、音楽で生きていく事を両親に告げた時、父親から放たれた一言はひどく辛辣なものだった。

 音楽の世界が厳しい事は分かっているつもりだった。だがまさか、こんな初っ端で出鼻を挫かれることになるとは思っていなかった。音楽を愛する二人なら、音楽で人生に立ち向かっていく娘の事を全力で応援してくれるものだと勝手に思い込んでいた。

 違った。大きな間違いだった。愛するが故に、音楽の陽の部分も陰の部分もよく理解している。だから私の夢が、薄っぺらい思慮の浅い愚かな選択に映ったのだろう。そして、そうさせてしまったのが自分達自身である事に、少なからず罪の意識もあったのかもしれない。

特に一時期自らバンド活動もしていた父からの反対は強烈なものだった。

 私は涙を流しながら訴えた。成功出来ないかもしれない。棘の道になることも覚悟の上だ。それでもやりたいと。


「成功出来ないなら、初めからするな」


 父はどこまでも冷徹だった。それは普段の温厚な父からは想像も出来ない、人格すら変わってしまったかと思えるほど無慈悲な言葉だった。


「支援はしないが、せめて目安だけは与えてやる。五年以内に、音楽一本で生計を立ててみろ。それが出来ないようなら、潔く諦めろ」


 今思えば、それは父からの全力のエールだったのだろう。

 母は泣きながら私と父のやり取りを見ていた。しかし母からもとうとう最後まで「頑張ってね」という応援の一言すらもらえなかった。これも母なりの子への愛の一つだったのだと思う。


 そして五年はあっという間にすぎた。

 続けてきたバンドは着実に成長していった。最初は知り合いに頼っていた集客もじわじわとファンがつくようになり、ライブハウスのノルマをクリア出来るようになった。ライブや音源製作を精力的に行い、地盤を固めながらコンテストにも挑戦し上位に食い込むようにもなった。

 見える景色は広く、大きくなっていた。この調子で。もっともっと届けていければ。

 しかし、時間が経つにつれ成長の速度が鈍くなり始めた。求めていたもっと広大なステージに自分達の手はいまだ届いていなかった。

 日に日に不安は大きくなっていた。悪い意味でライブ慣れしてしまい、一回一回のライブに込める気持ちは、明らかにバンドを始めた頃に比べ情熱は燃え盛るものから灯る程度にまで弱まっていた。

 

 ――いつまで、これを続けるのだろう。


 ふとした瞬間に絶望に襲われた。

 先の見えない不安。バンドだけではもちろん生活など出来ず、バイトをこなしながらなんとか食いつなぐ日々。質素な生活を騙すように煌びやかなステージの上で歌う事が、ひどく滑稽に思えた。

 そうして五年が過ぎた。


「君の喉はもう歌に耐えれる状態ではない」


 そして、まるでタイムリミットを告げるように医師に歌う事を止められた。

 

 ――クソ神。


 神に毒づいている時点で私の負けだ。終わりだ。

 神に頼って届ける歌なんて何の価値もない。私が前を向いて、私が世界に歌うから意味があるんだ。


『もう、それくらいでいいだろ』


 頭の中で父の声がした。

 私はそれに頷きそうになる。

 でもお父さん、あなたはちゃんと分かってないよ。

 あんたの娘がどれだけ音楽を、歌を愛しているか。


 ――終わりにしよう。

 

 五年で結果を出せない。

 それは、そこで私の終わりを意味している。

 歌を取り上げられたら、もう何もないのだ。

 愛するものがなくなった時点で、私もこの世界も、意味はなくなるんだ。


「さよなら音楽」


 歌えない世界で、私は生きられない。


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