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虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
4/30

    3話

「それじゃあ、お疲れー!」

「うーすっ!!」


 閉鎖された空間に、幾つもの声が響く。ここは水無瀬学園中等部──通称、水無瀬中──の武道場。つい先程まで、ここでは水無瀬中空手部の練習が行なわれていた。

 本日の部活時間は終了。よって空手部の練習もお終いとなり、後は後片付けを残すのみ。


「潤ー。早く帰ろうぜー」


 練習着姿の鉄心が、同じく練習着姿の潤へと声をかける。


「何言ってるの、鉄心? まだ後片付けと掃除が残ってるでしょ?」

「そんなもん、1年生の仕事だろー?」

「その1年生は3人しかいないんだから、ボクたちも手伝ってあげないと可哀想でしょ?」


 今年空手部に入部した新入部員は、男子2人と女子1人。総部員数の少ない水無瀬中空手部は、普段から男女混合で練習を行っていた。


「ちぇ、仕方ねえなぁ。おら、1年ども、さっさと片付けっぞ!」


 鉄心のその一言に、3人の1年生の内、男子の2人が顔色を変えて恐縮する。

 2年生とはいえ鉄心は、昨年の秋の大会で初戦で敗退したものの、全国大会まで駒を進めた部一番の実力者。そして次期部長の最有力候補と目されている人物である。

 そんな先輩が片付けを手伝うと言い出したのだから、入部したての1年生が恐縮するのは当然だ。


「そ、そんな、潤ちゃんはともなく、天野先輩まで──」

「何も天野先輩が片付けを手伝わなくても、ここは俺たちと潤ちゃんで──」


 不意に巻き上がった鬼気に、1年生たちが途中で言葉を途切らせ硬直した。


「……今、何て言った?」

「ひぃぃぃぃ────っ!!」


 低く押し殺した鉄心の声。その声を聞いた途端、それまで硬直していた1年生たちがぺたんと腰を抜かして座り込む。


「1年生の分際で、潤のことをちゃん付けで呼ぶとはどういう了見だ? あぁ?」


 正に鬼気迫るといった表情で、座り込む1年生たちに鉄心がに迫る。


「だ、だって……潤ちゃ……じゃない、あ、赤崎先輩は空手部のマネージャーじゃ……」

「そ、そうっすよ! 赤崎先輩って、練習中も俺たちの練習を見てくれたり、他の雑用ばかりしてたから、俺てっきりマネージャーだと……」

「ふざけたこと言ってっと、握り潰すぞコノヤロウ?」


 ぼきりと鉄心が拳の骨を鳴らす。1年生にはその音が、己の骨の砕ける音に聞こえた。


「あ、ああああ天野先輩! お、おおおお落ち着いてくださいよぅ!」


 女子の1年生が慌てて鉄心を止めようとするが、そんなもので止まる鉄心ではない。


「ほ、ほら赤崎先輩! 赤崎先輩も天野先輩を止めてくださいよぅ! こうなった天野先輩を止められるのは赤崎先輩だけですってばぁ!」

「え? え?」


 問題の張本人である潤はといえば、どうして急に鉄心が怒りだしたのかまるで判らずきょとんとしていた。

 そして、そんな彼らを後ろから見ていた2、3年の空手部員たちは、無関係なのをいいことに高みの見物を決め込んでいた。


「あーあ、あの1年生たち死んだかな?」

「自業自得だろ? 鉄心の前で潤ちゃんのことをマネージャー呼ばわりしたんだからさ」

「そういや今年の卒業生の中で、赤崎をマネージャー扱いして雑用を押しつけた先輩、天野に半殺しにされてたっけなぁ」

「天野くんって、普段は細かいことは気にしない大雑把な人なのにね。こと潤ちゃんが絡むと鬼になるかんだから」

「え? 赤崎ってマネージャーじゃなかったの?」

「おいおい、天野の前でそれ、絶対に言うなよ?」

「そうそう。天野くんの前じゃそれって禁句だよ? もし聞かれたら、しばらくは身体が満足に動かなくなると思わないと」


 などと、どこか物騒な言葉を交わしながらも、楽しそうな表情を隠し切れないで事の顛末を見ている。所詮は対岸の火事でしかないのだ。

 結果を先に言えば、この一年生たちは無事だった。

 それも思いも寄らぬ所から現われた救世主の手によって。





 ぱかん。

 不意に乾いた音が武道場に響いた。

「──全く、鉄心ときたら。1年生を苛めて何が楽しいのだ?」

 突如武道場に現われた少女が、つかつかと鉄心に歩み寄り手にしていた文庫本で彼の頭を叩いたのだ。

「あさひちゃん!」

「へ? あさひ?」

 驚いて見つめる潤と、振り返った鉄心の視線の先。

 そこには真っ直ぐな漆黒の髪を、腰の当たりまで伸ばした一人の少女。

 身長は鉄心よりは低いが潤よりは高い。おそらく160センチちょっとぐらいか。

 どこか鋭利な刃物をイメージさせる凛とした、かなり整ったおもだちの少女だ。


「叔父さんから借りた小説を返そうと思って、鉄心を捜していたら……鉄心、おまえはいつの間に弱い者いじめをするような卑怯な男に成り下がった?」


 そう言うとあさひと呼ばれた少女は、持っていた文庫本──表題は『宮本武蔵・六』とあった──を鉄心にぐいと押しつけた。


「確かに渡したぞ。叔父さんにはまた続きを貸して欲しいと伝えてくれ。それから──」


 あさひは潤へと向き直る。


「潤。『あさひちゃん』はよせと言っているだろう。もう中学2年生なのに『ちゃん』はないだろう?」

「……だって、小さいころからあさひちゃんはあさひちゃんだし……」


 そう言って下から見上げるようにあさひを見つめる潤。そして見つめられたあさひはといえば、なぜか一言うっと呻いて一歩後ずさる。


「そ、その目はやめろ! そんな目で見られたら……」


 とてもに悪いことをしているみたいじゃないか! と小さく口の中で呟くあさひ。

 そしてそんな3人を遠巻きにして、なにやらぼそぼそと囁き合う空手部員たち。


「おい、あれって剣道部の瀬戸あさひだろ? 確かあいつも去年、1年で県大会まで行ったっていう……」

「そう。あの3人が通称“天野鉄心と両手の華”さ」

「“両手の華”って……おいおい、潤ちゃんは──」

「あくまでもそう呼ばれているってことさ……天野もそういう趣味はないだろう……たぶん。きっと。おそらく」

「……お、俺、あ、相手が潤ちゃんなら……」

「ちょ、ちょっと待てっ!? お、お前ってそういう──っ!?」

「そういや、赤崎と天野が幼馴染なら、天野と瀬戸は従兄妹同士って聞いたぞ?」

「それは本当らしい。何でも、親父さんたちが兄弟だそうだ」


 部員たちが勝手なことを言い合っている内に、あさひは部員たちに一礼してから武道場を立ち去り、潤と鉄心も1年生と一緒に片付けと掃除に取りかかっていた。




 その後、部員たちは各々帰途に着き、潤たちの後片付けもすぐに終了した。今、潤と鉄心の二人は、朱に染まった空の下を朝と同じ道を逆に辿っている。


「……腹減ったぁ……」


 大きな身体をやや曲げながら、鉄心はふうと溜め息を一つ。


「もう、鉄心たら。今日はお母さんとの練習がある日だよ? 晩ご飯はそれからだよ?」

「そういやそうだ。これからまだ師匠との練習があったっけ」


 潤の家は古くから、この町で空手道場を営んでいる。

 現在の道場主は初穂で、開祖は初穂の祖父だというから、赤崎空手道場の歴史は百年近くになる。

 その間、何度も改築や増築が繰り返された赤崎家の母屋と道場は、それでも当時の佇まいを残していて、以前に市から文化財として保護したいという打診があった程だ。

 白い土塀に囲まれた敷地はかなり広く、その中に母屋と道場と物置兼ガレージ、そして以前は内弟子が住み込んでいたという離れが存在する。

 鉄心は就学前からこの赤崎道場の門下生であり、だから彼は初穂の事を師匠と呼ぶのだ。


「でもま、師匠との練習が終わったあとは、潤の飯が待ってるからな」

「ほんと、鉄心は調子いいんだから」


 鉄心の両親はいつも仕事で帰りが遅い。特に母親は朝が弱いため、出勤が遅くなる分、帰りもまた遅くなる。だから鉄心は、ほぼ毎日赤崎家で夕食を食べている。

 もちろん、鉄心の両親からそうしてくれと頼まれてのことだ。

 そして二人の足が、いつも通りかかる公園の前に差し掛かった時。これまた朝同様に潤が不意に歩みを止めた。


「どうした潤? また何か見つけたのか?」


 今度は犬か猫でも轢かれていたのか? それとも捨て犬や捨て猫の類か?

 そう思いながら鉄心は、既に公園へ駆け込んでいる潤の後をゆっくりと追いかけた。

 潤に送れて公園に入る鉄心。潤がどこに行ったのかと見回すと、潤は片隅にあるベンチの前でしゃがみ込んでいた。


「今度は何を見つけたんだ? 犬か? それとも猫か?」


 鉄心のその声に、潤はゆっくりと振り向くと困惑を隠しきれない声で答える。


「えっと、その……人間?」

「は?」


 思わず潤の背後からベンチを覗き込む鉄心。

 そこには、自分と同じぐらいの年頃の金髪の少女が、苦悶の表情を浮かべながら倒れている。

 さすがに人間を拾うのは、二人にしても初めての経験だった。

 皆様初めまして。

 今までは読む方専門でしたが、ふと思い立って投稿してみようなんて血迷ってしまいましたムク文鳥といいます。


 今回、序章と第1章を投稿しました。

 タイトルに『魔法少女』とありますが、その魔法少女はもうしばらく登場しません。看板に偽りありですね。ごめんなさい。


 どうか気長にお付き合いください。そんなに長い話にはなりません(おそらく全部で20~25話くらい)。


 よろしくお願いします。

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