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虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
3/30

    2話

 今日も朝から、室町正義むろまち まさよしは悩んでいた。彼の悩みの種は数多くあるが、やはり最優先事項は彼が預かるこの町の行く末についてだろう。

 愛知県あいちけん勢能市せのうし市長。それが室町の肩書きである。

 30代前半で初当選して以来、任期も今では3期目。若いがキャリアは充分のベテラン市長である。

 かつては良質の土に恵まれ、窯業を主産業として発展した勢能市。

 優秀な陶工も勢能市で産出される粘土を高く評価し、全国的にも名を馳せた。

 また、近隣の大都市から電車で一時間弱と、市内各地に多くの自然を有するという条件から、ベッドタウンとしての価値も認められて人口の集中を促した。

 しかし、現在の勢能市の窯業は下降の一途であった。

 海外から安い大量生産品が市場に流入し、勢能市の主産業である窯業は低迷。そしてそれは焼き物工場の減少や後継者不足などの悪循環を招き、市の財政をより一層悪化させた。

 最近では交通手段の整備やマンション等の乱立により、勢能市以外にもベッドタウンが形成されたこともあり、人口の流出にも歯止めが効かなくなっている状態だ。

 窯業以外に主立った産業はなく、さりとて観光客を誘致できるような観光資源もない。

 以前は賑やかだった市内各地に存在した多くの商店街も、今ではその殆どがシャッター街と成り果てている。


「今はまだ良くとも、10年後、20年後にこの勢能市はどうなるのだ……?」


 いつものように市役所が開く時間よりもかなり早く出勤し、室町は市長室で各種資料に目を通しながら一人暗澹と溜め息を吐く。


「何か……何かないものだろうか……今の勢能市に活気を呼び込む材料は……」




 通い慣れた道を、学校へ向かう潤と鉄心。

 中学二年生にして既に170センチ以上の長身と、その長身に見合ったがっしりとした体付きの鉄心。

 そして鉄心とは真逆に、150センチ半ばという小柄で華奢な潤。

 そんな潤たちの周囲に、徐々に同年代の少年少女の姿が増えて行く。

 潤や鉄心が通う水無瀬みなせ学園は、中高大と一貫教育の私立校である。

 中高大の学舎は、市内にそれぞれ別々の場所に存在するが、潤たちが通う中等部は赤崎家から徒歩で約二十分の、昔からあまり変わらない住宅街の中の細い小径の奥、周囲を緑に囲まれた所に存在した。

 水無瀬学園にも定められた制服はあるのだが、入学式や卒業式といった式典以外は私服登校も認められているため、この時間の水無瀬学園の周囲は、色とりどりの私服に身を包んだ生徒たちで溢れかえる。もちろん、潤と鉄心も私服姿である。


「春真っ只中って感じだよな」

「そうだね。早朝はちょっと寒いけどね」


 いつものように、取り留めもないことを話しながら通学路を行く潤と鉄心。だが、その潤の足が不意にぴたりと止まった。


「ん? どうした潤……あぁ」


 思わず数歩行き過ぎた鉄心が、立ち止まった潤の方へと振り向き嘆息した。

 立ち止まり、じっと何かを見つめる潤。その潤の視線の先にあるものが何かを悟った時、鉄心は心の中で「またいつものか」と呟いた。

 それは、おそらく車に轢かれたと思しき蛇の死体だった。

 その小さな轢死体はまだ新しく、烏などに荒らされた様子もない。おそらく轢かれたのは今朝方のことだろう。

 そんな蛇の亡骸をじっと見つめる潤の、亜麻色の髪と同じ色の大きな瞳に、じわりじわりと輝くものが浮び上がる。


「ったく、運がない奴だな。おそらく冬眠明けで寝ぼけてて、車に轢かれたってところだろうな」


 そう言いながら鉄心は、いつも通学鞄として愛用しているスポーツバッグから、どこかのコンビニのビニール袋に入れられたものを取り出しながら、今にも涙が零れそうな潤に言葉をかける。


「ほら、校庭の隅かどこかに埋めてやろうぜ。どうせほっとけないんだろう?」

「……うん。ありがとう、鉄心」


 ぐしぐしと手の甲で涙を拭うと、潤は足早に小さな死体へと近付き、何の躊躇いもなくそれへと手を伸す。

 真新しいとはいえ、轢死体である。身体の一部は押し潰され、血も乾ききっていないし、内臓だってはみ出している。だが潤は、自分の手が血で汚れてもまるで気にした様子もなく、そっと包み込むように蛇の亡骸をを拾い上げる。


「……痛かったよね……」

 腕の中の亡骸にそう呟くと、潤は鉄心へと振り返る。


「急ご、鉄心」

「おう」


 潤の言葉に応じた鉄心は、先程のビニール袋の中に入っていた小さなスコップを取り出し、再び二人は学校を目指して歩き出す。

 それは彼らが出会った頃より、幾度となく繰り返されてきたこと。

 昔から潤は、道端に無造作に放り出されている死体を見付けると、必ず拾い上げては弔ってやった。それは犬や猫は元より、今回のような蛇や鼠、烏や雀といった野鳥に至るまで。

 一緒に行動することの多い鉄心もそれに付き合わされることが多く、今では彼も小さなスコップを常備するようになったほどだ。

 もちろん、潤のそれは動物の亡骸だけに対して発揮されるのではなく、生きている動物はいうに及ばず、目にした困っている人全てにまで及ぶ。

 何か頼まれれば必ず頷き、迷子がいれば必ず手を差し伸べ、困っている老人を見かければ声をかけ、捨て犬や捨て猫は必ず拾う。

 そんな潤を差して誰かが、あいつのお人好しには馬鹿が付く、と揶揄した。

 だが、鉄心を筆頭に本当に潤をよく知る者はこう言うだろう。あいつは純粋で優しいだけだ、と。


(潤は困った人間や動物が見ると放っておけないからなぁ。ま、それがこいつの最大の長所なんだけどな)


 鉄心は隣りで涙ぐみながら歩く幼馴染を横目で見つつ、心の中だけでそう呟いた。




 クルル・ミルル・パルルは、途方に暮れて公園のベンチに座っていた。

 こっちにやって来て、物珍しさからあちこちとふらふらしたのが原因だった。

 噂には聞いていたが、実際に自分で見聞きし、そして舌で味わうのは大違いだった。

 街中に溢れる様々な音楽、カラフルに彩られた各種の看板や、店頭を飾る様々な色合いの服飾品など。

 中でも一番少女の興味を引いたのは、甘い香りで彼女を惑わせるお菓子の類だった。


「こっちには誘惑が多いです……それが悪いんです……にゅぅぅ……」


 真紅の瞳をやや伏せながら、力なく呟くクルル。それに会わせて、少女の肩口で切り揃えられた、先端にやや癖はあるものの輝くような金髪が力なくさらりと揺れる。ついでに、その頭頂部辺りから反り返るようにぴょこんと飛び出した一房の頭髪──所謂、アホ毛──も一緒に揺れた。

 こちらでの活動に支障が出ないようなありふれた服装一式と共に、当座の活動資金はそれなりの額を彼女は支部より支給されていた。

 だがその貴重な活動資金は、気付けば残り僅かとなっている。

 そう。彼女は食べちゃったのだ。

 もちろんお金をそのまま食べたのではなく、資金を食品へと変換した後、彼女はそれで胃袋と心を大いに満たした。

 ぶっちゃけて言えば、活動資金で様々なお菓子を食い漁ったのである。


「……噂には聞いていましたが、こっちのお菓子がこんなに美味しいなんて……自分がいたところには、こんな美味しいお菓子なんてありませんでしたし……うにゅぅ、クルル・ミルル・パルル一生の不覚です……」


 手持ちのお金は、食費だけに費やすのなら後しばらくは持つだろうが、それ以外の宿泊費なども考えると、精々三日分といったところだろう。

 それに幾ら夜も寒くなくなったとはいえ、できれば野宿は避けたい。

 彼女のような傍目にも目立つ容姿──彼女の容姿は十分美少女で通用する──の少女が一人で野宿などしようものなら、良くて警察に厄介になるか、最悪どんな悪戯をされるとも限らない。

 それぐらいの予備知識は、クルルも仕入れてからこちらに来ていた。

 お菓子を食べ過ぎたので追加費用を下さい。てへ。

 などと上司に報告できるはずもなく。


「せめて、お金を払わずに住む所があればいいのです……」


 こちらに赴任が決まった際、過去の事例をクルルは調べた。

 クルルの様に直接現地に赴いた事例は少なかったが、それでも皆無ではなかった。

 そのような先人たちの記録によれば、現地での住処は協力者となった『象徴』の家に厄介になるケースが多かったようで、クルルもそのあたりはそのつもりでいたのだが。


「……相変わらず、反応がありません……」


 ごそごそとポシェットからクルルが取り出したもの。

 それは例の乙女テスターと呼ばれるものだった。クルルは取り出した乙女テスターのつまみを弄り、アンテナを引き伸ばしてあちらこちらへと向けてみたりするが、その表面に設置された針は微動だにしない。

 確かに彼女の上司は、現在では乙女テスターに反応する人物は少ないと言っていた。

 実のところクルルは、この伝説とまで言われた乙女テスターさえあれば、遅くとも数日で反応する人物を探し出せると考えていたのだ。

 だがクルルがこちらに到着してはや二週間、乙女テスターはぴくりとも反応しない。


「にゅぅぅ……まさか、これ程反応がないとは思いもしませんでしたよぉ……」


 クルルがそう呟いた時、彼女の胃袋がくぅと可愛く鳴いた。


「……お腹……空きましたぁ……」


 僅かとなったお金を少しでも節約するため、今日は何も食べていないクルル。

 辺りは既に朱に染まりつつある。この朱が群青になり、やがて黒になるまでそんなに時間はかからないだろう。


「仕方ないです。やっぱり野宿は嫌ですから、どこか料金の安い宿を捜して……」


 そう考えてクルルがベンチから立ち上がろうとした時。

 くらり。

 不意に世界が回転する。


「にゅ? にゅ?」


 行き先の見えない不安と、十日以上もあちこち歩き回ったための疲労、そしてなにより空腹。その他諸々の要因が合わさった結果、クルルは夕暮れの公園のベンチでふらふらと倒れ込んでしまった。

 ぱたりこ、って感じで。

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