表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
21/30

    3話

 肺が新鮮な酸素を求めている。そんな肺の要求に答えて、大量の酸素を取り込む。

 ふらふらと足元をよろめかせながら、あさひは手近な樹に寄りかかった。

 特にどこを目指して走っていた訳ではなかったが、誰にも会いたくなくて人目を避けつつも闇雲に走り、知らないうちにどこかの神社の境内に辿り着いていた。

 樹を背にしつつ、しばらくは酸素の補給と二酸化炭素の排出に専念していると、どうにか肺からの要求が弱くなってきた。

 鉄心たちを目にした途端、思わず駆け出してしまった。きっと彼らは今頃、自分の取った不可解な行動に首を傾げているだろう。

 だが、あさひはあの場にいたくなかった。だから無意識に身体が動いてしまった。

 あいつが金髪の少女と一緒にいた場所になど。

 あいつと金髪の少女が仲良く並んでいた場所になど。

 あいつと金髪の少女が微笑み合っていた場所になど。

 一時たりともいたくなかったのだ。


(く……っ、どうして私はこうも弱いのだ……っ!!)


 あさひは苛立ちに任せて、手近にあった1本の樹に拳の側面を叩きつけた。

 自分がもう少し強ければ。

 自分にあいつの半分程度の強さがあれば。

 先程、あのようなあからさまな行動に出ることもなかっただろうに。

 目の前であのような奇天烈な行動を取ってしまっては、後日どのような顔をしてあいつに会えばいいというのか。

 恥ずかしいやら、自分が情けないやらで、思わずあさひの頬を涙が一筋伝う。


「……本当に、どうしたらいいんだ?」


 誰に聞かせるともなく一言呟くと、情けなさが余計に募ってきた。

 だからあさひはもう一度、今までもたれかかっていた樹を今度は足で蹴りつけた。

 すると樹が揺れた弾みか、何かが落下してきて彼女の頭頂部にこつんと当たった。

 軽い衝撃を感じた頭頂部に手を当てながら、あさひは何が落ちてきたのかと辺りに視線を彷徨わせる。そして自分の足元に、その落下物と思われる物を見付けて拾い上げた。


「これは木の実……?」


 指で摘まみ上げたそれを、あさひはしげしげと眺める。形としては細長いどんぐりのようだったが、それにしては色が異様に黒い。


「今の季節にどんぐりが落ちる訳がないし……去年の秋の木の実が、枝にでも引っかかっていたのか?」


 それならば、このどんぐりの色が黒いのも納得がいく。去年から風雨に晒されているうちに、このような色になってしまったのだろう。


「……なんだか、樹にまで馬鹿にされた気分だな」


 手の中で黒い木の実を転がしているうちに、あさひはそんな気分になった。だから彼女は手中の木の実を、境内の繁みの奥へと投げ込もうとした。

 しかし。

 いざ木の実を投擲しようとした瞬間、なぜか急にこの木の実を手放したくない衝動に襲われた。

 そう、なぜか。

 なぜかあさひの心の奥から、この木の実をずっと持っていなくてはいけないという気持ちが湧き上がってきたのだ。


「……ま、いいか。所詮木の実一つだ、邪魔にもなるまい」


 再び1人そう呟くと、あさひは手中の木の実をするりとポケットに落とし込んだ。




 夕食もその後片付けも、そして入浴も既に済ませて。

 潤は自室で机に向かい、明日提出の宿題に取りかかっていた。

 だが、教科書とノートを広げつつも、潤の心は半ばここにあらずだった。もちろん、彼の注意力を散漫にしているのは夕方に会ったあさひの奇行だ。


「……あさひちゃん……どうしていきなり走っていっちゃったのかな……」


 くるくると手の中でシャーペンを回しながら、潤は一人呟く。

 口ではそう言うものの、潤にはあさひの行動の理由が何となくだが判っていた。


「きっと……鉄心とクルルが、じゃれ合っているところを見ちゃったからだよね……」


 誰だって想いを寄せる相手が、別の異性と仲良さげにしているのを不意に目撃すれば、情緒不安定にもなろうというものだ。


「そうだよね。今度あさひちゃんに会ったら、きちんと誤解を解いてあげなくちゃ。鉄心とクルルは単なる友達でしかないって」


 潤は、ちょっと淋しそうに笑いながら1人呟く。

 鉄心とあさひが上手くいくということは、潤の想いの終焉を意味する。

 それが判っていてもなお、潤は2人のために骨を折るつもりでした。

 あさひがいつも笑っていられるように。あさひが幸せでいられるように。

 それが潤にとって最も重要なことだから。そのために自分の想いが潰えようとも。


「あ、そうだ。ボクがあれこれ言うより、紹介も兼ねてクルルも一緒に連れて行って直接説明してもらおう。その方が信憑性が高いよね」


 これは名案とばかりに、潤はぽんと手を打ち合わせる。

 そして潤は、すっきりとした気持ちで片付けるべき宿題へと向き合った。

 きっと明日の朝、鉄心が宿題を写させてくれと泣きついてくるだろう。

 そういえば小学生の頃、あさひが同じクラスだった時は、彼女も時々潤に泣きついてきたものだ。

 まったく、似なくていいところが似てるんだから。やっぱり従兄妹だよね。

 潤はくすりと苦笑を浮かべると、改めて教科書とノートへと視線を走らせた。




 潤が宿題と向き合っている頃、クルルもまた、己に課せられた使命と向き合っていた。


「──と、以上のような情況であります。にゅ」

「なるほど……。定期報告は以上かね? ならば引き続き『熱情』の収集を続けたまえ」


 現在、クルルは彼女に与えられた離れの部屋の中で、通信端末を用いて、上司に義務である定期報告を行っている真っ最中だった。

 彼女の周囲では、先輩居候の四匹の猫たちが思い思いに寛いでいる。

 クルルは空いた手でそんな先輩たちの身体をゆっくりと撫でながら、定期報告を行っていた。

 ちなみにこの通信端末──乙女テスターとは別物──は、彼女の使用するスペルグラムが記録されているデバイスであると同時に、管理界と連絡が取れるだけでなく、被管理界の一般電話回線やインターネットにも繋がる便利な代物である。

 以前に彼女が室町に教えた連絡先もこの通信端末であり、しかも被管理界の通信ネットワークにどれだけ繋いでも、無料で利用できてしまう不思議的素敵アイテムだったりする。魔法ってすげぇ。


「ところで支部長。ひとつお聞きしたいことがあるです」

「何かね?」


 クルルは、傍らに置いてあった乙女テスターを引き寄せる。


「この乙女テスターですけど、もう少し感度が上がりませんか? 有効範囲が随分と狭い気がするです。特に『破滅』の反応となると、5メートル以内まで近づかないと感知しませんですよ?」

「それは仕方あるまい。元来乙女テスターとは乙女力を探知するためのものだ。『破滅』の反応を捉えるのは、あくまでも副次的な能力に過ぎんのだからな」

「ですけど、乙女力の反応だって決して敏感ではないですよ? 有効範囲は精々半径30メートルってとこじゃないですか?」

「君に与えた乙女テスターは乙Ⅲ型だ。乙Ⅲ型の有効感知範囲ならそんなものだろう」

「え?」


 クルルは手の中の黒い装置をまじまじと見やる。


「あの、支部長? もしかしてこの乙女テスター……旧型なんですか……?」


 震える声で尋ねるクルルに、上司である支部長は実にすっぱりと返答した。


「ん? 言わなかったかね? 君に与えた乙Ⅲ型乙女テスターは3世代は前の旧型だ。最新型の甲Ⅵ型のカタログスペックは、有効乙女力感知範囲は半径20キロメートル、『破滅』感知範囲も実に3キロメートルにも及ぶそうだよ」


 端末越しに、ぺらぺらとページを捲るような音がクルルの耳に届く。おそらく彼女の上司は、端末の向こうでその最新型の乙女テスターのカタログを眺めているのだろう。


「た……確かに外見もやけに古臭い感じだなー、とは思っていたですが……まさか……まさか、3世代も前の旧式だったとは……」


 端末を握るクルルの手がわなわなと震える。何とも重大なことをこの上司は伝え忘れてくれたようだ。


「最新型の乙女テスターの支給を要求するですっ!!」

「無理だ」

「にゅっ、そんなばっさりと拒否しなくてもいいじゃないですかっ!!」

「君は最新型の乙女テスターが、どれくらいするのか判っているのかね?」


 その後に上司の口から聞かされた最新型乙女テスターの値段は、クルルの給料にして実に数年分に相当する高額なものだった。


「うちのような弱小支部では、旧式の購入が精一杯なのだ。判ってくれるな?」

「にゅぅぅぅ……はいぃぃ……判りましたぁ……」


 最新型の値段を聞かされた後では、無理なことを言えないクルルであった。


「しかし、今にして思えば奇跡としか言いようがないな」

「はい?」

「いや、よくそんな旧型で『象徴』の有資格者を見つけられたものだな、と思ってな」


 思い返せば、確かに支部長の言う通りであった。

 被管理界に来たばかりの頃、いくら乙女テスターを起動させてもまるで反応しなかった。

 有効感知範囲がそんなに狭いのであれば、反応なんて無くて当然である。それなのに、クルルは潤という類いまれなる乙女力の持ち主と出会うことができた。これはもう奇跡と言って差し支えないだろう。

 だが、それでも。

 それでもクルルは、この奇跡に素直に感謝する気持ちには到底なれなかった。

 毎度お越しいただきありがとうございます。


 明日、明後日の土日は投稿できなさそうなので、可能なら夕方に第7章を投稿しようかと思っています。


 では、今後ともよろしくお願いします。


 あ、あと、遅まきながらR-15指定を追加しました。これからちょっとR-15に引っかかりそうな描写がありそうなので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ