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虹風のアルカンシェ  作者: ムク文鳥
勢能市の魔法少女編
20/30

    2話

 それはまだ、1つ前の冬が来るより前のこと。

 間近に迫った二学期の中間テスト対策のため、潤と鉄心は放課後の図書室でテスト勉強をしていた。

 暫くは勉強に集中していた潤と鉄心。その後、小休止となった時に潤が手洗いへと立った時。その帰り道のことだった。


「どうにも理解に苦しみます。どうして私がインタビューなど……」

「ま、そう言わずに。先程行われた秋の大会で、1年生でありながら県大会まで駒を進めた、剣道部のホープである瀬戸あさひさん。今、あなたの人気はうなぎ登りなんですよ?」


 潤が何とはなしに声の方へと視線を向ければ、あさひと見知らぬ女生徒が図書室の一角にある机に座って話していた。

 おそらくは先程聞こえたとおり、新聞部あたりのインタビューであろう。


「では、手始めに生年月日と血液型、趣味などを教えてください」


 型通りな質問に、あさひはふうと溜め息を1つ吐く。


「仕方ありませんね。部長からもこのインタビューに答えるよう要請されましたし……」


 あさひの態度はどう見ても気乗りしたものではない。それでも相手に対する敬意か、もしくは彼女の言葉通り剣道部の部長に義理立てしたものか、丁寧に質問に答えていく。


「8月6日生まれのA型。趣味は読書です」

「ほう、読書ですか。どのようなジャンルを読みます?」

「主に剣劇物や時代小説を。特に池波正太郎の『鬼平犯科帳』は至高の一作だと思います」

「剣道部のホープらしいジャンルですけど、『鬼平』とはまた随分と渋い選択ですねぇ」

「親戚にやはり時代小説が好きな人がいまして。その人の影響ですね」


 その親戚とはもちろん鉄心の父親のことであり、あさひが鉄心の父親からよく本を借りていることは潤も知っている。

 その後も得意な教科や好きな食べ物といった、ありたいていの質問が続いていく。

 何となく立ち去り難かった潤は、それらのやり取りを書架の裏で聞いていた。

 もちろん、不純な動機では決してない。そもそも、これまでの質問の答えは既に知っていることばかりである。

 それではなぜ潤が立ち去らなかったかといえば、もし彼女が質問に窮するようなことがあったら、何か助け船が出せるのではないかと思ったからだ。


「では、最後に水無瀬中の全男子生徒を代表して質問しますが、ずばり、好きな男性はいますか?」


 その質問に、あさひは一瞬で顔色を朱に染める。


「おっと。その反応からすると、どうやら好きな男性がいるようですねぇ。そのお相手はやはり、色々と囁かれている空手部の彼ですか?」


 にまにまといった表情で尋ねる新聞部部員。対してあさひは視線を宙に彷徨わせるばかり。新聞部部員の言葉通り、それでは無言で肯定しているようなものだった。


「これ以上突っ込んでも、答えてはもらえそうもないですねぇ? では、せめてその相手がどのような人物かだけでも教えて頂けません?」


 新聞部部員は笑いをかみ殺しながらそう告げた。

 それに対してあさひは、あーとかうーとか言いながらも、最後に朱に染まった顔を伏せたままポツリと呟いた。


「…………強いんです」

「え?」

「あいつはとても強いんです……私なんかとは比べ物にならないくらいに……」


 あさひはこれ以上ないってくらい赤面しながら、そしてどこか幸せそうな表情を浮かべた顔を、じっと伏せたまま言葉を連ねる。


「……昔から……昔から私はあいつの強さに憧れて……ずっと……ずっと……」


 それ以上あさひは語らなかった。新聞部部員もそれ以上聞かなかった。

 以後もインタビューは続いたのか、それともあそこで終了したのか。それは潤にも判らない。

 潤はあさひの言葉を全て聞く前に、そっとその場を離れていた。

 あさひが言った「とても強いあいつ」。潤はそれが誰のことなのか容易に想像がついた。

 なぜなら潤とあさひの周囲で、彼より強い者などいないからだ。


(きっとあさひちゃんが好きなのは、鉄心に間違いないよね)


 半ば納得、半ば呆然。

 そんな複雑な心境のまま、潤は図書室を後にした。

 未だに彼を待ちながら、試験勉強を続けているであろう鉄心のことなど、すっかり頭から抜け落ちたまま。

 そして潤が鉄心のことを思い出したのは、そのままふらふらと家に帰って、ぼーっとしたまま夕食の準備をしている途中のことだった。




 初めて彼女に出会ったのは、小学校の確か2年生の時だったと思う。

 学校帰りに鉄心の部屋で遊んでいると、彼の親戚の人が尋ねて来た。

 話によるとそれまで遠くに住んでいたけれど、お父さんの仕事の関係で勢能市に越して来たらしい。

 そして潤は彼女──鉄心の従兄妹であるあさひと出会ったのだ。


「あさひちゃんは、鉄心たちと同じ小学校に転校することになるわ。二人ともあさひちゃんの面倒を見てあげてね?」


 2人が遊んでいた鉄心の部屋に、彼の母親があさひを連れて来てそう説明した。

 そして鉄心の母親が部屋から立ち去ると、1人残されたあさひは、どこか居心地悪そうな表情で立ってまま、おどおどと二人を交互に見比べる。

 親戚とはいえ初めて訪れた家で、いきなり初対面の男の子の部屋に放り出されれば、誰だって不安になるだろう。だから潤は、目の前で不安そうにしている少女を安心させようと満面の笑顔で話しかけた。


「あさひちゃんっていうの? ボク、鉄心の友達で赤崎潤。よろしくね」

「そして俺が天野鉄心。どうやらお前の従兄妹らしいぞ」


 花のような笑顔で自己紹介する潤と、なぜか偉そうな態度で胸を張る鉄心。あさひはそんな二人を、いや、正確には潤を不思議そうに見詰めながら、初めて口を開いた。


「鉄心くんと潤ちゃん……? どうして潤ちゃんは自分のこと、『ボク』って言うの? 潤ちゃんは女の子でしょ? 女の子は自分のこと『ボク』って言わないよ?」


 そうあさひが尋ねると、それまで笑顔だった潤が急に表情を翳らせた。


「ボ、ボク、女の子じゃないよぅ……男の子だもん……」

「え? 嘘?」


 大きな瞳に僅かに涙を浮かべて、自分をじとーっと見詰める潤。肩口辺りで切り揃えられた亜麻色の髪は、窓から入ってくる太陽光にきらきらと輝き、体付きも小柄で華奢。

 身に付けている物は決して女の子のそれではないが、その姿はどこからどう見て女の子そのもの。しかも、あさひがこれまで一度も見たことのないようなとびきり可愛い女の子で、どうしたって男の子には見えない。

 だからあさひは潤を見詰めた。それはもう、穴が開いても不思議じゃない程。

 対して潤はといえば、ただ黙ってじっと見詰めてくるあさひに、怯えたように身体を竦ませる。

 これまでに潤を初対面で女の子と間違えた者は少なくないが、そのような者の中には、時にどこか馬鹿にしたような眼で彼を見る者がいた。

 これが相手が大人ならまずそのようなことはなく、単に「女の子みたいにかわいい子ね」で済む。しかし、これが同じ年頃の子供となると、遠慮や配慮といったものがない分、その態度はより冷徹なものとなる。

 女みたいな奴。

 変な奴。

 気持ち悪い。

 などなど、思ったことを無遠慮に口にして、言葉の刃で潤を斬りつける。

 これまでにそのような体験をしてきた潤は、じっと自分を見詰めるあさひが、同じようなことを口にするのではないかと思わず身を縮こまらせたのだ。

 だが、あさひの口から零れ出た言葉は、潤が思ったものとは全く違うものだった。


「へー、男の子でもこんなにきれいな子がいるんだ。私、初めて知ったよ」


 と、言ってあさひは微笑んだのだ。


「え……?」

「だって私が前に通っていた小学校の、同じクラスの男子たちってみんな落ち着きないし、騒がしいし、中には乱暴な子もいたし。でも、潤ちゃんみたいな男の子はいなかったの。だからちょっと驚いちゃった。男の子の中にも、こんな可愛い子がいるんだなぁって。あ、男の子なんだから潤ちゃんじゃなくて潤くん、だね」

「え……あ……うん……そ、その……ありがと」


 思いもしなかったあさひの反応。そしてあさひの笑顔に、潤はしどろもどろになりながらもなんとかそれだけ口にした。

 そして潤は、改めて鉄心の従兄妹だという少女を見る。

 小柄な自分よりも背の高い──鉄心よりは低いが──少女。

 動き易さ重視のトレーナーとズボンを身に付け、長く伸ばした黒髪を、1本の三つ編みにしている。おそらくは、動き回るのに髪が邪魔にならないようにとの配慮だろう。

 見るからに活動で元気そうな少女。

 それでいて、どこか人見知りなところもありそうな少女。

 そして好奇に満ち溢れた瞳で、じっと自分を見詰める少女。

 今にして思えば、潤の心はこの時にあさひという少女に捕われていたのかもしれない。




 ちなみに、こうして潤とあさひが話をしている間中、結果的に除け者状態に陥った鉄心は、膝を抱えて部屋の隅っこで壁に向かって一人涙を流していた。

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