第23話
「いたいた。やっぱり糸ちゃんは調理室にいたのね。ふぅ〜〜探したよ。マカナさんもこんにちは」
「りほっち、こんちは!」
「麦島さんわざわざどうかしたの? それに……二人ともお互いの呼び方を変えた?」
皆んな同じクラスだった去年は、マカナは麦島さんのことをむぎっち、と呼んでいた。麦島さんもマカナのことを和泉さん、呼びしていたはず。
今年はクラスや部活も異なるマカナと麦島さん。私の知る限り二人の仲の良さはまずまずだったと思うが、呼び方を変えるぐらいの何かがあったのだろうか?
胸の内を絡みつけるのはミシン糸のような細さ。呼び方を変えた理由に、さして意味はないのかもしれないけど、不安は募っていくばかりなので理由がほしい。
「あー……最近ね、マカナさんからバレーボール部の関係で料理同好会に相談を受けていたの。それで、話す機会があって」
「料理同好会にバレー部へ食育指導をしてほしくてね。別に今すぐやる必要はないのだけど、皆んな食事が偏っているからさ。アウ達のバレー部は……」
「たしかに……そのエース様の昼食がスパム、サンドイッチ、スパム、スパムサンドイッチ、スパムおにぎりとスパムメニューを見せつけてくるからね……」
マカナのお母さんが悪い人ではないし、忙しそうに働いているのも知っている。弁当作りは大変だからね。
朝食と夕飯で栄養バランスは取れているそうなので、本来家族ではない私がでしゃばることではなかった。
なのに、私のワガママに付き合ってくれた、マカナのご家族には感謝しかない。髪の毛を混入させることで、そのご厚意を裏切ってしまったが……
「んまぁ……そういったこともあって、糸が作ってくれたお弁当を食べながら、良いパフォーマンスには良い食事だということを思いついたのです」
「それで、マカナさんから食育指導について、高校生同士だからこそ意見が伝わりやすいと、わたし達に打診があったの」
う〜ん。こういうことは、資格のない人は教えていけない気がする。私も独学で勉強している身とはいえ素人だ。付け焼き刃の知識では責任が持てない。
……それでも、料理交流での被害者支援活動は、専門性よりも親しみやすさが求められているような気はする。
ようは、場面場面によって必要なことは違うのかもしれない。できることを最大限に努力することは、前提になるけど。
「ん? 話しを聞いていて思ったのだけど、料理同好会の代表は私だよマカナ。なんで、最初に私へ相談しなかったの?」
話すタイミングがなくて、話せなかったのなら仕方がない。ここ最近の昼休みは、マカナといつも食事をともにしているので気になってしまった。
「ああ、この話しはね、最近になって、新キャプテンのヨッフーから提案があったの。『部でケガ人が目立つ! 特に、副キャプのマカナ! なんか対策を考えてこい!!』だって。パワハラされてかなぴぃ」
悲壮感が少しも伝わってこない表情でマカナは泣き真似をする。前回の大会で三年生が引退し、マカナ達のバレー部も新体制になったらしい。
米沢さんなりに、キャプテンとしてケガで練習に参加できないマカナへ気を遣ってくれたのだろう。でも……
「私へ話さなかった理由にはなってないよね。それが、どうして麦島さんに?」
「ええっと、それは……」
「わたしからよ」
言葉に詰まったマカナへ、麦島さんが代わりに答える。
「わたしのほうでマカナさんに別件で聞きたいことがあったから、その流れで相談にのったの」
「麦島さんがマカナに聞きたいこと……って何? いや、やっぱり言わなくてもいい。責めよる感じでごめんなさいね」
私の中から、私の嫌悪する感情が漏れ出そうになった。嫉妬、独占欲、束縛……それと、ひとつまみの自制心。すでに手遅れかもしれないが、感情を押し殺す。
「ふふ、そんな大層なことじゃないよ。マカナさんに聞いたことは、ハワイでのお菓子事情についてだから。ねぇ、マカナさん?」
「う、うん、そうだね。バターもちとか美味しいし、作れそうかなと話しをしたの」
「バターもちって、もちにバターを混ぜた、甘くて柔らかいものだったかしら?」
どこかの北国の郷土名菓で聞いたことがある。見るからに高カロリーな見た目で、元はマタギの保存食だったらしい。
「糸のイメージするバターもちとは……違うと思うよ。ブラウニーのような見た目で、チョコレートの代わりにもち粉とココナッツミルクが入っているの」
「「へぇ~〜」」
私と……なぜか、麦島さんも感心の声を同時にあげてしまう。マカナからハワイのお菓子事情について聞いていたのではないのか?
疑問が胸をくすぶる。隠し事をされている感じはするのに、確証が得られない。
「おっと、感心している場合じゃなかったよ。そうそう、糸ちゃんに伝えないと要件があったの」
「なにかしら?」
思い出せば、調理室に入るや否や開口一番で麦島さんは私のことを探していた様子。わざわざ私へ会いにきたのに、話しを脱線してしまい申し訳がない。
「さっき栗林さんから同好会宛へ連絡がきていてね、『来週の金曜日に料理交流会を開けますか』という内容だったの。糸ちゃんはその日大丈夫そう?」
「大丈夫だよ。ええっと……お相手のかたは……」
マカナのことを横目で見る。もし、脳内に浮かぶ人物と同じだった場合、個人情報保護の観点から、同好会の活動と関係ない人がいると不味いだろう。
「あっ、アウは聞いたことをすぐ忘れるつもりなのでお構いなく。それとも、一回退室したほうがいい?」
「最低限のことしか言うつもりはないから……たぶん、大丈夫だよ。それに、マカナさんも周りにベラベラ言わないでしょう?」
「もちろん、糸の顔に泥を塗るようなことはしたくないからね」
大丈夫……なのだろうか? たとえ、マカナが退室したとしても、聞き耳を立てることも可能だし……私と麦島さんが気を付けて話せばいいのか……いっそのこと。
「了解。えっとね……今回の料理交流会の相手はアイバさん」
「相羽さん……ねぇ……」
前回の料理交流が終わった後に相羽さんのことを調べた。未成年のため、ニュース記事に名前は伏せられていたが……そういうことなのだろう。
「場所は前回と同じ公民館。活動内容はお菓子作り。変更してもいいらしいけど、一つだけ、先方からお願いがあったの」
「お願い?」
「そう、アイバさんは糸ちゃんをご指名だって。絶対ということはないらしいのだけど……糸ちゃんが都合の悪い日なら相手側で日程を合わせてくれるらしいよ」
「強制に近いね、それだと……」
相羽さんとは……どこかでちゃんと話し合わないといけないだろう。だけど、それは今でない。私ですら、まだ気持ちの整理ができていないのだから……
一方的に私が相羽さんのことを苦手としているだけ。相羽さんに拒絶反応が起こるぐらい、嫌悪感を抱いてしまった理由もほぼ分かってしまった。
それも、これも、全部……あの人が悪い。
「実はね、来週の金曜日だとわたしのほうが参加できないの。下の子達の用事が入っていて……ごめんね」
「全然大丈夫だよ。交流会の日程をズラしてもらってもいい……あっ、私を名指しするぐらいかぁ。あんまり、日程を後ろ倒しにはしたくなさそうだよね」
こうした支援活動で、同じ人に再び依頼するのは信頼関係を築くという意味があるらしい。毎回知らない人と会うと思えば、人によっては心理的負担もかかる。
ならば、私だけではなく、麦島さんにもお声がかかるはずだ。にも関わらず、私だけを指名か……
そもそも、九日前に警察関係のボランティアを依頼されることは過去なかった。前回、相羽さんのことをお願いされたときも一ヶ月前だった気がする。
そのせいで、今回の活動は急に決まったみたいな思惑を感じてしまう。私が相羽さんへ思うことがあったように、相羽さんも何か感じ取ったのかも。
……だとしたら……昔の私だったら、一日でも早く会いたいのかもしれない。
「糸ちゃん……やっぱり、今回の料理交流会は断ろうか?」
「大丈夫だよ。私も相羽さんに会えるのは楽しみだからね」
心の底から行きたくないが、行かないことを選んでも絶対に後悔してしまう。もうメンタルはギブアップと叫んでいるけど。
「すみませーん」
「どうしたのマカナ?」
今まで存在感を消していたマカナが話しに入ってきた。ポーズは左手を挙げ、謙虚さを醸しだそうとしているが、目つきに試合中のような眼力を感じでしまう。
「え……っと、アウもその料理交流会に参加してもいいかな? 料理できないし……料理同好会の活動に参加したこともないけど…………」
「それは……ダ……」
どうだろうか……料理同好会は幽霊部員を大歓迎している同好会。思わずダメだと言いそうになってしまったが、相手側の許可さえ下りればダメだと言い辛い。
「マカナさんが仮でも同好会に入ってくれたら大丈夫じゃないかしら? 今回の活動は他のメンバーに伝えるつもりはなかったけど、マカナさんなら大丈夫だと思う」
「糸代表! いかがですか!」
「…………」
マカナのことになると身内贔屓なってしまい冷静な判断ができなくなる。オハナには家族の意味も含んでいるし……
結局のところマカナが今回ついていきたい理由は、私を心配してだろう。マカナの善意を無碍にするのことは、私にはできない。
それに……麦島さんも、私が今回の活動に思うところがあるのは分かっていそうだ。さっき、やっぱりと言っていたし、表情にも出てしまっていたのだろう。
「……よ」
「ん? 糸、もう一回」
「いいよ。マカナが今回の活動に参加しても。ただし、部活にはそっちで話を通してきて。相手方にはこっちで許可を取るから」
「ありがとう糸。試合のときよりも頑張るよ!」
冗談で言っているはずなのに、一切冗談として伝わってこないのはなぜだろう。
「わたしからも……ありがとうマカナさん。糸ちゃんのことを任したわ」
「ん、糸を任された。アウは料理できんけど」
「マカナの場合、まずは右肩を治さないと。さぁて、何を作ろうかな。マカナも手伝ってくれるみたいだから、簡単なものにしないとなぁ」
頭の中はお菓子作りでなくて、あの人のことでいっぱい。あの人は生前、置いていかれた人のことを考えていたことはあるんか?
料理交流会の日はマカナも同行してしまう。
隠さないと、私の気持ち。
マカナが悪いわけではないし、相羽さんも悪いわけではない。ただね、分かっていても、どうにもしようがないことはあるもんだ。




