ヒューマン・リソースの最適化
農地の整備を始めて一週間。
エルザは領地の広場に全領民を集めていた。
その手には彼女の考えた“最高効率の言語習得カリキュラム”を書き出した教本。
更にその背後ではアナとリーネが大量の石盤とチョークを横に待機していた。
「お、お嬢様…?今、なんと…?」
領民たちはぽかんとしていた。
エルザが発した言葉の意味が分からないとでも言いたげに。
エルザが顔色一つ変えずに彼らを見つめれば、領民たちは冗談や聞き間違いではなかったと理解したのか、お互いに顔を見合わせ、そして、おずおずと話しだした。
「俺たちに“勉強”をしろってのは無理な相談ですよ」
「鍬の持ち方は知ってますが…ペンの持ち方なんて……」
「そうです!文字なんて読めなくたって畑は耕せます!」
領民たちは困ったかのようにエルザに抗議する。
しかし、エルザは顔色一つ変えずその話を聞き流していた。
(…予測通りの反論。現状、領民の識字率:1.2%。情報の伝達ロス:85%。これは組織運営における致命的なボトルネックです)
エルザはすっと手を上げると、ただ一言で彼らを制した。
「……静粛に」
エルザのその一言に領民はしんと静まる。
エルザは淡々と説明した。
「…皆さんの主張は“非効率の極み”です。例えば…私が新しい農法の指示書を出しても、それを読めなければ口頭で説明する必要がありますね。その伝言ゲームにより情報が10%欠落するだけで収穫量は20%減少します。これは領地にとって明らかな損失です」
「ぱ、ぱけっと…?」
「理解できなくて構いません。今日からこの広場を“処理加速施設”と定義します。毎日夕方の1時間は全員強制参加です」
領民たちがどよめく。
混乱している領民たちの前に脇に控えていたアナが出た。
「…欠席者は今、行っている食料の配給を20%カットです」
突然の話に混和する者や反感を持つ者。
エルザには想定内だが、領民の反応は様々だ。
耐えきれず抗議しようとする領民の前には控えていたジャンが立ちはだかる。
エルザはそれさえ黙らせるかのように宣言した。
「…代わりに、一週間後の確認テストで満点を取った者にはボーナスとして鶏卵と調味料を支給します」
領民たちは目を丸くした。
今まで配給は穀物や野菜のみだった。
唯一のたんぱく質は大豆。
これも水が汚染し、作物が育たないからである。
魚もいなければ、家畜さえ養えない。
こんな不毛な土地で狩りや採取、若者の出稼ぎでどうにか生きながらえてきた領民たち。
「…卵?」
「調味料だと?」
甘い報酬の提示に領民たちの瞳の色は見事に変わった。
最底辺の生活の質が少し良くなれば、更に良くしたいと思うのが人間というもの。
エルザは尋ねる。
「サジェスト。空腹のリスクを負うか、報酬を得て脳をアップデートするか…どちらが合理的かは明白ですね?」
エルザがにっこりと笑う。
その次の日。
広場では必死になって地面に文字を書く領民たちの姿があった。
エルザは一人ずつ覚えの悪い原因を即座に特定し、個別に対処していく。
「そこ。あなたは視覚情報より聴覚情報の処理に優れています。文字を書きながら発声するとより覚えやすいでしょう」
「は、はいっ!エルザ先生!」
「…あなたは集中力を欠いています。クロック周波数を上げさせてください」
「…は、はい!」
アナとリーネも手伝う。
まずは簡単なところから小さなことでも褒め、間違っても叱らず励ます。
勉強アレルギーの領民たちにはこれが恐ろしく効果的だった。
ジャンも子ども相手に自分の名前や家族の名前、領民たちがそれぞれに興味のあるものの名前に使われている文字から教えていく。
好きこそものの上手なれ、だ。
領民たちができるから楽しくなるまでにそう時間はかからなかった。
ーーー数週間後。
エルザは領民たちの確認テストの結果を見た。
(…領民の識字率80%まで上昇を確認。物流の処理速度が3倍に加速。…副次的なエラーが発生しているようですが…)
そんなエルザに領民たちが意気揚々と声をかけてくる。
「エルザ様!手紙を書いてみました!読んで頂けますか?」
「ねえねえ、エルザ様!もっと新しい本はない?知らないことを知るのってすごく楽しいの!」
彼らはエルザが“効率化”のために与えた知識によって自ら考え、そして動き始めていた。
そんな中、エルザの頭の中でエラー音が鳴る。
[警告:領民からの好感度が最大値に到達。解析不能な熱狂的データを受信中]
「…知識の付与は管理コスト削減のためで…ジャン、彼らの熱量を冷却してください」
「無茶言うな、お嬢さん」
エルザはなんだかむず痒い気持ちになる。
そんなエルザの様子を見て、ジャンは何故か誇らしげに笑った。
エルザは自分を見つめる領民たちの瞳から目を逸らして、次の領地改善を考え始めた。




