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おから村正  作者: 鵜狩三善
産声吉凶万里隔(うぶごえきっきょうばんりのへだたり)

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24/30

人食み鳥

 ――この背に翼があったなら。


 晴れ渡る夏空を見上げ、ふくは思う。

 それは一途な想いだった。とても一途な、恨みの念だった。


 ふく――お福の方は、恵比寿(えびす)屋の娘である。

 恵比寿屋と言えば、寺島藩に知らぬ者のない大店(おおだな)だ。お福の方、との城中での呼び名も、恵比寿屋の屋号にちなんだものだった。お福様は幸いをもたらす福の神、との諂(へつら)いである。

 ふくの父、左近次(さこんじ)は、この種の追従(ついしょう)を多く受け、また好む人間だった。剛腕めいた商才で、一代にして富と権勢を築き上げた恵比寿屋当代。それが左近次という男である。


 恵比寿屋は古くから薬種(やくしゅ)を扱ってきた店(たな)だ。

 左近次は蔵に眠るばかりだった富を活用し、本業の傍らで金貸しを始めた。

 金貸しと言っても、恵比寿屋は既にして著名な商家である。庶民相手の貸しつけなどしない。商売先を武家に限り、取引において常に巨額を動かした。

 金は穢れたもの、算勘の能は身の恥と考える武士は、今だ少なくない。寺島藩士もこの例に漏れず、ために左近次は労せずして多くの人脈を得た。そうして金で固めた足場に立って、じりじりとのし上がっていった。

 寺島は参勤交代の費(つい)えにも苦労する貧乏藩だ。左近次の毒が藩政に浸透するまでに、さしたる時はかからなかった。

 こうして恵比寿屋左近次は、藩士に髭の塵(ちり)を払われる身の上となった。


 いささか策を弄(ろう)しはしたが、ここまでの左近次にさしたる非はない。

 債鬼(さいき)だなどと陰口をされようと、借りたものを返さぬ方が元来悪い。見栄と欲で金を欲したのは借主である。その金銭を返せぬのなら、別のもので支払うは道理である。

 が、人は地位に慣れ、堕するものだ。

 位(くらい)人臣(じんしん)を極めた左近次は、そこから驕(おご)り高ぶった。

 その倨傲(きょごう)を端的に示すのが、ふくの誕生に際して放ったというひと言である。


 ――この子の婿は、若様にしよう。


 寺島藩主には三歳になる若君がいる。男子に恵まれなかった殿様が、ようやくに得た跡継ぎだ。

 左近次は生まれたばかりの我が子を、その嫁にすると宣言してのけた。一介(いっかい)の商人の言葉ではとてもない。

 余人が口にしたなら、ただの娘可愛さ、子煩悩で終わったろう。しかし左近次には、これを実現するだけの力があった。

 

 そうしてふくには、過剰なほどの教育が施された。

 行儀作法からはじまり、手習いに漢籍の読みこなし、歌舞音曲(かぶおんぎょく)の類までもを彼女は詰め込まれた。左近次はこうした学びの数々が、羽となって愛娘の飛翔を助けると信じていた。

 期待を受け、ふくは学びを深めた。その成果を披露するたび父に褒めそやされ、彼女はこうも学習した。

 努力というものは必ず、望んだ通りに正しく報われるものなのだ、と。


 そしてこの教育を通し、ふくは我が父の権勢を自覚した。 

 ふくの指導に当たったのは、藩内でも名の知られた人物ばかりである。だがそんな彼らですら、ふくに対しては怯えめく緊張を示した。ふくの背後に、左近次の権威を見るからだ。

 幼子は大人たちのそうした顔色を敏(さと)く読み取り、心に放埓(ほうらつ)の気を育て出した。父の名を出せば、誰も彼もが彼女の意のままになると学習したのだ。


 赤子とは、自身では何ひとつ為せない無力者である。

 だが、少しぐずれば周囲はその機嫌をちやほやと取る。満足するまであやし続ける。

 ゆえに赤子は盲信する。

 泣き叫びさえすれば、己の願いは全て叶う、と。

 世界は望んだ通りに姿を変える、と。

 それが偽りの全能感――自身と周囲を正しく認識できぬがゆえの幻想だと気づきもせずに。


 ふくの心はこれだった。そしていつまでも、いつになっても成熟を見せなかった。

 欲(ほっ)するがままを与えられ、欲(よく)するがまま奪い続けた。幸福を飽食するのは、彼女だけの特権だった。

 だからふくは、その名の通りに幸せだった。

 特に白無垢を着て城へ上がった日などは、幸福の絶頂にあったと言っていい。若君に嫁いだふくは、我が世の春を迎えたと確信していた。花の盛りが永劫に続くものだと信じ切っていた。

 駕籠の鳥は、愛にあふれる閉じた世界で満ち足りていた。

 が、しかし。

 頂点へ登り詰めたなら、後は降るばかりである。



 ふくは正室ではなかった。

 そのことについて、彼女は納得している。『側室でよい』と父が言ったからだ。

 正室であれば、江戸に上がらなければならない。住み慣れた土地を遠く離れ、将軍家の人質としてかの地で暮らさねばならない。蝶よ花よと育てられた身に、そのような生活は辛かろう。だから側室でよい。これまで通り、のびのびと過ごせばよいと、父がそう言っていたからだ。


 負け惜しみであったのだと、今ならばわかる。

 結局父は、自儘(じまま)を通せなかった。ふくを正室にはできなかったのだ。

 城へ上がったふくを待っていたのは、単に若殿が手をつけた女としての待遇だった。それは側室としての扱いですらなかった。婚儀めいた儀式こそ行われたものの、ふくは藩主の家に縁づいてすらいなかった。


 そして彼女の境遇を哀れむ者は、誰ひとりなかった。

 ふくが城へ上がった経緯(いきさつ)は、藩内に広く聞こえている。高望みした父と娘の無理押しであると知れ渡っている。

 ゆえに城中の誰もが、これを当然の処遇と考えた。

 若殿自身もまた、ふくを敬して遠ざけた。それは憎い坊主の袈裟に対する態度であったろう。次期藩主たる彼もまた若く、藩を牛耳らんとする左近次への嫌悪を隠せなかった。

 常に愛され、敬われてきたふくにとって、これは途方もない侮辱だった。


 ――努力というのは、必ず報われるべきなのだ。正しく報われなければならないものなのだ。

 ――私はこんなにも励んでいる。なのにどうして、何もかも私の望むようにならない……!


 火のような不満は、年を重ねるごとに重く厚く積み重なった。

 けれど、それでふくの境遇が変わることはなかった。どころか、状況は悪化の一途を辿った。


 恵比寿屋左近次の跋扈(ばっこ)は、藩が看過し続けるはずのないものである。

 ひとりの商人に藩政が牛耳られる危機を打破すべく、寺島藩は若殿を中心にとある計画に着手していた。左近次を除く商人たちに廻船(かいせん)の講を組ませ、力をつけさせたのだ。富と権力を分散させ、その上で藩にも利を出そうという目論見(もくろみ)である。

 佞言(ねいげん)に慣れ切っていた左近次の耳は、これを聞き漏らした。そして実行された海運は、想像以上の利益を出した。歳月を要せずして藩の財政は健全化し、つれて左近次の影響は弱まった。

 こうして恵比寿屋左近次の――延(ひ)いてはふくの権勢の翼は、その羽根を一枚一枚抜かれていった。

 左近次に、ふくに阿(おもね)る人間は日に日に減じ、ふくに侍るは、実家から引き連れてきた腰元ばかりとなった。


 それでも、ふくは確信していた。

 望む未来が、幸福が、必ずや我が手に収まることを。

 ふくの信仰の拠り所は己の子だった。

 儀礼的な若殿の渡り、数少ないその褥(しとね)の機会で、彼女は子を授かっていた。しかも男子である。若殿に他に子はなく、未だ正室を迎えてもいない。ならば我が子は、寺島藩の正当な後継であろう。

 だが若殿が殿様になっても、ふくの子が元服し信孝(のぶたか)と名乗っても、ふくの子が跡継ぎと認められることはなかった。いつまで経っても、ふくと息子は日陰の身のままだった。

 徹底した冷遇のさまに、噂も流れた。


 ――あれは本当に、殿の子か?


 信孝がふくと藩主の愛の結晶であることに嘘はない。

 だがそれを証明する手立ても、またなかった。

 けれども不義を疑われ、ますますふくの性(しょう)は狷介(けんかい)になった。腰元たちの姿も、この頃にはほとんど消え失せていた。



 悪い流れはなおも続く。

 殿様が正室を迎えたのだ。他家との縁談が、江戸でまとまったのだという。

 国元には、つまり恵比寿屋には徹底して伏せられた話であり、ふくにすれば、まさしく寝耳に水のことだった。

 左近次も切歯扼腕(せっしやくわん)したが、今更どうなるものでもない。婚儀はやはり江戸で恙(つつが)なく行われ、先年にはあろうことか、懐妊の話までもが聞こえた。

 藩内の喜色は一方(ひとかた)ならず、、江戸から伝染してきたように、城中に明るい顔が増えた。寄ると触ると産み月を迎える御正室様の話をし、めでたいことだと笑いあった。無事男子が産まれれば、その子こそが世子と言わんばかりの雰囲気だった。


 歓喜と幸福の輪の中に、ふくと信孝の場所はなかった。いないも同然の扱いだった。


「……あああああああ」


 意味をなさない音として、胸のうちの激情が濁流の如く口からあふれる。

 晴れ渡る夏空を見上げながら、お福の方は考えていた。

 たとえ万里の彼方であろうと、全てはこの空で繋がっている。

 ならばこの背に翼があれば、今すぐ江戸まで飛びゆけように。

 ただひと飛びに遮る距離を飛び越えて、憎(にっく)き女とその子をば、啄(ついば)み殺してくれように。


 願いは必ず叶うものだと、ふくはそう信じてきた。

 自分の希望は常に正しく、ゆえに他の夢を押しのけ実現し続けるのだと、強く強く信仰してきた。

 その盲信のままに、目に入る幸せを、己の欲する光景を攫(さら)い続けてきた。

 だから今日も彼女は嘆く。

 己の願いが叶ぬという世の過ちを。

 だから今日も彼女は願う。

 他所にある幸いが、ただちに我が手へ転げ込んでくることを。

 これまでの祝福が、呪詛と転じてふくを蝕む。

 過日が栄光あるゆえに、ふくは正しいと信じる方角へ向け、濁り、誤った徒労を続ける。ただ欲心に駆られるがまま、飛び続けずにはいられないのだ。

 祝いと呪いは時に似通う。だからそれらは、受け手次第で歪み隔たる。


 どんよりと鈍く淀む瞳で、ふくは東の空を睨(ね)めつけた。

 江戸の子の誕生を、正室の子の産声を、誰もがこぞって待ち受けている。

 だが、いるではないか。殿様の子なら、私との子があるではないか。

 どうして私は祝われない。どうしてあの子は寿(ことほ)がれない。望まれない。愛されない。

 きっと信孝が悪いのだ。あの子の出来が悪いから、私まで同じに扱われるのだ。


 ――ならいらない。もう、いらない。

 ――あの子はいらない。


 間もなく産まれる殿様の子が、私の子でさえあったなら。

 私も江戸の女のように、皆に愛されるに違いない。


 ――いいなあ。いいなあ。欲しいなあ。

 ――それなら私も、その子が欲しい。


「わあぁぁあぃ……!」

 

 随喜の歓声とも、悲嘆の慟哭ともつかぬ叫びが。

 高く低く長く尾を引き、夏の空の下を流れた。

 作品更新日時につきましては、以下の活動報告にてお報せしております。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/304467/blogkey/3713062/

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― 新着の感想 ―
ああ、貴方の作品がまた読めるなんて⋯ 素晴らしい物語をありがとうございます!
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