0686:気遣いの経験値
「ほう、ミーザ嬢に餞別、ですか」
アルヴィストはさっそくジスカル老の下に相談に来ていた。帰ってきてすぐに魔道具のことを頼むというのもどうなのかと思ってしまうが、それがシータの為という事もあってジスカル老は真摯に相談に乗ってくれていた。
「そうなんだ。魔道具をお願いできないかと思って。教えるのとか討伐のことで頭いっぱいで、そっちまで気が回らなくてさ……急でごめん」
「ほっほっほ。殿下も大きくなられたと思っていましたが、女性への贈り物を怠るとは、まだまだ、気遣いが足りませんなぁ」
そう言ってジスカル老は部屋の一角に置いてある布を一枚取り出す。
それは簡単に身に着けられるスカーフのようなものだった。赤い色が特徴的で、ところどころに花の刺繡が施されている。手触りもきめ細やかで、それでいて随分としなやかな印象を受ける。見事なものだった。
「これは?」
「ご所望の魔道具でございます。なに、この老いぼれも、ミーザ嬢のためにと用意しておったのですよ」
「そうだったの!?うわぁ、そうすると事前に用意してなかったの僕だけ?なんか情けないなぁ……」
「こればかりは経験がものをいう世界です。致し方ありませぬな。こういった気遣いができるように男を磨かねばなりませんぞ?」
「返す言葉もないけどさ……ジスカルはそういうのとは無縁だと思ってたよ」
「何をおっしゃいます。この老いぼれも、若かりし頃は多くの女性に言い寄られたものです。生憎と、良縁には恵まれませんでしたがな」
ジスカルの若い頃と言われても想像することは難しかった。
この世界には写真が存在しない。絵などで残すしかないために、宮廷画家などがかつての姿を絵に残すことはある。
父であるヴィルクリフ王。そしてその先代や先々代の王は絵に残っているが、その中にジスカル老の姿は存在しない。
そのため、この目の前の老人となったジスカル老を見て想像する他ないのだ。
「殿下も、学院に行けば多くの女性に言い寄られることとなりましょう。その時のためにこういった気遣いも必要です。申し訳ありません、そういったことを教えてこなかったのは、我が身の不徳ですな」
「何言ってるのさ。魔導師の指導の中に女性への気遣いが含まれるっていうの?」
「いいえ、魔導師としてではなく、人としての教えです。これだけ長い間殿下に教育を施してきたというのに、そういった部分を、失念しておりました」
あまりにもアルヴィストが幼いころから高い知性を有していたために、ジスカル老達は面白がってありとあらゆることを教えたがった。
他の教師役の文官たちにしてもそうだ。アルヴィストが歳の割にすぐに物事を学習するために、いろいろなことを次々と教えていった。
その中で、本来子供に教えるべきことが取りこぼされていったのも事実だ。
もっとも、元居た世界ですでに学習していたことも多いため、アルヴィストからすればいまさら何をと言いたいところではあった。
「ちなみにその魔道具、どういう効果なの?」
「装備者の周囲の重力を軽減する魔法が込められております。もっとも、完全に打ち消すことはできませぬ。その代わりに消費魔力を抑えたものとなっております。これならば長時間の発動もできましょう」
「また随分と微妙な魔法だね?じゃあ浮いたりとかはできないんだ?」
「ご賢察の通り。この魔道具が真価を発揮するのは戦闘ではありません。この魔道具は長距離の移動にこそ効果を最大限に発揮することでしょう」
長距離の移動。
これからシータが向かうのは大陸の反対側。この国を出て、さらに一つの国を横断してようやく彼女が向かう先の入り口にたどり着く。
その道程はアルヴィストが経験したどんな道のりよりも遠い。当然それを越えるために必要な装備も物資も増えてくるだろう。
そんな中で周辺の重力を軽くしてくれるというのは、本人もそうだが彼女を乗せる馬も非常に楽になる。
浮かせるほどに強力な魔法では、消費魔力の関係上、長時間の使用には耐えられない。
しかし重さを軽減する程度であれば、シータの魔力ならば一日発動しても魔力の枯渇を起こすことはない。
魔法の選択という意味では、恐らく最適解に近い魔道具だ。
「なるほど……確かに移動っていう意味ではすごく楽になるかも」
「これが気遣いというものです。殿下もこれからはそういった部分を意識されるとよろしいでしょう」
「なんかジスカルにそこまで言われるとちょっと癪だなぁ……魔法のことを教わるのはすんなり受け入れられるんだけど……こんな世捨て人みたいな生活してる人に言われると……なんか……!」
「ほっほっほ。経験がものをいうのです。殿下も少しすればわかりましょう。正式な弟子ではないとはいえ、ミーザ嬢にも指導をした身です。思うところがないわけではありませんからなぁ……」
ジスカル老の声が少しだけ落ち込んだのを聞いて、アルヴィストは目を細める。
ここには自分たちしかいない。他に聞き耳を立てている者もいない。
だからこそ、アルヴィストはジスカル老に聞いてみたいことがあった。




