資料館の裏手にて
ルエラ・アルクインがまるで処罰を受けたかの様な待遇は、本人にとって不可解極まりないものだったが。それでも彼女は言われるがままに仕事をこなしていた。
不可解といえば、一緒にこの資料館で書類整理をさせられているフレッド・ラシュトンという少年のことも気になっている。
「名前は?」
「フレッド」
「そう、私はルエラ・アルクイン。よろしくね」
「よろしく」
「歳はいくつ?」
「16……」
「そう。……そっか。そ、その腰にしてる帯。ちょっと長くない? 買い替えたらどう? 何だか汚れてるみたいだし」
「ほっとけ」
はじめは会話が続かなかった。
それでもルエラは折りをみては怠そうに書類を選別しているフレッドに声をかけていた。
ルエラの感じた第一印象は端的で。
(なんか、野犬みたいね)
さすがに口には出さなかったが、そう思っていた。
3日もすれば、お互いが慣れてきたようで。軽い会話を交わすようにまでなった。
時にはフレッドの方から話しかけてくることもある。
ルエラにはそれが少しだけ喜ばしく思えた。
日々の訓練は特別に、資料館の裏手で行った。フレッドの訓練をそれまで面倒見ていた騎士団長エリク・オルフォードが今はアベルタに出向しているために、代わりに剣術はルエラが相手することになった。
3ヶ月もの間、ルエラも訓練を欠かしていないので。ここバーランド騎士団の剣技は基礎中の基礎ながら会得している。
——だからこそフレッドとの訓練は苦労した。
「ちょ、ちょっと。あぶな……。今のって教わった型じゃないわ!」
「型なんてもんに縛られてて強くなるのかよ。勝てる方法があるなら、それが俺の型だ」
「バカじゃないの!?」
エリクの訓練を受けているはずなのに、正規の剣技とは異なった技を繰り出してくる。
危うく怪我をしそうになったルエラは少々ムキになって、木剣を構え直し、一本取ってやろうと考えた。それを見たフレッドはにわかに嬉しそうな顔をした。
「お、やるか? くるか?」
「私が一本取ったら、次からはきちんと習った型でやりなさいよね」
「いいぜ。俺が勝ったら……。面倒くせえ、勝ってから考える」
「無用よ! そんな手間はとらせないわ!」
フレッドがあっさりと勝った。
話が基礎云々に及ぶまでもなく、単純に力量の差だった。
ルエラの木剣を躱し、強めの一撃を横からのルエラの木剣に当てた。体との軸から外れてしまった木剣を次の攻撃へとシフトするために修正、そのためにルエラは体勢を変えようとするも、次の瞬間には彼女の肩にフレッドの木剣が寸止めされていた。
フレッドは勝ったからといって何も言ってこなかった。
その光景を上からひとりの女性が見ていたことには二人とも気づきはしなかった。
剣術訓練を終えて、槍を素振りをして、水泳と弓矢と馬術は今現在は免除されているので、資料館の周りを走るだけ走って終わる。水泳がない分、体の汗が酷いので、汲んで来た水を布で湿らせて体中の汗を拭いた。
いざ、資料館へ戻ろうとすると。フレッドを呼び止める声が掛かった。
「さっきの訓練、面白いな。私も君に挑戦したい」
フレッドの前にいたのは、見回り役のシャニス・ガルシアだった。
黒い肌と青鈍色の髪は日光にてらされて輝いている。
定期的にフレッドとルエラの仕事ぶりを見に来てはそのまま帰る。
たまに、アベルタで起こる事件を訊ねたりするのがフレッドには気にかかったが。
特に衝突する気配もなく当たり障りない関係が成り立っていた。
なので、今回はこれまでに無くシャニスが突っ込んできた形になる。
「それとも、もう疲れてしまったか?」
「……いいっすよ。やりましょうシャニスさん」
「シャニスさん。こいつの見てました? 基礎通りじゃないし、危ないですよ」
「良い。心配ない」
「へぇ……」
フレッドはどこまでも勝ち気だった。
シャニスは表情を変えることなく、裏手へ行くフレッドについていった。
「3本勝負といこうか。私は止めるが、君はそのまま打ってくれても構わない」
「随分と余裕そうっすね、怪我しても知らねぇっすよ」
「ねぇ! フレッドもきちんと止めなさいよね。わかってるの!?」
「へっ!」
(だめだ……。完全に"ぶちのめしてやる”って顔だわ。もし怪我なんてさせたら……)
散々処罰を受けてきたフレッドも、いよいよもって何かしらのピリオドが打たれることだろう。
そんなルエラの不安をよそに、ふたりは木剣を交えた。
フレッドはルエラとの時とは違い、格段に速かった。
鎧を来てない彼は、早速その身軽さを生かして跳んだ。
ジャンプからの体を捻った横一閃。しかしシャニスは躱す。
飛んで来た時点で、その剣筋は固定されてしまう、如何に速かろうと見切るのは容易い。
そこから不意の攻撃を繰り出す。
シャニスのすぐ正面に着地すると同時にもう1回転。
さらに加速した剣はシャニスの足を狙って横から迫る——、しかし受けられる。
シャニスの動きは何のことはない、基礎の構えのそれである。
弾かれ、回転が止まったフレッドは、バックステップ。距離をとってもう一度迫る。
両手での突き、片手での全力な袈裟斬り、フェイクを交えた振り上げ、と次々に繰り出すが全てシャニスの動きは最小限のまま受け止められる。
疲れてきたか、フレッドはつい大振りをした。
シャニスは目を細めて一気に動いた。
自分の右肩を狙ってくる木剣を、自分の木剣に斜め方向から重ね、重なった木剣はシャニスの体の前でぐるりと弧を描く。不覚にもフレッドは手から剣が離れてしまった。
絡めとったのだ。
「…………ちっ!」
「すごい……」
シャニスは構えを解いて、フレッドに言う。
「フレッド・ラシュトン。お前の剣技は確かに強い、オルフォード殿の教えの賜物だろう。しかし、お前の思っている“型破り”は、基礎の型があってこそ破れるものだ。基礎を知らん人間に基礎を破ることはできない。お前が思っている型破りは、ただの“形無し”に過ぎない」
フレッドは歯を食いしばってシャニスの言葉を聞いていた。
「練習を繰り返し自分の癖として覚えさせる、とっさの時にも繰り出せるようになる。それが剣術、型の訓練だ。戦場ならば自分の責任のもと、好きな剣技を使えば良いだろう。しかし、覚えようとしている者を相手にしての訓練ならば、型破りは迷惑至極なことだ。次からはきちんと訓練に従え」
無言の空間。
ルエラが口を挟むべきか迷って、いざ口を開こうとすると。うつむいたフレッドが両拳を強く握り。
「うっす……」
と返事をした。
ルエラは口を閉じた。
次の日からというもの、フレッドはきちんと教わった型の通りに訓練を始めた。
エリクの教えを半分聞き流していたのか、基本の型をいくつか知らないことがわかりルエラは怒った。
「うっそ。フレッド、それもわかんないの!?」
「うるせっ。いーから教えろ!」
「せっかくあのオルフォード様から直に教わってるのに、アンタねぇー」
「クソうぜぇ。こうだな?」
「バカね、それじゃあ左足が動かせないじゃない————」
微笑ましく訓練をしているその様子を、城壁の角にあたる見張り塔の入り口からシャニスは眺めていた。その顔は優しく見守る様子——でもなく、表情は変わらず凛としている。むしろフレッドを見るその目は先日より険しさを増しているようにも見える。
彼女の目はフレッド、さらにその腰に巻かれた自在帯を見ていた。
「あの帯、やはりバンブルビー」
そうひとり呟いた。
バンブルビー。シャニスの故郷である南国のとある村で作られる儀式用の聖布。魔術道具である。自在帯のそれは魔力を伝えば、まるで蛇のように操ることができる。儀式魔術の術式につかう布ではあるが、その自由自在な動きから、瞬時に伸ばして棒のように突き、腕の前で円を描かせて盾になるなど、その使い道はひとつではない。
「何故彼が持っている……?」
シャニス・ガルシアは4ヶ月前のアベルタ国で起こったアグニス王妃暗殺事件の犯人とされる少年セト・ルツリと同郷である。しかし、セトの性格を知るシャニスはセトが犯人だと思えなかった。
それに暗殺が起こった当日、アグニス王妃の寝室の窓から逃げ出すセトの姿を目撃しているものの、彼女は偽物と判断していた。
偽物だとしたら、本物は生きているのか。生きているなら、今どこにいるのか。
それが彼女の疑問であった。
暗殺事件のあと、シャニスにとってそこからが勝負どころだった。
暗殺事件をひとまずまとめるための合議が暗殺の日から2日後に行われたのだ。
シャニスは行方不明のセトを庇立てをするも、同郷であり、シャニスもセトも、フレッドと同じ様な形で軍部のトップが拾った人材であるがために、その擁護は不利になっていった。それどころか共犯者として話が進んで行く、さらには彼女を騎士に拾った将軍がその合議に参加できないまま立場が不利になっていき、将軍の責任問題、降格まで話が持ち上がった頃。シャニスは覚悟を決めて将軍の降格を望む官吏たちに楯突いた。
ガラではないシャニスの言動に官吏は内容を聞くどころか不敬であるとその場を追放させようとする。しかし、そこでシャニスと交流があった女の老官吏エマ・ゾエと、南国の暴動により両親を失ったまだ幼い第5王女のエリノアがその場でシャニスを庇いでた。
泣き叫びながら、無実を証明するエリノア王女に心打たれるものもいたが、元官吏であった夫が犯罪者として暗殺当日に捕まっているにも関わらず、その功績からエマ・ゾエの発言力は非常に高く、周囲を説得させることが出来た。それが決定打となった。
王族は将軍の責任問題は将軍が戻るまで一時保留と決定し。シャニスは暗殺事件の共謀者でないという判断が下された。
しかし、多数の官吏に不敬を働いた罪は逃れることができず、バーランドへ左遷されたのだ。
現在、手元にくる情報が遅いとはいえ、資料館の監視役というのは、未だにセトの行方が気になり、また犯人についても密かに探っているシャニス・ガルシアにとってこの上なくうってつけの状況だった。
そして、情報源と同時に手掛かりになりそうなものを見つけたのだ。
民族固有の魔術道具をもつ人間はそうはいないはずなのに、齢16の少年騎士が持っているというのは極めて怪しい。
フレッドの動向は前から怪しいとも思っていた。先日資料館にて、ルエラに暗殺事件にまつわる記事を探すように頼んだ際、彼は普段見向きもしないシャニスに「何故セトのことを知りたいのか?」とわざわざ訊ねてきたのだ。
「あの少年、フレッド・ラシュトン。セトと関係しているとしたら……さて、どうするか」
目下でルエラとフレッドがわいわいと騒ぎながら訓練をしているのを見続けながら、シャニスは思案していた。
お疲れさまでした。読んで頂きありがとうございます。
さて、暗殺事件の合議は、実のところその部分単体でプロットを少しだけ組んでいたりしたので、本当ならばその話を書いてからこの作品に挑むのが正しいと考えてました。
ですが作者の力不足と登場人物の関係から保留となりました。
幼いエリノア王女を中心にアグニス王妃とソフィア王女にまつわったお話なのですが書けそうもありませんでした。いつか書ければと思い、この話を書くと同時に勉強もして備えられたらと思います。
次もお見かけするようでしたら、また読んでいってください。
ありがとうございました。




