呪術師と付与師
鉄の国アベルタ首都の北区は交易路の出入り口であるため、商業が盛んである。過去の魔王大戦の影響から首都のいたるところに鉄工所があり、その排煙によって町並み一面のレンガで作られた壁が煤で黒くなっていた。今では鉄工所のある場所は南区だけとなったが、北区は現在もなおその煤けた壁の建物ばかりが立ち並び、その眺めは鉄で囲まれたような印象を与える。
王族貴族が住まう中央区を囲むように東西南北の4つの区画にわかれているこの首都は。王城と各区画に備えられる城塞、計5つの城を持つという、巨大にして堅固な都市だった。
北区城塞の地下、罪人を幽閉する牢獄がある。商業地の北区は華やかであり、北区の城塞もまた平常時は役場の代わりとして機能しているだけあって周囲の華やかさにとけ込んでいる趣を持つが、この地下の牢獄はそんな外世界とは打って変わり冥冥とした空間であった。
「ふん。面白くない」
嗄れた声だが、力のある声が短く響いた。上に入り口がある階段に最も近い牢屋に入っている老人は、深い皺と白い髭そして垢にまみれた体を鉄格子とは反対の壁を向けて座りながらも捻くれた声をあげる。
鉄格子の向こうにひとりの女が立っていることに気付いているからだ。
「帰れ。夜伽の相手ならいらんぞ。わしには妻がおるのでな」
「だれがそんな相手をするって言ったのよ」
老人の入っている牢に向かって歯切れの良い女の声が響いた。
格子の前にその女と監視役の兵士の2人が立っていた。
薔薇色の長髪は腰に掛かるほどの長さ。厚手のマントは深紅色でファーがあり高級感がある。その中に見える紫色のチューブトップドレスは彼女の女性的な曲線をくっきりとみせていて、露出している大きな胸元には宝石のあるネックレスが輝いている。
全体的に赤を基調とした姿だった。
「ほう。おぬしはたしか水路に来たな。退魔師と一緒に来た娘だったな」
「あらあら、歳のわりにはよく覚えているのね。アナタを捕縛した3人のうちひとり、付与師の——」
「付与師のクレア。クレア・ノバルじゃろう、知っとるわたわけめ。それに、わしを捕縛しただと?
ふん。面白い嘘をつくな、っ……おぬしは歳のわりに記憶力が劣っているのかの」
「……。 捕まえたのは確かだわ!」
「ものは言い様とでも言いたそうだな、……くだらん。用件はそれだけか。とっとと帰れ……」
暫く喋っていなかったのであろう。喋れば喋るほど喉の乾きか苦しそうな声に成っていく老人の声。
クレアは早速本題を持ち出した。
「ハーマン・ゾエ。ドッペルゲンガーという魔物を知っているかしら?」
その一言でハーマン・ゾエと呼ばれた男は反応した。ゆっくりと体をクレアの方へ向けた。
ボロを来ていて汚く、衰えた老人の姿だったが。その目は怜悧さを感じさせ、また力強い。
「ほぉ、面白い質問だな。ぬしの師匠が知りたがっておるのか?」
「いいえ——。あなた、地下水路の時も言ってたけど、師匠を知っているの?」
「災害魔女というはた迷惑の象徴のような通りなを知らん者はおらんだろう」
「弟子入りしている私を知る理由にはならないわ」
「本人から聞いたわ」
「それって師匠と会っ——」
「——魔物のことが知りたいんじゃないのか」
「……そうね」
ハーマンは表にこそあまり出さないが、投獄生活が続いたこの体での会話は辛かった。
クレアの質問に1つ1つ答えてもよかったが、目の前の自由気侭な女のために自分の大事な体力を必要以上に削ぐつもりもなかった。
「知りたいのは師匠じゃなく、まあ……知り合いの騎士よ」
「ほお、アベルタ騎士団か?」
「そこまで教える必要ある?」
「ふん、まあよい。……知っておる。何故そんなことを騎士が知りたがっているのかはこの際置いておくにして、さて。そんな魔物の何が知りたい」
「なるたけ詳細を知りたいわ。そもそも、ドッペルゲンガーっていう魔物はどういう魔物なのよ」
ふん。と鼻で笑ったあとハーマンは話した。
「門……だな」
「門? 門って、北門とか出入り口の?」
「おう、奴は定まった形の無い門だ」
「奴? 門? 形の無い? 全然つかめないわ」
かっ、と短く笑うハーマン。
「……じゃあ、そうね。まず今の時代にもいるものなの?」
今の時代。それは魔王がこの世界にいない時代のことをさしている。
魔王が出現していない世界は、魔王がいる時代とくらべ世界全体の魔力量が極端に少なくなる。
魔王が現れ、魔物が世界各地に跋扈し、魔力が溢れる時代を。魔術分野からは“魔力活性期”と呼ばれ。
反対に、魔王がおらず、魔物も例外を除いて消え失せ、魔力もほとんどなくなる時期を“魔力減衰期”と呼ばれている。
今は前期魔王が討伐されて20年が経ち、向こう20年は次期魔王は現れないであろうと言われている。つまり現在は“魔力減衰期”のまっただ中であり、魔物を見る機会などめったにあるものではない。
例外的に北西にある国エムレシアは強力な魔物が今も生息しており、時代錯誤の冒険者達が集まっては、魔物の討伐依頼をこなして生計を立てている。
クレアが言った言葉の意味は、この魔力減衰期で、山や付属海がある広大な国とはいえきちんと統治されているこのアベルタの近辺に魔物が現れるものなのか。ということだ。
「ドッペルゲンガーはその常識は通用せん。むしろ今の時期こそ奴にとって書き入れ時と言って良い」
「書き入れ時って、変な表現をするわね。まるで役割があるみたいな」
「あるから言ってる、付与師の娘。あの魔物は言った通り、門という役割を担った魔物だ」
クレアは胸元で緑色に光るペンダントを軽く握りながら、座ってじっとクレアを見るハーマンに質問をする。
「その門って何なのかしら? どんな役割を今持っているのよ?」
ハーマンは目を瞑った。
「……話は長くなる、一杯の水をくれんか」
クレアは後ろに立って監視している兵に目配せをして水を持ってこさせた。
兵士が離れた瞬間を狙い、何かしてくるのかと、外套に隠して魔方陣の描かれたカードを用意していたが、ハーマンはただ座ったまま目を瞑っていた。
渡された水を飲み干すハーマン。
「改めて、聞かせて頂戴」
「いいだろう」
ハーマンは喉を潤わせ、先ほどよりもわずかに通るようになった声で話しだした。
「奴は魔力を集めている。次の魔王を召喚するためにな」
「まさか。門って……」
「魔界に通じる門。それが奴の役割だ」
「信じられないわ」
「信じられないか。ならば信じずともよい」
目を開けるハーマンのかわりに、今度はクレアが横を向いて黙っていた。胸に乗せている掌からはペンダントの光りがわずかに漏れている。
「……いいわ。とりあえずは信じる」
「ふん、どちらでも良いわ」
「信じるとして、おかしい点があるわ。どうして魔物がわざわざ魔力を集めるのよ。この時期の魔力なんて魔物一匹が持つ魔力量と比べたら微々たるものだし、集めようとしてもなかなか集まらないわ」
「ドッペルゲンガーは自身で魔力を生成する力をもたない。魔物や人間をはじめ、他の生物とは根本的な違いがあるとすればそこだ。自分で作れもしなければ、外気からの吸収もない。それゆえ彷徨う」
「だからどうやって」
「生物を殺めて、殺めた生物から魔力を吸収することによってはじめて蓄積される。それが唯一の方法だ」
「……非効率ね」
「かっか、面白い感想だな。実に付与師らしい」
もっと感情的な言葉が来るのかと思いきや、目の前の女から存外に冷めた言葉が発せられたので、ハーマンは思わず笑った。
「非効率……確かに。ぬしが言うように人間がもちうる程度の魔力をいちいち1人ずつ集めていたら、それはいくら人を殺めても、大した量の魔力を得ることは出来まい。それはそうじゃ、もともと、人を狩る魔物ではないのだからな」
「……魔物を狩る……魔物?」
「ふん、察しが良い。その通り。魔王が敗れてから徘徊しはじめる魔物ドッペルゲンガーは、この世界に残った魔物を喰らって、次の魔王を現界させるために魔力を蓄積させていた。もし、予定の魔力量に達する前にこれまで狩っていた魔物が絶えてしまった場合、人を狙うのかもしれん。最も、これはわしの憶測が混じっている話だがな」
「なるほど……今になって人の前に現れる理由もなんとなく解ったわ」
「おそらくはエムレシアあたりやどこか強力な魔物の生き残りが居る場所で蓄えていたのだろうが。今のエムレシアは討伐が盛んだからな。魔物も前期とくらべて数も減っていることだろうよ」
この時代に居る理由、そして何をしているのか。それをクレアは知ることが出来た。
「へえ、それで姿は? さっき形の無いと言ったけど」
「あの魔物は原型を持たん」
「スライムみたいなゼリー体みたいな? あとは液体状の魔物もいると本でも読んだけど……」
「概ね正しいが、つねに液体状というわけでもない。奴は他の生物に化ける」
「じゃあ、このアベルタに居るとしたら……」
「そうさな、迷わず人間に化けるだろうよ」
「……」
クレアは黙った。その顔は何か集中しているようだった。
ハーマンはその姿を見て、何かをしながら話をしているというのは気付いたが。恐らくは自分に害するものではないと見通して、特に気に掛けなかった。
「その魔物が……」
「なんじゃ」
「特定の人間を狙うことってありえるのかしら」
「魔物が人間の個体を見分けられるとは思えん。人間から見て、野うさぎの個体差を見分けるのに、大きさや毛の模様、その他の外観的な特徴を見分けて判断するように、人が人を見分けるようにはいかんだろう」
普通だったらな。と付け足すハーマン。
「しかし、奴は魔力を追う。容姿や体格など見ておらんだろう。もし、特定の人間を襲う理由があるとすれば、それは魔力と、その魔力の色によって襲う対象を決めてるのではとわしは予想しておる」
クレアはわずかに首をかしげた。
「魔力の色。魔力に色があるなんて初めて知ったわ」
「色、そう呼ぶのはあくまで便宜上だ。魔力にも種類がある。その種類の差を色と言ったまでよ」
「尚わからないわ。魔力は魔力じゃないの、種類なんて——」
「勉強不足だな災害魔女の弟子。おぬしの師匠はどんな力で魔術をつかうか考えてみろ。身近にヒントがあるのに何故今までわからんかったか」
魔力に種類があるというのは、例えるなら電気にも種類があると言われたようなもので、流れる量や強さの違いはあれど、電気は電気であり、種類と言われてもピンと来るものではない。
ハーマンの言っていることは、クレアが疑問に思ったとおり、あまり一般的な魔力の捉え方ではなかった。しかし、災害魔女を例えに出されてクレアは納得できる何かを得たようだった。
「わかるような……気がするわ」
「もっとも、あの魔女に関しては例外中の例外だからな。例えとしては不適切かもしれん。しかし魔力には確かに違いがある。稀に特別な魔力を持った者がおるようだ。それを色付きと例えておるまでよ」
「違いって?」そうクレアは訊いた。
「まだまだ研究段階だったでな、正確なことは言えん。が、精霊召喚の術に長けた者がその“色付き”を持っていることがある」
「精霊召喚……。魔術の分野でも特に生まれつきの才能によって適正がハッキリ別れる……」
「そう、それはよく言うセンスとかいうモノではない。受け継いでいる魔力の色によるものだ」
クレアの持つ魔術に関する知識とハーマンの言う説には矛盾が生じていない。
「精霊召喚は、絶滅したといわれる亜人種"ナルーネ族”のシャーマンが得意としていた術だが、恐らくは混血によって人にも扱える人間が現れたのだろうな」
「絶滅した亜人種……。ラベンミアに居たという」
「そう、前期の魔王大戦により絶滅したというが、その前から数は減っていた。しかし、ナルーネ族は好戦的ではないが、人間と比べものにならんほど強かったという。そんな亜人種を狩れる、また狩ろうとする人間など果たしていたろうかね……」
望んで狩る者がいた。その“色付きの魔力”を求めた獲物の姿を借りられる魔物がいたのだ。
それがドッペルゲンガー。
現にアベルタの南にある広大なサバンナ地帯を有する国ラベンミア、そこに住まう人間にはドッペルゲンガーにまつわる伝承がいくつも残されている。
ハーマンはラベンミアに散らばる様々な伝承からドッペルゲンガーの実体を分析することができていたと話した。
「“色付き”ね。見分け方なんてどうしたら」
「ふん。おぬしも付与師のひとりなら、研究してみせい。アベルタなら精霊使いの1人や2人、すぐに雇えるだろう」
「そうさせてもらうわ、それで————」
ごほん。と咳払いが聞こえた。後ろの監視役の兵士からだ。
そろそろ引き上げて欲しいと訴えている。
「……最後に。
人の姿に化けるって、どうやって見分けるのよ」
「ふん。あの化物は見たままをそのまま記憶する。まるで鏡のようにな。
しかし、鏡に映る姿は正しくは映らん」
「そうね。解ったわありがとう。色々訊いて悪かったわね」
「全くだ。災害魔女の弟子。暇をつぶせた礼は言っておくが、2度と来るな」
特に言葉に怒りの感情が表れているわけでもないそのハーマンの言葉を聞き、クレアは階段を上っていった。ハーマンはまた壁側へ体を向けて瞑想を始めた。
直後、階段を登っていくクレアの足音が途中でぴたりと止まった。
そして
「え、フレッド? どうしたの?」
と、誰に向けたか解らない彼女の声がわずかに響いた。
お疲れさまでした。
目標設定の4000字から1000字以上もオーバーしてしまいました。1作目と今作、そしてこの先の作品に関わる話と、削ぐにももったいない部分が多く結果長くなってしまったわけですが、もっと上手くまとめられるよう努力できたらと思います。
次話を投稿する日の見当はつきませんが、なるべく間のあかぬよう挑戦していきたいと思います。
読んでくださりありがとございます。もし次話もお目にかかるようでしたらまたお願いします




