あとがき
あ と が き
まずもって、僕が作中で滅ぼしてしまった地球と、そこに住んでいたすべての命とすべての命ないものたちに、冥福を祈ります――。
さて――
本作品『終末にきみの手をひいて』は、平成18年1月10日、第1回ダ・ヴィンチ文学賞に投稿した作品でした。
応募作品531作品の中から一次選考で一気に6作品にまで絞られる厳しい戦いで、本作は力及ばず一次敗退となりました。
この作品を書こうと思い立ったのは、昨年(平成17年)の9月末のことでした。
それまで僕は、魔法や剣が出てくるような小説を細々と書いたり、世界設定を考えたりしながら小説を書くことの勉強ばかりをしていました。もういいかげん勉強ばかりじゃなく、実際に書かなくてはという焦りは年々増してきていました。
昨年9月末に、ファンタジー小説ではなく、現代を舞台にしたラブストーリーにチャレンジしてみようと思い立ち、早速ネットで新人文学賞の募集を調べました。そこで見つけたのは「第1回 日本ラブストーリー大賞」でした。しかし、その賞の応募締め切りはなんと9月30日。もう間に合いません。
もっと探してみました。そこで見つけたのが、このダ・ヴィンチの新人賞だったのです。
昔から雑誌ダ・ヴィンチは読んでいたので、その出会いを運命だと信じ、次の日から執筆作品の企画を練りはじめました。
どのような作品にしよう……。いろいろなアイデアが出ましたが、せっかく書くなら「自分が読みたいと思うもの」を書こうと思いました。
そこで、以前からいつか書きたいと思っていた三つのモチーフを使うことにしました。
ひとつは、僕が一番好きな歌である、「まっ赤な秋」のイメージで作品を作るということ。
ふたつ目は、数年前書いて途中で断念した芝居用の作品、『楽しい終末の過ごし方』でやろうとしていた「本当に世界が終わってしまう物語」というアイデア。
みっつ目は、とにかく主人公が歩いてどんどん移動していくというお話。地下深くから地上を目指すお話というのも、以前から頭にありました。
これらみっつのモチーフから、これから書く物語の全体像が浮かびあがってきました。
10月の1ヶ月間でプロットを練り、ストーリーの大筋を考え、11月で執筆、12月で推敲という計画を立てました。実際には1ヶ月で企画、20日間で執筆、6週間の推敲というスケジュールで書き上げました。
結果として、自分自身、満足のいく作品に仕上がったという手ごたえを感じております。
作品を書き上げたこと以外にも、これまで「自分の好きなものを書かなくては!」という呪縛にがんじがらめになって縮こまっていた身体が解放され、「どんなジャンルでも何でも書いてやる!」という気持ちになれたことも、大きな収穫です。
階段室のシーンを書くために、弟ととある建物の階段室を1階から10階まで駆け上がったことや、オーロラの発生のメカニズムを勉強するために専門書や写真集を見まくったこと、執筆用BGMのためのMDを編集して毎日それを聴きながら書いてたこと――。いろんな想い出とともに、作品は完成しました。
あの充足感と満足感は、もしかしたら生まれてはじめてだったかもしれません。
これからも“小説”という表現の可能性を信じ、書き続けていきます。よろしければ、次回作もお読みいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
最後に、この作品を執筆するにあたって協力してくれたすべての方々に心から感謝します。――ありがとうございました!!
* * *
……と、こういった内容のあとがきを、今年の1月10日に書いていました。そのときの気持ちを文章で残しておきたかったからです。選考結果などの部分を今回書き足しておりますが、他の部分はほとんど当時の原文のままです。
あと、当時のあとがきには、薩摩忠作詞・小林秀雄作曲の「真赤な秋」の歌詞を載せていました。これは今回は著作権とかの関係もあるだろうと思いカットしました。
この『終末にきみの手をひいて』は、「第1回日本ケータイ小説大賞」という文学賞にエントリーした作品でした。
今回も力及ばず一次選考は通りませんでしたが、この賞にエントリーしネット上に公開したことで多くの方に読んでいただくことができました。
人生初のホームページも作り、執筆活動の世界が一気に広がりました。また、多くの方のご協力をいただけたことや、たくさんのあたたかいご感想や励ましのメッセージをいただけたことが大きな収穫でした。
もちろん、この「小説家になろう」でもたくさんの方々に読んでもらえて、この作品とぼくは本当に幸せ者だと思っています。
この作品を書いて本当に良かったと思っています。
そしてなにより――
これをいま読んでいる“あなた”と、この物語が出会えたことが、一番の幸せです。
読んでいただき、本当にありがとうございました!
平成18年9月10日 さすらい物書き (平成18年10月25日 一部改稿)