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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第二章

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第72話 帰郷の風と、新たなる拠点

 『銀貨の止まり木』亭の柔らかなベッドで目覚めを迎え、俺たちは一階の食堂で静かな朝食をとっていた。


 焼きたての香ばしい白パンに、香草で臭みを消した魔獣肉のロースト、それに温かなスープ。

 昨晩の能力覚醒を経て、どこかすがすがしい表情を浮かべたアキラとルミの横顔を眺めながら、俺は今日の行動指針を頭の中で組み立てていく。


「今日はルミの装備を整えよう。俺も盾を新調したいからな」


 スープの木匙を置き、拭い布で口元を拭いながら切り出すと、ルミが驚いたように肩を小さく跳ねさせた。


「わ、私、戦えるかな……?」


 ダークネイビーの髪を揺らし、少しうるんだ瞳に不安を滲ませるルミに、俺は優しく視線を合わせる。


「心配するな。装備はあくまで『もしもの時』の備えだ。実際の戦闘の大部分は俺が担当する」


「……はい。トオル君がそう言ってくれるなら」


 ルミの表情から緊張が和らぎ、小さく頷くのを確認してから、俺たちは宿を後にして職人街の武具店へと向かった。


 * * *


 鍛冶の鎚音が心地よく響く職人が店を構える一帯。

 その商業区にある、なめし革や鉄と油が混じり合う独特の匂いが立ち込める店内で、俺は商品の品定めを始める。


 まず、俺がこれまで使っていた使い勝手の良い『木の丸盾』をそのままルミへと譲渡した。

 軽快で扱いやすい木の丸盾は、筋力の高くない彼女にとっても防護の要となるはずだ。


 そして俺自身のために、店主が奥から出してきた『鉄の小盾』を吟味する。

 重厚な鈍色を放つ鍛鉄の小盾は、木の丸盾に比べて重さが増すものの、俊敏性を損なうほどではない。


 銀貨十二枚という提示額は相場よりやや高価だったが、造りの良さと耐久性を考慮すれば妥当な投資だと判断し、購入を決めた。


 続けて、ルミ用の防具と武器を選定していく。

 前線に出ないとはいえ、流矢や不意の奇襲から身を守るための『革の胸当て』『革のブーツ』『革の兜』、そして護身用の『鉄の短剣』。

 これらを合わせて銀貨十五枚で購入した。


 さらに、今後の旅路での防寒と防塵を考慮し、アキラとルミのために『旅人のマント』を新たに二つ買い求めた。

 これが二つで銀貨六枚。


 今回の買い物で合計銀貨三十三枚という決して小さくはない出費となったが、財布の中身にはまだ十分な余力がある。

 パーティ全体の生存率と安全性を高めるための経費と考えれば、極めて合理的な支出だ。


 * * *


 買い物を終えた俺たちは街の門を潜り、外へと向かった。


 めざすオルト村は、この街から北西へ約四十キロメートル離れた場所にある辺鄙な集落だ。

 徒歩で向かえば丸三日、馬車を使っても一日半はかかる道のりである。


 街道筋には女神の加護が施されているとはいえ、盗賊の奇襲や、グリーンスライムのような小型の魔物が不意に出現する危険がゼロではない。

 何より、重い荷物を背負って悪路を歩み続ける旅は、体力と精神力を無駄に摩耗させる重労働だった。


 【アイテムボックス】を持つ俺自身は荷物の重量から解放されているとはいえ、交通機関の発達していないこの異世界では、移動に貴重な時間と労力を費やすことになるのは避けられない。


 もし転移という手段がなければ、何もない辺鄙な村へわざわざ足を運ぼうとは思いもしなかっただろう。


 だが、あのオルト村には、俺に深い好感を持ち、身も心も捧げている女――

 マリアがいる。


 行く理由は十分にある。


 そして今の俺たちには、アキラの獲得した新たな移動魔法が存在するのだ。


 街道の影に身を隠せる安全な場所まで移動したところで、俺は背後のアキラへ視線を送った。


 * *


「オルト村に向かう。頼んだぞ、アキラ」


「うん、任せて!」


 アキラは力強く頷くと、両手で『賢者の錫杖』を握り締め、目を閉じて静かに集中を高めていく。

 彼女の身体を優しく包み込むように、温かな風の粒子がふわりと舞い上がり始めた。


「大地に刻まれし我が記憶――その面影を呼び覚まし、地に宿る標へと導け――『フィールド・テレポート』!」


 澄んだアキラの声が響いた瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪み、視界一面が眩い光の奔流で満たされた。


 浮遊感すら覚える一瞬の浮世離れした感覚ののち、光が収まると、肌を撫でる風の匂いが一変していた。


 * * *


 草木の青く甘い匂いと、豊穣な土の匂い。

 目の前には、見慣れたオルト村の素朴な木組みの門が佇んでいた。


 移動にかかる膨大な時間と労力、そして路上のリスクを完全に無へ帰したという圧倒的な事実。

 この魔法の有用性を改めて実感し、俺は確かな満足感を覚えて深く息を吐き出した。


 ここを出てからまだ半月も経っていないはずなのだが、どこか懐かしい心地が胸をかすめる。


 俺たちは静かな村の小道を歩み、マリアの家へと向かった。


 敷地内に近づくと、庭先の小さな畑で桑を振るっていたマリアと、その横で草むしりをしていたナンシーの姿が目に入った。


「……トオルさま!?」


 顔を上げたマリアが、琥珀色の瞳を大きく見開いて息をのんだ。

 足元で土いじりをしていたナンシーも、燃えるような赤髪を揺らしながら勢いよく立ち上がり、こちらへと駆け寄ってくる。


 感動の再会だ。


 だが、俺の後ろに控えるアキラとルミの姿を認めた瞬間、マリアの表情に微かな動揺と揺らぎが走った。

 それは、一人の女として――俺の周囲に現れた新たな若い女たちに対する、無意識の牽制と複雑な心情の表れだった。


 * * *


「ただいま、マリアさん。俺の冒険者仲間のアキラとルミだ。これからの旅を共にする」


 俺が冷静にそう紹介すると、マリアはハッとしたように表情を和らげ、深くお辞儀をした。


「まあ……トオルさまのお仲間さんでしたのね。うちのトオルさまがお世話になっております。わたし、マリアと申します」


「渡辺明楽です! アキラって呼んでね、マリアさん!」


「た、高橋瑠美です……よろしくお願いします」


 アキラの明るい挨拶と、ルミのおずおずとした頭下げに、マリアも笑みを返し、初対面の緊張感は少しずつ解けていった。


 * *


 時刻はちょうど昼前。

 俺は【アイテムボックス】から、街の屋台で購入しておいた熱々の肉串焼きを取り出し、五人で庭先の木椅子に腰かけて食べることにした。


 香ばしいタレの匂いとジューシーな肉汁が口いっぱいに広がり、ナンシーは頬を膨らませて嬉しそうに串を頬張っている。


 昼食を済ませた後、俺は二人をマリアに任せ、一人で村長アルバスの家へと足を運んだ。


 目的は、マリアの家の隣の空き地にもう一軒家を建てる許可を得ることと、施工のための作業員を手配することだ。


 新しく建てる家には、大人数がゆったりと休める広めの寝室と、清潔な風呂の二つの機能があれば十分だった。

 それ以外の内装は、村の大工に任せればいい。


 オルト村に滞在する際、マリアの家で寝泊まりしても良いのだが、アキラとルミが増えた現状ではさすがに手狭になる。

 俺たちのための独立した寝床とプライベートな風呂場は、どうしても確保しておきたかった。


 建物自体は素朴な木造とし、風呂場は耐久性を考慮した石造りとする。

 お湯を発生させる魔導具は、後日街へ戻った際に購入すればいい。


 * *

 

 【オルト村の英雄】として村を救った俺の訪問を、白髪の穏やかな村長アルバスは破格の敬意をもって迎えてくれた。


「トオル殿の家ですかな! 村を救ってくれた大恩人に住んでもらえるとは大歓迎ですじゃ。腕の立つ民兵や大工仕事のできる男たちをすぐに手配いたしましょう」


 俺は提示された金貨三枚を建築費用として前払いした。

 本来なら数週間を要する規模の工事だが、俺自身が【アイテムボックス】を活用して資材運搬を手伝うことで、わずか五日という短期間で完成させる手はずを整えた。


 村長宅での交渉を円滑に終えてマリアの家へ戻ると、庭先からは女たちの和やかな話し声が漏れ聞こえていた。

 マリアが手作りのハーブティーを振る舞い、アキラとルミもすっかり打ち解けた様子で笑顔を見せている。


 女同士の無用な摩擦を心配していた俺は、その光景を見て静かに胸を撫で下ろした。


 すると、俺の帰宅に気づいたナンシーが、バタバタと小さな足音を立てて寄ってきた。


「あ! トオルさま! おかえりなさい!」


「ただいま、ナンシー。良い子にしていたか?」


「うん! ねぇねぇ、トオルさま! 私に剣を教えて!」


 小さな琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、ナンシーは俺の服の裾を強く引っ張ってきた。

 亡き父ガルドの面影を宿したその熱心な瞳に、俺は断る理由を見出せなかった。


「いいだろう。少しだけ付き合ってやる」


 村の集会場から借り受けてきた子供用の小さな練習用木剣をナンシーに手渡し、俺も一本の木剣を手に取る。


 夕暮れ時の赤く染まる空の下、一生懸命に木剣を振りかざして立ち向かってくるナンシーの素直な剣筋を感じ取りながら、俺はオルト村での拠点作りに向けた第一歩を噛み締めていた。

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