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クラス転移した異世界で、俺だけハーレム冒険者  作者: 猫野 にくきゅう
第一章

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第7話 英雄の称号と、認知不協和

 凄惨な死闘から、三日が経過していた。

 灰色の重たい雲が空を覆い尽くし、村を囲む森からは、湿気を帯びた冷たい風が絶え間なく吹き込んでくる。


 広場の中央で空高く立ち上る黒煙は、鼻の奥にこびりついて離れない、肉と骨が焦げる特有の異臭を村中に撒き散らしていた。


 盗賊団との戦いで命を落とした者たちの、合同葬儀が行われているのだ。


 村の自警団として戦ったガルドたち、そして、俺のクラスメイトの約半数。

 彼らの遺体は元の世界に送り返す術もなく、疫病を防ぐために、こうして村の広場でまとめて荼毘に付されることとなった。


 薪が爆ぜる乾いた音と、遺族たちのすすり泣く声だけが、重苦しい空気に溶けていく。


 俺は村の中央にある村長の家の壁に背中を預け、燃え盛る炎をただ無表情に見つめていた。

 心の奥底を探ってみても、同級生が灰になっていくことに対する悲しみや喪失感は、驚くほど湧いてこない。


 * * *


「……行くぞ。こんな泥臭い村、一秒でも早くおさらばだ」


 不意に、吐き捨てるような声が聞こえた。

 視線を向けると、生き残った佐藤翔太、木村健一、彼らを筆頭に16名のクラスメイトたちが、この村から町へと向かう行商人の荷馬車に乗り込もうとしているところだった。


 彼らは大きな町である『バザル』へと向かう商人に便乗し、このオルト村を去る決断を下したのだ。


 三日前の戦闘で、彼らの心は完全にへし折られていた。

 ゲーム感覚の万能感は凄惨な現実の前に粉々に砕け散り、残ったのは、得体の知れない恐怖と、無力な自分に対する直視しがたい事実だけ。


 馬車の荷台に乗り込んだ佐藤が、忌々しそうにこちらを睨みつけてきた。


「常盤、てめえ……! よくも俺たちを囮にしやがって!」


 血走った目で俺を指差し、佐藤は声を荒らげて罵声を浴びせてくる。


「お前が最初から戦ってりゃ、あんなに仲間が死なずに済んだんだ! 俺たちが前線で命張ってる隙に、後ろからコソコソ手柄を盗みやがって……この卑怯者が!」


 それに同調するように男子生徒たちが、怨みと嫌悪の入り混じった冷たい視線を俺に向けてくる。女子の数名も彼らと一緒にこちらを睨んでいた。


 無視するよりほかにない。


 彼らの中では、あの惨劇を引き起こした原因は『俺が最初から参戦しなかったから』であり、『俺が彼らを捨て駒にしたから』というストーリーに書き換えられているらしい。


(……なるほど。見事なまでの責任転嫁だな)


 俺は言い返すこともせず、冷え切った頭で彼らの心理状態を分析していた。


 人間という生き物は、自らの自我を崩壊させるほどの強いストレスや矛盾に直面した時、無意識のうちに現実の方を歪めて解釈しようとする。


 『自分たちは特別な力を持った選ばれし存在だ』と信じて疑わなかった彼らにとって、盗賊の前に手も足も出ず、ただ泣き叫ぶことしかできなかった無能な自分を認めることは、死よりも耐え難い苦痛なのだ。


 だから、誰かに責任を押し付ける必要がある。


 俺という『孤立している』存在をターゲットとし、『卑怯で狡猾な悪役』に仕立て上げ、自分たちは『その悪党に利用された悲劇の被害者』であると思い込むことで、彼らは必死に自らの脆いプライドと精神を保とうとしているのだ。


 怒りは湧かなかった。

 ただ、ひどく滑稽で、哀れだと思った。


 他人に責任を押し付け、現実から目を背け続けたところで、この理不尽な世界が彼らに優しくしてくれるわけではない。


「勝手に言ってろ。……せいぜい、次の町で野垂れ死なないことだな」


 俺がぼそりと呟いた言葉は風に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 車輪が軋む重い音を立てて、馬車がゆっくりと村の門を出ていく。

 遠ざかっていく彼らの背中を見送る俺の胸には、約一年間、同じ教室で過ごしたクラスメイトに対する未練など、塵一つ残っていなかった。


 * * *


 馬車が見えなくなり、葬儀の炎も徐々に勢いを失い始めた頃。

 俺は村の喧騒から離れるように裏路地へと入り、誰の目も届かない場所で静かに(ステータス)と念じた。


 視界に浮かび上がる、半透明の光のウィンドウ。


 そこには、三日前の死闘を経て、俺のステータスに起きた『明確な変化』が刻み込まれていた。

 名前と職業の下に、これまでは存在しなかった新しい項目が追加されているのだ。


『称号:【オルト村の英雄】』


 あの狂乱の戦場において、俺は一人で十二人の盗賊のうち、大半を背後から暗殺してのけた。

 結果として村は全滅を免れ、システムはこの残酷な殺戮行為を『村を救った英雄的偉業』として判定したらしい。


(あまり嬉しいとは思えないな)


 なにしろ、俺は敵の隙を突き、後ろから相手を惨殺していただけだ。

 

 だが、このシステムが与えた『称号』の効力は、俺の感情とは無関係に、極めて物理的で現実的な恩恵をもたらしていた。


 ◇◆◇◆◇◆


 それは二日前の事だ。


 村を襲った盗賊たちから村人総出で装備品をはぎ取り、その分け前を村長からもらった後――俺は「クエスト成功報酬」の「風のマント」という装備をもらった。


 功績の一番大きかった者に与えられるレアアイテムだそうだ。

 装備すると敏捷に+補正が入る。

 

(これはいい物だが、盗賊のお古の装備はいらないな)


 俺はこの村で唯一の商人の店へと足を向けた。


「おお、これはこれは! オルト村を救われた英雄様!」


 俺の姿を認めた途端、中年の商人は揉み手をして、まるで王族でも迎えるかのような大袈裟な態度で頭を下げた。


「本日はどのようなご用件でしょうか? 英雄様のお望みとあらば、何なりとご用意いたしますぞ!」


 数時間前、佐藤たちがこの商人と交渉した際、彼は極めて事務的で冷淡な態度をとっていた。


 それが俺に対してのみ、ここまで露骨に態度を豹変させるのは、間違いなく【オルト村の英雄】という称号が影響を及ぼしているからだろう。

 

「……いや、買いたいものはない。少し、買い取ってほしいものがあるんだが」


 俺はそう言って、【アイテムボックス】から無造作にいくつかの武具を取り出し、商人の目の前にゴトリと置いた。

 俺が背後から始末した盗賊たちが身につけていた、血塗れの革鎧や刃のこぼれた剣、そして彼らが溜め込んでいたであろう薄汚れた硬貨の袋だ。


「こ、これは……! 盗賊どもの装備品ですな。しかし、どれも血に塗れ、ひどく痛んでおりますが……」


 商人は一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに愛想笑いを浮かべ直した。


「いやいや、英雄様のお持ち込みとあらば、無下にはできません! 本来なら二束三文のガラクタですが、特別な色をつけさせていただき、金貨三枚で買い取らせていただきましょう!」


 相場など全く分からない俺でも、それが破格の好条件であることは、商人の震える声色から容易に察せられた。

 打ち直さなければ使えないゴミ同然の装備品が、称号の恩恵によって莫大な資金へと変換されていく。


(これが、この世界における『システム』の力か)


 俺は差し出された革袋を受け取り、ずっしりとした金貨の重みを手のひらで確かめた。


 * * *


 金があれば生きていくための選択肢は飛躍的に広がる。

 俺はこの世界に根を下ろすための地盤を固めつつあった。


 取引を終え、俺が広場を立ち去ろうとした、その時だった。


「あ、あの……! 英雄様……!」


 背後から、細く震える声で呼び止められた。


 振り返ると、そこには黒い喪服に身を包んだ、まだ二十代半ばほどの女性が立っていた。

 ひどく青ざめた顔に、泣き腫らした赤い目。

 彼女の手には、まだ五歳くらいの小さな女の子が、怯えたように隠れながら俺を見上げている。


 彼女は、昨日の戦いで腹を割かれて死んだ村の戦士、ガルドの妻であるマリアと、その娘のナンシーだった。


「……何か用ですか」


 俺は極力感情を交えずに、淡々と問い返した。


 もし俺が最初から『疾風の剣』を抜いて正面から突っ込んでいれば、ガルドは死なずに済んだかもしれない。

 それを恨んでの抗議だろうか、と内心で身構えたが、マリアの口から出たのは全く予想外の言葉だった。


「村長から伺いました。英雄様は、この村にしばらく残られると……」


「ええ、その予定ですが……」


 マリアは深く頭を下げ、震える声で言葉を紡ぐ。


「もし、滞在の場所がまだ決まっておられないのでしたら……どうか、うちの空き部屋を使ってください」


「空き部屋を……?」


「はい。主人が……ガルドがいなくなり、家は広すぎるほどです。村を、そして私たちを盗賊から救ってくださった英雄様に、せめてもの恩返しをさせてください」


 彼女の言葉には、一片の嘘も、恨みも混じっていなかった。


 システムが与えた称号が彼女の認識を歪めているのか、それとも本当に心の底から感謝しているのか、今の俺には判断がつかない。


 だが、この好意は受け取っておくべきだ。

 生活するだけでも金はかかる。安定した収入のない今、この申し出を断る理由などない。クラスメイト達と一緒に広場で野宿するなど、居た堪れない。


「……分かりました。お言葉に甘えさせてもらいます」


 俺が短くそう答えると、マリアは安堵したように微かに微笑み、ナンシーの手を引いて歩き出した。

 俺は彼女たちの背中を追い、血の匂いが染み付いた広場を後にした。


 * * *


 案内されたのは、ガルドの家の一角にある、こぢんまりとした客間だった。


 古い木材の匂いと、微かな埃っぽさが漂う、静かで薄暗い部屋。

 簡素なベッドと小さな机だけが置かれたその空間は、今の俺には過剰なほど落ち着く場所だった。


 軋むベッドに腰を下ろし、俺は深く、長く息を吐き出した。

 狂騒の数日間が終わり、ようやく本物の静寂が訪れたのだ。


 俺は虚空を見つめ、ステータスと念じた。

 ウィンドウが浮かび上がる。


『剣士レベル:2』

『スキル:【剣術:Lv.3】』


 死線を潜り抜け、多数の命を奪ったにもかかわらず、レベルはたったの『1』しか上がっていない。

 剣術スキルもわずかに上昇したが、筋力や技量といった基本ステータスの数値に変化は見られなかった。


 ゲームのように、一度の戦闘で数値が上がるような都合の良い成長は用意されていないらしい。


 だが、ウィンドウの最下部を見た瞬間、俺の目は微かに細められた。

 そこには使い切ったはずの項目が、再び点灯していた。


『ボーナスポイント:1』


 レベルアップに伴って付与されたのだろう。


 たった1ポイント。

 これでは強力なスキルも武器も取得することはできない。


 だが、ないよりはマシだろう。


(少しずつ強くなるしかない)


 窓の外から、冷たい風が吹き込んでくる。


 クラスメイトたちは、この何もない村から離れて町に出ていく。

 彼らがいなくなれば、鬱陶しい同調圧力もなくなる。俺に残されるのは、ステータスという無機質な数値と、たった一人で世界と対峙する自由だけだ。


 ベッドの上に仰向けに寝転がり、天井の木目をぼんやりと見つめる。


 常盤透という、空っぽで孤独な男の。

 誰にも頼らない、本当の『異世界、冒険者生活』が――今、この小さな村から、静かに幕を開けようとしていた。

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