天使様、野外演習で猪を狩り、草をむしる
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王都セレフィアにクリュオス月(4月)の温かい春風が吹き抜ける頃。ロドエル魔導学院の広大なキャンパスは、色とりどりの花々と、生徒たちの活気に満ち溢れていた。
レオンたちにとっても、春は特別な季節である。なぜなら、この時期には初等部2年の行事である『春の野外演習』が開催されるからだ。
「みんな、準備はいい?森の中は木の根っこが出っ張っていたりして危ないから、怪我をしないように、安全第一でいこうね」
演習場となる学院裏手の森の入り口で、レオンは、まるで遠足の引率の先生……いや、孫のピクニックを心配するおばあちゃんのような、温かくも口うるさい声でチームメイトに呼びかけた。
「任せとけって!俺の魔法で的を全部ぶち抜いて、ぶっちぎりのトップを取ってやるぜ!」
フェリックスが、腕まくりをして鼻息を荒くする。
「フェリックス、野蛮ですわ。この演習は、ただ威力を競うものではありません。魔力のコントロールと、正確さ、そして美しさが評価されるのですのよ」
ベアトリクスが、扇子を優雅に広げてたしなめる。最近の彼女は、エリアスとの関係が良好なせいか、以前よりもずっと表情が柔らかくなり、フェリックスへの小言もどこか楽しそうに響いていた。
「うん、僕も……みんなの足手まといにならないように、サポートを頑張るよ」
エリアスが、少しだけ自信を持った顔で微笑む。
「レオン様、お弁当の準備も、お怪我をした時の救急セットも、完璧ですよ!」
ルチアが、大きな背嚢を背負って元気よく答える。学園生活に慣れてきたルチアは、他の貴族の生徒達に物怖じすることも少なくなり、逞しさすら感じさせるようになっていた。
彼ら5人は、昨年の七不思議調査を経て、今や学院でも一、二を争うほど仲の良い、名物チーム『寄せ植え』である。
「よし、それじゃあ出発!」
レオンの号令と共に、五人は春の息吹に満ちた森へと足を踏み入れた。
◇
『春の野外演習』のルールは単純だ。広大な森の指定エリア内に、教師たちが魔法で作り出した「的」が多数配置されている。生徒たちはチームで協力して森を探索し、自分たちの魔法で的を射抜く。的の難易度(距離や動くスピード)によってポイントが異なり、制限時間内に獲得した合計ポイントを競うというものだ。当然、森の中にはランクは低いながらも魔獣がいるので、魔獣対策もしつつ、的当てをしなければいけないので、防御魔法が得意な者や、物理攻撃の得意な者、魔法の得意な者と役割を決めてチームで挑むのだ。
「あ、あそこにあったよ!木の枝の間!」
エリアスが指差した先、高い枝葉の隙間に、淡く光る的がふわりと浮かんでいた。
「わたくしがいきますわ。――『ウォーター・バレット』!」
ベアトリクスの指先から放たれた水の弾丸が、正確な軌道を描き、見事に的の中心を射抜く。パリン、と小気味良い音を立てて的が弾け、彼らの持つポイント集計用の魔導具に点数が加算された。
「お見事です、ベアトリクス様!」
「ふふ、これくらい造作もないことですわ」
「よーし、次は俺だ!『ストーン・ショット』!」
フェリックスも負けじと、空を飛ぶ動く的を、少し乱暴だが勢いのある土球で撃ち落としていく。
レオンもまた、適度に魔力をセーブしながら、風魔法『エア・ショット』で的を的確に射抜いていた。魔力圧縮の効果により、初級魔法でも本気を出すと的ごと周囲の木々を吹き飛ばしかねないため、威力を「そよ風のデコピン」程度に抑えるという、高度な魔力制御を行っているのだ。
「いいペースだね。このままいけば、上位入賞も夢じゃないかも」
レオンがポイントを確認しながらにっこりと笑う。
「おい、みんな!あっちを見てみろよ!」
最後尾を歩いていたフェリックスが、興奮した声で、正規の演習コースから少し外れた、鬱蒼とした茂みの方を指差した。
「どうしたの、フェリックス君?」
「あそこの茂みの奥にさ、すっげえデカい光の的が見えるんだよ!普通の的の十倍くらいあるぜ!あんなの当てたら、ボーナス得点で一気にトップ間違いなしだ!」
フェリックスの視線の先をレオンたちも目を凝らして見る。確かに、木漏れ日が不自然に集まり、丸くて茶色っぽい、巨大な的のようなものがもぞもぞと動いているように見えなくもない。
「ちょっと、フェリックス!勝手にコースを外れてはダメですわ!それに、あんな形の的があるなんて、事前説明にはありませんでしたわよ?」
ベアトリクスが危険を察知して止める。
「平気だって!先生たちが隠したシークレット的だぜ、きっと!早い者勝ちだ、俺がもらったぁぁっ!」
フェリックスは制止も聞かず、茂みの方へ向かって駆け出し、魔力を込めた右手を突き出した。
「いけー!『ストーン・ショット』!!」
フェリックスの手から放たれた、気合いの入ったストーン・ショットが、一直線に「巨大な的」へと飛んでいく。
ドボォォォッ!!
鈍く、そして嫌な音が響いた。
「やったぜ!命中!」
フェリックスがガッツポーズを決めた、その直後。
「……ブゴォォォォォォォォォォッ!!!!」
的が弾ける音ではなく。森の木々を震わせる、怒りと苦痛に満ちた、恐ろしい獣の咆哮が響き渡った。
「え……?」
フェリックスの笑顔が引きつる。
バキバキバキッ!と太い木の枝をなぎ倒しながら、茂みの奥から「それ」は姿を現した。体長は優に三メートルを超える、小山のような巨体。全身を覆う剛毛は鋼のように硬く、口元からは湾曲した巨大な牙が天に向かって突き出ている。
フェリックスが「デカい的」と見間違えたのは、お腹を空かせて餌を探していた中ランク魔獣、『ビッグ・ボア』の、丸々と太ったお尻だったのだ。木漏れ日がちょうどそのお尻に当たり、光る的のように見えてしまったという、奇跡的なまでの不運(自業自得)である。
「なっ、なんだあれ!?」
フェリックスが腰を抜かしかける。
「ビッグ・ボアですわ!中ランクの魔獣!フェリックス、あなた一体、なんでお尻に……間違えました、的に?魔法をぶつけましたの!?」
ベアトリクスが、パニックのあまり淑女らしからぬ、混乱した叫び声を上げる。
「フェリックスのバカ!怒ってるよ!逃げるよ!!」
レオンの的確すぎる指示により、5人は悲鳴を上げながら、来た道を全力で逆走し始めた。
「ブモォォォォォッ!!」
お尻を焼かれたビッグ・ボアは、目を血走らせ、明確な殺意を持って5人を追いかけてくる。その巨体からは想像もつかないほどの猛スピードで、太い木々をボウリングのピンのようになぎ倒していく。
「追いつかれますわ!エリアス様!」
「わ、わかった!盾よ、我らを守れ!『バリア』!」
「流れる壁よ!『アクア・シールド』!」
逃げながら、エリアスが補助魔法で結界を、ベアトリクスが水の障壁を後方に展開する。しかし、ビッグ・ボアの突進は、防御魔法を、まるで薄いガラスを割るように「ガシャン!」と粉砕してしまった。
「ひぃぃっ!防御が抜かれた!」
「魔法耐性が異常に高いんだ!ビッグ・ボアは、分厚い脂肪と硬い毛皮のせいで、中途半端な魔法は効かない魔獣なんだよ!」
走りながら、エリアスが古書の知識を叫ぶ。
「ええい、ならこれでどうだ!」
レオンが走りながら振り返り、両手に風の魔力を極限まで圧縮した。
「穿て!『エア・バレット』!!」
レオンの放った、大岩をも粉砕する威力を持つ風の弾丸が、ビッグ・ボアの顔面にクリーンヒットすると、ドォォォォン!!という爆発音。
「やったか!?」
フェリックスが期待の声を上げるが、土煙の中から現れたビッグ・ボアは、ただ「ブゴッ」と首を振っただけで、歩みを止めるどころか、さらにスピードを上げて突進してきた。
(うわー、僕の中級魔法ですら弾かれるなんて…魔法がダメなら、物理でいくしかない!それに、あんなに真っ直ぐ突っ込んでくるなら……!)
絶体絶命の危機の中、レオンの脳内に、和江おばあちゃんが昔テレビで見てた「野生動物の生態ドキュメンタリー」と「罠の作り方」の知識がフラッシュバックした。
猪は、直線的な動きは速いが、急に曲がったり止まったりするのは苦手なはずだ。
「みんな、作戦がある!フェリックス、あの二本並んだ大きな木の前に、『ピット・フォール』で落とし穴を作って!できるだけ深く!」
レオンが走りながら指示を飛ばす。
「お、おう! 落とし穴だな、任せろ! 俺の得意分野だ!」
フェリックスは、幼い頃から庭に悪戯で穴を掘りまくっていた土魔法のスペシャリストだ。
「ルチア!フェリックスが穴を掘ったら、その横の木に隠れて!ビッグ・ボアが穴に落ちる瞬間に、得意の『身体強化』で、思い切り頭を殴って!」
「ええっ!? わ、私がですか!?」
「ルチアなら絶対にできるよ!僕が穴までアイツを誘導するから、タイミングを合わせて!」
「は、はいっ!が、がんばりましゅ!」
ルチアは、涙目になり、かみかみになりながらも、両手でぎゅっと拳を握りしめた。
「よし! ベアトリクス様とエリアスは、ルチアのサポートと、万が一の時の防御をお願い!」
作戦は決まった。レオンは、あえて走るスピードを落とし、チームから離れて一人でビッグ・ボアの正面に立った。
「こっちだよ!おいで!」
レオンは、両手で小さなエア・バレットを連続で放ち、わざとビッグ・ボアの鼻先や目の前で破裂させ、パチパチと鬱陶しい刺激を与えた。
「ブゴォォォォッ!!」
完全にレオンを標的に定めたビッグ・ボアが、一直線に猛突進してくる。大地が揺れ、土煙が舞う。
レオンは、ギリギリまで引きつける。
(まだだ……まだ……! 今だっ!)
レオンは、指定した二本の木の間をすり抜けると同時に、横へ大きく跳躍した。
ビッグ・ボアは、レオンを追いかけて二本の木の間を突っ切ろうとする。しかし、その足元には、フェリックスが全魔力を注ぎ込んで作り出した、直径三メートル、深さ五メートルにも及ぶ巨大な『落とし穴』が開いていた。
直線的なスピードに乗りすぎたビッグ・ボアは、急には止まれない。
「ブベェッ!?」
足場を失い、巨大な体が前のめりに穴へと落ちそうになる。
「今だ、ルチア!」レオンが叫ぶ。
「や、やぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
木の陰に潜んでいたルチアが、飛び出した。彼女は、自身の規格外の才能である「超高密度の魔力圧縮」を、無意識のうちに両腕に全開で巡らせていた。その細腕には、鋼鉄の城門すら打ち砕くほどの、恐るべき物理的な破壊力が込められている。
ルチアは、穴に落ちかけているビッグ・ボアの脳天めがけて、渾身のストレートパンチを振り下ろした。
ゴォォォォォォォォォォォォンッ!!!!
まるで巨大な鐘を、攻城兵器の丸太でぶち抜いたような、凄まじく鈍い打撃音が森に響き渡った。
「ブ、ギュ……」
分厚い頭骨を揺るがす、ルチアの会心の一撃。魔法耐性は高くても、物理的な脳震盪には勝てない。ビッグ・ボアは、白目を剥き、舌をだらりと出しながら、落とし穴の底へドスーン!と地響きを立てて崩れ落ちた。
そして、ピクピクと痙攣した後、完全に動かなくなった。
森は、静寂に包まれ……小鳥のさえずりが戻ってくる。
「……た、倒した……」
フェリックスが、膝から崩れ落ち、へたり込んだ。
「ルチア……あなた、とんでもない怪力ですわね……。あの巨体を、素手で……」
ベアトリクスが、引きつった顔で扇子を震わせながら、ルチアを見る。
「えへへ……火事場の馬鹿力、というやつでしょうか。手が、ちょっとジンジンしますぅ」
ルチアが、真っ赤になった拳をさすりながら、照れ笑いを浮かべた。
「みんな、無事でよかった……!ルチア、ナイスパンチ!」
レオンが、安堵の笑みを浮かべてルチアに駆け寄る。
その後、彼らの放った異常な魔力反応と、大きな地響きを察知した教師陣が、慌てて現場に駆けつけてきた。そして、落とし穴の底で、完全に気を失っている中ランク魔獣ビッグ・ボアを見て、全員が度肝を抜かれる。
「き、君たちが……2年生だけで、これを生け捕りにしたのか!?」
演習の責任者である教師が、信じられないという目で5人を見る。
「はい! みんなで協力して捕まえました!」
レオンが、にっこりと答えると、他の面々も胸を張っていた。
本来の「的当て演習」の趣旨からは完全に逸脱している。しかし、初等部の生徒だけで、怪我人を出すこともなく、あまつさえ中ランク魔獣を「無傷(気絶のみ)」で生け捕りにしたという功績は、あまりにも大きかった。
「……的を射抜くよりも、遥かに高度な連携と実戦能力だ。しかも、魔獣の命を奪わずに無力化するとは……素晴らしい判断力だ」
教師陣による協議の結果、チーム『寄せ植え』は、この演習において異例の「最高得点(特別ボーナス込み)」を獲得することになったのである。
◇
――そして、数日後。
学園のラウンジで、5人は昼食をとりながら、先日の野外演習の武勇伝で盛り上がっていた。
「いやー、俺の魔法が全然効かなかった時は焦ったけど、結果オーライだったな!最高得点だぜ!」
フェリックスが、楽しそうに笑いながらサンドイッチを大きく頬張る。
「もう、フェリックス様ったら。あれのせいで、どれだけ怖い思いをしたか分かってるんですか?」
ルチアが、呆れたようにお茶を注ぐ。
「本当に。結果的に最高得点だったから良かったですけれど、次からはしっかり確認してから魔法を放ってくださいませ。それにしても……」
ベアトリクスが、優雅に紅茶を飲みながらため息をつく。
「まさか、魔獣のお尻を的と間違えるなんて、前代未聞ですわよ」
「しょうがねえだろ!あのビッグ・ボアのお尻、木漏れ日が当たって、マジで光る的にそっくりだったんだって!俺の目はごまかせねえぜ!」
フェリックスが、得意げに言い放つ。
「フェリックス……それは威張ることじゃないと思うよ……」
エリアスが苦笑いをする。
その、和やかで平和な空気は、背後から掛けられた声によって、一瞬にして凍りついた。
「――ほう。つまり、魔獣が不意に襲ってきたのではなく、ブラウン君が的と間違えて、先に、魔獣の尻を攻撃したのが、全ての原因だと?」
地を這うような、低く、冷たい声。5人がギギギ……と錆びた機械のように首を後ろに向けると、そこには、鬼の形相をした魔法実技担当のセウェルス教授が、腕を組んで立っていた。
「「「「「あ」」」」」
5人の声が見事にハモった。
セウェルス教授をはじめとする教師陣は、「勇敢な生徒たちが、突如現れた魔獣の脅威から身を守るために、見事な連携で撃退した」と、完全に勘違い(美化)して評価していたのだ。まさか、自分たちから魔獣の尻に向かって魔法を放ち、喧嘩を売っていたとは、夢にも思っていなかったのである。
「……貴様ら。放課後、教官室に来なさい」
教授の言葉に、5人は絶望の淵へと叩き落とされた。
◇
放課後の教官室で、たっぷり一時間の、雷のような説教を受けた5人。幸いなことに、成績はすでに確定して学園長まで報告が上がっていたため、取り消しにはならなかった。
しかし、連帯責任として、彼らには厳しい罰が与えられた。
――『一週間、中庭の草むしり』である。
◇
ポカポカと暖かい春の日差しの中、作業着に着替えた5人は、広大な中庭でしゃがみこみ、黙々と草をむしっていた。
「くそー、なんでこんな罰を……。いてっ、この草、トゲがあるぜ。引っこ抜けねえ!」
フェリックスが、強引に草を引っ張って手を痛め、愚痴をこぼす。
「自業自得ですわ!元はと言えば、あなたのお尻攻撃のせいですのよ!おかげで、わたくしの綺麗な手が泥だらけですわ!」
ベアトリクスが、ぷんぷんと怒りながら、上品に草を摘んでいる。
「ご、ごめんってば……。みんな、本当に悪かったよ……」
「フェリックス君、気にしないで。これも、いい運動になるよ」
エリアスが、苦笑しながらフェリックスを慰め、間を取り持つ。
レオンは、黙々と草を抜きながら、心の中で深いため息をついていた。
(『カッコいい男』は、休日に泥だらけになって罰掃除なんてしないはずなのに……。スマートに的を射抜いて、クールに演習を終えるはずだったのに……どうしてこうなった)
しかし、土の匂いを嗅ぎ、草と格闘しているうちに、レオンの中の『おばあちゃん』が、ウズウズと疼き始める。
「フェリックス、その草は力任せに引っ張っちゃダメだよ。根元からしっかり掴んで、少しねじるようにして引くと、スッと綺麗に抜けるからやってみて」
「おお! マジだ! 本当だ、すげえ抜けやすい!」
「ベアトリクス様、泥は濡れている時に払うと繊維に入り込んじゃいます。乾いてからパンパンと払うと、服が汚れませんからね。気にせずどんどん抜きましょう」
「……仕方ありませんわね。レオン様の言う通りにしますわ。えいっ」
「ルチア、抜いた草はこっちの山に集めておいてね。後で腐葉土にするから」
「はい、レオン様!お任せください!」
「エリアスは、そっちの柔らかい草をお願いね」
「うん、分かったよ、レオン君」
レオンの的確な(おばあちゃん的)指示により、草むしりの効率は劇的に上がり、いつの間にか、5人の顔には文句を言いながらも、どこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
(まあ、みんなでこうして土をいじるのも、悪くないか)
ポカポカとした陽だまりの中、土と草の匂いに包まれながら、レオンはふわりと微笑んだ。
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