退職代行7(解決編)
《ご相談したいことが………》
と、スマホにきた着信は、時津氏からだった。
《助けてほしいんです……富士澤専務とのアポイントをお願いします………》
まあ…そうだろうな……
函崎氏の退職代行で、『TOKITSUエクスプレス株式会社』に転職した11名の内、結果として7名が市村に戻ってきている。
それで、人材が不足して、助け舟を求めて来た、と。
予測してた展開ではあるけどね。
でも、時津氏をさすがだな、と思ったのは、まず恨み節をぶつけてくるのではなく、低姿勢で来たところだね。
この点は、経営者として評価される側面だね、ってエラそうにしてる私。
一旦、電話を置いて、富士澤専務のご予定を伺いに走る。
対応可能な日時を3つばかり確認して、時津氏に返答。
時津氏は、現在より最短の日時を指定してきた。
急ぎなら当然かな。
これでアポイント設定は完了、っと。
専務から、商談には私も参加するよう指示があった。
そして、時津氏の来訪日時がやってきた。
展開、早いね〜
応接室に案内して、しばらくして専務が入室すると、そのタイミングに合わせて時津氏は立ち上がり、最敬礼した。
「お忙しい最中に、私のためにお時間を取っていただき、真にありがとうございます」
久しぶりにあった2人が、あんなこんなって会話が20分くらい続いた。
特筆するところも無かったし、ストーリー展開に影響しないと判断して、ここは削除します。
「相談がある、って聞いたんやけど」
専務の切り出しで、本題に突入。
時津氏は、簡潔に、新規事業を引き受けたのは良いが、人材不足で困ってるから助けてほしい、と私が予想したとおりの相談内容を繰り出した。
「自分から仕掛けた自業自得の状況で、こんなお願いするのも厚かましい限りですが……」
「まあ、エエよ」
と、専務は即答。
「でも車がすぐに用意できんから、人材派遣でもエエか?」
「ありがとうございます」
時津氏は、はしゃぎ気味に喜んだ。
「できれば、そちらに戻ったドライバーたちをお願いできれば」
「要領が分かっとるヤツがエエわな。
そやけど、本人たちの意向を訊いてみんとな。
オマエ、嫌われるようなことしとらんか?」
「め…滅相もない」
時津氏は、苦笑しながら否定した。
専務もケラケラ笑う。
「本人たちの了解があればな。ダメやったら、なるべくデキるヤツを選出したるわ」
「ありがとうございます」
労働者派遣か……
派遣契約関係は、労務課の仕事だね。
選出が決まったら、時津氏から待遇面に関する詳細情報を訊いておかなきゃね。
市村より良い待遇を示してたからね。
待遇は、派遣先に合わせないといけない。
この辺は、仲ちゃんに対応してもらおう。
「自分の事業のために、市村のドライバーたちを強引に引き抜いたりして……ご迷惑をおかけしました……まあ天罰ですね…結局は、ボクの至らないところが悪いんです。
でも、ボクのところに残ってくれたドライバーたちもいるんです。ボクの会社で働きたいって言ってくれたときは、すごく嬉しかったです……
やっぱり社員は大事にしなきゃいけないって思いましたね」
時津氏は、しみじみと語った。
「なあ時津」と、専務。
「オマエも経営者になって、オレらと同じ立場になった。
今日は、よう訪ねてくれたな。
オマエにもいろんな想いがあったんやろうけど、これからはどうや、市村と協力関係、結ばんか?
ウチにできることは、全部引き受けたるわ。
オマエは、自分の会社をもっと大きくしていったらエエ。
こんなん、どうやろか?」
専務から想定外の提案が飛び出し、時津氏は言葉を失って、ちょっとだけ茫然としたようだ。
「願ってもない、ご提案です! よろしくお願いします!」
時津氏は、涙目になりながら、専務と固い握手を交わした。
「富士澤専務は、ボクが市村輸送に入社したときから『憧れのヒト』なんです。
専務に、『同じ立場になった』と言われた瞬間は、シビれました」
これは、時津氏が帰り間際に、私に伝えた言葉。
まあ、良かったかな。
黄城センター長との確執はあったけど、過ぎた話は水に流して、お互い力を合わせていけば、これからは良好な関係を築いていける、と思うからね。
時津氏が帰った後、応接室の後片付けと掃除をしていたら、函崎氏から着信があった。
《どおも。お世話になっております。社労士の函崎ですう》
んーー
お世話した覚えはないぞ。
ま、いいけどね。
《今、近くまで来てるんです。雨森さん、今から行っても良いですか?》
何だそれ?
何で近くにいるんだ?
偶然か?
いや、偶然でも、ウチに来ることはないだろうに。
もしかして、私、ストーカーされてるとか。
《ぜひ、お話したいことがありまして……》
商談か………
受ける義理は無いが、断る理由も無い………
「まあ、良いですよ」
と、私が素気なく答えると、
《ありがとうございます! 今すぐに行きます》
興奮気味に行って、プチッと着信は切れた。
その後、1分も経たない内に、エントランスに函崎氏が現れた。
マジか!?
私、マジでストーカーされてるのかも………
「来ちゃいました」
函崎氏は、ニコニコ笑顔で、私にお辞儀した。
来ちゃいました、じゃねえよ、と思いながらも、私は清掃したばかりの応接室に、函崎氏を案内した。
「お構いなく」
函崎氏は、上機嫌でソファに腰を落とした。
まあ、お茶とかの『お構い』をすると、また洗い物が出ちゃうから、そのお言葉には甘えよう。
「それで、お話というのは……」
私が言い終える前に、函崎氏は「雨森さん」と大きな声を被せてきた。
ちょっとびっくり。
「私を顧問に雇いませんか? おそらく、市村さんには顧問社労士がすでにいらっしゃると思いますので、別顧問というのは、いかがでしょうか?」
「はあ?」
唐突な提案に、まず呆気にとられたね。
「それで顧問料ですが」
私の状況に構わず、函崎氏は畳みかけてくる。
「月5000円でも……1000円でも良いですよ。雨森さんのご相談なら、何でも聞いちゃいます」
私の専用の顧問社労士か………
味方は増やしておきたいね。
本当は、仲ちゃんを私の課に引き抜きたいんだけど、そんな予算ないからね。
「どうですかね?」
と、函崎氏が迫る。
「限られた予算の中で切り盛りしていますから、たとえ1000円でもキビしいです」
私が伝えると、熱っぽく盛り上がっていた函崎氏の両肩がストンと落ちた。
「そうですか……残念です………」
落ちこむ函崎氏。本当に残念そうだ。
社労士としての技量は高いヒトだと思う。
それに、専門家としての人脈も広いのではないかと期待できる。
私は、函崎氏をじっと見つめた。
函崎氏の整った眉が、キリリと上がった。
私は、スウっと深呼吸して、こう伝えた。
「月10000円払います。そのかわり、毎月1回以上、会ってくれますか?」
さて、反応やいかに?
函崎氏は、満面に笑顔を浮かべて、雄叫びのような奇声を上げた。
かなりびっくり。
襲われるかと思った………
「ありがとうございます。雨森さんのために、精一杯、頑張ります。月1回と言わず、何回も来ちゃいますよ」
いや……そこは勘違いしないで………
仕事上の定例会のつもりで言ったんだから………
「良かった……良かった……」
両手で握り拳を作りながら、全力でゼイゼイ言ってるよ。
大丈夫か、このヒト………
人選ミスったかな………
すごく喜んでるみたいだから、今さら取り消しにくいね。
こちらも、腹を括るしかないね。
まあ、せいぜい仲良くしておくかな。




