妖精の少女たち
ジャイアントアントたちの戦いを見届けて胸をなでおろす。
思ったよりも緊張していたようで、手にはじっとりと汗をかいていた。
初陣はうまくいき、3人目の冒険者を倒すことができた。途中までは順調に進んでいた彼らだが、コマンダーアントが率いるアントたちの群れには敵わなかったようだ。
ソルジャーアントとウォーリアーアントが何体かやられたが、被害としては軽微なものだ。初めての侵入者との戦いとしては上々の結果だろう。
冒険者たちの死体をダンジョンコアに吸収させようとしたところで、モニターの向こうで何かが動いていることに気が付く。
そこにいたのは、アントたちに囲まれ、じたばたともがく小人のような生き物だった。
何か叫んでいるようなので、その場に残っていたアントのうちの1体の視界と聴覚をモニターにリンクさせると、悲鳴のような叫び声がモニター越しに流れ始める。
「いやー! 食べないでー!」
「わ、私たちを食べても……お、お、お腹は膨れませんよ……」
紐で結ばれた革袋から頭だけを出して叫んでいる、小さな少女たち。
涙目になりながらも、なんとか抜け出そうと必死になってじたばたともがいている。
「誰かー! 誰か助けてー!」
敵対する者は攻撃するように命令されているアントたちだが、拘束され、戦う意思も見せずにただ泣きじゃくるだけの相手に、どうしたものかと困惑したように見つめている。
このまま見ているのもかわいそうなので、アントたちにこちらまで連れてくるように伝える。
「やだー! アタシおいしくないよー!」
「ぐすっ……私たちもう終わりなんだ……」
アントが近づくと、金髪の少女はさらに必死になってもがき始めた。
青い髪の少女は最早全てを諦めてしまったようで、抵抗をやめてぼんやりと近づくアントの姿を眺めている。
「あわ、あわわわわ!?」
「ふえええぇぇ!?」
大顎で噛み潰されるかと思いきや、優しく持ち上げられた少女たち。困惑の声をあげた彼女たちは、アントたちに連行されていく。
ワーカーアントの顎に挟まれた二人は、時折思い出したかのように抜け出そうともがいていたが、ついに逃げられないと悟ったのか、しくしくと泣き出してしまった。
「ひぐっ……ぐすっ……アタシ悪いことなんて……ちょっとしかしてないのに……」
「ぐすんっ……このままおやつにされちゃうんだ……ひっぐ……」
ワーカーアントに運ばれながら、どこかずれた泣き言を垂れ流す二人。
そんな彼女たちだが、コアルームに連れてこられる頃には泣き疲れたようで眠ってしまっていた。
ワーカーアントは小人たちを地面に置くと、そのままダンジョンへと戻っていった。
「ぐー、ぐー、すぴー」
「すぅ……」
小さな少女たちは縛られたまますやすやと寝ている。目元が赤くはれてはいるが、とても幸せそうな顔だ。
あのような目にあったにもかかわらず、呑気に眠る彼女たちを起こし、現実を突きつけるのはかわいそうな気もするが、このまま放っておくわけにもいかない。
彼女たちをを優しくつついて起こしてみる。
「うーん、むにゃむにゃ……はれ? アタシ確かモンスターに食べられそうになって――」
「フィーネちゃん? 私たち、助かったのかな――」
「えーっと、起きたかな」
「「ひゃう!?」」
どうやら驚かせてしまったようだ。彼女たちは弾かれたようにこちらへ顔を向けると、途端に涙目になってぷるぷると震えだす。
「に、人間? それともモンスター?」
「わ、私を食べても美味しくないです……」
ふむ、どうやら突然現れたこちらを怖がっているようだ。
まあ、アントたちに運ばれ、目を覚ましたら知らない場所で知らない人物に見つめられていたのだから無理もないだろう。
まるで化け物を見るかのようにこちらを見る視線に若干傷つきつつも、彼女たちを安心させるために出来るだけ優しく声をかける。
「大丈夫、食べないよ」
「本当? 本当に食べない?」
そう言って可愛らしく首をかしげながらたずねたのは、金色の髪の少女。
透き通るような青い瞳が、まるで俺の考えを探るかのようにじっとこちらを見つめている。
「ああ、本当に食べないよ」
「ほ、本当の本当に食べないですか?」
恐る恐る、といった様子の震える声で尋ねるのは、水色の髪の妖精。
紫水晶のような紫がかった瞳に涙を溜めながらも、隣の少女と共にこちらを見つめている。
涙目でぷるぷる震えながら、こちらを見上げてくる彼女たちを見ていると、久しぶりの会話ということもあって、いたずらをしてみたくなってきた。
ちょっとだけ脅かしてみようか――
「じゃあ食べようかな」
「「びえー!?」」
冗談を言ってみたら、また泣き出してしまった。さすがにあんな体験をした後では、刺激が強すぎたようだ。
「ごめんごめん、冗談だ。食べないから」
「ふえ……ぐすんっ……」
彼女たちを慰めると、まずは金色の髪の少女の袋を縛っている紐をほどいて、革袋の中から出してやる。
まず目についたのは、エメラルドグリーンの蝶のような見た目の4枚の透き通った羽。
頭の天辺には、まるで触覚のようにぴょこんと跳ねたくせっ毛が伸びている。それはまるで――
「……虫?」
「むっ! アタシは虫じゃないよ! あなた、妖精も知らないの?」
ふむ、どうやらこの小人は虫ではなく妖精らしい。
「へえ、妖精だったのか。初めて見たよ」
「ふふーん! 妖精は珍しいからね!」
「あの、そろそろ私も出してくれませんか……?」
誇らしげに胸を張る少女の姿を眺めていると、その下からおずおずとした声が聞こえた。
革袋の中からこちらを見上げる、水色の髪の少女を外に出してやる。
彼女は調子を確かめるように軽く羽を震わせると、ふわりと浮かびあがった。
エメラルドグリーンの羽を持つ先ほどの少女とは違い、透き通った水色の羽を持つ彼女は、こちらの正面へとやって来ると、可愛らしい小さな頭をぺこりと下げる。
「助けてくれてありがとうございました」
「アタシも! 助けてくれてありがとね!」
「ああ、どういたしまして」
妖精たちは、こちらをじっと見つめた後、お互いに顔を向き合わせて何事かを小声で相談している。
そのうちに話がまとまったらしく、お互いに頷くとこちらへと顔を向けた。
「アタシの名前はフィリオーネ!」
「わ、私はリリオーネと申します」
「あなたのお名前は?」
どうやら警戒は解けたようだ。
名前を尋ねる彼女たちに、どう答えたものかと迷ってしまう。
名前……あれから何度か記憶を思い出そうとしたが、結局何一つ思い出すことはできなかった。
仕方がないので、名前がないことを正直に話すとしよう。
「俺はこのダンジョンでダンジョンマスターをやっている。名前は――思い出せないんだ」
「お名前、わからないんですか?」
「そうなんだよ。いや、もしかしたら――名前なんて最初からなかったのかもしれないけど」
そう、名前なんて最初からなかったのかもしれない。
できるだけ考えないようにしていたが、頭の片隅にこびりついてしまった嫌な考え。
俺もジャイアントアントたちのように、ダンジョンコアによって作られた存在なのではないかという、その思いつき。
もしそうだとしたら、なんとか生き残ろうとしたあの日々は――。
「じゃあアタシが名前を考えてあげる!」
妖精の少女の明るい声が、沈んでいく思考を引き戻した。
「うーん、うーん……そうだ! ダンジョンマスターだからダンって言うのはどう? いい名前でしょ!」
「フィーネちゃん。それは――」
ダン……ダンか。いささか単純ではあるが、悪くはない。
改めて俺は妖精の少女――フィリオーネたちに自己紹介をする。
「ダンか、悪くないな……ありがとう、フィリオーネ。俺はダンだ、初めまして。リリオーネも初めまして」
「うん! よろしくね、ダン! あっ、それとフィーネでいいよ!」
「わ、私も! リリーネって呼んでください!」
「ああ、よろしくな。フィーネ、リリーネ」
フィーネとリリーネはにこやかに笑うと、俺の周りを飛び回る。
さて、ここで気になっていたことを聞いてしまうとしよう。
「それで、どうしてあんな奴らにつかまっていたんだ?」
「そうだった! ダン、助けてくれてありがとね! 実はね――」
それはもう元気にお礼を言ったフィーネは、これまでの経緯を話し始めた――





