強欲の代償
ダンジョンの中をしばらく進む一行は、曲がりくねった通路から、大きな空間へとたどり着いた。
部屋の中で待ち構えるのは、ソルジャーアントよりも一回り大きなウォーリアーアントが1体と、それを囲むように並ぶソルジャーアントが3体。
「おい、俺がデカいのともう1体を始末する。お前らは1体ずつ仕留めろ」
「へ、へい」
「任せてください、アニキ!」
舎弟たちの返事を聞くと同時に、通路から飛び出すゴゾー。その後ろを、二人が続く。
ソルジャーアントたちの間を駆け抜けて一息に近づくゴゾーへと、ウォーリアーアントが巨大な顎で噛みつく。
その大ぶりな攻撃を、十分な余裕を持って回避したゴゾーは、ウォーリアーアントの側面を駆け抜けながら、剥き出しの腹部へと剣を振るう。
想像よりも頑丈な腹部への斬撃は致命傷とはならなかったが、傷を負った大蟻はひるむように身を縮こませる。
剣を振り切ったゴゾーの隙を狙い、彼の背後にいたソルジャーアントが襲い掛かる。だが、ステップを踏むように横に回避され、空を切った大顎を打ち鳴らすだけに終わった。
隙だらけのソルジャーアントを切り倒し、ウォーリアーアントを見据えるゴゾー。
威嚇するように大顎を打ち鳴らし、彼を近づけまいとするウォーリアーアントだったが、腹部に負った傷からは滝のように体液が流れ出ていた。
動きの鈍ったウォーリアーアントを難なく倒したゴゾーが、背後の二人を振り返る。
どうやら、ゴゾーがウォーリアーアントを倒してすぐに、どちらもソルジャーアントを倒すことに成功したようだ。
「ハ、ハハハ、なんだ、ダンジョンっていっても大したこたあねえや!」
「だろ? この程度なら何度出てきたって余裕だぜ。さあ先に進むぞ! お宝が俺様を待ってるんだ!」
「あ、待ってくだせえ、アニキ!」
ダンジョンでの初戦を難なく終え、勢いに乗ったゴゾーたちは足取りも軽く先へと進む。
ぐねぐねと伸びる通路を越え、その途中にある小部屋を守るジャイアントアントたちを倒しながらも、怪我一つすることなく快進撃を続ける彼らは、大事なことを忘れていた。
彼らが『雑魚』と称したジャイアントアントたちは、その数こそが最も危険なモンスターであり、そして――彼らのいる場所が、無限にモンスターを生み出すというダンジョンだということを。
◆
遥か奥へと続く通路の先を見て、ゴゾーがため息を漏らす。
「やれやれ、しっかし、ダンジョンってのは長げえんだな。まだ奥につかねえのか?」
「そうですねえ……さっさと終わらせて帰りたいもんですね、兄貴」
「まったくだ。出来立てのダンジョンだってのによ、あとどれくらい進めばお宝にありつけるやら……」
もう数時間は奥へ奥へと進み続けただろう。いつまでも終わりの見えないダンジョンに、彼らはいらだちと若干の不安を隠せないでいた。
鞄の中には十分な量の水と、携帯用の保存食が入っている。
数日程度ならばダンジョンに潜り続けていても問題はないのだが、どこまでも土の壁と天井が続くダンジョンの光景に、すでに彼らは飽き飽きしていた。
それでも、その先に莫大な価値を持つ宝が待っているとなれば、先に進む以外にない。
ゴゾーは気合を入れなおすと、舎弟を引き連れ通路の先へと足を進める。
そして――もう何度目かも分からない大部屋にたどり着いた時、今までとは違う雰囲気に気が付いたサブが声を上げた。
「ア、アニキ! あれを見てくだせえ。アリどもが並んでますぜ!」
彼が指さす先には、今までのようにバラバラに集まる群れではなく、まるで訓練された兵士のようにジャイアントアントたちが整列している。
その数は、先ほどまでの群れとは比べ物にならないほど多い。
まるで行進するかのように、整然と彼らの方向へと進むそれを見たゴゾーが焦ったような声を上げて踵を返す。
「おい! いったん退却だ! あれはやべえぞ!」
「あ、兄貴! 後ろからもアリどもが来てます!」
「なんだと!」
慌てて逃げ出そうとした彼らの視界に、反対側からやって来るジャイアントアントの群れが映る。
盾のような頭を隙間なく並べた、見たこともない大蟻たちを先頭にしたその群れは、彼らの逃げ道を塞ぐようにじりじりと距離を詰め始めている。
「くそっ! 挟み撃ちのつもりか!」
「も、もうお終いだあ!」
「バカヤロウ! うろたえるんじゃねえ!」
情けない声を上げるサブを怒鳴りつけるゴゾーだったが、その顔には焦りの色がありありと浮かんでいた。
前後を挟まれ、完全に囲まれた。もしも、この数のジャイアントアントと乱戦になってしまえばひとたまりもない。
「お前ら! 俺様が前にいるアリどもをなんとか抑える。その間にお前らで後ろのアリどもを追い払って道を作れ!」
「で、でもアニキ……」
「でももクソもねえ! このままだとお陀仏だぞ! 死にたくなけりゃ気合を入れろ!」
「「へ、へい!」」
ジャイアントアントは着々とその距離を詰めている。追い詰められた彼らに、悠長に策を考える時間は残されていなかった。
舎弟たちを怒鳴りつけて前を向いたゴゾーの頬に冷や汗が流れる。目の前にいるジャイアントアントの群れは十数体、さらにその奥にもジャイアントアントたちが見え隠れしており、その総数はもはや数えきれないほどだ。
さすがにあの数を一人で倒すのは無理だが、時間を稼ぐことくらいはできる。
後ろから迫る群れは、そこまで多くはない。もはやこれ以外に活路はなかった。
「ちくしょう! こうなりゃやけだ!」
「こんなところで死んでたまるか!」
彼の背後から、二人の声が聞こえる。どうやら彼らも覚悟を決めたようだ。
不安を押さえつけるように武器を握りしめるゴゾーだったが、ふとお宝を抱えていることを思い出した。
何とか逃げ切れたとしても、乱戦の中で妖精に攻撃が当たってしまっては大損だ。
ゴゾーはベルトにつけていた2つの革袋を壁際に放ると、正面から迫るウォーリアーアントとの距離を詰めた。
今までの戦いと同じように、噛みつきを避けた隙に腹を攻撃しようとするゴゾーだが、仲間の攻撃の隙を塞ぐように、後ろに控えたジャイアントアントたちが大顎を打ち鳴らす。
他のジャイアントアントたちが控えている中に飛び込むわけにもいかず、代わりに正面に見える頭を切りつけた彼だったが、その分厚い甲殻にわずかな傷がついただけだった。
お返しとばかりに迫る噛みつきをいなしたが、有効打を与えることもできず、ゴゾーは防戦一方に追い込まれてしまう。
じりじりと押され始めるなか、なんとかタイミングをみて背後を窺うゴゾーだが、後ろの二人も苦戦しているようだった。
「おい! まだそっちのアリは倒せねえのか! このままじゃあジリ貧だぞ!」
「へ、へい! もう少しで何とかし――ゲブッ」
「おい? おいどうした! 返事をしろ、トット!」
不自然に切れた彼の言葉に、ゴゾーがひときわ大きな声を上げるが、返って来たのはトットではなく、サブの震えるような声だった。
「あ、アニキ……ト、トットが――」
「トットはどうした! はっきりしろ!」
「上から、上からアリが――」
いまいち要領を得ない、つぶやくようなそれに業を煮やしたゴゾーが、目の前のウォーリアーアントを強引に押し除け、大蟻がたたらを踏んだその隙に背後を確認する。
そこには、一目で致命傷と分かるほどの血を流し倒れるトットと、その背中に鋭い顎を突き立てる小柄な黒い影。そして、それを見て狼狽えるサブの姿があった。
正面のシールドアントに気を取られすぎた彼らは、頭上から音もなく忍び寄るキラーアントの存在に気が付かなかった。
頭上から落下したキラーアントに襲われたトットは、それを振り払うことすらできないまま、自らの流した血だまりに沈んだのだ。
助けに行きたいが、目の前の敵を放っておくわけにもいかない。そもそも――あの出血ではもう助からない。
ゴゾーは歯を食いしばり目の前のウォーリアーアントを睨みつける。
「うわあああ! ちくしょう、よくもトットを!」
「バカ! やめろ、サブ!」
背後から聞こえたサブの血迷った声に、慌てて制止をかけるゴゾー。だが、仲間の死を見て恐怖に取り付かれたサブの耳に、その声は届かなかった。
やみくもに武器を振り回し、ジャイアントアントの群れに飛び込んだサブ。
あまりにも大ぶりな一撃で、1体のシールドアントを切り倒した彼だったが、その周囲を囲むジャイアントアントたちがその致命的な隙を逃さずに群がる。
「ぎゃあああぁ!」
「くそっ! だからやめろと言っただろうが!」
断末魔の声を響かせ、群がるジャイアントアントたちの中へと消えたサブ。
トットは血だまりに沈み、サブもジャイアントアントの群れに飲み込まれていった。
「ちくしょうがあ! どうしてこうなったんだ!」
残ったのはゴゾーただ一人。それに対して、ジャイアントアントたちはわずかに数を減らしたものの、未だに十分な戦力を残していた。
どうしてこんなことになったのか。欲をかきすぎたのがいけなかったのか。こんなことになるなら、妖精だけで満足しておけば――
もはや覆せない状況に追い込まれ、ゴゾーの心に諦めの影が差し始める。
「……いや、まだだ。まだ俺はやられてねえ! こんなところでアリのエサになんてなってたまるか!」
血走った目で叫んだゴゾーは、壁際に放った革袋を確認する。
革袋の中の妖精たちは、恐ろしい光景を目の前で見たせいか気絶しているようだが、どうやら無傷のようだった。
トットとサブが死んだのは残念だが、あの妖精さえいればやり直すことだってできる――そう考えたゴゾーは、行動に移るタイミングをじっと窺う。
「オラァ!」
「ギィッ!?」
正面から挑みかかってきたウォーリアーアントの頭に振りかぶった剣を叩きつけ、ウォーリアーアントが怯んだその瞬間に駆け出すゴゾー。
追撃するジャイアントアントたちの攻撃を転がるように掻い潜り、妖精の入った革袋へと手を伸ばす。
「ぐぅっ!」
革袋へと届きかけたゴゾーの右腕に、焼けるような激痛が走る。
慌てて腕を抑えたゴゾーだったが、ガンナーアントに酸を浴びせかけられた腕は、満足に動かすことすらできそうにない。痛みに動きを止めたゴゾーへと、ジャイアントアントたちが殺到する。
地面を転がるようにして、最初の噛みつきを避けた彼だったが、そこまでだった。
転がった先で待ち構えていたウォーリアーアントの大顎が、ゴゾーを挟みこもうと迫る。
彼が最期に見たものは、一生遊んでも使いきれない莫大な財宝でも、そびえ立つような豪邸でもなく、無機質に彼を見つめる複眼と、土で覆われた洞窟の天井だった。





