第92話 雪山とかで言うセリフ
咄嗟に後ろに跳んだおかげで、潰される事だけは回避出来た。油断の代償は両腕の骨折とナイフの紛失だ。アバラもヒビぐらいは入ったかもしれない。
更に、倒れた木を飛び越えるようにグリードベアの巨体が降ってくる。2トンのボディプレスだ。押し潰す気だ。そのデカい体で跳ぶってどんな筋力だ。
ヤツの右前足の1本はダランと下がっている。最後のナイフの切り付けがかなり効いていたのか。首からも血が溢れている。もしかしたら頸動脈まで届いていたのかもしれない。やっぱり良いナイフだった。
世界がスローモーションに見える。
これだけ深手を負わせれば、もうコイツはしばらくは暴れられない。もしかしたら放っといても死ぬかもしれない。
俺の勝ちの条件は何だった?生き延びる事か?違う。コイツを殺す事か?違う。
ペタを守る事だ。
じゃあ俺の勝ちだ。
でもな、俺は死にたくは無いんだ。だけど今見えている世界、これは死ぬ間際の景色だ。
このスローに見える状態。これがどういう理屈なのかは知らない。だが俺は何度か経験している。膝を撃ち抜かれた時もこうなった。銃弾が突き刺さる瞬間まで見えた。でも体は追い付いてこなかった。脳だけ暴走してるのかもしれない。
ただ、あの時と確実に違う事がある。
今の俺の体はこの世界で動く。ゆっくりだが確かに動く。
5メートルの巨体を更に広げて降ってくるグリードベア。逃げ場は無いように見える。だが足と足の間が空いている。
特にここだ。2本の右前足の間。1本は死んでいる。ここなら潜り込める。
ほんの1歩体をずらす。動くといってもこの程度だ。だけどお前には瞬間移動でもしたように見えたんじゃないのか?なあ。
体の横をグリードベアのデカい頭部が抜けていく。目がゆっくりと俺を追いかける。その目が俺を捉える前に鼻先に回し蹴りがめり込んだ。
グリードベアの骨が砕ける衝撃がゆっくりと伝わって来る。同時に俺の右足にも激痛が走る。更に体を支えていた左足も折れたな。ああ、暴走世界では加減が分からない。骨を切らせて骨を断つってどうなんだ。
世界がスピードを取り戻した。
舞い上がる土や岩。落ちてきたのがトラックだったら爆発とかしそうだな。
とか考えてる俺も舞い上がっている。両腕、両足、絶賛骨折中だ。葉っぱみたいなもんだ。これでもうお手上げだ。いや手は上がらないけど。
ボフっと毛皮の上に落ちた。グリードベアの背中だ。おおう、大きい背中だな。父親の背中でもこんなにでかくないぞ。いや記憶は無いけどな。綺麗に処理すれば、お貴族様も金貨50枚出すなこりゃ。
グリードベアは動かない。首を折ったはずだ。これで動けたら化け物じゃなくてゾンビだ。という俺も動けない。仲良くダブルノックダウンだ。もう指1本動かない。
グリードベアの背中が傾いた。え?
地面に転がり落ちる。ああ、やべえ。命のやり取りっていう意味では引き分けになりそうだ。首が不自然に曲がったグリードベアの目には、まだ光が残っている。野性って凄いなあ。ゾンビ並の生命力だ。
口が大きく開く。仰向けに転がったからよく見える。喉の奥には俺の投げナイフが2本刺さったままだ。魚の小骨よりは痛いはずだがコイツも我慢強いな。
避けようにも体のどこも動かない。何もなければ、この腕も足も宇宙人式の死ぬほど痛い治療で治っただろう。だが噛み砕かれたらどうなるんだろうか。死んでも、死ぬほど痛いだけで治るんだろうか。頭と胴体がサヨナラしたら、どっちがメインで治るんだろう。いや死ぬだけな気がする。終わりか。
ゆっくり迫っていたグリードベアの頭がビクンと震えた。どうした。今頃、首が折れてるのにでも気付いたか?それとも喉の小骨が痛くなったか?
更に2、3度ビクッとする巨大な頭。俺にはそれしか分からない。何が起こったんだ。見えないんだけど。誰か教えてくれねえかな。
ゴシャ
鈍い音をたててグリードベアの頭が俺の顔のすぐ横に落ちた。あ、見えた。
目と目の間、眉間に矢が4本突き立っている。更に増える。鉄の矢じりが次々とグリードベアの頭に突き刺さっていく。いや、もういいって。死んでるから。結構距離が近くて怖いから止めろ、ペタ。
声を出そうとしても代わりに血が出る。あ、前足の1本が腹の上に乗ってるな。これは死ぬのが先か治るのが先かだな。いや治療の痛みで死ぬってのもあり得る。
小さい足音が走ってくるのが聞こえる。元気そうで良かった。でも買ってやった矢を全部撃ち込むのはちょっとやりすぎだろう。使えるのが何本回収できるか微妙だ。
白い耳が見えた。あらら、また泣いてる。どこも痛くないだろ?怪我は無いよな?だったら泣くな。前は見えなかったけど今回はバッチリ泣き顔が見えちゃったよ。罪悪感が凄い。
あ、程よく意識が薄れてきた。これなら治療の痛みは感じずに済むな。とりあえず次に目が覚めた時に……まあ、ちゃんと目が覚めたら謝ろう。覚めなかったらゴメンな。
目を閉じた途端ビシッと頬を叩かれた。思わず目を開く。ペタが馬乗りになっている。おい瀕死の人間に何してる。
ビシッ!ビシッ!
「ねるな!こんなとこでねたら、かぜひくぞ!」
えー、そこは死ぬぞじゃないのか。しかも雪山とかで言うセリフだろうそれ。なんか混じりまくってるぞ。お母さんのセリフになってるぞそれ。
あ、やばい来た。痛みが……ちょ、ちょっとだけ気を失わせてくれないかな?ペタさんや。ややややや。
俺の頭をガクンガクン振るペタ。ああああ痛い痛い、いたいいいやめろろろ。
今まで味わった中で最強に痛い。もう意味が分からない。自分の体の境界線も分からない。一瞬意識が飛ぶが、すぐに痛みで目が覚める。視界が暗転を繰り返す。ペタの顔がその度に近付いたり離れたり、面白い顔になったり怒ってたり、飽きないな。
ツッコミを入れる余裕は無い。無いんだが、ほんの少しだけ全身をすり潰されるような痛みから気が逸れる。次に見えるのはどんな顔だろうか。それだけを考えて終わるとは思えない痛みを少しずつ乗り越える。
気を失ってたら見られなかったなコレは。得したな。うん得したと思い込もう。もう自分の物とは思えない体の中で唯一この思考だけは俺の物だ。
「ペター、そろそろどいてくれえ」
全身を襲う倦怠感に耐えながら口に溜まった血を吐き出す。
「うああああ!ハルキがしゃべった!」
そりゃ喋るわ。0歳児か俺は。俺に馬乗りになっていたペタが飛び上がった。
あー、ペタはいいんだが、この前足が邪魔だ、なっと。
腹に乗ったままのグリードベアの前足を、治ったばかりの両腕をねじ込んで思いっきり跳ね上げる。前足だけなら大して重くない。100キロぐらいだろう。
「うひゃああああ!」
ペタがおかしな悲鳴を上げている。まあ死にかけだったのに急に動けばびっくりするか。
体を起こす。痛い所は残っていない。いつものように異常にダルいのと腹が減っているだけだ。治ったか。今回ばかりは本気で死ぬかと思った。戦闘自体もそうだが、治療の痛みだ。治したいのか殺したいのか分からない。あの宇宙人はこれもモニターして楽しんでるんだろうか。だとしたら最低最悪だな。まあ分かってたけどな。で。
「お前はなんでそんなトコにいるのかな?」
ペタが近くの木の上に登っている。
「てが、とれた」
プルプル震えながら指差す先には、グリードベアの前足が転がっている。これは手じゃない。足だ。
いや、あれ?もげたのか?
しゃがんで千切れた部分を覗き込む。ああ骨の近くまで綺麗に切れている。あのナイフのおかげだ。やっぱりよく切れるなあ。近くに転がってるはずだ。すぐに探そう。
じゃあ骨と残りの肉はどうやって千切れたんだ?自分の両手をじっと見る。
「ペタ、とりあえず昼飯にしよう」
ダルさと空腹で頭が回らない。
ペタにグリードベアの解体を頼んで、ナイフと背負い袋を探してきた。
背負い袋の方は崩れた洞窟から引っ張り出した。かなり汚れていたがやっぱり丈夫だ。むしろ革製品はこれが味だ。新品のツヤツヤはカッコ悪い。
問題はナイフだった。俺の両腕を折ってくれた大木の下敷きになっていた。周りを探し回っても落ちてなかったので、木かグリードベアのどっちかの下かよ、正直どっちも重すぎるぞ。うんざりだ。
と思ったが、ダメ元で挑戦したら木の方は持ち上がった。見た目よりは軽かったんだろうか。太すぎて腕が回らなかったので両拳を突き込んで持ち上げた。
「おばけだ」
ペタがボソッと言ったが、コイツはお化けって物を勘違いしていると思うんだ。本物のお化けってのは最強で最凶だ。だって殴れない。グリードベアだって切れたし蹴れたぞ。
そして今。俺達3人はドラゴンの【巣】のある大洞窟の入り口に座って昼飯を食っている。
ペタは俺の分まで幸せそうにサンドイッチを頬張っている。
俺はそんなペタに、たまに熊肉の焼けたやつを差し出す。パクっと食いつくペタは面白い。こりゃ傭兵ギルドの飲み会という俺へのタカリ会でペタがモテモテだったのも分かる。ただ焼けた端からペタに食わせているせいで、俺はさっきから生肉を食っている。とうとう都会派を投げ捨てた。だって焼けるのを待っていられない。味なんか分からない。あえて言うなら血の味だ。もう腹を壊してもいい。そもそもペタが解体する横で既に結構食った。手遅れだ。治療は任せた宇宙人。
あ、3人目はこの肉の提供者、グリードベアさんの頭だ。
ペタが「ひとりじゃむりだ!」って半ギレしてペタペタ叩いてきたので、完全に解体するのは諦めて適当に肉を切り出してもらった後、血抜きも兼ねて首を切り落とした。ホントよく切れるナイフだ。もう放すもんか。
残酷だし、なんか命懸けで戦った相手として申し訳ない気持ちになったが、ペタの矢も回収しないといけないし、モンスター避けの効果も期待出来る。
肉を食いながら、大洞窟の入り口から何枚か写真を撮った。体調が戻ったら奥まで入ってみよう。
だが正直ここから見ただけでも、もう良い気もする。グリードベアさんの頭にナイフを立てて、ペタの矢を丁寧に抜きながら考える。
やっぱりここもミステリーサークルだな。
最初にここに来たときは大自然の脅威、超巨大トンネルだと思ったが、ないわ。これは自然じゃない。
長年の雨や風、他にも色んな要素で削れたりしたんだろうな。かなりの凹凸が出来てはいるがベースは完全な円形のトンネルだ。それが地上から斜め下に向かって開いている。
まあドーム球場ぐらいのサイズの【巣】を繋げたんだ。ウチの部屋や狐族の村の地下にあるミステリーサークルなんか比じゃない大きさの穴が空いてもおかしくはないか。ドラゴンやべえな。どんだけデカいんだ。本気で会いたくない。
あ、肉が最後の一欠片だ。流石に1つぐらいは焼いたのをいただいてもバチは当たらないだろう。
と思ったのにペタが俺の手ごと食いやがった。
読んでくださってありがとうございます。
ペタの勝ち。




