第88話 監視社会
ベッドに転がってスマホをいじる。
風呂にお湯を溜めている音しか聞こえない。ウチの部屋は本当に無音だ。
画面に映っているのは、さっき撮ったばかりの狐族の村の地下だ。そこに、まるで隠されるように存在した洞穴の写真を見ている。
あの時は、階段を転げ落ちたペタ軍団の男の子を助けるのに必死で、ほとんど周りを見られなかった。
石を積んで作られた階段は急だったが短かかった。おかげで、男の子には大した怪我は無かった。打ち身と捻挫と、あとちょっと心臓が止まっていたぐらいだ。
マジで遅くなってたらヤバかった。それにペタを連れて行かなくて良かった。パニックになっただろう。こっちの医療技術がどの程度かは知らないが、心臓や呼吸が止まったら死んだと思われるかもしれない。いや、まあ死んだって言っても間違いではない気もするけど。
俺は心肺蘇生法ぐらいは普通に出来る。人体を壊すお仕事をしてた以上、最低限の応急処置ぐらいは出来なきゃだめだ。自分のであれ、他人のであれ多少は知っておかないといけない。元柔道家が接骨院を開くような感じだ。
男の子が息を吹き返してから、周辺の異常さに気付いて写真を数枚撮った。ちょっとピントが合ってないがそこは仕方ないと思う。死にかけた子供が目の前でひっくり返ってたんだ。
すぐに男の子を抱えて地上に戻った。ペタはちゃんと外で待っていた。
そして、ペタはお母さんに手を引かれて帰った。いつも微笑んでいたお母さんの表情が素になっていた。あれは相当怒ってる。ペタもかなりショックを受けてるんだが大丈夫だろうか。叱り方によっては心のダメージが深まりそうだ。
俺はペタの家族のつもりだが、本当の家族じゃない。お母さんがどんな叱り方をしても口は挟めない。だが、フォローぐらいはしてやりたかった。本当は追いかけたかったが、男の子をちゃんと治療しなきゃいけないし、両親やエジャに色々説明もしなければいけなかった。
ペタ軍団の子供達も親に叱られながら帰って行った。そっちもだ。こういう時、子供の言い分をちゃんと聞く大人ってのは少ない。気になる。
男の子には、村の薬品や包帯を借りて俺の分かる範囲で処置をした。狐族の村にはちゃんとした医者はいない。みんな経験だけで治療をしている。消毒の知識もなかった。多分、俺が一番マシだ。
両親には、しばらくは安静にさせるようにと伝えた。頭を打っている可能性が高い。しばらく様子を見て、もし医者に見せる必要がありそうなら俺が町に連れて行くと言うと、泣いて礼を言われた。
でも違うよな。あの場では俺が保護者代わりだったんだ。いくら危険を知らなかったとはいえ、怪我は俺の責任だ。
はー。エジャまで礼を言ってきたが、俺自身が納得出来てないんだ。ベッドの上を転がる。ゴロゴロー。
子供の教育って、何が正解なのか分からないよなー。俺もまだ子供だなあ。エジャあたりに殴って欲しかったなあ。美咲の親父さんならすぐに殴ってくれただろうな。いや、別に殴られるのが好きな訳じゃないぞ。嫌いだからこそ殴って欲しかったんだ。
石ヤドカリ祭りはそんな感じで終わってしまった。じいさんにもリカータさんにも申し訳ない。はー、ゴロゴロー。
スマホに目を戻す。ピントのぼやけた洞穴の写真が写っている。
あの部屋は地下に続く階段だった。そりゃ勢い良く飛び込めば落ちる。ペタが飛び込もうとしたのを咄嗟に止めて良かった。
そしてその階段の下には真横に伸びる洞穴があった。
ただ、普通の洞穴じゃなかった。
あんな物は自然には出来ない。階段から真っ直ぐ伸びる土のトンネルは、すぐに行き止まりだった。それだけならただの短い洞穴でいい。
問題は頭上から足下まで含めて、ほぼ完全な円形だった事だ。まるで機械でくりぬいたみたいに。スマホの写真を見てもそれは分かる。
あんなに綺麗な筒状の穴なんてまず自然の産物じゃない。
と言っても、じゃあ人が作ったのかと言われると疑問だ。人が通るトンネルの床を平らにしない事なんてあるか?カマボコみたいな形にしないと歩きにくくて仕方がない。車も電車も走れない。スケボー用に作ったんならまあ分かるけど。
流石にこれはエジャに聞いた。だが先祖の住んでいた所だ、としか教えてくれなかった。村の秘密なんだろうか。鍵までかけてたもんな。ちょっと仲間はずれ気分で寂しい。
いや、だけどホントにそれしか知らないのかもしれないな。エジャは嘘をつくタイプじゃない。それに、俺の事はもう仲間だと思ってくれている。はずだよな?頼むよ?
狐は穴掘りが好きだ。好きと言うより本能だな。だって穴に住むからだ。ご先祖様が頑張って綺麗に掘った可能性もゼロじゃない。ペタも穴掘り対決……だと本人が思っていたらしい勝負の時は嬉々として掘っていた。
あ。エジャが、今は誰も住んでないっていうような事を言ってたのは、ご先祖様が住んでたって事か。じゃあ事故物件じゃないな、今気付いたわ。幽霊いないのかあ、良かった。って、いや、それは良いんだけど。
ゴロゴロしながら、スマホの写真を切り替えていく。おっと帝国全土の地図まで行った。そういや、これ指2本でグリグリしたらアップになるんだよな。小分けに撮る必要なかった。
ぐいーっとアップにしてウチの周辺を表示する。雑な地図だから大体の位置だ。そもそも狐族の村も載っていない。
だけどなあ。この不自然な丸い穴、似たようなのを知ってるんだよな。しかも2つも。
いや1つは穴じゃないな。不自然に丸いだけだ。
俺が今ゴロゴロしている部屋。ここを取り囲む庭のように、芝生みたいな地面が広がっている。上空から見たら森の中に綺麗な円がポッカリ空いているのが分かるだろう。
俺が町に向かったのは2週間も前だ。だが戻ってみれば芝生も伸びてないし、雑草も生えていない。
もう1つの心当たりは、ちょっとサイズが違いすぎるが、基本は同じだ。住人がデカかったからだろう、とにかく巨大な丸い穴だった。
こんな不自然な物を作るのはアイツらしかいない。宇宙人どもだ。部屋……というか【巣】か?これをこの星に繋げた時に出来たんだろう。宇宙人が作った正真正銘のミステリーサークルだ。
そして狐族の村の地下にあった真ん丸のトンネルも、同じミステリーサークルだ。ウチとは向きが違うだけだ。あそこも【巣】だろう。
エジャの言う通り、ご先祖様が住んでたんなら、狐族の1人目の為に用意された場所なんだろうな。
いや、もしかしたら別の種族の【巣】かもしれない。ご先祖様は単純に洞穴として使ってただけって事もありうる。相当昔の話だろうし、エジャの言い方では、その辺はよく分からなかった。
どちらにしろ鍵がなければ【巣】は開かない。あの洞穴の行き止まり部分が入口だったとしても、その鍵が見当もつかない。
ウチなら、俺が24時間、首からぶら下げてるこの鍵が文字通りの鍵だ。鍵穴に差し込んで回せば開く。分かりやすい。
だけど巨大生物、ドラゴンの【巣】は鱗が鍵だった。いや、鱗というよりはDNAとかかもしれない。生体認証だ。ウチよりハイテクノロジーなセキュリティだな。楽でいいな、羨ましい。
そう考えると、狐族の村のも含めて、この星中にあるはずの、他の【巣】の鍵がどんな形をしてるのかサッパリだ。ウチ以外はな。
なんだアイツら俺だけ手抜きか。ちょっとテレビを睨むが当然何も映ってはいない。ホント放置だな。どっかで見てるんだろうけどな。嫌だな、俺がトイレ行ってんのとか、鼻ほじってんのが見られてたら。まあ隠しようがないからとっくにその辺は諦めたけど、流石に大スクリーンみたいなので全宇宙に放映とかされてたら恥ずかしくてもう死んじゃう。監視社会の極みだ。そういやアメリカの監視衛星って道を歩いてる人が誰かまで分かる、って聞いたけど本当かな?
ちょっとゴロゴロを中断して、ベランダから地球観察だ。いやあ、目を凝らしても人どころか街も見えない。あ、あれなら何か見えるかもしれない。
備え付けのクローゼットからダンボール箱を引っ張り出す。貴重品やガラクタが詰まっている。ハンコも通帳も部屋の賃貸契約書も、レーザーもだ。
この部屋の中なら暴発しても大丈夫だ。家具は全て壊れない成分たっぷりだ。穴も空かなきゃ火事にもならない。
レーザーを右手に持って地球に向けてみる。ちょっと罪悪感を感じる。別に星を破壊する訳じゃないんだけど、なんかそんな気になる。実際に撃ったらどこまで貫通するんだろうか。いや試さないし、撃ち方分からないし。そもそもガラス戸が間にあるから、そこで止まるし。
おお、すげえ。今見えてるのはアメリカ大陸だな。適当に向けた先に禿げたおっちゃんの頭頂部が見えた。これ、ホントに武器じゃなかったら便利なのになあ。
日本は……今は見えないか。みんながどうしてるかとか、ちょっと見たかった。
でも入浴シーンとか見えたら、また罪悪感に苛まれるぞ。いや、それが女性ならまだしも、さっきみたいなおっちゃんの入浴だったりしたらダメージが大きすぎる。よし、もう地球観察は止めよう。レーザーも再封印だ。武器としての使い方はそのうち研究しないといけないかもしれないけど、それまではダンボール行きだ。
それに……もし知り合いが見えたら、ちょっと精神的にキツい気がする。帰れないのに目の前にある。ひどい拷問だ、チクショウ。
今日はもう風呂に入って寝よう。明日、行きたい所ができた。ちょっと迷うかもしれないが、やっぱりもう一度この目で確認しておきたい。
ドンドン
え?ドアを叩く音……か?誰だ、もう夜中の12時だぞ。0時か?これはどっちが正しいのかよく分からない。
いや、時間も問題だが、うちのドアっていわばワープ装置だよな。外の音も空気も全部シャットアウトするよな。
ドンドン
やっぱりドアだ。もしかしてドアだけは部屋の中と外、両方に繋がってるみたいな感じなんだろうか。理屈はサッパリだ。だって宇宙人のやる事だ。
分からない事は置いとくとして、夜中にウチに来るヤツなんているだろうか。道が出来たとはいえ夜の森は危ない。エジャぐらいじゃないと……あ、エジャかも。
カレンダーを持ち上げて覗き穴に目を当てる。全く見えません。真っ暗だな。せめて声が聞こえたらなあ。
だが!こういう時の為にドアにはチェーンロックという便利な物も付いている。これさえ掛ければ少ししか扉は開かないぞ。悪い奴がいたとしても侵入は阻止出来る。これを考えた人は偉い。
チェーンロックだけ掛けてドアを少し開ける。僅かに開いたドアの隙間から白っぽい物が見えた。エジャじゃない?
夜中に訪問して来る白っぽいのって、もう幽霊しかいないじゃねえか!とうとう来たか!地球で17年、こっちに来てからも墓場やら教会やら夜道やら、なんか出そうで出なかったくせに、このメッチャ油断してるタイミングで来るのか!この星で一番安全だと思っていた、この部屋のドアは僅かにだが開いている。相手が幽霊じゃこの隙間は致命的だ。今までは別空間だと思って余裕だったが、今この瞬間、空間は繋がってしまっている。もう駄目だ入って来る。
「ハルキー」
「……ちょっと待ってろ」
一度ドアを閉めてチェーンロックを外してから、大きく開いてやったら妖怪ペタペタさんがしがみついて来た。幽霊じゃなくて妖怪だったか。
「どうした?こんな時間に」
ギュッと俺にしがみついたまま動かないペタ。いつもの服装に弓矢も水筒も持ってる。旅の時の格好だ。
「とりあえず入るか?」
首をコクコク縦に振るペタ。はぁ、こりゃアレだな。昔、小さい頃、美咲もやったわ。まあ、ペタとは違って家のすぐ近くの公園にいたけど。持ち物もまさかのヌイグルミ1つだったな。
道の方にある木陰からエジャが顔だけ出した。俺が頷くとエジャも軽く頷いて姿を消した。愛されてるね。
ペタを部屋に入れてドアを閉める。ペタはモゾモゾと靴を脱ぐ。
「ペタ、丁度お風呂……あー、お湯のヤツがあるけど、どうする?」
黙ってコクコク頷く。
さて、この今までに見た事がないぐらい落ち込んだ家出幼女をどうしようか。
読んでくださってありがとうございます。
今回は誰もしゃべらないかと思いました。




