第72話 駐禁切られ放題
「金貨100枚でいかがでしょう!」
大雨の幌馬車の中で俺に噛みつかんばかりに迫って来るミーアキャットさん。そしてガルルルと唸り声を上げそうな感じで俺を守ろうとする忠狐ペタ公。
「いや、だからこれはお金どうこうじゃなくて、俺しか使えない魔法の道具なんですよ」
「だったら、私も弟子に!金貨も200枚出します!」
「ハルキにくっつくなー!」
俺がスマホで地図を写したばかりに馬車の中が混乱のルツボだ。ミーアキャットさん、すげえ商魂たくましかった。でもお金は今、大丈夫だし、マジでこれは駄目なんだ。
女性を押しのけたり出来ないし、頑張れ我が弟子よ。
グラグラ揺れる馬車。もう風のせいなのかミーアキャットさんのせいなのか分からない。御者の人がチラチラこっちを不安そうに見ている。前見て運転してくれ。暴風雨の中、脇見運転は危ないぞ。
うーん、魔法使い族だからこんなことも出来るんですよって軽い気持ちでパシャパシャやったのが間違いだった。調子に乗って、ペタにもちょっと触らせたりもした。雨のせいでかなり暗い馬車の中でフラッシュが光る度に、ミーアキャットさんの目が凄い事になっているのには気付いていたが、ここまでとは。
子供の落書きの様な帝国全土の地図は小分けになって俺のスマホに保存された。ちょっと引きで全体も撮っておいたから見比べれば大体の地理は解るだろう。縮尺はもう仕方ないとしよう。測りようがないんだろ。
ペタとミーアキャットさんが膠着状態になって隙を覗い合っているうちに、スマホをポーチに仕舞う。はいそろそろ終わってねー。
「すみません…あまりに魅力的だったもので」
いくら積み上げても俺が売らないと分かったミーアキャットさんはようやく落ち着いてくれた。なんか最後は1000枚とか言ってた。それって日本円だと億レベルだよな。怖いわ。もうこの人の前ではスマホは出さない。動画も撮れるのがバレたらまた来そうだ。
あの体力オバケのペタが床でヘバっている。商人のバイタリティ恐るべし。
「じゃあ、うちの商会と専属契約を…駄目ですよねえ」
俺がプルプルと首を振るとすぐ引き下がってくれた。
その時ガタンっと馬車が揺れた。割と綺麗に舗装されてる道なのに珍しい。
「何かありましたか!」
ミーアキャットさんが御者さんに聞く。やっぱり警戒は必要だよな。遊びじゃないんだ。遊んでたみたいになっちゃったけど。
御者さんが大声で答える。この距離でも雨のせいで聞こえにくい。
「この辺りだけ、ちょっと道が悪くなってますね!それに、道の脇に馬車の燃えた跡があります!」
「モンスターか盗賊かもしれませんね!他の馬車にも警戒する様にサインを出してください!」
ミーアキャットさんの指示で御者さんは紐を引いて幌の上に旗を立てる。これで動きながらも、あらかじめ決まった指示を出せるらしい。
今、こっち側に向かっている馬車はミーアキャットさんの商会と、あといくつかの商会の馬車が合わせて30台ほど。全て縦一列で走っている。
その内半数は狸族の村まで。残りは狐族の村と、他の村とに分かれていくらしい。森で狩りをしているのは狐族だけじゃない。森の外にもいくつも村がある。
ミーアキャットさんは狐族の村まで行く。帰りは村の狩人に依頼して護衛してもらうそうだ。エジャに言って、腕の良いのをつけてもらおう。
ただ、この辺りの道が悪い理由も、馬車の燃えた跡も全部俺は知っている。
マントの前を掴んで馬車の後ろから外に出る。警戒態勢だ。俺達、護衛は馬車から出て周囲の警戒をしながら進む。ペタは弓だけ構えさせて馬車に残した。依頼人の護衛と荷物を見てもらうという意味もある。
大雨で視界が悪いが、川から道の傍まで背の高い草が生い茂っている。ここは俺達がゴブリンに襲われた所だ。
そして、俺が100匹以上のゴブリンを、殺した場所だ。
道の脇に燃え残った馬車の一部が転がっている。ゴブリンの死体は欠片も残っていない。他の動物…モンスターに食われたか、雨で流れたか。
ちょっとだけ手を合わせる。やった俺がどんなツラして祈ればいいんだろうな。でも、この星ではこれが当たり前なんだ。もう割り切ったはずだ。
よし、切り替えていく。まだゴブリンが残っているかもしれない。ゴブリンの死体を狙って集まった別のモンスターも居るかもしれない。盗賊の線は薄いけどな。赤獅子盗賊団はもう活動していない。
平原側は雨とはいえ見通しは良い。もしそういうのが居るとしたらやっぱり草むらの方だろう。雨と風で気配は全く分からない。しっかり見張る必要がある。
この草全部刈ってしまえば良いんだろうけどなあ。まあそういうのも含めて騎士団やら兵士やらの仕事だったんだろうが、どっかのバカのせいでモンスターの温床はそのままだ。
しばらくそのまま馬車の列はゆっくりと進んだが、モンスターの襲撃は無かった。カエルは居た。前の方の馬車から順に旗が下りる。警戒解除だな。
「お疲れ様です。もう少し行ったら休憩になりますので」
馬車に戻った俺にタオルならぬ布切れを差し出しながらミーアキャットさんが言う。あ、そうかタオルも外行き用を用意しないとな。結構色々あるなあ。
ペタが横からその布切れを奪い取って俺に差し出す。
「私、警戒されちゃいましたねえ」
ミーアキャットさんが苦笑いだ。ペタから布切れを受けとり、
「ペタ、依頼主さんなんだから失礼は駄目だぞ」
と言いながら濡れた顔を拭く。
「ハルキをとろうとしなかったらゆるす」
「もう取りませんよ。諦めましたから」
うーん、幼女と動物女性に取り合われた俺。なんだろうこの複雑な感じ。馬車の後部でマントをバサバサさせて水を切る。
この後、町に来る時に魚を焼いた広場で休憩を挟んで、後は狸族の村までノンストップだ。半分ぐらい来た感じかな。
「ペタ、カエル居たぞ」
「おお!くおう!」やだ。
結構広い休憩場所だと思ってたが、流石に馬車30台は収まらない。少し広場を通り過ぎた所の道沿いに、ずらっと縦列駐車だ。道幅が広いから他の馬車が来ても大丈夫だろうが、日本だったら駐禁切られ放題だな。警察大儲けだ。
そして大雨なので馬の世話をする人以外は外には出ない。晴れてたら広場に商人の皆さんが集まって、もうちょっと良い物が食えたみたいだ。いつもの干し肉をもらってペタとガジガジしていると、ミーアキャットさんがチーズをくれた。あったんだな乳製品。
「おねえちゃん、いいひとだな!」ペタ大喜び。
こいつはホントに食い物に弱い。ミーアキャットさんは見抜いたのか?流石、若くして社長になっただけある。いや、年齢全く分からないけど。
「カエル、とりにいっても良いですよ」
「ほんとか!」
ミーアキャットさんはそんな事を言うが、護衛が対象を離れてどうする。
「ペタ、今はお仕事中。お姉さんを守らなきゃ駄目だろ」
「そうだった。ペタはプロだった」
ペタがTシャツにくっついた銅バッジをぎゅっと握る。よしよし。おかしな責任感が発揮されてるな。同じ事を言っても逆の反応が来る場合もあるからな。
「ペタちゃんもすごいですよね。その歳で傭兵ギルド員なんて、見た事無いです」
そりゃ、ミーアキャットさん、ウチの細目のギルド長もそう言ってましたよ。少なくともあの町…ビャッコか。ビャッコではダントツ最年少ですよ。
ペタが胸を張りすぎて後ろにこけそうだ。いや、ちょっと押してやったらこけて「へぎゃ」とか言っている。
「本当は雨だから少し心配だったんですが、今の所大丈夫ですね」
ミーアキャットさんが、ふとそんな事を言った。まてまてまてまて。そういう思わせぶりな事を言うと何かが起こるんですよ昔から。
「あのう、雨だとなんかヤバイんですか」
モンスターか?雨の日にしか出ないのか?超巨大ガエルか?ヌルヌルは相手しづらいから嫌だぞ。俺が恐る恐る質問すると、ミーアキャットさんは、
「ええ、大雨だと水が来る事があるんですよ。だから本当は今日は動きたくなかったんですよね」
と言いながら干し肉をかじる。ミーアキャットは雑食だが、マングースの仲間だけあって肉を食う姿がサマになるなあ。あと両手で持ってガジガジする姿は可愛いなあ。
「でも、これだけの規模で動く事になったので、日程は変えられなくて」
しかし水か。近くに川が流れてるからな、氾濫する事があるんだろう。それは確かに怖い。いくら身体能力が上がったって洪水の前には無力だ。
いつか右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出す方式で、水の上を走りたいとは思っている。ただまだ出来そうにない。忍者としてはいつか習得したい。それでも流れのゆっくりな川か池だろうな。普通の人間なら出来ないだろうけど残念ながら俺は普通ではなくなっている。それに理論的には本当に出来る筈なんだ。地球にもバシリスクという水の上を走るトカゲがいる。忍者の先輩だ。先輩を越えてこその後輩だ。俺はやる。見ていろ物理学者ども。
「ハルキ、さわがしいぞ」
ん?俺は静かにしてたはずだ。静かに妄想に浸っていたぞ。
ミーアキャットさんが慌て出す。
「水が来たのかもしれません!旗は!?」
「緑が上がっています!」
御者台に上った御者さんが叫びながら紐を引く。それに釣られる様に前の馬車にも旗が上がる。後ろの馬車の旗が先に上がってたのか。
「水だわ!早く出して!」
前の馬車に続くように動き出す。道に沿って真っすぐだ。おや、川が氾濫したんだったら川から離れる方向じゃないのか?それに後ろが先に気付いたんなら上流に当たるこっちは平気なんじゃないんだろうか。
「ペタ、水ってあの水だよな」
世間知らずの俺は、少しだけ俺より物を知っているペタに耳打ちする。
「水は水だとおもう」
うん、分からんよな。分からない事は聞くと良いと過去の俺が言っていた。
「あの、水って洪水じゃないんですか?」
ミーアキャットさんに聞くと、ちょっとだけ不思議そうな顔になった後、
「あ、すみません。水っていうのはこの辺りの隠語で、スライムの事です」
マジですか。とうとう出たかスライム。スライムって俺の中では最弱モンスターのイメージなんですけど。ネバネバポヨンポヨンで、当たるとちょっと痛いみたいな。いや、この星では違うのかもしれない。もし強い酸性とかだったら結構危ない。毒もあったりするかもしれない。
「えっと、そのスライムは強いんですか?ゴブリンとか、フォレストウルフとかより?」
俺の質問にミーアキャットさんはこう答えた。
「強いとかじゃないんです、武器も何も効かないんです」
最強じゃねえか。うわ、なんだよそれスライムやべえ。ミーアキャットさんがフラグ立てるからだぞ。あ、だから馬車に旗が立ってるのか。とか考えてる場合じゃねえ。
「ハルキ、水が」
ペタが後ろを見ながら呟いた。ああ、俺にも見えた。
巨大な濁った水の塊が、連なる馬車の後ろに立ち上がるのが見えた。
読んでくださってありがとうございます。
とうとうお待ちかねスライムです。これぞファンンタジー!




