第66話 野菜のようにみじん切り
ペタを抱え上げて皇子の部屋を出ようと思った時、扉が開いた。
「何故ここに居る」
驚きの表情の副団長のおばちゃん。俺も同じ事が聞きたい。なぜあんたがここに来た?
いや、この人、抜き身のナイフを持っている。多分、あのおもちゃ部屋でぬいぐるみに刺さっていたヤツだろう。
って事は、騎士というか武士っぽいこの人の事だ。ちょっと思いつめちゃったんだろう。俺が追い詰めたのかもしれない。
間違った主君を殺して私も自害する。みたいなノリだな。きっと。
「ちょっとウチの子が帰る前に殿下に挨拶をしたがったんで」
そう言いながら、デカいベッドの上に寝かされた虎族の男の子を顎で示す。
男の子はちょっと顔が腫れているが、死んではいない。寝ているだけだ。
「それがまあ、ケンカしちゃったみたいで。まあ子供同士のやる事だから、許してやってもらえないかな」
俺はこの皇子を殴ったりしていない。俺だったら、こんなかわいい怪我じゃすまない。体ごと夜空に飛び出すか、もしくは首から上がなくなっていただろう。スプラッタだ。
俺がやったのはガラス全損ぐらいだ。請求されても無視しよう。いや、最初からこうでしたと言おう。こんなデカい一枚ガラスなんか多分、全額は払えない。またド底辺の借金生活に戻ってしまう。衝動的にガラスを割りたくなる少年少女は、まずそれが結構高いって事を認識した上でやった方が良いぞ。親が金持ちでもだ。自分で稼いだ金で払えないならやっちゃ駄目だ。払えてもまあ駄目なんだけど。
皇子を殴ったのはペタだ。
バルコニーで2人がどんな会話をしていたのかは聞こえなかった。だが何か揉めたんだろう。そして皇子はペタにレーザーを撃った。本当ならそこでペタは終わっていたはずだ。
だけど、ペタは俺の腕の中で気を失っているだけだ。調べたが怪我はない。
俺が皇子を殴る前にペタのパンチが皇子を捉えた。この野生児の瞬発力なら子供の意識を奪うぐらいのパンチは余裕で出せる。よっぽど怒ったんだろう。ペタが友達を殴るなんてのは初めて見た。俺も殴られた事はない。
あ、いやペチペチという感じなら結構あったな。おかしい。扱いが違う。
そんで、ペタもそのままひっくりかえった。レーザーは当たっていた。でも何故かペタの体には何もない。意識を失っただけだ。
確かに、ペタの着ている服もウチの部屋の物だ。レーザーは通さない。だけど、熱はかなり伝わる。大火傷のはずだ。俺もホルモンみたいになったし。でもその跡はなかった。
「まあ、そういう訳なんで俺達は帰るけど、丁度いいから下まで送ってくれないかな。あんたの部下に怪我させたくないんで」
副団長さんはベッドに寝かされた皇子の様子を見ている。ホッとしているようだ。すれ違った瞬間にナイフを掏り取ったが気付いていない。心中作戦は忘れているみたいだ。ナイフはこのままどこかで捨てる。
俺達だけで外に出ようとしても、また下にいる騎士達が邪魔するだろう。副団長さんには一緒に行ってもらおう。おかしな事をもう一度考える前に。
副団長さんが気付いたように声を掛けて来る。
「あの、れーざーは如何したのだ?」
「ああ、あれは壊して捨てた」
嘘だ。あれは壊せない。
見た目は確かに銃というより握りの付いた望遠鏡みたいだったが、何の金属か分からない上に、多分ウチの部屋の物と同じ壊れない成分で出来ている。
俺の腰に付けていたナイフでは歯が立たなかった。傷もつけられず逆に折れた。俺が触ったナイフは折れる率が高い。なんでだろう。
ペタの果物ナイフならもしかしたらとも思ったが、負けて折れたらペタが可愛そうだし俺も嫌だ。
ウチの部屋の物しか知らないが、壊れない成分同士がぶつかると、本来強い方が勝つ。ペタのズボンはハサミで切れる。
じゃあ、あのレーザーを破壊するには、そいつより固い金属の、例えばハンマーとかで叩く必要があるが、正直ウチの部屋の物を思い出しても、そんな物はない。引っ越して来たばっかりでティッシュより先にハンマーを買う奴はいない。いないよな、多分?まあティッシュすら買ってなかったウチにある訳ない。
だから今は嘘を吐く、壊したと。そうしなければ争いの種が残る。あのバカ第1騎士団長なんかに渡すのはどうにもマズく感じる。
「そうか、かたじけない……では、外まで送ろう」
副団長さんは、皇子に布団をかけると、俺達の先に立って歩き始めた。下までって頼んだのに、外までって言うか。そうか。
副団長さんは、歩きながら皇子の小さい頃からの話を沢山してくれた。初めて名前を呼んでくれた時の事や、立って歩いた時の事。絵本を読んでやった事。いつか海を見せると約束した事。楽しそうに話す。もう叶わない約束だ。
そういや、ペタとの海旅行は消えてないんだろうな。だが、ちょっと延期だ。大体、今はまだ泳ぐには寒い。俺の腕の中で眠るペタの耳がピクピクしている。聞こえてないよな。海の夢でも見てたりしそうだ。
途中で皇子のおもちゃ部屋を通過したが副団長さんは見ようともしなかった。何かが吹っ切れたのか。それとも……壊れかかっているのかもしれない。
楽しそうに思い出を話す副団長さんの背中しか見えないから分からない。顔が見えても俺には分からない。そんなに人の感情を読むのは得意じゃない。毛有りの虎族なんか余計に分からない。子供もいないし。妹しかいないし。
「そういえば、もう一つ謝る事が有った」
副団長さんが振り返る。何だ?大概の事は聞いたぞ。謝るなら国民にしろよ。
「その子供だが……」ペタの事か?
「其方を探す間、砦で預かって居たというのは嘘ではない。だが、声を掛けたのはこちらからだ」
ん、なんだ。どういう事だ。
「殿下が、あの道具で見つけたのだ。とても綺麗な白い子供が居たから会いたいとおっしゃってな。それで探していたのだ」
おお?ちょっと待て、じゃあ……
「じゃあ、ペタを狙って誘拐しようとしてたって事か」
俺の妄想は大外れでもなかったのか。少し身構えた俺を見て副団長は慌てる。
「違う!いや、言い訳になってしまうが、誘拐ではなく頼んで砦に来てもらおうと思っていたのだ」
だが、結果的には同じ事だ。皇子が危険だと分かっていたくせに連れて来たんだろうが。どう違う。
「殿下が……殿下が自ら人に会いたがる等、初めてだったのだ。私はそれが嬉しかった、だから、人を探していると言うのを利用した……」
副団長は深く頭を下げて、
「嘘を吐いた。申し訳ない。許してくれとは言わんが、その子供には黙っていて欲しい。最後の……頼みだ」
「ぷはー!テディさんのごはんは、かていてきでうまい!おかあちゃんのごはんとにてる!」
もう夜中だがペタも俺も腹ペコだ。いや、こいつは砦でなんか食わせてもらってた筈だぞ。俺なんか今日は干し肉しか食ってない。まあ墓守の備蓄分は食い尽したが。
「本当に良かった……ペタちゃん、心配したのよ」
テディさんは涙目だが、怒りはしない。ペタは悪くないと俺が説明したからだ。といっても何もかもを説明した訳じゃない。ほとんど何も言っていないような物だ。
「やくそくをまもれなくて、ごめんなさい」
ちゃんと口の中の物を飲み込んでから謝るペタ。アニさんの家に帰ってから何度も謝っている。やっぱりペタは良い子だ。自分のせいじゃなくてもちゃんと謝る。俺だったら逆に開き直るな。おお。ガキの発想だ。やべえ、ペタに負けた。
「まあ、いいじゃないかもう。大きな怪我もなく帰って来れたんだしさ。あ、お姉さん、この炒め物、お代わりしていいかい?」
そしてなぜかライオン姉さんもいる。帰る途中で見つかった。で、家まで付いて来てずうずうしく飯まで食っている。昭和のご家庭か。ご近所づきあいか。
テディさんはニコっと笑うと、お代わりを取りに行った。甘いなあ。モフモフだなあ。
「ハルキはやくそくやぶったな!」
「だから、それは仕方ないんだって。色々あったの」
ペタの追及に開き直って答える俺。ほらガキだ。でもホントに仕方ないんだ。
ペタが言ってるのは、剣の事だ。剣を1本もらって帰ろうと言ったのに、ここにそれはない。
実はちゃんと1本持って砦を出た。だが、そこにあのバカ小デブ騎士団長が現れた。俺が副総長の次にムカついてる奴だ。
「貴様、魔法使い族の遺産はどうした!」
「ああ、壊しましたよ。ほら、もう攻撃してきてないでしょ」
「何い?どうやって壊した!あれは傷一つつかん筈だ!」
こんなやり取りがあった。あのオッサン欲しかったんだろうな。そしてアイツも結構、魔法使い族の遺産について知っている気がする。
だから、お望みの魔法使い族の遺産で実演してやった。いや遺産じゃないか。
さあ皆さん。このナイフはとてもよく切れます。あら不思議。ほらこんなに固い騎士の剣もまるで野菜のようにみじん切りに出来ますよ。
ペタのポーチにナイフを片付けながら見れば、団長のおっさん以外にも大量の騎士達が釘付けだった。俺、実演販売の才能あるかもしれない。まあ、連中はナイフが凄いと思ったわけじゃないだろう。どう見ても安物の果物ナイフだ。
あいつらの中で魔法使い族はすげえ危険人物に認定されたと思う。バカ団長は腰を抜かして立てなかったし。あのオッサンが手を出して来なければ、今後、この町では安全に生活出来る。
まあそんなやり取りの結果、誰にも邪魔されず帰っては来れたが、ペタに言った剣はサラダに出来そうなぐらい細かくなったので捨てて来た。だから俺は悪くない。悪くないもん。
「ボウヤ、約束を守れなかったんならちゃんと謝るのがスジなんじゃないかねえ」
「うるせえ、なんであんたは普通に飯食ってんだ」
「そりゃアンタ。ペタが心配だからだろうが。女の体に傷を付けるなんてひどい話だよ」
ライオン姉さんの言う通り、ペタのお腹にちょっとアザがあった。火傷じゃない。打撲だ。目が覚めたペタも「おなかをたたかれた」と言っていた。レーザー、色々調節できるのかもしれない。後で実験してみるか。
まあペタの事が心配だってのも本当かもしれないが、ライオン姉さんは飯が食いたかっただけな気もする。この人は詐欺師だから、こうやって他人の家に勝手に上がり込んでいつの間にか家族のような顔をする。放っておくと更にいつの間にか印鑑や通帳がなくなったり、遺産を譲るみたいな遺言を書かされるかもしれない。
「親方が帰って来ませんねえ」
「ああ、アニさんはまだ騎士団と一緒に仕事してるんで、今日は帰れないんじゃないですかねえ」
お代わりを持ってきたテディさんに軽く言っておくが、多分、話はそう簡単じゃないだろう。実質、この町のNo,1になってしまったバカ団長に逆らったんだ。処刑だとか言い出される可能性もある。
だが、砦から出た時、マスターさんと細目長さんも来ていた。アニさんの処遇についてはあの2人に頼んできた。うまくやってくれるだろう。マジで頼む。
今回の事件の本当の内容は、あの2人には話そうと思う。あの場では無理だったが、後日だ。誰かがあのバカ団長を見張らなきゃいけない。この町の腐った部分は残ったままだ。
副団長さん以下、皇子側の騎士達は、抵抗せず捕まった。皇子ももう捕まっただろう。そして、皇帝さんのいる都かどっかに連れて行かれるんだろう。
それは止められない。あいつらは皆、罪を犯した。裁かれなければいけない。俺が止めていい話じゃない。
ただ、忘れずにいようとは思う。
「ボウヤ、なんか暗いね。ちょっと場所を変えて飲みに行くかい?おごるよ?」
俺の肩に肘を乗せてすり寄って来るライオン姉さん。
「いや、いいです。もう眠いんで帰って下さい」
帰り道からライオン姉さんの距離が妙に近い気がする。
なんか怖い。笑顔だけど、獲物を狙う肉食獣の目だろこれ。2人きりになったらヤバイ気がする。丁重に断って帰ってもらった。
読んでくださってありがとうございます。
しばらくノホホンとします。
内容がちょっとおかしかったので修正しました。




