第50話 参ったなおい
「明日だよ」
ライオン姉さんが革のカバンを手に取りながら言う。とうとう来たか。準備は万全とは言えないが、昨日マスターさんと手合わせ出来たのはデカい。細い目のギルド長さんの動きも何度もイメージの中でトレースしている。
「今夜、迎えに来る。準備して待ってな」
カバンを棚に戻しながらライオン姉さんはそう言った。いいね。夜中に出ればペタは付いて来れないだろう。準備といっても俺の準備は、ほぼこのままだ。今すぐでも行ける。投げナイフホルダーが試作品なのだけは残念だが。
店の奥では、ペタが新しい革の靴を履いてピョンピョン飛び跳ねている。ピッタリみたいだな。今までのはボロボロだったからな。良かったな。
「ライオンねえさん!いいのか!」
ペタが嬉しそうだ。俺も何か考えとかないと。ウチの部屋のズボンでいいか?
ライオン姉さんが、テディさんに靴の代金を払いながら言う。
「誕生日プレゼントにはちょっと早いけどね。まあすぐキツくなるだろうから、そしたら今度はボウヤに買ってもらいな」
おう。俺か。まあ子供の成長は早いからな。日本だったらちょっと大きめの靴でも買っときゃ良いが、この星ではピッタリじゃないと命に関わる事もある。
朝飯にテディさんと一緒にラーメンを作った。本当は昨日の晩飯でねだられたんだが、テディさんがもう晩飯を作ってたから仕方ない。1人前だけ残すのも嫌だったのでアニさんの分を多めにしてやったら、ウマイウマイと絶賛していた。そしてペタと同じように毎日食いたいポイ事を言っていたので3日に1回で約束させた。似た者親子め。
だが、開店と同時に店に来たライオン姉さんの一言で、ちょっと約束は守れなくなったかもしれない。3日後、俺が町にいるかどうか分からなくなったな。
ライオン姉さんの計画が上手く行っても行かなくても、まあ騒ぎは起きるだろう。そして俺はその騒ぎに大いに関わる。場合によっちゃ明日中に町を出ないといけないかもしれない。
あれ、そうなると俺の金貨45枚のナイフホルダーはどうなるんだ?
出来上がったらアニさんが気をきかせて狐族の村まで持って来てくれるんだろうか。まさかペタに預けて1人で帰すような事はしないよな。うん、それはない。ペタが心配だろう。俺だってペタが俺の金貨45枚を失くすのが心配だ。
「じゃあ、また来るからね」
「ありがとうございました、またご贔屓に」
手を振って去って行くライオン姉さんに頭を下げるテディさん。ニコニコだ。ライオン姉さんは人に好かれるのが上手い。そのスキル俺も欲しい。あと、それぐらい気前よく使えるお金も欲しい。
お金のない俺は、今日も無料のスポーツジムに向かう。ペタも当然のように付いて来る。こいつも新しい靴をすぐに履いて外に出たいタイプだったか。俺と同じだな。新品の靴を履いてニコニコしている。
明日の朝、俺が家にいないのに気が付いたらどんな顔をするだろう。
ああ、駄目だダメダメ。この町に来た目的を忘れちゃいけない。ペタは、あくまでアニさんとの繋がりを作る為に付いて来ただけだ。俺が失敗したら、ペタの帰る村がなくなるかもしれないんだ。
傭兵ギルドの建物に入ると、昨日より人が多い。なんか大きい仕事があるんだろうか。そういえばマスターさんも明日までは町にいるって言ってたから、それ関係かもしれない。そのマスターさんの姿は見えないが。手はもう大丈夫かな?
……ってか明日って、ライオン姉さんの計画だと、例の副総長さんが砦から出て来る日じゃないか。こりゃ関係あるだろ、どう考えても。
傭兵ギルドの仕事に、要人警護みたいなのもあったろ。なんで気付かない俺の馬鹿。馬鹿だから仕方ないけど馬鹿。
ここにいる奴らはともかく、マスターさんや、細目長さんが警護に付いてたら、難易度が跳ね上がる。顔もバレバレだし。ちょっとライオン姉さんに要相談だな。
その細目長さんがカウンターにいたので頭を下げておいた。気付いたみたいだけど、やっぱり忙しそうだな。邪魔にならないようにサクっと屋外の訓練場に出る。やっぱり人はいないな。
「ペタ、今日は午前中だけ頑張って、昼には帰ろうか」
今日は昼飯もテディさんに頼んである。
「ハルキはわがままだなあー」
と言いつつもニヤニヤしながらテテテと走り回っているペタ。靴がよっぽど嬉しいんだな。今から多分、泥だらけになるだろう。
ペタはそのまま森ゾーンに飛び込んで行った。俺も定位置で体をほぐす。ある程度体が温まった所でナイフを抜く。投げる方じゃなく普通の方だ。右手に逆手で持つ。刃が小指側に来る持ち方だ。拳とナイフを同時に使うにはこっちの方が良いと判断した。これが正しいかは知らない。だが俺のやり易い形だから良い。
昨日の細目長さんの動きをなぞる。最初はゆっくりと、段々と回転を上げる。細目長さんは逆手と順手、両方でナイフを使っていた上に2本持っていた。それを、右手1本でこなす。状況によっては左手に持ち替える。イメージの中のマスターさんの剣は俺に何度も当たる。
だが、しばらく続けるうちにわかって来た。ナイフを持っている意識を消す。ナイフは手の一部だ、外側に金属の刃が付いた拳だ。面白い。剣を腕で逸らせるなんて新感覚だ。
攻撃もしてみる。ストレートよりはフックだな。後はハンマーパンチ。拳の小指側を叩きつけるパンチだ。この辺りが強力な攻撃手段になる。威力はいらない。スピードとタイミングだな。当たったらすぐに引く。急所に入れば一発だ。
うーん。こりゃ暗殺に使われるわけだ。便利すぎる。ナイフはもっと小さくてもいいかもしれない。投げナイフに使ってる果物ナイフでも練習しとこう。前に見た事のあるナイフ使いを思い出した。あれ使いやすそうなナイフだったな。
楽しくなってきてヒュンヒュンとナイフを振り回す。マスターさんのイメージともいい勝負が出来るようになって来た。俺のイメージ力はかなり正確に再現できるぞ。伊達に普段から妄想を繰り返していない。そりゃ、傍から見たらボーッとしてる風に見えるかもしれないが、俺の脳細胞はそういう時ほど大活躍してるんだ。勉強の時は全く動いてくれないくせに。未だに自分の名前も書けないのはそのせいだ。ペタは自分の名前を習得した。昨日、細目長さんに書類を代筆してもらった時に見て覚えたようだ。地面に書いて自慢された。6歳児に負けた。ショックだ。
気が付いたら、ナイフを握ったまま地面に両手と両膝を突いていた。ああ……このポーズ見た事ある。主に心にダメージを受けた時のポーズだ。俺の妄想力の強さが証明された。
「ペター。ちょっと鬼ごっこでもしようかー」
ナイフをベルトに戻して、まだ森の中を跳び回っているペタに呼びかける。俺の練習はここまでにしておく。妄想もここまでだ。
途中からおかしくなっていた。モンスターならともかく人を殺す方法を考えてどうする。別に暗殺術を身に着けたい訳じゃない。加減しやすいのはどう考えても素手だ。そしてここからは違う狙いがある。
「おー!おにごっこか!やるぞ!」
矢を回収してペタが森から出て来た。今からはペタの体力を削れるだけ削って、間違っても夜中に起きないように持って行くつもりだ。新品の靴なのに悪いな。
ペタが笑顔のまま寝た。
くそう。無限の体力め。野生児め。こっちが倒れるかと思ったわ。新品の靴をもうちょっと労われ。宇宙人に謎改造されている俺をここまで追い詰めるとは計算違いだった。俺もちょっと寝とかないと回復しないかもしれない。
訓練場全てを使った鬼ごっこを昼までやった結果、ようやくスイッチが切れたように寝た。こいつ逃げる時は真っすぐ逃げるから簡単に捕まえられるんだが、追いかける側に回ると急に動きが良くなる。先を読む。生粋の狩人だ。
寝たペタを抱っこして傭兵ギルドを出た。なんかすごい視線が集まってた。何だよ、コレはウチの妹モドキなんだから良いんだよ。
と思ったら「スピードお化け」とか「スタミナが気持ち悪い」とかいう小声が聞こえた。窓から見てたのか。あと、なんか失礼な奴が多いな。「白い狐族の子カワイイ」とかいうロリコン野郎もいたっぽい。
ムッとしたからペタの尻尾をにぎにぎしながら帰る。精神安定尻尾。俺はロリコンじゃない。
アニさんの家に戻ったらペタに飯を食わせて、もう一度寝かせよう。その後アニさんとテディさんにペタの事を頼んでおかなきゃいけない。この町のNo,2に手を出すんだ。そりゃもう大騒ぎになる。まあ昼間にやるのか夜にやるかは知らないが。
ペタは家から出しちゃいけない。多分コイツは俺を探しに出ようとする。アニさんには明日だけは絶対に見といてもらわないといけない。
「明日は無理だぞ?参ったなおい」
アニさんが言った。いきなり目論見が崩れたぞ。参ったなおい。
予想通り寝ぼけ眼で飯を食ったペタはすぐ寝た。テディさんも呼んで、倉庫でアニさんと話をし始めた途端これだ。
アニさんの言い分はこうだ。
「明日は傭兵ギルドからの仕事の依頼が入ってるんだ。先約だし騎士団も絡んでるんでな、今更断れねえよ」
くそう。もしかしてアニさんも護衛側か?
そうなると、こっちの動きを教える訳にはいかない。信用はしているが、何かの拍子に漏れる可能性もある。俺だけの事ならこの人達は知っている。だがライオン姉さんの事は伝えられない。
ああ、面倒くさい事になった。
「私で良かったらペタちゃんを見ておきますけど……止められるかどうか」
そうだよなあ、テディさんだと持ち上げて運べちゃうもんなあ。ああ、持ち上げたい。そのまま逃げたい。明日何があるんだ。
あ、そうか。明日の事ってアニさんでも知ってるのか。聞けば良いんだ。あまりに人に物を聞かないのは俺の悪い所だ。ライオン姉さんに頼り過ぎた。
「アニさん、ちなみに明日って、どんな仕事を受けてるんですか?」
傭兵ギルドでも聞けたなコレ。まあ忙しそうだったしいいか。俺の問いかけにアニさんが答えてくれる。半分は予想通りだった。
「警備だな。処刑場の」
処刑場の事なんて聞きたくなかった。
日が暮れた。窓を少し開けておく。
持って行く物の確認をしておく。装備はいつも通りだが、バックパックは置いて行く。今までどこに行くにも持っていたが、今回ばかりは少しでも無駄を省きたい。絶対に回収しないといけない宇宙人成分満載だ。最悪、邪魔者は全員殴り飛ばしてでも取りに来ないと。
今後、遠出する時は、もっと荷物を絞ろう。やっぱり普通のこっち製の鞄か背負い袋がいるな。水筒とかもこっち製が良いだろう。
そうだな。ウチから持って出るのは服以外だと、スマホとライター、あとインスタントラーメンぐらいだな。スマホとライターは小さいから、ペタの持ってる小さいポーチみたいなのに入れてベルトに付けとけば邪魔にならない。そしてラーメンは、ただただ、邪魔だ。だが、ないとペタが騒ぐ。
アニさんからそれとなく聞いた情報では、傭兵ギルドは会場全体に散って警備するらしい。今回はかなりの大物が来るから声がかかったとか。その大物自体は騎士団が守るそうだ。
大体、見えたな。
その大物が、例の副総長なんだろう。ひょっとしたらトップの騎士総長とかいうのも来るのかもしれない。偉い人は普段の処刑には立ち会わないらしいが、今回は特例だそうだ。その辺は詳しくは聞けていない。細かく聞くとバレバレになる。ライオン姉さんにでも聞けば良いだろう。
っつうか、普段から定期的に処刑がショーとして開催、か?されてるって、本当に気分が悪い。しかも、大人同伴なら子供も見られるそうだ。最悪だな。
だが、逆に言えば、ペタは1人じゃあの建物には入れない訳だ。俺を探しに出たとしても見つける事は出来ないだろう。怒るだろうけどな。
俺が今考えられるのはここまでだ。あとはライオン姉さん次第だ。移動中に狙うのか、建物の中で狙うのか、帰り際なのか。
コツン
木で出来た窓に小石の当たる音がした。お迎えだ。
部屋の明かりを消して窓を開ける。暗くなった通りに月明かりで赤く染まった髪の毛と耳が見える。
窓の外に飛び降りる。昨日、傭兵ギルドの訓練場で飛び降りた高さとそう変わらないが、今回は荷物がない。ペタもいない。着地の音は完全に殺せた。
今夜、動くという事だけは、アニさんとテディさんには伝えてある。会話の流れでこっちの狙いはバレたかもしれないが、そこはもう信用するしかない。
黙って歩き始めたライオン姉さんの後ろに付いて歩き出す。こんな屋外では話はしないだろう。どこかに拠点を作っているはずだ。歩いて行く先は……やっぱり処刑場の方角だ。行きたくないが、やっぱりあそこが舞台なのか。
少し離れた所に傭兵ギルドの明かりが見える。警備の打ち合わせなんかしてるんだろうな。出来れば、マスターさんや細目長さんとはカチ合いたくないな。アニさんだったら察してくれるだろう。立場上、協力は出来ないだろうが見て見ぬ振りはしてくれそうだ。
そういや、ギルドのバッジを付けっぱなしだった。これは駄目だ。外しておく。ポケットだと落とすな。上着のジッパーを少し下げてTシャツに付けておく。丁度ここに銃弾とかが当たって生き残ったー。みたいな事が起こると面白いな。
「こっちだよ」
ライオン姉さんが入って行ったのは、俺にとって処刑場以上に入りたくない所だった。しかも夜とか、正気じゃない。
俺は、お盆と葬式以外では絶対に、墓場になんか入らなかったのに。
読んでくださってありがとうございます。
幸先の良くないかんじです。




