第49話 猿言うな
スコップとシャベルってのがある。
大きくてガッシガッシ土を持ち上げる方と、砂場や園芸でしゃがんで使う小さいヤツ。どっちがスコップで、どっちがシャベルでしょう?
俺は、大きい方がスコップ、小さいのがシャベルだと思っていた。ってゆうか、普通にそういう名前で売っていたはずだ。コンビニでも百円均一でもホームセンターでもだ。
ところが、ある時テレビで見た。正式には逆らしい。むしろ関東だけが間違っているとか。びっくりだ。首都近郊だけ間違っているなんて事があるとは。そういえば土を掘り返す重機はショベルカーと言う。スコップカーとは言わない。
正しくは今俺が使っているような足を引っ掛けて土を掘り返せる形、いわゆる大きい方がシャベル。小さいのがスコップだそうだ。
俺とペタは、今日の運動を終わらせて、傭兵ギルドの備品のシャベルで地面を均している。ボコボコになってしまったからだ。小さい隕石が大量に落ちたみたいになっている。
犯人は俺だ。全力で動くとこうなる。木の建物の中でこれをやったら確実に倒壊する。石作りなら大丈夫だろうが、広くて人目の少ない場所がない。町に入ってから全力で体を動かせたのはこの訓練場だけだが、いちいち元に戻さなきゃいけないのは面倒だ。でもここのギルド長のご命令だ。仕方ない。
ペタにも手伝わせるために、範囲を決めて、早く終わった方が勝ち、という遊びにしている。子供は遊びにすれば結構色々やってくれる。今もすごい勢いで穴を掘っている。違うぞー平らにするんだぞー。ペタは戦力外通告だな。
土の下に潜って行くペタは放っといて、サクサクと平らに均していく。まあ大袈裟に言ってはいるが、そこまで激しく抉れている訳ではない。普通はこんな事にならないだろ、ちょっと何したの?ぐらいなもんだ。でかいハンマーで叩きまくればこうなるかもしれない。叩くと言えば、直すついでに叩いて固めておこう。明日もここを使いたい。
本音を言えば、マスターさんと模擬戦がしたい。だが、なんか忙しそうだし町に滞在するのはあと2日らしい。ギルドのルールでも駄目だとか言うがマスターさんが良ければOKだろう。だって、元ギルドマスターだ。でも細目長さんがケチだ。ケチ長め。
次点はペタの父親のアニさんだが、あの人も忙しい。結局、想像と戦うしかない。せめて騎士の訓練でも覗き見できないもんかな。とか考えてるうちにペタの穴以外は終わった。ペタを穴からつまみ出すと満足そうな顔だ。
「かった!」
何だろう。どういう勝負をしてたつもりだったんだろう。俺はこの子がたまに分からない。いや結構な頻度で分からない。
「おー。負けた負けた。じゃあ穴を埋めて帰ろうか」
ささっと埋めた。最後にペタが上でピョンピョン跳ねて固める。明日は俺だけでやろう。
使ったスコ……シャベルを返しにカウンターの傍にある備品管理の人の所に行くと、どうもギルド内が騒がしい。何だ?
「何かあったんですか?」
備品管理の猫族の兄ちゃんに聞くと、
「ギルド長と、マスターが模擬戦をやってるぞ」
なんですっとう!そうか、職員同士ならいいのかズルイな!というか見に行かないと後悔する。ペタの手を取って対人訓練場に飛び込んだ。
「せまい!」
入口付近はギャラリーで一杯だ、見えない。ペタが押しつぶされそうになって騒ぐ。通勤電車か。他のお客様の為に奥にお詰めください。ええい、こいつら全部弾き飛ばして前に行ってやろうか。
ここは広めの四角い部屋だが、実際に訓練に使う奥側は床より少し低くなっている。入り口付近の高い所に人が集まっているから、一番後ろじゃ全然見えない。完全に出遅れた。
上を見上げると、ランプの光もあまり届かない天井近くに太い木が渡してある。梁ってやつだ。
今の俺ならアレが出来るかもしれない。忍者が良くやってそうなあれだ。前に立ってる奴らも後ろには気が向いていない。タイミングを上手くとれば見つからないはずだ。
「ペタ、捕まってろ」
左手でペタを抱え上げる。目測で天井付近の梁まで地上5メートルぐらいか。ペタがぎゅっとしがみついて来た。俺は膝をグッと曲げる。
バスケットボールのゴールが大体地上3メートルぐらいだったと思う。NBAなんかのプロプレイヤーが見せてくれるダンクシュート、ボールを直接ゴールに叩き込むシュートは、ボールの大きさも込みでいくと、1メートルぐらい跳ぶ必要がある。
スラムで猫族のチンピラを跳び越した時は膝を畳んだ状態で跳んだが、実質2メートル程度のジャンプをしたはずだ。ダンクしまくりだ。ドリブルが出来なくてもゴール下にいるだけで給料がもらえるだろう。だがあの時のジャンプは当然全力じゃない。今の俺はもっと跳べる。ペタ付きで3メートルの垂直跳びだ。
タイミングを見計らって真上に向かって床を蹴った。やべえ、足元で床板が割れた。音は喧騒に紛れて聞こえなかったはずだ。だがジャンプのエネルギーをだいぶ持って行かれた。届くか?近づいて来る木の梁に向かって手を伸ばす。これで届かずに落ちたら大恥だ。
指先が引っ掛かった。そのまま指と腕の力だけで体を引き上げる。
「うおお!すごいな!さるみたいだ!」
梁の上に着地を決めた俺にペタが大騒ぎだ。猿言うな。だが、その声も下にいる奴らには届いていない。良かったーギリギリセーフ、かなり焦った。冷や汗をかいたが、そこはぐっとこらえて余裕を見せるぞ。
「ペタ、これが忍者だ」
「にんじゃ!すごいなにんじゃ!」
そう、とうとう俺は忍者として認められた。ペタに。だが忍者は忍ぶ者だ。
「ペタ、みんなに見つからないように静かに見学しような」
「おお。しずかにだな」
2人で頭だけそっと出して訓練場を見た。
「すげえ」
最初に見えたのはマスターさんの大剣だ。2メートルを越える長身から振り降ろされるこれまたデカい剣、刃の部分だけで1,5メートルぐらいあるんじゃないか?
そんな鉄の塊をすさまじい勢いで細目長さんに叩きつける。練習用に刃は引いてあるんだろうが、あんなもんマトモに当たったら関係ないな、即死だ。
だが、細目長さんは両手に持った長めのナイフの1本を軽く添えるように受ける。わずかに触れただけに見えるが、マスターさんの大剣の軌道が変わった。細目長さんの横をするりと大剣が抜ける。逸らした。アレだ。
あの技術。あれが欲しい。
マスターさんがあらゆる角度から大剣を振り回す。だが、その悉くを細目長さんは避け、2本のナイフで受け流す。俺はその動きを目に焼き付ける。
だが、竜巻のように途切れる事のない大剣に対して、攻撃に回る事が出来ない。あの竜巻の中に踏み込めば一瞬で体のどこかを持って行かれるだろう。俺ならアレとどう戦う?何通りものパターンが浮かぶ、そのいくつかは防がれ、いくつかは上手くいく。だが余裕はない。マスターさん強ええ。
久しぶりに血が騒ぐ。あそこに飛び込みたい。純粋な気持ちで戦いたい。
少しの間同じような攻防が繰り返されたが、細目長さんの背中が壁に付いた。凄まじい重量を持って突き出された大剣の切っ先が細目長さんの首元で止まる。決着がついたか。ギャラリーから歓声が上がる。
その大音響で聞き取れないが、2人は何か会話をしている。反省会か?と思ったらマスターさんが武器を持ち替えた。さっきまでの大剣じゃなくて、騎士が使っていたのと同じような長細い剣だ。
マスターさんのパワーを前面に出した大剣は相当なレベルだと思ったが、ああいう普通っぽいのも使えるのか?
あまり、剣や槍なんていう武器の知識もないし、使い方も分からない。見せてもらえるなら有り難い。おそらく俺が相手にする騎士達の武器は、あの細長い剣だろう。イメージだが、切るより突く方に向いていそうだ。馬の上から突く様に使うんだろう。騎士って感じだ。
2回戦が始まった。まず先手を取ったのは細目長さんの方だ。ゆったり構えたマスターさんの懐に飛び込みながら2本のナイフを交互に振るう。
だが、マスターさんは一歩も動かず少し手首を返す動きだけで、2本のナイフをあしらう。何度も繰り出されるナイフの連撃だが、掠りもしない。マスターさんは動かない。
完全に見切っている。俺は、こっちの星の人族の戦闘技術を侮っていたことを痛感させられた。全く攻撃を寄せ付けないマスターさんはもちろんだが、あれだけの連撃を繰り出し、それを受けられてもなお、バランスを保っている細目長さんも相当だ。
マスターさんの口が少し動いた、何か言ったようだ。一歩踏み出すマスターさん。やはり突きだ。連続で突き出される剣に、今度は細目長さんが守りに回った。ナイフで軌道を逸らす。どんどん踏み込むマスターさん。突きだけじゃなく横薙ぎも繰り出していく。
この人達の模擬戦は命懸けだ。俺が地球でやっていたスパーリングは死ぬことはない訓練だ。だがこれは一瞬でも気を抜けば死ぬ。これが命のやり取りが当たり前の星での戦闘訓練か。背中を汗が流れる。
「ハルキ、たのしいのか?」
ペタが横で聞いて来る。いや、怖いな、怖いぞ。
「わらってるぞ」
そうか?引きつってるだけじゃないのか?
大剣の時と同じように、細目長さんが追い詰められて終わった。ギャラリーが再び歓声を上げた。流石に終了だ。2人共、武器を置き場に戻しながら何か話をしている。聞こえないな。だが今はいい。
俺の頭の中では、さっきの2回の戦闘のリプレイが何度も繰り返されている。凄いな。武器が手足の様だ。マスターさんはパワーだけじゃなく柔らかい技術も持っていた。細目長さんは動きに無駄がない。
ギャラリーが出て行く。口々に何か言い合っている。今の模擬戦を肴に酒でも飲むんだろう。俺もおいしく頂きました。
ギャラリーに続いて細目長さんが部屋を出ようとして、俺の踏み抜いた床板に気が付いた。少し首を捻っている。ヤバイ、バレたら弁償だ。ペタの頭を押さえて梁にスッポリと隠れる。少ししたら気配が出て行った。
静かになった訓練場にデカい気配が残っている。マスターさん出て行かないな。顔が出せない。ペタなんか息止めてるぞ。
「おい坊主、なんでそんなとこにいるんだ」
マスターさんにばれた。何故だ。気配は消してたはず。ペタも息まで止めてる。忍者の錬度が足りなかったのか。
「お嬢ちゃんの尻尾が見えてるぞ」
お前か。もう隠しても遅いぞ。くるっと丸まった尻尾ごとペタを両手で抱えて飛び降りる。着地の瞬間に少しだけペタを投げ上げて無重力にしてやる。さすがに5メートルの衝撃は完全には消せない。床板が少し音を立てたが割れはしなかった。
マスターさんが上を見上げたり周りを見たりしながら不思議そうだ。
「どうやってあんな所に登ったんだ、梯子はないみたいだが」
ジャンプしました。なんて言ったらモンスター扱いされそうだ。ペタを床に降ろしながらとっておきの答えを言う。
「俺の故郷の、忍者っていう戦士の技で登りました」
「ほうニンジャ。聞いたことはないが、軽業師みたいなもんか。坊主の格闘術ってのもそのニンジャの技なのか」
これで忍者がまた少し広まった。このまま魔法使い族から忍者に転職したい。
「ハルキのつよさは、にんじゃがひみつのかぎだったのか」
ペタが憧れの目を向けて来る。よし、お前も騎士なんて目指すのやめて忍者になれ。狩人の次に向いてるぞ。一応女だからクノイチかな。
マスターさんがくるりと向きを変えると、練習用の武器が立ててある箱の前に立ってこう言った。
「で、どれで相手をしたらいい?坊主はナイフか?」
「さっきの細長いのでお願いしますわ。俺は素手で」
マスターさんがニヤリと笑って、細長い剣を抜く。俺はペタをギャラリー用の高い部分に残して訓練場に下りる。バックパックはペタに押し付ける。
さっき見た感じ、大剣の方がマスターさんは強い。だが、ここはグッと堪えて、騎士相手の練習をさせてもらう。
「剣相手に素手とはな。ニンジャってのは変わってやがる」
正直、ナイフが使えるなら使った方がいい。だが、俺のにわかナイフ術ではマスターさんレベル相手だと邪魔にしかならない。
確かに、銃であれ剣であれ普通に武器を使っていい戦闘なら、格闘技ってのはただの補助だ。こっちの星じゃあ使わないだろう。だが、俺はこれしかできない。
「まだまだ、忍者としては駆け出しなんで。一手ご教授お願いします」
「そんだけ殺気を出しといて、駆け出しもクソもあるかよ」
軽く笑ったマスターさんの重心が前に動いた。同時に俺も動く。
一瞬でお互いの距離を詰める。先にマスターさんの剣の間合いに入った。突きが来る。速っ。
「ちょっと!何やってるんですか!」
訓練場の入り口から大声が聞こえた。見れば細目長さんが仁王立ちしている。その横で、ペタがアタフタとおかしなブロックサインを出している。目をキュッと引っ張ったり細目長さんを指さしたり。んー、細目長さんが来た、って事を言いたいんだろうが、見たら分かるから。口で言いなさい。
マスターさんが地面に転がった剣を左手で拾い上げながら言う。
「ちょっと坊主に剣の使い方を見せてただけだ。なーんも悪い事はしてねえよ」
細目長さんの目が更に細くなった。
「本当ですか?それならいいんですけど。ちゃんとルールは守ってくださいよ」
チラチラ振り返りながら出て行く細目長さん。今日はここまでか。警戒されちゃったな。もっと色々見たかった。
「坊主」
マスターさんが剣を仕舞いながら聞いて来る。
「上体を反らして躱したのは分かった。だが、その後何をした?折れたかと思ったぞ」
右手をブラブラさせている。指だと折れるから手の甲を狙ったが、それでも手加減する余裕はなかった。やっぱり頑丈だな虎族。
「手のここを、けってた」
ペタが自分の手の甲を指さしながら言う。確かに俺は躱すと同時に蹴りを出した。相対していたマスターさんには見えにくい角度だ。それにしても結構なスピードで蹴ったんだが、ペタにはキッチリ見えたのか。やっぱコイツもすげえな。本格的に仕込んでみようか。
「なるほどな。格闘術ってのは拳だけじゃない訳だな」
俺は総合格闘家なんでね、ボクサーじゃない。マスターさんは納得したようだ。手を握ったり閉じたりして動きを確認している。
「次にやる時は、グレートソードでやらせろ。今度は負けん」
俺は勝ったとは思ってないけどな。右手が使えないと分かった瞬間に左手に持ち替えようとしてたくせに。細目長さんが止めなきゃもう少し続いてたはずだ。
だけど、次っていつになるのかね。もうここでは出来ないだろうし、外でやったら捕まりそうだ。マスターさんが俺の肩に手を置く。右手は痺れてるんだろう。左手だ。
「坊主、お前のその銅のバッジが金色になったら、職員との模擬戦も認められる。とっとと上がってきちまえ」
おお、そんなルールが。今が銅だから、コインと同じなら次は銀で、その後が金か。何すれば色が変わるんだろう。
「あーあ、今日は右手無しで飯食わなきゃいかんな。誰かさんのせいだな」
大袈裟にそう言ってマスターさんは部屋を出て行った。
「銅から銀、銀から金になるには、それぞれ1年以上の期間と、傭兵としての実績が必要だよ」
細目長さんがさらっと言った。えええ。じゃあどんだけ頑張っても2年はかかるんじゃないか。飛び級とか、免除とかないんですかね。
「ルールだからね」
ケチ長の必殺技、ルールが出た。これには勝てない。
読んでくださってありがとうございます。
働かなければ昇進できないのは地球とおなじようです。




