第40話 異世界に迷い込んだ
「ペタのおとうちゃんの、みせがわからないんだ」
ペタが紳士な亀さんに率直に言うが、ちょっとこの方にその物言いは失礼だ。相手は紳士だぞ。大体、それじゃ何の事か分からないだろう。
「いや、実は道をお聞きしたくて」
ペタを無視して亀さんに言う。まず、ここから入るのが普通だと思うぞ。
亀さんは縦に繋がっている俺とペタを見比べるように、ぐーっと首を動かすと、
「成程。お困りの様だ。行きたいのはそちらのお嬢さんのお父様が経営なさっているお店という訳ですね」
察しの良い亀さんだ。流石は紳士。
「お店の名前と、お父様のお名前は何とおっしゃるのですか?」
ふんふん。忘れたな。まあここに娘がいますから。そこは大丈夫だ。
「ペタ、お父さん、何ていう名前だっけ?」
「おとうちゃんだ」
あれえ?え、お前、あれえ?
亀さんが少し困った顔だ。俺も困った。せめてエジャのメッセージが残っていればどうにか解読して答えられたんだが、アレはグリードベアの毛皮と同じ末路を辿ってしまって、今はお星さまだ。
「ではお店の名前はお分かりでしょうか?」
亀さんが聞いて来る。食事の邪魔をした上に、こんな面倒かけて申し訳ない。そして親の名前を覚えていないペタに店の名前なんか分かるはずがない。
「うえっとお、ちょっと名前は分からないんですけど確か、革を加工できるお店なんですけど」
ペタの家族とこの話をした時は、投げナイフのホルダーについて話をしていた。その時にペタのお母さんが提案してきてくれたのが、そのお店だったはずだ。
「ふむ、革細工師の方で、狐族の男性ですか」
亀さんがグルッと首を振りながら目を瞑って考え込む。あー迷惑かけてる。何だっけなあ、特徴的な名前だったと思うんだけど。村長一家に何かをツッコミたくなった覚えだけはあるんだが。まだいるのか!みたいな。
亀さんは首の動きを止め、目をつむったまま口を開く。
「では、今から言う名前に聞き覚えがあったら、教えて頂けますか?ソリナ、ラミ、ルモン、アニ、プランク、スリン……」
「アニだ!」「おとうちゃんだ!」
俺の声とペタの声が被った。でも内容が違うから聞き取りづらかっただろう。
「ほう、アニさんのお嬢さんですか。成程成程。よく似てらっしゃる」
亀さんの目が細まる。聞き取れたんだ、すげえ。それ以上に記憶力がすげえ。俺に分けて欲しい。亀の物知り説が実証された。いや、この亀さんがすごいのか?
「そのアニさんの家に行きたいんですけど、道、分かりますかね?」
俺が聞くと、亀さんは首をゆっくり縦に動かし、
「この町は、少々入り組んでおりますから。少しお時間を頂ければご案内致しますが?」
そう提案してきてくれた。紳士にも程がある。そりゃここで、右行って左行って3つ目の信号を、とか言われても辿り付ける気がしない。
ただ、亀といえば長生き、の前に出て来るイメージがある。そう亀は足が遅い。ウサギと真っ向勝負したら確実に負ける。だが、断りづらい……
「おっちゃんありがとう!」
ペタが俺の上から無邪気に礼を言う。おっちゃんなんだ。おじいちゃんかもしれないぞ。まあいいか、ノンビリ行こう。
「じゃあ、もしよかったらお願いしていいですか?」
「ええ、勿論ですとも。食事を終わらせてしまうので少々お待ちを」
亀さんは残っていた果物を食べ始めた。もう夕方だもんな。早くアニさんの家に行ってペタに何か食べさせないと文句言いそうだ。ノンビリもしてられないか。
ちょっと気持ちに余裕がなくなってきたが、亀さんはすぐに果物を食べ終り、
「では、参りましょうか」
ぐっと6本の足を伸ばして動き出した。ろっぽん?
なんてこった、二足歩行じゃない人族どころか六足歩行の人族だった。もう意味が分からん。喋れれば全部人族なのか?この亀さん喋らなかったらモンスターだぞ俺の感覚では。
「時間も遅い事ですし、よろしければ乗って行かれますか?」
「いいのか!」
亀さんの言葉にペタが俺の肩からピョンっと飛び降りて、亀さんの上によじ登った。なんか肩が寂しい。俺のモフモフが盗られた気分だ。
「お坊ちゃんもご一緒にどうぞ。鞍が無いので少し乗り難いかもしれませんが」
乗っていいのか!放し飼いの動物園でゾウガメを見た事はあるが、流石に飼育員さんの目のある所で上に乗る事は出来なかった。おお、乗る乗る。本人が良いって言ってるんだから良いんだ。なんて良い星だ。ゆっくりでも気にならないぞ。
俺達を乗せてくれた亀さんはゆっくりと大通りの中央に向かって進んで行く。えっとそっちはマズいんじゃないか?
ここの大通りは、真ん中らへんは馬車の通り道になっているらしく、明確な区切りはないが歩行者は基本的にどちらかの端っこ寄りを歩いている。車ほど速い訳じゃないが、今も馬車は走っている。亀さんはどうもそこに向かっている。
「鞍無しですので、ゆっくり参りますが、落ちない様に捕まっていて下さい」
亀さんがそんな事を言う。俺は、はしゃぐペタを片手で捕まえると、もう片手で甲羅のデコボコを握る。でも、ゆっくりだと馬車にぶつかるんじゃ、
と思った途端、亀さんのスピードが急上昇した。周りの馬車の流れに簡単に乗っている。なんだこれ亀のスピードじゃない。ペタは大喜びで亀さんの甲羅をペチペチ叩いている。おい、失礼だぞ。ってゆうか、びっくりして落ちかけた。
落ち着いてみれば、スピードはあるものの、ほとんど揺れていない。ちょっと尻が痛いぐらいで快適だ。鞍があれば安定感も増すだろう。何より楽しい。
これでゆっくりなのか。本気だとどれぐらい速いんだろうか。ウサギの負けだ。この星ではウサギは亀には勝てない。童話も書き直しだ。亀が途中で居眠りをしないといけなくなるが、この紳士な亀さんが勝負の途中で相手をナメて居眠りなんてするとは思えない。もしかしたら勝ちを譲るという意味で手を抜いたりするかもしれないが。いや、それはスポーツマン精神に反する。やらないだろう。だって紳士だ。そうなると、デッドヒートを演じて最後に健闘を称え合うとかそういう方向に持って行くかもしれない。違ったとしても紳士じゃない俺には想像もつかない方法で上手く纏めるだろう。かっこいいぞ亀さん。
「到着致しましたよ」
亀さんが止まったのは大通りから何本か離れた中ぐらいの通りにあるお店の前だった。もう降りないといけないのか。
「ここだ!」
ペタが亀さんから飛び降りて店に飛び込んで行く。
「すみません、助かりました。ありがとうございます」
俺はちゃんと礼を言ってから降りる。なぜなら相手は紳士だからだ。
「いえいえ、礼には及びません。私も今日はもう暇でしたので。もし機会があればご用命ください。馬車乗り場に居りますので」
亀さんはそう言って、夕日の中去って行った。最後まで紳士だった。そうか、あのスピードで鞍まで着けたらタクシーみたいな仕事が出来る訳か。タダで乗せてもらっちゃったな。次に乗せてもらう時はちゃんとお金を払わないと。
さて、ここがペタの親父さんのアニさんの店か。名前ややこしいな。でももう覚えたぞ。父親なのにアニだ。オッケー。
店の看板は読めないが、革で出来た袋やカバンなんかが並んでいる。ライオン姉さんの鎧みたいなのもあるな。俺も中に入ってみた。ペタはどこ行った?
「いらっしゃいませ!」
エプロンを付けたテディベアみたいなのが出て来た。え?お父さん?違うよな。狐じゃないし、どうみても熊だし。しかも俺よりだいぶ小さいし。可愛いし。
「あの、狐族の子を送って来た者なんですけど、アニさんいます?」
俺がそう言うと、テディベアはパアッと笑顔になった。これは地球の女の子にはたまらんだろうな。抱き締められるぞ。俺もちょっと抱き上げたい。正直、この星の熊にはいい思い出が何もないが、この人は別物だ。
「ああ、ペタちゃんの!親方なら奥にいますよ。どうぞどうぞ」
俺を促して、店の奥に向かって行く。ちっちゃい尻尾がプルプル揺れる。すげえ可愛い。動くテディベア。機械じゃないぞ。本物だ。
店の奥にある扉を開けてくれるテディベアさん。そこには恐ろしい光景が広がっていた。
「うおおうおおうお!ペタちゅあああん、よく来てくれましたねぇぇ!んー!可愛くなったねええ!」
「おとうちゃん!ひげがいたい!」
ペタと同じ白色の髪や尻尾、耳の形も同じだ。この人がペタの親父さんのアニさんだ。間違いない。久しぶりに会えて嬉しいんだろう。ペタを持ち上げて頬を全力でスリスリしている。
だが、俺の知っている狐族は、みんな引き締まってスリムな体形だった。でも目の前の狐族は違う。着ている作業着のような服の上からでも分かる筋肉の盛り上がり。身長も俺より大分高い。何だこの人、虎族の血とか入ってんじゃないのか?そしてその無精髭をあんまりこすり付けるとペタが削れそうだ。
「親方!ペタちゃんを連れて来てくれた方ですよ!正気に戻ってください!」
テディベアさんが飛び上がると、アニさんだと思われるおっさんの頭をポカリと殴った。えー。従業員そんなんしていいの?
その隙にペタが父親の腕から逃れると俺の方に走って来て手を握る。
「おとうちゃん!これがハルキだ!いっしょにきたんだ!」
筋肉ダルマの目が鋭くなった。殺気が出てますお父さん。あとペタ、人の事をコレとか言うな。
「てめええぇ、ペタちゃんの何だ。コノヤロウ」なんか迫って来る。
「お客さんに失礼な事しないでください!」
テディベアさんの正拳突きが、アニさんの下腹部に突き刺さる。
「ぐふぅ!」体をくの字に曲げるアニさん。俺は異世界に迷い込んだようだ。
「ハルキは村とエジャをまもってくれたんだ」
店の2階にある部屋で、テディさんが作ってくれたご飯を食べながら話をしている。なかなか美味い。肉もたっぷりでペタも上機嫌だ。
そして、これが肝心だがテディベアの人は、熊族のテディさんという女性だった。すげえ名前覚えやすい。助かる。しかも見た目可愛い子熊なのに、俺より、いや、ペタの父親であるアニさんより年上らしい。いくつかはハッキリ聞いていないが。だって女性に年齢聞くのは失礼じゃないか。
この店はアニさんが親方で、売り子として雇われているのがテディさんらしい。ただ、このおっさん、じゃないアニさんは1人だと家事も何も出来ないそうで、テディさんが住み込みで面倒を見ているそうだ。なんかズルイ。
俺は、ペタの親父さんは、あの綺麗なお母さんに逃げられて、ペタも連れて行かれ寂しく暮らしてると思ってたのに、こんなにちゃんと面倒見てくれる女性が一緒に住んでるなんて。まあ、あまりに種族が違う上に、尻に敷かれているみたいだから、幸せかどうかは知らんが。
「ハルキ君、ペタちゃんを……ペタちゃんをよろしく頼むぞお」
そのダメ親父のアニさんは急転直下で今度は泣いている。暑苦しい。
「おとうちゃん!ペタはしあわせになるぞ!」
この親子は面倒くさいな。安らぎはテディさんだ。せっせとご飯を運んでくれる。もうとにかく動きが可愛い。
「あのですね、アニさん。俺とペタはそういうんじゃないんで」
「てめえ!遊びなのか!」
ああまた怒り出した。何度目だ。ほーらテディさんが近付いて来てるぞ。手には包丁だ。それは止めてあげてテディさん。
「遊びとかじゃなくて、友達です。友達」
「ハルキ君。ペタちゃんをよろしく」
ガシっと手を握られた。情緒不安定だな。
「ペタはもっといい女になってふりむかせてみせる!」
「おう。10年ぐらいはガンバレ」
ペタの決意表明に適当に返してやる。これなら親父さんも大丈夫みたいだ。
「はいはい、それより狐族の村が大変なんでしょう?ちゃんと聞いてあげてください親方」
テディさんが持ってきた包丁で、大きな肉を切り分けながら話を進めようとしてくれる。この人だけはちゃんとしている。包丁も正しい使い方だった。
「そうは言うがな、俺だってペタちゃんの村だし何とかしてやりたいとは思うぞ。だが騎士団を敵に回すのはまずいな」
やっとまともに話が進んだ。一通りの話はもうしてある。エジャが頼れと言った人だ、大丈夫だろう。ペタの事もあるし。テディさんにも内容を聞かれてしまったが、俺はこの人を信用している。理由はない。いや可愛いからだ。
そして、俺はここに来るまでに情報を得られそうな伝手を見つけている。あまり信用はしていないが。理由はある。盗賊だからだ。
「明日、ちょっと知ってる人に話を聞いてから作戦を立てるんで。アニさんには町にいる間ペタを見ててほしいんですよ」
「ペタもいくぞ!」
「駄目だ」「駄目だ」
こればっかりは俺も親父さんも同じ意見だ。ペタがプーっと膨らんで不満そうだが、危険だ。騎士団は勿論、ライオン姉さんだって何をしてくるか分からない。
この親父さんなら、体を張ってでもペタを守ってくれるだろう。変な人だが、愛情を持っているのは間違いない。
「ペタちゃんの事は俺に任せて頑張ってくれハルキ君!」
薄暗くなった店の前で親父さんに肩を叩かれ、そう言われた。ん?あれ?
「この通り沿いにも宿屋は何軒かある。まだ空いてるだろう」
テディさんがジャンプしながら親父さんの頭にパンチを打ち込んだ。
「お客さん用の部屋があるでしょうが!親方!」
やっぱりテディさんは味方だ。
読んでくださってありがとうございます。
動くテディベア欲しい。家事もしてくれるなんて最高。




