第37話 植物も生きてるんだ
真夜中に隠れ家を出る。ここの扉は大木の根に挟まれるように作り付けてある。周りは鬱蒼とした茂みになっているので、簡単には見つからない。全く良い所に隠れ家を作ったもんだ。
町から半日ぐらいの所に隠れ家を作るってのも、中々勇気があるというか向こう見ずというか。まあ逃げ出したみたいな様子だったし、バレたんだろう。どっちかというと、やっちゃったタイプの方かもしれない。迂闊なんだな赤獅子盗賊団。
隠れ家から出来るだけ離れる。気付かれたら面倒だ。林の中を歩く。月明かりもあるし森に比べれば木も地面の起伏も少ない。何の危なげもなく歩を進める。
昼間の緑モンスターの事もあるし気配には気を付けていたが、特に危険なモノには遭遇しなかった。幽霊にも会わなかった。せいぜいがリスぐらいだ。木の上で何かをカリカリとかじっていた。両頬がぷっくりしている。カワイイ。
この林にリスがいる事はペタには内緒にしておこう。次にペタがリスを食べたくなってしまったら俺は止められる自信がない。力ずくって訳にもいかないしな。大体、あの両頬の膨らみ具合とか食事中のペタそっくりじゃないか。言ってしまえば同族みたいなもんだ。本人は否定しても俺はそう思う。だから食っちゃダメ。よし。この屁理屈で丸め込んでやる。
少し開けた場所を見つけた。この辺でいいかな。
治った拳を軽く握ったり広げたりしてみる。動きに違和感はない。だが違和感がある。腕をグルグル回してみる。屈伸をしたり軽く跳んだりして全身の動きを確かめる。やはり痛くもないし調子はいい。だが違和感がある。
調子が良すぎる。
昼間、あの緑モンスター100匹以上を俺はこの手で倒した。らしい。だが以前までの俺なら、全てを殺してしまうような事はなかったはずだ。というか、出来なかっただろう。
そりゃ、手加減はしなかった。でも、体格が小さかったとはいえ、動きや体つきを見る限り、あいつらは並みの人間ぐらいの力はあったはずだ。骨だってある。当たり所が悪くなければ、素手の一撃で死ぬような事なんてそうそうない。
それが原型を留めず全滅だ。いくら火事場のナントカでもおかしい。
グリードベアにやられた後に気付いた、俺の体の異常な回復力はどうやら宇宙人の仕業だったっぽい。今日も、膝が治った時と似た症状が出た。神経や骨を直接手で繋がれていくみたいな激痛だ。
おかしな体にしやがって。なんだ、サービスのつもりなのか。そりゃ有り難くないとは言わないが、もうちょいマシな方法はなかったのか。
死ぬほど痛いし腹は減るしダルイし、そして死ぬほど痛い。何度でも言うぞ。痛い。死ぬほどだ。死なない怪我でも、治る時の痛みで死ぬかもしれないぞ。
大トカゲの時も、腕が折れた痛みより、治る痛みの方が遥かにキツかった。何度か体験して、怪我がひどいほど治る時の痛みも強い事が分かった。
俺は痛いのが大嫌いだ。出来るだけ相手の攻撃を避けるのもそういう意味もちょっとある。もちろん避けた方が有利になるというのが本来だが。
そもそも、人の体は痛みの許容量を越えると痛みをシャットする。エンドルフィンとかいう物質が脳から出るかららしい。麻薬みたいなもんだ。それに、試合とかになると興奮物質のアドレナリンも出る。これも痛みを抑制する。それがなければ格闘技なんてやってられない。
だが、あの宇宙人式の治療は多分、その辺が出ていない気がする。麻酔なしの外科手術だ。そりゃ痛い。ホントに痛いと声も出ないんだ。知らなかったわ。
グリードベアに殺されかかった時は、気絶していた。自分で麻酔をかけてた事になる。だから痛みを誤魔化せたんだろう。
まあ、おかげで生きてる訳だ。ちょっとだけありがとう宇宙人。いやまて、元はといえば、こんな星に連れて来たアイツラが悪いんじゃないか。やっぱ今の感謝取り下げます。地球に帰せアホ宇宙人め。
それに治ると言っても、どこまでの怪我が治るのかは分からない。
腕がもげたらどうなる?首が落ちたら?心臓が止まったら?
今回だって毒を食らってたらどうなったか分からない。検証なんか出来ない。自分の腕や首は落とせない。
死んでも生き返ったらホラーだな。そうなったら世界征服でも始めるわ。
まあそんな訳で、俺は今まで以上に怪我に気を付ける事にした。治るにしても痛すぎだ。そのうち発狂しそうだ。
さて、じゃあ出来る事から始めますか。バックパックを降ろす。
近くに立っている木をターゲットにする。両手でも抱えきれない太さだ。こんな木、普通なら斧で何度も切り付けてようやく倒すやつだ。その木に全力のストレートを打ち込む。拳にはバンテージもグローブもない。素手だ。
ドゴンッ
木が鈍い音を立てて揺れた。葉っぱが降って来る。鳥が飛ぶ。拳がメッチャ痛い。だが砕ける程ではない。その痛みもすぐに引いて行った。
続けてフックやショートアッパーなんかも組み込んで殴る。サンドバッグ打ちの要領だ。少しずつ回転を上げて30秒ほど殴り続けた時、木が派手な音を立てながら倒れた。
うん。やってしまった。俺はいつの間にか人間をやめていたらしい。
血だらけになった拳を見下ろす。持って来た布で血を拭き取ると、軽い痛みと共に傷が消えていくのが見えた。うげ。きもちわるう。
治るのはもちろん予想の範囲内だ。だが、こんな木、人間は素手では倒せません。
となるとやっぱり、これも宇宙人の仕業だ。こっちに来てから、瞬発力、持久力その他諸々、身体能力が向上しているのを感じてはいた。だが、こんな事になっているとは思わなかった。
それだけじゃない。普通、木なんか全力で殴ったら先に拳が粉々だ。だが、拳は砕けなかった。痛かったけど血が出ただけだ。筋肉だけじゃなく、骨まで強化されてるとか、意味わからん。何がしたいんだ宇宙人。
他の木にターゲットを移して、蹴りなんかも試していく。今の自分の体の状態を把握して、技術をすり合わせておかないと、いくらパワーやスピードがあっても役に立たない。
三輪車にしか乗れない子供をいきなりF1に乗せたって勝てる訳がない。少しずつ時間をかけて速い車に慣らして技術を磨いていくもんだ。そうしなければすぐにクラッシュして大事故だ。
まあ俺の格闘技術は元々、車で言えばF1クラスだったという自負はある。それぐらいの経験と実績はある。だが体の方がF1を超えた未来の乗り物になってしまっている。結局は同じだ。慣らさないと振り回される。
それに俺は、戦闘に必要なのは力より技だと思う。そりゃ力もあった方が良いに決まっているが、ただパワーがあるだけのデクの棒はいくらでも倒して来た。それに人族だけを相手にするならともかく、この星のモンスターはヤバイ。パワーだけじゃあのグリードベアには絶対に勝てない。ドラゴンなんかと力比べが出来る程自惚れちゃいない。野生の世界では大きさイコール強さだ。
しばらく木を相手に色々試した結果、大体思い通りに体が動かせるようになって来た。そして周囲の木は全部倒れた。自然破壊だ。植物も生きてるんだーっていう人達に見つかったら怒られそうだ。
熱くなった全身の筋肉をゆっくりとほぐしながら考える。
少なくともこの星に来た最初の頃はこんな事にはなっていなかった。こんなだったらグリードベアの時にもう少し上手く立ち回れたはずだ。1人じゃ倒せないにしてもだ。いつからこんなに人間離れした?きっかけがあったはずだ。何だ?
その答えを探して思考の中に潜っていた俺に声がかかった。気配を探るのを忘れていた。一番面倒な人に見られたな。
「アンタ、魔法使い族かい?」
ライオン姉さんの黄色がかった赤毛は、月の光を受けると真っ赤に見えるな。赤獅子ね。なるほど。だけど俺は全力で誤魔化しますよ。
「え、魔法って何?そんなの使えないぞ?俺はただの猿族だし」
「ただの猿族が、こんな真似出来るもんかい」
倒れた木を軽く蹴りながらライオン姉さんの目が光る。うわ、肉食獣の目だよ。怖いわー。何かされるわー。
「大怪我もいつの間にか治るし、そういうタイプの魔法なんだろ?」
迫って来る。俺は後ずさる。足に倒れた木が当たる。やべえ追い詰められてる。かといって女性を力づくで跳ね除けたりは出来ない。
「ホント、意味が分かんないんだけど。ちょっと頑張って強くなったかもしれないだけの猿族だって」
「ふぅん。そんなに言い張るなら、それでもいいよ」
う、ライオン姉さん近い。ペタが近いのは全然気にならないけど、思春期の男の子に、お姉さんがそんなに迫ったら駄目だって。
「アンタのさ、その強さを見込んで頼みたいことがあるんだけどね」
「一緒に盗賊やれってのは断る」
ライオン姉さんの表情と耳がピクッと動く。もう顔は目と鼻の先だ。鼻血でる。
「アタシの正体にも気付いてたのかい」
あ、やべえ。そこは気付いてないフリしとかなきゃいけなかった。
「ハッ。盗賊なんか今更やる気はないさ。それより取引をしないかい?」
ライオン姉さんが、俺の両肩に手を乗せて来る。薄明りの下で唇が妙に艶やかに見える。後ろは木だ。逃げられない。男の子的にも逃げられない。
「何だよ」
頑張って強がって、ようやくで出る台詞がこれだ。俺情けねえ。俺に女性の免疫がないのはバレてるな。ライオン姉さんが軽く舌で唇を舐めた。ああ肉食系ぽい。女怖い。
「先に報酬の話をしようか。まずはアンタの欲しがってた金貨50枚。それと……」
盗賊、金持ちだな。それと……の先が気になる。思わず唾を飲み込む。
「アタシを好きにしていいよ」
ぎゃーーー。予想通りのが来たあああああ。いやそういうのは、こう、ちゃんと段階をふんでからにするべきだと思うんだ。好きにするとかしないとか、そういうの良くないと思います。お互いの事を良く知って、まあそっちが盗賊団のなんか偉い人っぽいのは知ってるけど。こっちの事は教えられないけど。ああ駄目じゃないか。うわ、更に顔を近づけて来た。ちょ、理性がヤバイ。だめ。こんな所で、リスさんが見てる。
俺の耳元で、ライオン姉さんが囁いた。
「代わりに、ちょっと人を殺すのを手伝って欲しいんだ」
俺の首元にまで巻き付いていたライオン姉さんの腕を軽く持ち上げながら、足を払って押し倒す。俺が馬乗りになったみたいな体勢に持って行く。もちろん我慢できなくなったとかそういうアレじゃない。これはマウントポジション。相手に何もさせない為の戦いのテクニックだ。膝で相手の重心をコントロールする。こうなれば殴るも絞めるも俺の思いのままだ。
「やっぱライオン姉さん、盗賊だな。俺が思ってた通りだよ」
「アンタも魔法使い族で間違いないだろ?こんなに簡単に抑え込まれたのは初めてだよ」
俺の下になっているライオン姉さんがニヤリと笑う。急に悪人に見えて来た。ちょっとでも、いやかなりクラっとした俺の馬鹿。
「魔法使い族ってのはどっから出て来たんだ?何で俺がそうだと思う」
これは大事だ。顔バレしてないと思ってたから余裕だったが、俺が魔法使い族ってのがバレバレなんだとしたら、町に入れる訳がない。
「はは。その反応は当たりだね」
ぬあっ、手玉に取られた。悔しい。
「アタシの手駒がまだ何人か生き残ってるからね。村で騎士が騒いでた内容ぐらいは知ってるさ。ま、アンタが魔法使い族じゃないかってのは、あの動きを見た時に思ったんだけどね」
「緑のモンスターの時か」
まあ、あれは普通じゃなかった。そりゃ怪しまれるわな。どうもこの星で言う魔法使い族ってのは、手から火を出したり目から怪光線を出したり浮いたり、そういういかにもな魔法使いを指すんじゃないみたいだな。人間……人族離れした何かが出来るヤツの事なんだろう。うん、今なら俺もそうだ。ちくしょう。
「緑の?ああ、やっぱり魔法使い族は違う世界から来るって話は本当なんだね」
ライオン姉さんがクスクス笑う。何だ、俺おかしな事言ったか?
「昼間の緑のはね、ゴブリンっていうモンスターさ。ここいらでは子供だって知ってる。そんなに強くないけど集団になると厄介な奴らさ。分かったかい?魔法使い族のボウヤ」
ゴブリンってゲームに出るアレか?そんなん知る訳ないし。見た事ないし。違う世界っていうか違う星から来ましたけど。ライオン姉さんが言う本物の魔法使い族がどんなのかは知らないが、俺がソレだと思われている時点で問題だ。
口を塞ぐか?相手は極悪非道の盗賊だ。俺に殺人の手伝いをしろとか言う悪人だ。誰も文句は言わないだろう。
……口を塞ぐ?俺は何を考えてるんだ。殺すって事だろそれ。そんな事平気で考えるような人間だったのか俺は?
昼間、そのゴブリンを大量虐殺してしまったせいで、何かが麻痺してしまったのかもしれない。それは嫌だ。
「おおおおおおおおお!」
夜の林に響く叫び声。発生源は……ペタだ。ペタがいる。
やべえ。今の状況を客観的に振り返る。
薄暗い林の中、年頃の女性の上に馬乗りになっている俺。うん。これは駄目だ。
「うわ気ものーーー!」
ペタのロケットキックが飛んで来た。躱そうと思えば躱せる。だが、ここで躱したらいけない気がした。なぜか。
ペタの蹴りが俺の顔面にヒットした。ちょっとだけ痛い。どう誤魔化すかなあ。
読んでくださってありがとうございます。
年上にドキドキするのに幼女に好かれる主人公。かわいそう。
ちょっとセリフ回しを変えました。内容は変わってません。




