第38話 潜水士にスカウトされる
「ハルキ、ペタのことはあそびだったのか」
「や、だからアレは違うんだって。ちょっと訓練に付き合ってもらってただけなんだって。な?ライオン姉さん」
「そうだね。まあ、アタシは何かされても良かったんだけどね」
この極悪人め余計な事言うな。ペタの目がすごいジトーっとしてるじゃないか。
昨夜のアレコレは一旦置いといて、俺とライオン姉さんはお互いに正体を秘密にするという約束をした。2人とも騎士団あたりにバレるとヤバイ身の上だ。ただペタからの追及が止まない。
「大体、遊びとか言うけどペタ。俺ら何もないじゃないか」
「こんぜんりょこう」
おお、海の事覚えてたか。そういや母親と祖父公認の婚約者みたいにされてた。俺の意見は無視で。
ライオン姉さんが、俺の肩に肘を乗せながらニヤッと笑う。
「アンタ、こんな小さい子に手出したのかい?ひどいねえ。そんなに飢えてるなら相手してやるのにさ」
ええい。この肉食動物め。俺はあんたを信用してないんだよ。ライオン姉さんの腕を払いのける。昨夜からこんなやり取りばっかだ。
昨夜ペタをなだめすかしている間、元凶のライオン姉さんはグースカ寝ていた。ペタも文句を言い疲れて、わりとすぐ寝たが、朝になったらまた続きが始まった。狸族の男の子は何の事か分からない顔をしていたが、母親の方と馬のおっちゃんには、なんだか冷たい目で見られている気がする。濡れ衣なんです。全てが。
「ペタさん、町に着いたら何でも好きな物食べていいから許してください」
「にくなんかじゃごまかされないぞ!」
「肉がいいのか。じゃあ肉食い放題だ」
「ほんとか!」
ペタの機嫌が少し戻った。扱いやすいけど疲れる。
「にーく。にーく。にーくはせいぎ」
おかしなリズムで肉を称える歌を歌いながら左手を握って来る。ようやく落ち着いたか。一般的に落ち着いた人ってのはこんな変な歌は歌わないが。
朝になって、狸族の母親が問題なさそうだったので町に向かって移動を始めた。でも、ちょっとでも調子が悪そうだったら休憩だ。ゴブリンの気配もない。危険人物と認識されたんだろうか。それならそれでいい。無駄な戦いはしたくない。
「町に着いたら、組合と騎士団に報告して……次の仕事探さないとなぁ。はぁ」
先頭を歩く馬のおっちゃんのテンションが低い。公園があったらブランコに夕方まで座ってそうだ。あの数のゴブリンを俺1人で倒したってのは内緒にしている。ライオン姉さんと俺で協力してやったことになってる。それでも凄い事らしいが。しかも俺、素手だったし。腰に下げたナイフの事は忘れてた。
まあ報告とやらは、客に強い人が複数人いて返り討ちにした、という風に上げてくれるらしい。俺もライオン姉さんも、堂々と名乗り出る訳にいかない。
「でも、本当に良いんですか?100以上のゴブリンの集団を倒したなら報奨金がかなり出ると思いますけど」
狸族のお母さんが聞いて来る。なに?金が出る?聞いてないぞ。
「ああ、アタシもこの子もお金は大丈夫だからさ、良いんだよ」
いや、ライオン姉さんや。あんたは金あるかもしんないけど、俺にはないよ。金貨50枚のグリードベアの毛皮は灰になったし、エジャのくれた銀貨はいざという時の為の貯金だ。出来るだけ使いたくない。そしてハイエナから貰った財布にはもう銀貨1枚とちょっとしかない。お金くれるなら欲しい。言ってしまえば俺も無職だ。馬のおっちゃんと一緒にブランコに乗る立場だ。
「報奨金が欲しかったら、証明部位を持って騎士団に報告に行かなきゃいけないんだよ。アンタ、騎士団と揉めてんだろ?どんな顔して行く気なのさ」
俺の睨むような視線に気付いたライオン姉さんが、こそっと声を掛けて来る。それだったらどうしようもないか。証明部位ってのはよく分からないけど、焼いちゃったから証拠がないって事だな。
はー。ライオン姉さんの事は、極悪人だと思ってるけど、世の中では俺もそっち側の人ってことになるのか。隠れて生きる人生は嫌だな。やっぱ騎士団どうにかしないとな。俺の平穏の為にも。
この宇宙人に謎の改造をされた体なら、思ったより力ずくでもなんとかできるかもしれない。
いや無理か。軍隊相手に1人じゃいくらなんでも無理だ。ゴブリンとは数も力も装備も違いすぎる。怪我も出来るだけしたくない、痛いから。やっぱり町に入ったら、ペタのお父さんの……ええと、ナントカさんの所に行って、作戦を練ろう。
「にーく。にーく。せいぎのにーく」
「にーく。にーく。へいわのしょうちょう」
俺の左手を握っているペタの、更に左に狸族の男の子が繋がって、一緒に歌を歌っている。肉が平和と関係あるとは思えないが、この子も落ち着いて良かった。狐と狸って、よく仲が悪いって言われるけど迷信だな。平和の象徴はこの光景だ。ただ、その歌は流行らせないでほしい。
「なんじゃありゃ」
昼に一度休憩を挟んで、町が見える所まで来た。少し小高い丘から見た町は想像より遥かにでかかった。
小さい町だなーと思ってた狸族の村はやっぱりただの村だった。あの村の何十倍もありそうな広い敷地を囲むように石造りの壁が立っていて、その中に密集するように家が建っている。
そして町の奥半分は巨大な砦みたいになっていて、更に高い壁で囲まれている。完全に戦争前提の城塞都市じゃないか。
川も大分幅が大きくなって壁の外を流れている。一部は町に引き込まれているようだ。やっぱ下水か?こっちの水事情だけはホントにどうにかしてほしい。
「町だ!でかいな!」
「ああ、デカいな」
ペタがピョンピョン跳ねながら嬉しそうに言ってくるが、さすがに気の利いた返事が返せない。狐族の村からのギャップが激しすぎる。地方から上京したての人ってのはこんな気持ちになるんだろうか。いや、日本ならテレビとかである程度の先入観を持って行くだろうから、ここまでではないだろう。こっちはもう同じ星とは思えない。
「確かに相変わらず、無駄にでかいね」
ライオン姉さんが呟きながら睨むように町を眺めている。ちょっと殺気も感じる。殺したい奴がいるんだろう。俺は無関係だ。町に入ったらサヨナラだ。ってかこの人、入れるのか?
丘を下って、町に近付けば近付くほど大きさが良く分かる。町全体を囲む低い方の壁ですら、7、8メートルはありそうだ。その奥にあった砦が騎士団の本拠地だとしたら、どうやって入ったらいいんだマジで。
色んな方角から町に向かって来る道がある。だんだん周りに人が増えて来た。ペタの手をしっかり握っておく。こいつ絶対迷子になる。
「ハルキ、まいごになっちゃだめだぞ」
お前だよ。
「門が妙に混雑してやがるな」
馬のおっちゃんが言う通り、町に入る為のでっかい門に人が群がっている。
「やっぱり、あの魔法使い族の関係じゃないかしら?」
「そうだろうなあ。参ったな、こりゃちょっと面倒だぞ」
狸族のお母さんと馬のおっちゃんの会話に、ちょっと冷や汗が出る。検問って事か?やべえ。他の入り口とかないのか?いやでも顔はバレてないよな?
俺がカチコチになりながら歩いていると、肩をバシッと叩かれた。
「堂々としてりゃ良いんだよ。ま、アタシに任せときな」
うう。ライオン姉さんは信用できない。だけど、本人も捕まりたくないだろうから悪いようにはしないはずだ。ここだけは任せよう。
「ハルキ、手と足がいっしょになっててへんだぞ、あははは!」
お前はなぜ緊張感がない。アレか、状況が理解できてないのか。まあこいつにその辺の事を期待しても無駄か。こいつの心配事は今夜の肉の事だけだろう。
そのまま検問の最後尾に並ぶ。ってか、これ夜までに入れるのか?結構、時間かかってるぞ。このまま夜になったらやっぱり門は閉まるんだろうか。メッチャ不親切だ。まあ、俺が原因だ。野宿になったらみんなに謝ろう。それとなく。
ふと見ると、ライオン姉さんの姿が消えている。ええええ。あいつもしかして逃げた?任せとけって言ったくせに。くそう、あんな悪人を信じた俺がバカだった。
「あ、わるいキシがいる」
ペタの声にハッとして門の方を見る。確かに門の端に虎族が3人立っている。だが、その内1人は騎士の鎧は着ていない。あれは恐らく、例の中隊長虎だ。マスターさんのメガトンパンチの跡がしっかり残っている。ものすごい腫れ方だ。やっぱり偉いって言っても、部下を殺しちゃ駄目だったんだろう。後ろ手に縛られているようだ。残り2人の騎士はその監視役か。
で、中隊長虎は、俺の顔を知ってるからここで見張りをさせられてる、と。
最悪じゃないか。どうあがいても見つかる。今の内にこっそり列から離れるべきか?でもそんな行動が馬のおっちゃんと狸族の親子に見られたら、そこから騎士団に伝わる可能性がある。ひい。どうしよう。犯罪者になった事はないから、どうすればいいか分からない。
「よ、お待たせ。みんなこっちに来な」
ライオン姉さんが戻って来た。逃げたんじゃなかったのか。
「ちょっとマズいんだ、あそこに俺の顔を知ってる騎士がいる」
小さい声で、ライオン姉さんに耳打ちする。だがライオン姉さんは平気な顔で、
「アタシだって、似たようなもんだよ。いいからこっちだよ、おいで」
手を引っ張られて行列から連れ出された。俺の左手にくっ付いていたペタも急に引っ張られてびっくりしている。
「なんだ!くびがガクってなったぞ!」
お前の首より、俺は自分の首の方が心配だ。大丈夫なんだろうか。
馬のおっちゃんと、狸族の2人も何だか分からない顔をしながらも付いて来る。
「おいおい、そっちは貴族様の入口じゃないか」
馬のおっちゃんが言う。確かに大きい門の横に少し小さい門が別にある。そっちには幌馬車なんかじゃなく、高級そうな馬車が数台並んでいる。馬も2頭付いている。中には角つき馬までいる。
「商談成立したからね。アンタらも、さっさと町に入りたいだろう?」
ライオン姉さんは、その馬車の列の後ろの方にある1つの馬車の扉を無遠慮に開いて入って行く。
「ほれ、早く早く」
促されて、俺達も入る。向かい合わせになっている座席には、虎族の男が1人。ただし、騎士やマスターさんみたいに筋骨隆々じゃない。ゴテゴテと趣味悪く装飾された服の、腹の部分が出っ張っている。おデブだな。背が高いおデブだ。だから馬車の中が結構広いのか。同じ虎族でもマスターさんの奥さんの方が強そうだ。
「多いな」
おデブの貴族虎がちょっと嫌そうな顔をした。
「まあまあ、ダンナ、ちょっとだけなんで勘弁してやってくださいな。ね?」
ライオン姉さんが貴族虎の横にすり寄るように座りながら手に何かを握らせた。あの輝きは……ききききき、金貨か!俺の憧れ金貨か!くそう、やっぱり金持ちだった、盗賊のくせに。でもそういう事か。賄賂ね。あとは色仕掛けか。なんか複雑だな。
「流石にきついね。チビ共は足元に転がりな」
ライオン姉さんの指示に、ペタが狸族の男の子の手を掴んで、床にダイブした。楽しそうだな。だが、お貴族様がすごく嫌そうだ。頼むからこの人の機嫌を損ねないでくれ。俺の為に。
最後に入って来た狸族の母親なんか、すごく恐縮してしまっている。そりゃ貴族様とやらの馬車にすし詰めだ。こっちの人の感覚ならありえない事態だろう。扉は御者の人が閉めてくれた。金持ちぽいわー。
馬車はたいして待たされる事もなく門にたどり着く。この馬車は窓ガラスがはまっている。ちょっと顔を伏せる。御者の人と門番らしい人が会話しているのが聞こえる。俺の心臓の音も聞こえる。うお、緊張する。
ライオン姉さんは平気そうな顔で、貴族虎の腕にさりげなく胸を押し付けたりしている。この人、常習犯だ。羨ましくなんてないぞ。くそう。大体、鎧の上からじゃ固いだけだろ。俺は昨日迫られた時にちょっと当たったもんね。
あとペタはなぜか息を止めている。顔が赤い。どういう縛りの遊びをしてるんだろう。車でトンネルを抜ける間息を止める遊びみたいなもんだろうか。
少ししたら馬車は動き出して門を潜った。こんなに簡単に入れて良いんだろうか。この星の警備はザルか。まあ地球でも、偉い人とお金持ちは優遇されてたな。その辺は一緒か。緊張が解けて少し肩の力が抜ける。ペタの顔はどんどん赤くなる。死ぬ前にやめろよそれ。
しばらくそのまま馬車は進む。うう、気まずい。ニコニコとサービスをするライオン姉さんと、ちょっといい気持っぽい貴族虎以外は、みんな固い。ペタの顔はまだ赤い。
人気のない路地で馬車は止まった。御者の人が扉を開けてくれる。同時にペタの口も開いた。潜水ごくろうさん。地球だったら潜水士にスカウトされるぞ。良かったな。
「ふふ。ダンナありがとうございました」
「む。お前なら、メイドで雇ってやっても良い。いつでも訪ねて来るが良い」
このエロ虎め。ライオン姉さんは「その時はぜひ」とか言いながらもう一枚金貨を握らせている。俺に金貨50枚の取引を持ち掛けて来たぐらいだから、本当に金持ってるんだな。その後、馬車を降りた時にも御者のおっちゃんにまで何か渡していた。
「くさかった!」
ペタが涙目で嘆いている。そういえば馬車の中かなり香水臭かったな。香水もつけすぎると悪臭だ。ペタはそれで息止めてたのか。
「じゃあ、俺は組合に行って来るよ。色々ありがとう」
馬のおっちゃんは、俺とライオン姉さんに礼を言って去って行った。背中の哀愁がすごい。強く生きてくれ。
「私の夫が、東町で服屋をやってるから、近くに来たらぜひ寄って下さいね」
狸族の母親が言う。旦那さんはこの町にいたんだな。シングルじゃなくて良かった。そして服か。ペタのパジャマ用ズボン駄目になったんだよな。ぜひ行かせてもらおう。
「頭を打ってるから、医者に行った方が良いですよ」
こっちの医者がどんなレベルかは知らないが、俺が言うと、狸族の母親はニコっと笑って、
「気を使わせてすみません。そうしますね。じゃあ私達もこれで」
と言って、男の子の手を引いて去って行く。
「おやぶんー」
「なくな!またあえる!」
泣く男の子を叱りつけながら手を振るペタ。お前、親分って呼ばせてたのか。
さあ、俺達も行くか。まずはペタのお父さんの所だ。ん?
ライオン姉さんがニコニコ笑いながら、手を出している。
「入るのに使ったお金。金貨10枚ね。まあ半分でいいさ。はい、払って」
悪人にハメられた。
読んでくださってありがとうございます。
うまい話には裏があるものです。おそまつ。
ルビがうまくふれなかったので修正。おそまつ。




