第15話 つぶらな瞳
「ふぐっ!」
鳩尾に衝撃を受けて目を覚ました。やったのは間違いない、ヤツだ。
起き上がりながら見れば、小さな足が俺の腹の上に乗っている。今度から一緒に寝る時は縛っておこうかと本気で考えてしまったが、このモフモフの白い尻尾を見ているとだんだん気持ちが穏やかになっていく。触れば更に効果アップだ。モフモフにはそういうセラピー成分があるのかもしれない。アニマルセラピーは迷信じゃない。地球人もみんな尻尾と耳が生えれば、戦争はなくなるかもしれない。なくならないにしても生えて欲しい。
ペタはやっぱりベッドで寝たがった。もちろん持ち主は俺だ、俺が最優先だ。レディーファーストとか言ってほしければ、あと10年は我慢してもらう。だが、小動物のウルウルした目には勝てなかった。その結果がこれだ。
エジャは「床でいい」と言ったが、流石にそのまま床は申し訳ないので、冬用の毛布と夏用のタオルケットを渡した。残念ながら、客用の布団のような物は用意していない。だがエジャは「我が家のベッドより寝心地が良い」と嬉しそうだった。村のベッドって木の台の上に布だったもんなあ。あれをベッドとは俺は呼べない。
部屋には、正しい意味での窓が無い。ベランダ側は地球だ。時間は時計で見るしかない。その時計は…5時か。いつもより少し早く起きてしまった。
本当なら朝は運動からスタートだが、今日はまた森の中をウロつく事になる。体力は温存しておこう。試合のある日と同じだ。
「ハルキ殿、おはよう」
「おはようエジャ」
エジャは流石、狩猟民族。起きていたようだ。玄関のカレンダーをめくり上げてドアの覗き穴から外を見ていた。部屋の電気は点けていない。気を使ってくれたんだろう。
「この家では、朝かどうか分からんな」
エジャはそう言うが、俺と同じく、体感時間で目が覚めるんだろうな。そして全く起きる様子のないペタ。なんだこの差は。ベッドから降りてカーテンを開け部屋の電気を点ける。それでも起きないペタ。
エジャはカレンダーを戻しながら、
「やはり、このモンスターの幼生の絵は全く素晴らしい」
とか言う。昨日からかなり気に入っている様子だった。でもそれは絵じゃないんだな。写真の説明は面倒だから魔法の絵って事で済ませておいた。
あとペタは「おいしそうだ」と言っていた。まあ気持ちは分からないでもない。俺も水族館に行くとカッコイイ、カワイイ、スゴイとかより、おいしそうと思ってしまう。
顔だけぱぱっと洗って、朝飯を作る事にした。朝からちょっと重いかもしれないが、インスタントラーメンだ。炭水化物は体を動かす元になる。ついでに、どれぐらい食べたら復活するかの検証も兼ねている。別で塩ゆでした山菜とキノコ、あとは干し肉を一緒に入れてやる。粉末スープを投入した瞬間に、ペタがガバっと起きた。
「うおお!このにおいは!あのほそいスープだ!」
絶対、このタイミングで起きると思った。ちょっと、細いスープっていう言葉は意味が分からないが、俺が間違っている訳じゃないだろう。
「今日は、一人前食っていいからな」
と言いながら、器に入れて持って行ってやる。尻尾がすごい勢いで床に打ち付けられている。
「おお!まえの2ばいぐらいあるぞ」うん2倍あるからな。
「これは……変わったスープだな」
エジャは初ラーメンだ。二人にフォークを渡し、俺は箸だ。ペタの顔が器にどんどん吸い寄せられて行くので、そろそろ食べさせてやろう。
「んじゃ、いただきます」
手を合わせて言ったら、ナンダソレって顔をされた。
外は相変わらず沖縄だ。海があれば最高なんだが。
ドアの鍵をかけて、そのままシルバーのチェーンで首に掛け、服の中に滑り込ませる。
俺の持ち物で、なくしてはいけない物、圧倒的No.1は部屋の鍵だ。昨日まではバックパックに入れてウロウロしていたが、よく考えれば荷物ごとなくしたり、最悪、盗まれる可能性だってある。身に着けておくべきだろうと、何かないか探したら、今は役に立たない通帳や印鑑を入れていた箱から、アメリカで買ったドッグタグが出てきた。
ドッグタグってのは、軍人が首から掛けてる認識票の事で、まあ、戦場でお亡くなりになった時に誰か分かるようにする為の物だ。そんな物騒な物とはいえ、結構アクセサリーとしても使われている。俺は、常に動きやすい恰好が好きだから、アクセサリー類は基本つけない。腕時計もしない。
だが、ベガス滞在の後半に、ちょっと色々あって、皮肉も込めてドッグタグをぶら下げていた。そのチェーンが役に立ったな。これで、俺を気絶させるか、殺さない限りは鍵は盗れないだろう。なんせ、壊れない成分ばっちりのチェーンだ。どこかに引っ掛けて、首を吊ってしまう事だけが心配だ。
「すばらしいスープだった……」
これはペタではなく、エジャのセリフだ。部屋を出てもまだ言っている。ぜひ店を出すべきだ!と熱弁されたがあれは数に限りがある。いや、復活するかもしれないが……まあそんな気はない。拡散禁止の精神だ。
「じゃあペタ、頼むぞ、お前が頼りだ」
「おおう!ペタにまかせてふねにのってていいぞ!」大船のことか?
昨日の作戦会議で、少し今後の方向性が変わった。ここから更に西に向かうと、大小いくつもの洞窟があるエリアがあるそうだ。盗賊が拠点にしている可能性もある上に、ペタが、そちらの方がより暑い感じがすると言う。
気温の上昇と、ドラゴンの鱗の盗難に関係があるかは分からないが、調べる価値はあるだろう。場所で温度が変わるなんてのは、自然現象にしてはおかしい。何か原因があるかもしれない。
洞窟エリア付近には川もあるらしいから、荷物も最小限だ。俺は小さい方のバックパックに戻した。大きいと正直動きにくい。今、背負っている方なら体に密着しているから、このままでも戦える。
弓矢は……家のインテリアにした。落ち着いてから、ゆっくり練習しよう。肉は狩人組に任せる。
人間温度計、もとい、狐族温度計のペタが森に飛び込む。俺達もそれに続いて移動を開始した。
しばらくペタを先頭に森を進んでいく。痕跡を探しながらなのでそこまで早くはないが……確かにじわじわと暑くなっている。沖縄から……沖縄プラスに格上げだ。うん。沖縄より暑い所を知らない。
あ、砂漠があるか。なんか50度とか行くって聞いたな。まあ行った事はないし、現在50度あるかと言われれば、そんなにはないと思う。だがこの先は分からない。水筒の水もほどよく減ってきたところで5メートル程の幅の川に出た。
「やはり、ここだったか。一旦、休憩しよう」
エジャが言ったとたんに、ペタが川に飛び込もうとするが、エジャに首根っこを掴まれて止められた。
「まずは、周囲の安全を確認してからだ」
エジャのおっしゃる事は最もだ。この辺の動物……モンスターや、いるなら盗賊なんかも、水場の近くに来るはずだ。なんならワニとかピラニアとかもいるかもれない。電気ウナギなんていた日には大変だ。ペタがガシっと掴んでビリビリしている姿を想像した。あ、面白いかもしれない。でも、結構電気強いからな、良い子はやっちゃいけない。死ぬ可能性もある。
エジャとペタが周囲を調べに行った。便利な魔法使いである俺は火おこし係だ。もうこのポジションは確定しているようだ。
「にくとってくる!」
ペタはそう言って駆けだして行ったが、あいつは安全確認の意味が分かってるんだろうか。
そんなことを思いつつも、河原の石と枯れ木を集めて来て火を着けておく。ペタが肉を獲って来る事を期待して、ちょっとバーベキューな感じにしたい。
焚き火を囲むように石を積み上げて、その上に鉄板代わりに大きめの平たい石を乗せようとした時、つぶらな瞳と目が合った。
川の向こう岸からこっちを見つめる2つの目。ヘビのような頭。ガシっとした太目の前足。口からはチロチロと舌が覗いている。でかいトカゲだ。赤っぽい色をした人間ぐらいのでかいトカゲがこっちを見ながら、水を飲んでいる。
でかいトカゲ……でかいトカゲ……なんか最近聞いたな?
『ドラゴンはご存知かな?まあ、要はでっかいトカゲじゃ』じいさんだ。
じいさんがドラゴンを説明するのに言ってた。だが、目の前でチロチロ水を飲んでいるのが、そのファンタジー世界最強のドラゴンにはどうしても見えない。
人間大のトカゲは確かにでかいが、これならグリードベアの方が強いだろ?それに俺は、爬虫類も結構好きだ。目がつぶらだ。これはこっちから何かをしなければ悪さをしないやつだ。
荷物の中から、干し肉を一枚出して、トカゲに向かって投げてみた。おお食った食った。カワイイじゃないか。
ハムハムと干し肉を食うと、トカゲは向きを変えて森に入って行った。あの大きさだったら乗れたりしないかな。さすがに、乗るのは無理か。だったら首輪をつけて番犬がわりに飼うのはどうだろう?番トカゲだ。名前はコドラにしよう。部屋の外にトカゲ小屋を建てて【コドラ】って書くんだ。あいつの為に毎日狩りをする。ああ、でも長い間、家から離れるような時はどうしようか。こっちにはペットを預かってくれるペットホテルみたいな施設はあるだろうか。あったとして、トカゲを預かってくれるだろうか。そもそも肉食動物は、モンスターとか呼ばれて駆除対象になる星だ。ペタの村で預かってくれと頼んでも、いつの間にか食われてそうだ。
「ハルキ!にくだ!」
「コドラを食うな!」はっ。
現実に戻ったらペタが大きいネズミみたいなのを抱えてキョトンとしている。
「これはこどらじゃなくて、カピバラだぞ」
うおお、現実に戻ってきても結構ショッキングな事態だった。ペタがさっさと捌きにかかる。か、か、カピバラさんが……俺の飼いたかった動物の1つが肉になっていく……
「周囲は大丈夫だ。……何かあったか?」
戻って来たエジャが、膝を抱えて小さくなっている俺を見て言う。
「ショックなことがあったみたいだ。そっとしてあげるのがやさしさだ」
ペタが言うが、そのショックの半分はお前が運んできたんですよ。
塩をかけて焼いたカピバラの肉は少ししょっぱかった。
「この川を渡ると森のあちこちに小さい洞窟の入り口がある」
エジャが説明をしてくれる。カピバラは既に皮を残し消えている。
「更に奥に行くとかなり大きい洞窟の入り口もあるが、中は全て繋がっている、と言われている」
「言われてる……ってのは?」
そう聞くと納得の答えが返ってきた。
「様々なモンスターの住処になっていて、詳しく調べた者がいないのだ」
なるほど。じゃあコドラ……じゃなくてあの大トカゲもそのうちの一匹かもしれないな。でも。
「だったら、盗賊団も拠点にはしづらいんじゃないのか?」
そんな、危なそうな洞窟で寝泊まりとか無理だろうよ。
「いや、小さな洞窟であれば、柵などを張れば十分に防衛可能だろう」
エジャがそう言うんなら、出来る事なんだろう。
「じゃあ、小さめの洞窟を回って、様子を見てくる感じ?」
「そうだな。見張りなどがいれば、拘束して情報を聞き出そう」
オッケー。大体の作戦は分かった。あとは大勢でかかって来ないといいんだが。大人2人で作戦会議をしている間ペタは川でバシャバシャやっている。気持ちよさそうだな、沖縄プラスだもんな。俺も入ろうかな、ワニもいないみたいだし。
「ってゆうか、こんなに暑いのに、盗賊残ってるかねえ」
「それは確かにそうだ。ただ、暑さの理由が突き止められれば、それも成果だ」
エジャは色々考えている。俺は聞くばっかりだ。この異常気象?の原因を取り除く事ができたら少なくとも、過ごしやすくはなる。村への襲撃の方は、グリードベアの毛皮のおかげでしばらく大丈夫そうだし。
「モンスターだ!」
ペタが叫んだ。俺とエジャはすぐに戦闘態勢をとる。ペタも弓に飛びついた。ペタの視線の先には……あの大トカゲがいる。コドラ、帰って来たのかカワイイ奴め。
ん?2匹いる。
いや3、4、5……いっぱいいる!?
川向こうの森の中から、どんどん顔を出して来る。なんだこの数は。もう数えられない。ちょっとこの数で来られるとカワイイとか思えない。
「何だ……このモンスターは!?」
エジャが知らない?
向こう岸を埋め尽くす程に増えた大トカゲ達は一斉に川を渡り始めた。
読んでくださってありがとうございます。
小さいトカゲはかわいいです。




