神隠し編・桜庭白音という少年4
「へ~、それじゃあハクトは本当に名前以外は何も覚えてないの!?」
「……あのルカ、僕は――」
「お金の事なら別に気にしなくてもいいよ!!」
「いや、そのことじゃなくて――」
「あ、もうすぐ着くよ!」
「……」
……どうしてこうなったのだろうか。
僕は少しこの世界の事を教えてもらおうと思っただけだったのに……
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「死んだことある?」
「……え? ないと思うけど……」
我ながらひどい質問だとは思うけどそんな目で見ないでほしい。
けど、この子は元々この世界にいた人なんだねたぶん。
だったら……
「この森ってどうやったら抜けられるか分かる?」
ここから出る方法を教えて貰おう。
何をするにもまずはこの森を抜けないと。
さっきみたいなのに出会ったら何もできない僕では次は本当に殺される。
「……教えてもいいけどなんでそんなことも知らないの?というかここで君は何をしてたの?」
女の子が怪訝な顔をしてそう尋ねる。
ごもっともな疑問だとは思うけど……答えようがない。
「電車にはねられて死んだと思ったらここに居たんだ。たぶんここは死んだ人が来る世界なんだ」なんて言えば間違いなく頭のおかしな人だと思われるだろう。
最悪の場合何も教えてもらえず森に放置されるなんてことになるかもしれない。
ここは最善の注意を払って何かうまくごまかさないと……
「えっと…………その、気付いたらここに居て……ここのこと何も知らなくて……」
……あれ?何も変わってない……
……これはダメだ。絶対引かれる。
最悪置いてか――
「何も……? え!? 何もってそれ『記憶喪失』ってこと!?」
「……え?」
記憶……喪失……?
……それいいな。
「……実はそうなんだ」
「大丈夫なのそれ!? いや、絶対大丈夫じゃないよね!? えっと、名前は、って記憶ないんだよね……」
「……名前は覚えてるよ。……白音、桜庭白音」
「……え?名前は覚えてるの!? ハクト……ハクトね! よし! 覚えた!」
……記憶喪失にしてはおかしいかもしれないけど……名前は捨てられないよ。
……二人がつけてくれた名前だから。
「それでハクトは森を出たいんだよね!?」
「あ、うん。それでどっちに行けば出られるのか教えて欲しいんだけど……」
「それはいいんだけどハクトはそのあとどうするつもり? 記憶がないってことは家とかもないよね? それに仕事だってないだろうし……どうするの?」
心配そうな顔でそう聞いてくる女の子。
僕もそれに関してはかなり心配だけど……まぁなるようになるだろうしならせないといけない。
誰かに迷惑をかけるのはごめんだ。
「まぁ……何とかしてみるよ」
「何とかって……絶対そんなにうまくいかないよ!?言い方は悪いけど今のハクトは素性が全然分からない一文無しの宿無しなんだよ!? そんな人普通雇おうと思う!?」
強い口調で女の子が僕に詰め寄る。
正論過ぎて反論の一つも出てこない。
「そうだね……その通りだと思う」
……たぶんこの子は優しいのだと思う。
「そうでしょ!?」
だから僕みたいな得体のしれない人間の相手をしてあまつさえ助言までしてくれるのだろう。
……この世界でもやっぱり僕は人に迷惑をかけるのだろうか。
……それだけはだめだ……
自己嫌悪、とでもいう奴だろうか。
気持ちの悪いもやもやが胸の中で蠢くような不快感を感じる。
「だから私の家に来なさい!」
そんな僕に女の子が指を突きつけそう言った。
「……へ?」
家?……家!?
「い、いやいやそれは申し訳な――」
「じゃあ他に何かいい案がハクトにはあるの!?」
「それは……」
ないけど……
でも……僕はもう誰にも迷惑は――
「じゃあ決まり!! ほら! 行くよ!」
「え?あっ、ちょっ……」
「あ、そうだ! 私の名前はルカだからね!」
そう言って僕の手を取ると女の子、ルカは僕を引きずるように走り出した。
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そのあとも僕が反論しようとするたびに名前以外に覚えていることは無いのかと聞かれてずるずるとここまで来てしまった。
狙ってやってるのではないかと思うくらいだ。
そんなことあるわけないのは分かっているのだけど。
「到着っ!!」
「ちょっ、急に止まった、らっ!」
本当に急停止だったのだ。
ただでさえ走っているというよりは引きずられている状態だった僕がそれに抗うことなどできるはずがなく慣性の法則に従って思い切り前のめりに倒れ込む。
だからその状態で反射的に目の前にあるものを掴んでしまったのは決して僕が悪いわけではないだろう。
「……あの、ハクト」
「その……」
うっかりルカに後ろから抱きついたような形になってしまったけど不可抗力ということで許しては頂けないでしょうか?
……ダメですか。
そうですか。
「……ごめ――」
「軽い……」
「……へ?」
謝罪しようとした僕を遮りルカは思いがけない一言を口にする。
「いや……ハクト、軽いね」
「……そんなことない、よ?」
たしかに僕は少し人よりは痩せ気味かもしれないけど少なくとも小柄な少女に「軽い」なんて言われるほどではないはずだ……たぶん。
いっそひっぱたかれた方が良かったかもしれない……
まさか、女の子に軽々受け止められて挙句「軽い」なんて言われる日が来ようとは……
「あれ? ルカ、お帰り。店先で何やってるの? それにその子誰? どこで倒れてたの?」
男としてこれでいいのか今一度考えなおそうとする僕の耳にルカを呼ぶ一人の女性の声が届く。
「あ、ママ! ただいま! ハクトだよ!」
ルカのお母さんらしい。
あと、もう少し詳しく説明してくれないかな。
なぜか倒れてたって決めつけられてるから。
「記憶が無いみたいだから今日からうちで預かろうと思うんだけどいいよね!?」
「え、いや、それは――」
「ん? まぁ宿屋を手伝ってくれるんなら別に構わないけど」
「ちょっ、ルカのお母さん」
「じゃあ決まりだね! 私の隣の部屋でいい!?」
「えー、僕の意見……」
なんか僕の意図しないところで僕のこれからが決まろうとしている……
「……ハクトはここじゃ不満? 迷惑……だったかな?」
「いや全然! そうじゃなくて……その……僕みたいな得体のしれない奴にここまでしてもらうのは申し訳ないというかなんというか……」
ふと、不安そうに上目遣いでそう聞いてくるルカに思わず僕はそう答えてしまった。
今のはずるいと思う……
あんな顔されたらそれ以外の事なんて言えるわけがない。
なんかどんどん言い出しずらくなっていく……
「何言ってんの! 記憶もないのに遠慮なんてするもんじゃないって!」
ルカのお母さんに背中を叩かれながらそう言われる。
気持ちはありがたい……だけどそれでも僕は……
「あの、でも僕は……」
「よしっ! じゃあ部屋案内するよ!」
「あ、待っ」
またしても引きずられるようにルカに僕は手を取られる。
……よし、決めた。
とりあえず今は弁解するのは諦めよう。
ルカが話聞いてくれそうにないから。
悪い人たちじゃない。むしろいい人たちだ。
だから説明すればきっと分かってくれる。
もっとゆっくり話せるときにはっきり言おう。
誰とも必要以上に関わりたくない。
迷惑をかけたくない。
だからここに住まわせてもらうのは気持ちだけ頂くことにするって。




