第四十一夜
時代を忘れさせる中世風の屋敷。
百二十を超える眷属派閥『ファミーユ』の本拠地。
それを遠くから眺める者がいた。
「あの建物がファミーユなのでしょうか?」
それは、白い花弁のようなフリフリとした服を着た少女。
年齢は十五、六歳だが落ち着いた印象を受ける貴族風の容姿。
控えめに笑う姿は正に、咲いた花のように可憐だった。
その容姿とは不似合いな武骨な双眼鏡を手にして興味深そうに屋敷を眺めている。
「そこで何をしているんだ?」
家から抜け出した貴族の娘と言った様子の少女に、声がかけられた。
ゆったりとした動作で少女が振り返ると訝し気な顔をした男が三人立っていた。
先頭の体格の良い男が野太い声で言う。
「お前も吸血鬼だろう? 俺達の屋敷に何か用か?」
「いえ、少し見物に来ただけなのですわ…」
「見物ぅ? リコルヌを?」
剣呑な雰囲気を纏う男達に少女は怯えたように身を退いた。
その小さな瞳に浮かべた涙に、男達は少し怯む。
「ご、ごめんなさい! 私、ジャンヌ=フィーユと申します…その、怪しい者では…」
「あ、ああ、悪い。怖がらせちまったか? 別に何もしねえよ」
「本当ですか?」
涙ぐみながら訴えるジャンヌに男達はウッと呻いた。
ジャンヌの可憐な容姿に心が揺らいだのだ。
「派閥が違うとはいえ、同じ吸血鬼だもんな! 仲良くしようぜ」
「ありがとうございます。本当に」
ジャンヌは可憐な笑みを浮かべて、三人を見つめた。
「都合よく三人で、丁度良かった」
「え?」
瞬間、男達は頭に鈍痛を感じて意識を失った。
最後に見たジャンヌは、その容姿に相応しくない狡猾な笑みを浮かべていた。
「あ、お二人とも片付きましたわよ?」
近くの木陰に隠れていた二人に対してジャンヌは言った。
二人、ヴェガとフェーは苦い顔をして気絶した男達を一瞥し、ジャンヌを見た。
「さあ、早く三人の特徴を覚えましょう。変装する上で大切なのは、細かい点まで記憶することですわよ」
「………………」
「どうかしましたか? ヴェガ?」
クスクスと上品に笑いながらジャンヌは言う。
それを、苦虫を噛み潰したような顔で見ていたヴェガは重々しく口を開いた。
「…気持ち悪い」
眩暈を抑えるようにヴェガは言った。
隣に立つフェーも今回ばかりはヴェガに強く同意する。
「どうして、そんなノリノリなのよ」
理想の人物の変わり果てた姿に、フェーは頭を振った。
「演技で重要なのは、心すらも偽ることなのですよ」
そう言うジャンヌの姿が影に溶ける。
輪郭を包み込んだ黒いカーテンが消えた時、そこに立っていたのはルーセットだった。
ファミーユを油断させる為、非力な少女に変身していたのだ。
「…女装が趣味なんじゃないですか?」
「趣味じゃないよ。久しぶりで少し楽しかったのは本当だけど」
楽しそうに笑いながらルーセットは倒れる男の一人を見た。
ジャンヌに変装したルーセットと会話をしていた男だ。
その時の表情や声、性格や言葉遣いを思い出す。
姿形のみならず、思考まで自己暗示で模倣する。
「月を隠す影よ。隠し偽れ」
影がルーセットを包み込み、形を変える。
影を纏ったルーセットの姿が倒れる男と瓜二つに変化した。
鮮やかな変身にヴェガは気味悪そうな顔をして、フェーは尊敬するような顔をした。
「と、このように。次はフェーがやって見てごらん」
いつもより野太くなった声でルーセットは言う。
外見は大柄な男だが、軽い口調で話す様子はルーセットのままだった。
その気になれば、声や表情まで違和感なく演じることが出来るのだろうが…
「分かったよ。フロドゥールとは違う奴を真似れば良いんだよね?」
そう言いながらフェーは気絶した別の男を見下ろした。
男の顔を穴が開くように見つめた後、静かに目を閉じる。
「一夜の夢。夜空を舞う羽ばたきよ」
言葉と共にフェーの背中から羽根が生えた。
蝶を思わせるような綺麗な色をした羽根。
「『イリュジオン』」
フェーは羽根を大きく動かし、空を飛ぶ蝶のように羽ばたいた。
その羽根よりキラキラと小さな光が舞い散り、フェーの身体に触れる。
輝く光…それは、鱗粉だった。
月明りを反射して輝く光の粉が、フェーの身体を包み隠す。
「それと、こっちも…」
包まれたフェーが腕を動かすと、光の粉は隣に立つヴェガの身体も包み込んだ。
予め聞いていたので、ヴェガもそれに驚かずに静かに受け入れる。
「…まるで光の繭だな」
ルーセットが呟く。
それは正しく、光の繭なのだろう。
芋虫が繭の中で蝶へ姿を変えるように、光の粉は二人の姿を変化させた。
地面に倒れる男達の姿へと。
「前より変身が早くなったな。感心感心」
「へへへ!」
照れ臭そうに鼻を擦りながらフェーは笑みを浮かべた。
その子供のような笑みは厳つい男の顔には不似合いだった。
外見は完璧だが、思考や心まで演技するルーセットとは変身の精度が違うようだ。
騙しているのは外見だけで、中身はそのままだ。
しかし、幻覚のイクリプス『イリュジオン』にはルーセットよりも優れた点もある。
それは能力の本質が幻覚作用を持つ粉である為、自分以外にも被せることが出来る点だ。
ルーセットは無言でフェーの隣にいるヴェガを見た。
無表情で佇む顔はファミーユの男と変わらず、フェーの能力が問題なく通用しているようだ。
ルーセットには出来ない他者へ能力を掛ける行為。
それを期待されて、今回の任務にフェーを連れてきたのだった。
「…全身に砂でも塗したような気分です。これで本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。私のイリュジオンを見た目で見破るのは不可能だから!」
「これ粉ですけど、強風とか雨で取れたりしないんですか?」
自信満々だったフェーの動きが止まる。
幻覚作用を持つ鱗粉だが、それはあくまで粉に過ぎない。
目を騙していても直接触れればバレてしまうし、
水や風でも当然取れてしまう。
「だだだ、大丈夫よ! 今から潜入するのは屋敷内だから!」
「あ、雨」
「ぎにゃー! は、早く潜入しましょう! 粉が流れちゃうー!」
大慌てで叫ぶフェーに苦笑しながらルーセットは屋敷へ目を向けた。
何はともあれ変装は完了した。
あとは怪しまれないように忍び込むだけだ。




